俺のねーちゃんは人見知りがはげしい

ねがえり太郎

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・後日談・ 俺とねーちゃんのその後の話

43.諦めないで <清美>

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「晶さん、俺と結婚を前提にお付き合いしてください」
「……は?」

ねーちゃんは正面で番茶の入ったマグカップを持ったまま固まっている。その手からカップが離れそうになって、思わず俺は彼女の小さな白い手ごと、それを掴んだ。

「あっ……」

不意の出来事に驚く彼女が声を上げた。
その時俺は単純に感動していた。

柔らかい……。

久しぶりに触れた彼女の手は小さくて……柔らかかった。
俺は慎重にその手の中からカップを取り外し卓袱台の上に置いた。
だけど、彼女の華奢な両手から手を引くことができない。

「あの、清美……今何て」
「俺とお付き合いしてください……結婚を前提に」
「な……」

彼女は絶句していた。

予想もしていなかった……?
だから俺を泊める事にひと欠片の躊躇も見せ無かったのか。






彼女が家を出てからずっと、俺は距離を保つ努力をしていた。安易に触れないように、彼女の優しさに付け込んでなし崩しに縋ってしまわないように。
時に寂しさにどうしようもなく辛くなってしまう時もあったけれど、彼女を手に入れると覚悟し、高坂先輩に宣言してから俺はバスケと勉強に力を注いだ。脇目も降らず努力に努力を重ねた。

適度な距離を維持したことが幸いしてか、夏休みや冬休みの帰省では徐々に彼女の様子から強張りが解けるのを感じていた。俺のいる場所でも以前のようにリラックスするようになった事にホッとする反面、俺にもっと執着して拘って欲しいのに……と焦れてしまう意識も消えなかった。もっと男を警戒するべきだと、心の中では苦々しく思う日もあった。






「何を……急に。……からかっているの?」
「からかってなんか、無い」

俺は小さな卓袱台を押しのけて、彼女ににじり寄った。その間ずっと彼女の瞑らな瞳を見据えたままだ。魔法で固定されたかのように、彼女の瞳も俺の目から逸らす事ができないようだ。

「聞いて」

彼女の両手を包む掌に少し力を籠める。あくまで慎重に。痛みなど決して与えぬよう、俺の熱量だけがよく伝わるように気を付けた。

「ねーちゃんの事が……好きなんだ。諦めるのなんか無理だ。だからねーちゃんが卒業する時、決めたんだ。離れるのが無理なら、俺がねーちゃんに着いて行こうって」
「清美……」
「2年間頑張ったよ。大学もねーちゃんの近くに決めたけど、大学の間だけじゃなく卒業してもずっと傍にいたい。だからねーちゃんがやりたい事や行きたい処を制限するんじゃなくて、俺が着いていく事に決めたんだ。これからもずっと」

俺が見つめる先で黒曜石の瞳が揺れた。

「そんな……ダメだよ……清美は私に縛られちゃ……」

彼女は弱々しく首を振った。

「高坂先輩に聞いた。俺の事、考えてくれたんでしょう?俺がねーちゃんを脅すような事言ったから。バスケなんて辞めるって、ねーちゃんを失うくらいならって。ねーちゃんに依存して俺が駄目になるって思った?」
「……」
「自分を盾に取るような事言って、ゴメン。本当に俺、子供だった。ねーちゃんが心配して離れようと考えたのは、その所為だって今では分かってるよ。でも、ねーちゃん……」

俺を見上げる双眸が潤んで溢れそうだ。
辛そうな表情なのに、何故か俺はそれを見ているのが嬉しい。俺がそうさせているのだと思うと、背筋に震えがくるほど嬉しさが湧き上がってくる。



「ねーちゃん、お願いだ。俺を諦めないで」



ねーちゃんが息を呑むのが判った。

「俺も努力する。でも、ねーちゃんも諦めないで。俺がねーちゃんに依存してグダグダになってしまうのが、辛かったんでしょう?本当にそうなってしまいそうなほど、俺がねーちゃんを好きなのは事実だ。だけど……それでも一緒にいられるよう努力してよ。俺も努力する……だけど、ねーちゃんが何も言わずに俺を諦めてしまったら、俺にはどうしようも無いんだ」

ねーちゃんの目から溢れた雫が頬を伝った。

「ねーちゃん、俺を諦めないで……」

俺はそれ以上言葉を繋げる事が出来ずに、小さな体を引き寄せた。それはすっぽりと俺の腕の中に納まった。

いとしすぎて、胸が潰れそうだ。
俺は祈った。もう、声には出せなかった。声を出そうとすれば、嗚咽が漏れてしまいそうだったから。



どのくらい、そうしていただろう。ふと、抱き込んでいる小さな存在がもぞもぞと身じろぎするのを感じた。
脇からそっと小さな柔らかい手が這い出して来て、それがそっと背中に回った。

ドキンと心臓が跳ねた。

華奢な掌が、ポンポンと俺の広い背中を宥めるように叩く。

その意味を正しく知りたいような、知りたく無いような―――崖っぷちでバンジージャンプの準備をしているようなギリギリの状態にいるような気持ちになる。
今、腕の中の愛しい存在は俺の抱擁を受け入れてくれているように感じる。

でもそれは一体、どういう意味で……?

気持ちが整うまで、暫く時間を要した。
そして漸く勇気を持って体を離す。

蕾が花開くように、抱き込んだ存在を改めて解放する。
それは優しい表情で俺を包み込むように見ていた。



綺麗だ。そう思った。



涙で頬は濡れて、抱き込まれたせいで前髪は跳ねて捻じれていたけれども。



「清美、大好き」
「……っ」
「約束する……私も清美を諦めない」



その時何が起こったか把握できなかった。
余りに嬉しすぎて、脳がショートしちゃったみたいだ。
固まったまま食い入るように彼女を見ている俺の胸に、今度は彼女から飛び込んできた。
そっと小さな額ごと、体を寄せてくる。



「ありがとう……私を諦めないでくれて」



思考が戻ったとき、小さな悲鳴が聞こえた。
気付くと俺は彼女の体を抱え上げ、羽交い絞めにするように抱きしめていた。嬉しくてグルグルその場を回ってしまう。こじんまりとした部屋だから危うく家具にぶつかりそうになったけれども、それは自慢の反射神経で回避した。
それからボフンと脇に寄せられていた客用布団に着地する。ねーちゃんが俺用にレンタルしてくれた布団はフカフカで良い匂いがした。

仰向けにおろしたねーちゃんの上に腕を支えにして覆い被さり、真っ赤に染まった頬や潤んだつぶらな瞳をじっくりと観察する。

あー、何だか頬が緩んでしょうがない。
こちらを見上げるねーちゃんも、ほんわりとした笑顔を返してくれる。

「ねーちゃん……名前で呼んでも良い?」
「……うん」
「晶……」

俺はゆっくりとその魅力的な小さな唇に近づいて行った。届く寸前で目を閉じると、ふにっと唇から何とも言えない感触が伝わって来る。



2年ぶりの感触に、俺の心臓は爆発しそうに早鐘を打ち始めた。

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