俺のねーちゃんは人見知りがはげしい

ねがえり太郎

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・後日談・ 俺とねーちゃんのその後の話

24.お父さんと一緒 <清美>

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明日はクリスマス・イブだ。
が、森家の両親のスケジュールに『クリスマス』という文字は存在しない。

その代わりどんなに忙しくても、とーちゃんとかーちゃんは年末年始はきちんと休みを取ってくれる。建設業界では常識なのらしいが、彼等が監理をするような建築現場は何は無くともお盆と正月はきちんとストップすることになっているからだ。

だからクリスマス・イブは大抵ねーちゃんと2人きりだった。かーちゃんが「これだけは」と言って毎年百貨店で注文してくれる少しお高いクリスマスケーキと、ケンタッキーフライドチキンを向かい合って食べるのが、森家の唯一のクリスマス・イベントと言って良かった。
中学生の頃俺がねーちゃんを避けていた間もその行事は型通り行われていて、黙りこくってケーキとチキンを平らげた後「ごちそうさま」と呟いて、自意識過剰な子供だった俺は自室へ逃げ込んだのだった。

クリスマス2日前の今日は休日なので、練習は午後4時で終了だ。
珍しくとーちゃんから、指示があった。部活帰りに彼の仕事場に寄るように、と。

受付でとーちゃんの名を告げると、ロビーの一角に置かれた待ち合いスペースみたいなところに案内された。ビルの最寄の地下鉄駅改札を潜った直後、メールを入れたが返信は無い。きっと、とーちゃんはメールチェックを怠っているのだろう。呼びだした本人が仕事に夢中になっている可能性があった。そういう流れは簡単に想像がつく。

暇つぶしにスマホのアプリをいじっていると、やや暫くしてエレベーターから背の高い甘いマスクの男が大股に飛び出してきた。受付に声を掛けてから、俺のほうに顔を向けて手を上げた。
とーちゃんに声を掛けられた受付のお姉さんがすごく嬉しそうなのが、ちょっと気になる。何を話しているんだろ?

「ハナから『クリスマスケーキ手配するの忘れた!』って連絡来てさ。お金預けるから、清美、適当に選んでくれないか?チキンも、今年晶が受験生だから清美が用意するようにって」
「あ、うん。モチロン」

とーちゃんから、軍資金を受け取る。

「さっき、受付の人と何話していたの?」

尋ねると、とーちゃんがニヤニヤ笑って答えた。

「息子だって言ったら『カッコイイ息子さんですねー』って褒められた。お前モテるなー」

チラリと見ると、受付の女性がこちらを盗み見ているのが分かった。
綺麗な年上のお姉さんって感じの人。でもどう考えてもお姉さんが見ているのは、とーちゃんの方だ。きっと俺をダシにとーちゃんの関心を引きたかったんじゃないかな。

こういう事は実は小さい頃、結構あった。

俺の事を「カワイイ―」って言いながら、目は熱心にとーちゃんを見ている。
かーちゃんもいつか言っていた。とーちゃんは女の人に丁寧で優しいから、モテるって。そしてそれを自覚していないから、無意識に信者を増やしているらしい。かーちゃんがそう言ってからかったら、とーちゃんは「そんな事あるわけない」と言って不機嫌になってしまった。

とーちゃんは「自分はかーちゃんにしか特別に接していない」という意識があるようで、他の女の人に優しくしているとかーちゃんに言われて、面白くなかったようだ。
でもこれに関しては、かーちゃんの指摘のほうが正しいと思う。

「最近顔合わせてないけど……晶、勉強頑張っているか?」
「うん」
「天文学やりたいんだって?」
「……そうみたいだね」
「受かったら、東京だな……寂しくなるな」

俺の声のトーンに寄り添うように、とーちゃんが呟いた。

「とーちゃんもそう思う?……あまり家にいないのにさ」
「そりゃ、そうだよ。長い時間一緒に居られなくても、同じ家にいるのと遠くに住むのとじゃ訳が違う。いざと言うとき助けられないからな。それに晶はお前と違って人見知りだから、新しい環境に慣れるまで苦労すると思うし」

「俺も……ねーちゃんに東京に行って欲しく無い」

とーちゃんの言葉に後を押されて俺は俯いたまま、つい、本心を口に出していた。

「……」

返事が無いので、俺は顔を上げた。とーちゃんが眉間に皺を寄せて俺を見ていた。自分の親だけど、そんな仕草は映画に出て来る俳優みたいに妙な迫力があってドキリとしてしまう。

「清美……お前それ、晶に直接言ってないよな?」

視線を逸らしたのが、答えになってしまった。

「言ったのか」

とーちゃんはハーっと溜息を吐いて立ち上がると、受付嬢の傍の電話を借りて何処かに連絡を取った。それから、俺の所へ戻って来る。

「おい、ちょっとメシ食いに行くぞ」
「え?」
「付き合え」

そう言って入口に向って歩き出したとーちゃんの背中を、慌てて追った。






**  **  **






居酒屋だろうか。とーちゃんに連れられて入ったオフィスビルの一階の『月あかり』というお店は、落ち着いた雰囲気の和食の店だった。奥座敷の部屋に案内されて腰をおろすと、そこは掘りごたつになっている。

お洒落だなー。

「あっ、ランチ終わっているな!居酒屋メニューか……清美、何食べる?お腹すいているだろ?大エビ天蕎麦……寿司とか……肉食べたいなら、串頼むか?」
「じゃあ、蕎麦。夜、ねーちゃんと一緒に食べたいから、それぐらいにしとく」

どうやら、とーちゃんはランチメニューを頼もうとしていたらしい。が、残念ながらランチは午後2時で終了していて居酒屋メニューに変わっていた。
テーブルの上にあるボタンを押してとーちゃんが店員を呼びだすと、綺麗なお姉さんがイソイソと注文用紙を携えてやってきた。

「大エビ天蕎麦2つと、温野菜サラダ下さい。ランチ、終わっちゃったんですね」
「すいません、そうなんです。……では、繰り返しますね、大エビ天蕎麦2つと温野菜サラダですね」
「はい」

とーちゃんが頷くと、店員さんはおずおずと問いかけてきた。

「あの、そちらはもしかして……」
「ああ、息子です」
「そうなんですか……!大きいお子さんいらっしゃったんですね……」

顔見知りなのか、店員さんは驚いた表情で俺を見た。好奇心が籠められた視線に、ちょっと居心地が悪い。
この場合店員さんの言う『大きい』は、年齢のことだよね。背の事じゃないですよね。

「こいつ高1なんですけど、高3の娘もいますよ。もういい年ですから」
「そんなこと無いです……!全然見えません……あっ、すいません、話しこんじゃって。じゃあ、お食事お持ちしますね」
「よろしくお願いします」

甘いマスクでにっこりと微笑む目の前の男は、確かに高校生の子供が2人もいるように見えないかもしれない。

しかしとーちゃん、こんなふうに愛想振り撒いていて大丈夫なのか……どう見ても店員さん、目がハートだったけど。

「とーちゃん、まさかあの店員さんと付き合ってないよね……?」

とーちゃんが、お茶を噴き出した。

「ばっ、何、言ってんだ。そんな事あるわけないだろ。あんな若い子が俺みたいなオジサン、眼中にあるわけないだろ」
「眼中に入っているように見えるけど……、もし入っていたらどうすんの?」
「どうもこうもあるかっ!俺にはハナがいるんだから……というか、そんなことより、お前の話をする為に連れて来たんだよ、何でこんな話になるんだ」

受付嬢といい店員さんといい、向こうは好意を持っているように見えるんだけど……とーちゃんが『かーちゃん大好き』なのは分かっている。だから本気で疑っている訳では無いのだけれど、かーちゃんが「とーちゃんはモテる」と評する意味を改めて実感した。

ジト―ッとした目で見る俺を無視して、とーちゃんは空気を払うように手を振った。
そして逆にじろっと俺を睨み返すと、真面目な顔で俺に指を突き出した。

「お前なぁ、お前に受験反対されるのが一番、晶に堪えるんだぞ。ただでさえ、家を出て行く決心して不安な所に落ち込ませてどうするんだ?」

そしてビシッと、とーちゃんのデコピンが、俺の額に決まった。

地味に痛い。

俺は額を擦りながら、反論した。

「俺が反対したって、ねーちゃん、気にしているようには見えなかったよ……。受験辞めないって言っていた」

ビシッ

「イタっ」

再び、デコピンが炸裂した。いてーよ……。

「何で晶が受験辞めなきゃなんないんだ。我儘言うのも大概にしろ。晶の事だから、思い付きじゃ無くて長い事考えて将来を決めたんだろ?それを弟が『寂しいからヤダ』って我儘言ったくらいで撤回できるか。……撤回できないくらい重要な決定で、それなのに大事な人間に自分の一生懸命にやっている事反対されたら、凹むだろ?ただでさえ本人が初めて外に出ようと決心して不安だろうに、更にお前が煽るなよ」

俺は、返事ができなかった。
とーちゃんが、高坂先輩と同じ事を言ったからだ。自分の非に気付いたばかりの生々しい擦り傷に塩を擦り込まれた気分だった。



やはり俺はまた、やってしまったのか。



ねーちゃんは俺のバスケも受験も応援してくれた。
それに力を貰って俺は頑張れた。

クラスで女子に苛められた時も、見守って励ましてくれた。だからめげずにこれまでやって来れたのに。
高坂先輩が、俺は『弟以上になれない』と指摘した意味を……痛感する。

ねーちゃんが自分の決めた進路に不安を抱いているっていう見方は今までしていなかった。俺の目にはねーちゃんは、自分の意見をしっかり持っていて全くぶれたりしないように映っていたけど……本人が不安を抱いていて、それでも頑張ろうって決意していたとしたら、そこに追い打ちをかけるように「寂しいから受験を諦めろ、離れて暮らすなら付き合えない」なんて脅すような事を言う男って……そいつは確実にねーちゃんが安心して頼れるような相手では無い。
信頼して寄り掛かれる『恋人』じゃなくて、やっぱり甘えた『弟』にしか過ぎない。



嫌だ。



俺は思った。
ねーちゃんに助けて貰うばかりじゃなくて、俺も助けたい。
彼女が頼れるくらいの―――人間になりたい。

離れる事を選ぶねーちゃんの選択に、納得はいっていない。
離れて付き合って行ける、自信も無い。

でも例え『弟』でしか無くても、一方的に甘えるだけの関係じゃなくて……今度は俺が、ねーちゃんを支えたい。

額を押さえていた手を降ろして、俺は俯いていた顔を上げた。

「とーちゃん。俺、ねーちゃんの役に立ちたい。正直言って、家を出て欲しく無いって気持ちは変わらない。だけど……」

とーちゃんは、その甘いマスクを綻ばせた。
俺は心を決めて一呼吸置いてから、決意したことを打ち明けた。それはここのところ、ずっと考えて来たことだった。

「ねーちゃんを出来るだけフォローしたい。ねーちゃんの受験勉強をの障害じゃ無くて、助けになりたい。こんな俺でも……何か出来る事あるのかな」

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