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・後日談・ 俺とねーちゃんのその後の話
27.初詣で絵馬を買って <清美>
しおりを挟むセンター試験まであと15日。
今年はねーちゃんと初詣に行けない。今頃彼女は自分の部屋で受験勉強中だ。
俺は今、北海道神宮の前に長く続く行列の中にうずもれてジリジリと亀の歩みで境内を進んでいる。この気の長い年中行事を今年共にするのは、バスケ部1年の有志達だ。
正月の深夜近くの北海道は極寒と言って良い。ダウンジャケットに耳掛け、マフラーをぐるぐる巻きにしてポケットにはカイロを仕込んでいる。ズボンの下は雪山でも温かく過ごせるスノボ用のスパッツをしっかり履いて来た。
俺は地崎と並んで、くだらない話をしながら時間を潰した。
話すたびに口から白い息が立ち昇る。押し合いへし合いする行列は、きっと境内に植えられた高い木の上から見下ろすと湯気の立った中華まんじゅうのセイロみたいに見えることだろう。
集まったのは10人ほど。鴻池と城田、2名の女子マネが加わっているせいか男どものテンションが何処となく高い。
やっと辿り着いた本殿の石段を登り、極太の縄を振って鈴を鳴らした。
カランカラン。
割と鈍く響く金の音を合図に皆で並んで礼を2回、それから拍手を2回打って。パンッパンッと乾いた複数の音が重なり響く。そして俺達は手を合わせて祈った。
ねーちゃんが、無事試験を突破できますように。
これは、自分の中に存在する『弟』部分全部を使って祈った。
『男』の部分の複雑な感情は、今は無視する事にする。
どうかねーちゃんの願いが叶いますように。
悔いの無いようにきっちり祈って、最後に頭を下げた。
皆がお御籤を買うと言うので、巫女さんが売り子をしている受付っぽい所でお守りを物色する。
『学業守』かぁ、『必勝守』?こっちかな?
俺は緑色のお守りを手にする。
「新人戦用?」
地崎がお守りを持って考えている俺の手元を覗き込んだ。
「いや、姉貴の受験用」
「……もしかして、熱心にお祈りしてたの、森先輩のことだけ?」
「え?そうだけど……」
「せっかくバスケ部皆で来たんだから、試合の事お願いしろよー。和を乱すな」
あーあ、負けたらお前のせいだ、と地崎が口を尖らせる。
「自分の事は自分で頑張るから、神頼みの必要ない。姉貴の事は応援する事しかできないから、お祈りするんだ」
「……ふーん、意外と良い事言うじゃん。言うだけの事やってくれよ、期待してるんだから。清美、俺の期待……裏切るなよ」
「お前もな」
隣で鴻池と城田が絵馬を選んでいた。
ララックマの可愛い絵馬を手にしている。
「俺も絵馬書こう」
合格絵馬と書かれた、紅白の的の中心に矢が当たった絵馬を手に取る。
それを見て呆れたように溜息を吐いた鴻池が、白けた視線を俺に送った。少し嫌そうに、お守りを指さして言う。
「お姉さんの受験用だったら『必勝守』じゃなくて、そっちの白い『合格守』じゃない?」
嫌そうにしながらも、つい親切に指摘せずにはいられない所が鴻池らしい。
「お、ホントだ。ありがとう、鴻池」
合格守と合格絵馬を無事購入し、記帳台で『必勝 森晶』と記入して、絵馬が山のようにぶら下がっている木製の吊下場所の上に重ねて掛けて、手を合わせた。
隣でララックマに『新人戦優勝』と丁寧に書いていた鴻池が、そんな俺を見てげっそりした顔をしていた。
それは以前の悲しいような、怒ったような表情では無い。
本殿を出た後境内を歩いていると、隣を歩く鴻池がボソリと呟いた。
「冷静になると……引くくらい、あんたって『どシスコン』だね」
「ありがとう」
「褒めてない。濃すぎる。……なんか逆にお姉さんが気の毒になってきた」
「ありがとう」
「だから、褒めてないっつーてるでしょ」
なんか、鴻池の態度が変わり過ぎなんですけど。
でも以前がおかしかったのかもしれない。今の辛辣な鴻池のほうが、しっくり来る。
俺が言うのも何だけど、以前の鴻池の態度はまさに『恋は盲目』という言葉にぴったりだった。憑き物が落ちたような鴻池の隣は歩き易い。
サッパリとした表情の鴻池を見ていると、ふと思う。
ねーちゃんが受験を無事突破し、俺達の家から出て行った後。
夢から醒めた俺の頭もこの執着心を―――ただの若い煩悩が作り上げた気の迷いだと、冷静に判断するようになるのだろうか……?
俺の抱えているこの狂おしい想いが、思春期に誰もが通過する一過性の『恋』だというなら。
吐き出したこの白い息のように……いつか空気に溶けて見えなくなってしまうのだろうか。
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