捕獲されました。

ねがえり太郎

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新妻・卯月の仙台暮らし

13.子供ですか?

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『どうしても我慢できないこと』の後のお話です。
卯月視点に戻ります。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 うータンがケージに戻ってしまった。ケージを見つめながら運動場の入口を閉めるたけしさんの背中は、何だか寂しそう。

 私がうータンの鼻づらを撫でている時に、騙し討ちのように抜けかけた毛束を引き抜いてしまった丈さん。長いうさぎ不足が祟り無意識に手が伸びてしまったらしい。自分の行いに暫く気が付かずキョトンとしていた丈さんの顔を見て、思わず笑わずにはいられなくなった。だって『今度はもっと上手くやる』なんて拗ねた調子で言うんだもの……!

 思わず想像してしまった。うータンがノンビリ寛いでいる背後からそっと近づき、慎重に飛び出した毛束を引き抜く。その眼光は鷹のように鋭い……なんせ丈さんは真剣になればなるほどコワモテになるのだ。そして終にミッション終了!気付かれる事無くふさふさの冬毛を引き抜く事に成功した丈さんは、クイッと眼鏡のツルを触って得意げな顔をするのだ!うっぷ、お……可笑し過ぎる……!!

 申し訳ないけれど腹筋が軽く引き攣るほど笑ってしまった。その罪悪感もあって、取り成すようにスマホでうさぎ画像を検索する。うータンの籠ったケージをジットリと見つめる丈さんが何だか可哀想になって来たのだ。彼の気分がちょっとでも浮上すれば良いなぁ。

「丈さん!ね、ちょっとコレ見て?」

 ソファに手招きすると彼はこちらに戻って来て、私の隣に腰を下ろす。

「可愛いでしょ?」

 うータンに放置されていた間にアチコチ巡回して見つけた、愛らしいうさぎ達のお勧め画像。ミミのようなネザー系やうータンのようなレッキスも良いけれど、垂れ耳さんも捨てがたい。

「ロップイヤーか」
「可愛いよね」
「そうだな」

 ん?ちょっと声に張りが戻って来たような気がする。自分の目論見が成功したようで嬉しい。じゃあ次のお勧めはっと。

「じゃあ、次はライオンラビット!」

 これはこの間見つけたばかり。ライオンラビットがブラッシングされている様子を一部始終撮影している動画だ。『ライオンラビット』と言うのはベルギー原産の耳の短いうさぎで、ライオンのたてがみみたいに見えるふわふわな毛が特徴。まだ私は本物を見たことがない。

「随分大人しいな」

 丈さんは感心したように、その動画に見入る。そうなの、このライオン君ほとんどブラッシングに抵抗しないんだよね。飼い主さんは片手を彼のお腹に入れて膝の上に持ち上げ、ゴシゴシと使い捨てのペット用ボディータオルで体を丹念に拭いて行く。背中、頭、お尻、足……それからお腹。うーん、こんなに徹底的に拭くんだ。私はどうしても遠慮しがちになっちゃうなぁ、うータンに嫌がられそうだし。

「うータンだったら、ここまでジッとしてないよね」
「少なくとも片手で保定は無理だな。このライオンラビット、足が浮いたままなのによく黙ってるな。」

 大抵のうさぎは皆そうだと思うけど、うータンはお腹や足が浮いてるとどうしてもソワソワしちゃうんだよね。メスだからオスより神経質だったりするのかな?このライオン君が、特に人馴れしている子だったりとか?それともこれって、単なる個体ごとの性格の違い?

「ほら、ブラッシング中も全然逃げようとしないの」

 今度は逆さに引っ繰り返されて、更にお尻と尻尾をスリッカーズ(目の粗い櫛のようなもの)で念入りに梳かしつけられている。これ、嫌だろうなぁ……うータンならすかさずケリを繰り出す所だ。それとも随分簡単そうに抱っこしているけど、よっぽど飼い主さんのテクニックが素晴らしいのかな?うータンは抱っこ自体もあまり好きじゃないんだよね……。

 ブラッシングの工程全てが完了して、飼い主さんはライオン君を再び元の姿勢に戻した。それから両手で肩を軽く掴み、フリフリと優しく体を揺する。すると”カリカリカリ……!”と我に返ったように、ライオン君が床を掘り始めた。それからピョン!と飼い主さんの膝の間から逃れてしまう。その仕草に思わず私達は笑った。

「もしかして呆然としていただけなのか?」
「拘束されて少しはイラっとしてたみたいだね。でもうータンより抗議の仕方が穏やかだなぁ。やっぱりこの子は大人しい性格なのかも」

 動画が終わって次に何を見せよう……と少し考えてから、保存済みのブックマークに触れる。次に開いたウエブサイトを目にして、丈さんが口を開いた。

「『うさぎひろば』?」

 そう、私が開いたのは『うさぎひろば』のホームページだ。実はこれ、伊都さんが作ったんだそう。うさぎ以外の事だと心配になっちゃうくらい自信なさげな彼女だけど、理数系なんだね。あんな華奢で小柄な女の子って見た目の人がこういうモノをテキパキ作れるなんて意外だし、スゴイと思う。うさぎ達の写真も全部伊都さんが撮影したものだとか。プロが撮ったみたいにどの子も可愛く写ってる。ちなみにサイトの写真の中に店長さんは写っていても、伊都さんは写っていない。撮影担当と言うだけじゃなく彼女は写真に写るのが苦手なんだそうだ。あんなに可愛いのにもったいないよね。

「ええと……あ、コレコレ」

 ブログ画面に移り変わり、黒い子うさぎが映し出された。

「店頭に出す子うさぎは、まずブログで紹介するんだって。だからお店デビューする前から売約済みになる子も多いらしいよ」
「確かにほとんど札が着いてたよな。けっこう良い値だったと思うが」
「そう言えば焦げ茶のネザー君はまだ飼い主決まってなかったよね」
「そうだな」

 丈さんにスマホを渡すと、スクロールしてジックリと検分するようにうさぎ達の写真を一つ一つ眺めている。眉を寄せて目を鋭く細める様子は一見するとスナイパーのようだ。たぶん真面目に眺めているだけだと思うけど。そして『コイツ可愛いな』なんて心の中では思っているのだと思うけれど。知らない人がこの様子を見掛けたら、難しい経済ニュースでも読んでいるように見えるんだろうな。

 一通りブログを確認した後、彼はまた最初に戻り黒いネザーランドドワーフの写真を眺めている。やっぱりミミを思い出しているのかな……?

「ねぇ、丈さん?」
「ん?」
「この子、飼いたい?」

 私の質問に丈さんは少し息を飲んだような気がした。
 一瞬の沈黙。それから顔を上げてゆっくり首を横に振った。

「いや……どうしてだ?」
「うん、その……丈さん、ミミが懐かしいんじゃないかなって思って。あ!お世話はね、もちろん私がするよ。だって丈さん、お仕事忙しいしね。でもお時間ある時にはドンドン触れ合って貰えればって思うんだけど……」
「……」

 すると丈さんは再びスマホの画面に目をやって、黙ってしまった。暫くその沈黙を見守っていたけれども―――耐え切れなくなった私が再び口を開こうとした時、丈さんが今度は溜息を吐いて首を振った。

「うータンだけで十分だ」

 静かな返答に、胸がキュッと縮んだ。ヒヤリとした。もしかして……この提案、余計なお節介だったのかも?と思い至ったのだ。寂し気な横顔にドキリとする。私は慌てて目を瞑って謝った。

「丈さん!ゴメンね」
「何がだ?」
「この子は似てるけど、ミミじゃないもんね。代わりにって発想自体が……お節介だったかなって」

 すると丈さんは再びスマホから視線を上げ、私をまっすぐに見つめる。何を考えているか読めない真顔で私をジッと見つめ……そしてゆっくりと口元を綻ばせ、私の頭にポンと大きな手を置いた。

「そう言うわけじゃない。ただ多頭飼いは難しそうだと思っただけだ。うータンの性格上、他のうさぎが縄張りにいるのを喜ばないような気がしてな。やっとこの部屋に慣れた所だし」
「そっか、そうだよね……」

 丈さんが心配してくれたのはうータンの環境だった。飼い主の私こそがそれを第一に考えなきゃならなかったのに。すっかり彼女に対する配慮が抜け落ちてしまっていた!姫様気質のうータンが他のうさぎと共存出来る?……うん、これはかなり難しそうだ。だってほんの子うさぎの時に私の所に来て以来、うータンは他のうさぎと接した事が無いのだ。

「心配してくれて、有難うな」

 ポンポンと頭を撫でられて、ひどく恥ずかしくなる。うっ……何か丈さんに子ども扱いされているような気が……。せっかく大人の女を目指しているのに、全然そこに到達できていないって思い知ってしまう。所詮私の小さな背伸びなど、ずっと大人の丈さんからしたら違いだと分からないほどの些細なものなのかもしれない。優しい声で慰めるように言ってくれるのは嬉しい。大切にされてるなって思う。だけど―――なんだか悔しい!

 頭を撫でる大きな手を、私は両手でガシっ掴んだ。そしてキッと丈さんを睨みつける。

「もう!子ども扱いしないで!」

 言ってしまってから気が付いた―――この台詞、滅茶苦茶『子供』っぽい!電気ケトルで瞬時に沸かしたお湯みたいに、カッと頬が厚くなった。すると一瞬目を丸くした丈さんが、ふっと口元を緩ませてこう呟いたのだ。



「……そんなこと、するワケがない」



 その笑顔に色気が滲み出ているような気がして、ギクリとする。頭の上にあった温かい大きな掌が、スルリと私の頬に落ちて来て―――アッと言う間に唇を塞がれた。


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