124 / 211
・後日談・ 俺とねーちゃんのその後の話
43.諦めないで <清美>
しおりを挟む「晶さん、俺と結婚を前提にお付き合いしてください」
「……は?」
ねーちゃんは正面で番茶の入ったマグカップを持ったまま固まっている。その手からカップが離れそうになって、思わず俺は彼女の小さな白い手ごと、それを掴んだ。
「あっ……」
不意の出来事に驚く彼女が声を上げた。
その時俺は単純に感動していた。
柔らかい……。
久しぶりに触れた彼女の手は小さくて……柔らかかった。
俺は慎重にその手の中からカップを取り外し卓袱台の上に置いた。
だけど、彼女の華奢な両手から手を引くことができない。
「あの、清美……今何て」
「俺とお付き合いしてください……結婚を前提に」
「な……」
彼女は絶句していた。
予想もしていなかった……?
だから俺を泊める事にひと欠片の躊躇も見せ無かったのか。
彼女が家を出てからずっと、俺は距離を保つ努力をしていた。安易に触れないように、彼女の優しさに付け込んでなし崩しに縋ってしまわないように。
時に寂しさにどうしようもなく辛くなってしまう時もあったけれど、彼女を手に入れると覚悟し、高坂先輩に宣言してから俺はバスケと勉強に力を注いだ。脇目も降らず努力に努力を重ねた。
適度な距離を維持したことが幸いしてか、夏休みや冬休みの帰省では徐々に彼女の様子から強張りが解けるのを感じていた。俺のいる場所でも以前のようにリラックスするようになった事にホッとする反面、俺にもっと執着して拘って欲しいのに……と焦れてしまう意識も消えなかった。もっと男を警戒するべきだと、心の中では苦々しく思う日もあった。
「何を……急に。……からかっているの?」
「からかってなんか、無い」
俺は小さな卓袱台を押しのけて、彼女ににじり寄った。その間ずっと彼女の瞑らな瞳を見据えたままだ。魔法で固定されたかのように、彼女の瞳も俺の目から逸らす事ができないようだ。
「聞いて」
彼女の両手を包む掌に少し力を籠める。あくまで慎重に。痛みなど決して与えぬよう、俺の熱量だけがよく伝わるように気を付けた。
「ねーちゃんの事が……好きなんだ。諦めるのなんか無理だ。だからねーちゃんが卒業する時、決めたんだ。離れるのが無理なら、俺がねーちゃんに着いて行こうって」
「清美……」
「2年間頑張ったよ。大学もねーちゃんの近くに決めたけど、大学の間だけじゃなく卒業してもずっと傍にいたい。だからねーちゃんがやりたい事や行きたい処を制限するんじゃなくて、俺が着いていく事に決めたんだ。これからもずっと」
俺が見つめる先で黒曜石の瞳が揺れた。
「そんな……ダメだよ……清美は私に縛られちゃ……」
彼女は弱々しく首を振った。
「高坂先輩に聞いた。俺の事、考えてくれたんでしょう?俺がねーちゃんを脅すような事言ったから。バスケなんて辞めるって、ねーちゃんを失うくらいならって。ねーちゃんに依存して俺が駄目になるって思った?」
「……」
「自分を盾に取るような事言って、ゴメン。本当に俺、子供だった。ねーちゃんが心配して離れようと考えたのは、その所為だって今では分かってるよ。でも、ねーちゃん……」
俺を見上げる双眸が潤んで溢れそうだ。
辛そうな表情なのに、何故か俺はそれを見ているのが嬉しい。俺がそうさせているのだと思うと、背筋に震えがくるほど嬉しさが湧き上がってくる。
「ねーちゃん、お願いだ。俺を諦めないで」
ねーちゃんが息を呑むのが判った。
「俺も努力する。でも、ねーちゃんも諦めないで。俺がねーちゃんに依存してグダグダになってしまうのが、辛かったんでしょう?本当にそうなってしまいそうなほど、俺がねーちゃんを好きなのは事実だ。だけど……それでも一緒にいられるよう努力してよ。俺も努力する……だけど、ねーちゃんが何も言わずに俺を諦めてしまったら、俺にはどうしようも無いんだ」
ねーちゃんの目から溢れた雫が頬を伝った。
「ねーちゃん、俺を諦めないで……」
俺はそれ以上言葉を繋げる事が出来ずに、小さな体を引き寄せた。それはすっぽりと俺の腕の中に納まった。
愛しすぎて、胸が潰れそうだ。
俺は祈った。もう、声には出せなかった。声を出そうとすれば、嗚咽が漏れてしまいそうだったから。
どのくらい、そうしていただろう。ふと、抱き込んでいる小さな存在がもぞもぞと身じろぎするのを感じた。
脇からそっと小さな柔らかい手が這い出して来て、それがそっと背中に回った。
ドキンと心臓が跳ねた。
華奢な掌が、ポンポンと俺の広い背中を宥めるように叩く。
その意味を正しく知りたいような、知りたく無いような―――崖っぷちでバンジージャンプの準備をしているようなギリギリの状態にいるような気持ちになる。
今、腕の中の愛しい存在は俺の抱擁を受け入れてくれているように感じる。
でもそれは一体、どういう意味で……?
気持ちが整うまで、暫く時間を要した。
そして漸く勇気を持って体を離す。
蕾が花開くように、抱き込んだ存在を改めて解放する。
それは優しい表情で俺を包み込むように見ていた。
綺麗だ。そう思った。
涙で頬は濡れて、抱き込まれたせいで前髪は跳ねて捻じれていたけれども。
「清美、大好き」
「……っ」
「約束する……私も清美を諦めない」
その時何が起こったか把握できなかった。
余りに嬉しすぎて、脳がショートしちゃったみたいだ。
固まったまま食い入るように彼女を見ている俺の胸に、今度は彼女から飛び込んできた。
そっと小さな額ごと、体を寄せてくる。
「ありがとう……私を諦めないでくれて」
思考が戻ったとき、小さな悲鳴が聞こえた。
気付くと俺は彼女の体を抱え上げ、羽交い絞めにするように抱きしめていた。嬉しくてグルグルその場を回ってしまう。こじんまりとした部屋だから危うく家具にぶつかりそうになったけれども、それは自慢の反射神経で回避した。
それからボフンと脇に寄せられていた客用布団に着地する。ねーちゃんが俺用にレンタルしてくれた布団はフカフカで良い匂いがした。
仰向けにおろしたねーちゃんの上に腕を支えにして覆い被さり、真っ赤に染まった頬や潤んだつぶらな瞳をじっくりと観察する。
あー、何だか頬が緩んでしょうがない。
こちらを見上げるねーちゃんも、ほんわりとした笑顔を返してくれる。
「ねーちゃん……名前で呼んでも良い?」
「……うん」
「晶……」
俺はゆっくりとその魅力的な小さな唇に近づいて行った。届く寸前で目を閉じると、ふにっと唇から何とも言えない感触が伝わって来る。
2年ぶりの感触に、俺の心臓は爆発しそうに早鐘を打ち始めた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
英雄の番が名乗るまで
長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。
大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。
※小説家になろうにも投稿
白い結婚は無理でした(涙)
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。
明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。
白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。
どうぞよろしくお願いいたします。
恋人、はじめました。
桜庭かなめ
恋愛
紙透明斗のクラスには、青山氷織という女子生徒がいる。才色兼備な氷織は男子中心にたくさん告白されているが、全て断っている。クールで笑顔を全然見せないことや銀髪であること。「氷織」という名前から『絶対零嬢』と呼ぶ人も。
明斗は半年ほど前に一目惚れしてから、氷織に恋心を抱き続けている。しかし、フラれるかもしれないと恐れ、告白できずにいた。
ある春の日の放課後。ゴミを散らしてしまう氷織を見つけ、明斗は彼女のことを助ける。その際、明斗は勇気を出して氷織に告白する。
「これまでの告白とは違い、胸がほんのり温かくなりました。好意からかは分かりませんが。断る気にはなれません」
「……それなら、俺とお試しで付き合ってみるのはどうだろう?」
明斗からのそんな提案を氷織が受け入れ、2人のお試しの恋人関係が始まった。
一緒にお昼ご飯を食べたり、放課後デートしたり、氷織が明斗のバイト先に来たり、お互いの家に行ったり。そんな日々を重ねるうちに、距離が縮み、氷織の表情も少しずつ豊かになっていく。告白、そして、お試しの恋人関係から始まる甘くて爽やかな学園青春ラブコメディ!
※特別編9が完結しました!(2026.3.6)
※小説家になろう(N6867GW)、カクヨムでも公開しています。
※お気に入り登録、感想などお待ちしています。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
溺婚
明日葉
恋愛
香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。
以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。
イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。
「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。
何がどうしてこうなった?
平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?
訳あり冷徹社長はただの優男でした
あさの紅茶
恋愛
独身喪女の私に、突然お姉ちゃんが子供(2歳)を押し付けてきた
いや、待て
育児放棄にも程があるでしょう
音信不通の姉
泣き出す子供
父親は誰だよ
怒り心頭の中、なしくずし的に子育てをすることになった私、橋本美咲(23歳)
これはもう、人生詰んだと思った
**********
この作品は他のサイトにも掲載しています
さよなら、私の初恋の人
キムラましゅろう
恋愛
さよなら私のかわいい王子さま。
破天荒で常識外れで魔術バカの、私の優しくて愛しい王子さま。
出会いは10歳。
世話係に任命されたのも10歳。
それから5年間、リリシャは問題行動の多い末っ子王子ハロルドの世話を焼き続けてきた。
そんなリリシャにハロルドも信頼を寄せていて。
だけどいつまでも子供のままではいられない。
ハロルドの婚約者選定の話が上がり出し、リリシャは引き際を悟る。
いつもながらの完全ご都合主義。
作中「GGL」というBL要素のある本に触れる箇所があります。
直接的な描写はありませんが、地雷の方はご自衛をお願いいたします。
※関連作品『懐妊したポンコツ妻は夫から自立したい』
誤字脱字の宝庫です。温かい目でお読み頂けますと幸いです。
小説家になろうさんでも時差投稿します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる