捕獲されました。

ねがえり太郎

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新妻・卯月の仙台暮らし

23.懐かしい人に会いました。

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 たけしさんの本社時代の部下だった阿部さんが、出張で仙台支店にやって来た。一緒にお昼でも食べようと彼が提案してくれたので、会社のお昼休みに合わせて長町駅の近くにあるお蕎麦屋さんに足を向ける。早めに着いた私は前もって予約していた席でメニューを眺めていた。暫くして入口から、威圧感さえ漂うほど背が高い丈さんと、対照的な雰囲気の阿部さんが現れた。

「大谷さん!久し振り!」

 手を振ってクシャッと笑顔を作る阿部さん。
 久しぶりに旧姓で呼ばれた。何だか新鮮に感じる。

「お久し振りです!」

 懐かしくって思わず立ち上がりつつ、胸の位置で両手を振ってしまう。

 阿部さんは彼がいないと課が回らないってほど物凄く仕事の出来る人なんだけど、雰囲気は丈さんと正反対だ。一見チャラ……じゃなくて、親しみやすいタイプ。特にイケメン!ってわけじゃないけど、面倒見が良いので営業課のキラキラ女子達にも好かれていた。一人の方はちょっと本気で狙っていたと思う。その頃阿部さんには彼女がいたからどうにもなっていないハズ……とは思うけど、詳しくは知らない。総務課に異動した後は、キラキラ女子達とほとんど関わっていなかったし。阿部さん、まだあの頃の彼女と付き合っているのかな?

 例えば丈さんなんかは、空気が震えるほどの殺気を常に発しているから間違っても職場で気軽に話し掛けられないけど、阿部さんは世間話にも乗ってくれそうな雰囲気がある。派遣女子の私達も気楽に話し掛けられる存在だ。そう言う人が一人いると心強いんだよね。何か失敗しても阿部さんだったら怒鳴りつけたりしないだろうから、相談し易いもん。

 奥側の席を勧めると、阿部さんは恐縮しつつ腰掛けた。丈さんは私の隣に腰掛けて、手元のメニューを覗き込む。

「遅くなって悪かった。もう注文したのか?」
「今来たばかりだから、まだだよ。―――あ、阿部さん、メニューどうぞ!」
「ありがとう」

 二つあるメニューのうち一つを広げて差し出すと、阿部さんはニッコリ笑って受け取ってくれた。注文を終えておしぼりで手を拭く彼に、私は尋ねる。

「今日、本社に戻るんですか?」
「そ、昨日来てもう東京帰るの。可哀想でしょ?」

 阿部さんは溜息を吐いて、丈さんにジトっとした視線を向けた。

「もっとゆっくりして美味しいものも色々食べたかったのに……!三好さんと亀田課長が去年出張した時は、確か一週間くらいだったっすよね?」
「内容から言ったら日帰りでも良いくらいだ。それに去年の出張は欠員があっての応援だから一泊で済むわけないだろう」

 拗ねる阿部さんの愚痴をにべもなく切り捨てる丈さん。やっぱり職場では相変わらず厳しいようだ。最近優しいから、もしかしたら職場でも少し柔らかくなったのかも?なんてチラっと考えたりもしたけど。

「亀田課長、厳しいっす!もー、冗談じゃないすかー!」

 そんな冷酷な態度にもすっかり慣れている様子の阿部さん。あくまで軽く薄く返すのを目にして、思わず笑ってしまった。丈さんも彼の気持ちは分かっているようで、言葉の厳しさとは裏腹に表情は優しい。
 あくまで当社比だけどね、うっすら口元と目元が緩んでいるのが分かる程度。

 支店と本店はオンラインで繋がっていて顔を見て連絡を取るのは可能なんだけど、定期的に本社の営業課から実地で指導とチェックが入るんだって。今回仙台支店を担当することになったのが阿部さんだとか。

「実際阿部はただ、飲みに来たようなもんだろう?職場でも女性社員としゃべっている場面しか見てないぞ。ちゃんと営業課の奴等に指導はしたんだろうな?」
「えぇっ……?!」

 丈さんが珍しく揶揄うように言うと、阿部さんは明らかに動揺して視線を彷徨わせた。丈さん、何だかとっても楽しそう……って言うか微かに浮かれてる?
 そう言えば職場の部下達とまだあまりコミュニケーション取れていないって言ってたもんね。信頼できる相手と久し振りに会えて、きっと嬉しいんだろうな。

 丈さんはもう部長になってしまったので営業課を指導する阿部さんと最初の挨拶以降会社内では行動を共にしていなくて、どうやらたまたま通りすがりに見掛けた時に阿部さんが女子社員に囲まれていたのを見掛けたそうだ。

「な、何を言うんですか!それ、たまたまですよ。それに指導って言ってもですね……亀田課長がいるのに、今更仙台支店で俺なんかが何を言えるって言うんですか」

 確かにちょっとやりづらいよね。元の上司に文句付けるみたいになっちゃうのは。ちょっと同情的になった所で、阿部さんが良い事を思いついたと言うように眉を上げた。

「そう言えば聞きましたよ!『支店に革命起こした』つって、偉い騒ぎになったらしいじゃないですか」

『革命』?随分大袈裟な単語だけど―――いったい丈さんは何をしたんだろう?阿部さんの視線を追って丈さんの顔を興味津々で覗き込む。するとチラリと私を気にしてから、阿部さんに向かって苦々しい顔で丈さんは呟いた。



「―――当り前のことを当たり前にやれ、と言っているだけだ」
「……それが厳しいんっすよ!」



『当り前のことを当たり前に』……それが一般人には難しいんだよなぁ。丈さんの『当り前』ってハードル高いもの……!

 出会った頃を思い出して、思わずどんよりとした気分になった。支店の人達が『革命』って言う気持ちも何となく想像出来る。丈さんの言い方や態度もなぁ……あの目で睨まれると、頭に水を掛けられるくらいの気持ちになる人もいるだろう。かつて私のようにね……。と遠い目をしてしまう。
 桂沢部長は如何にも優しそうな柔らかい雰囲気の人だったから、特に支店の人達にとってはギャップが凄いんだろうな。ひょっとすると職場環境が一遍するくらいかもしれない―――これは部外者の想像でしかないけど。

『うさぎひろば』で知り合った仙台支店の丈さんの部下(の部下?)、戸次さんは職場の彼について私には何も言って無かったけれど―――最初バッタリ丈さんと遭遇した時思わず視線を逸らして逃げちゃったと聞いているから、たぶん、いやかなり怖いイメージが定着しているんだろう。

 見た目も迫力あるしね……眼光も鋭いし……なんせ『コワモテ冷徹銀縁眼鏡』だもんね。あ、でも。新しい眼鏡に変わったから、ちょっと見た目が優しくなったと思うんだけどな。

「でも、ちょっと近寄り易い雰囲気になったと思いません?」

 私がフォローするようにそう言うと、阿部さんが大きく頷いた。

「ひょっとして、眼鏡選んだの大谷さん?」
「はい!あ、でも眼鏡屋さんのお勧めの中から選んだんですけど」
「やっぱりね、最初見た時驚いたよ」

 そう言って阿部さんは急に真顔になった。

「仙台支店の女の子達も衝撃受けたらしくって、根掘り葉掘り聞かれたんだよ―――あ、そうですよ!女の子に囲まれたの亀田課長……じゃなくて『部長』の所為っすよ?!」

 阿部さんが思い出したように反論を始めた。

 え?『衝撃』って?
 何だか嫌な予感がする……。

 丈さんはと言うと阿部さんの反論がピンと来ないようだ。勢い込んで話そうとする彼を、ちょうど配膳されたばかりのランチメニューを受け取って店員さんに目礼しつつスルーしている。その流れで阿部さんもランチのお盆を受け取ってテーブルに置く。そして一呼吸おいてから、少し不満げに零した。



「昨日の飲み会でもエラいモテてたじゃないですかー!ズルいっすよ、ここに独身の男が余っているって言うのに、既婚者がモテちゃ駄目じゃないすかー」



 軽い感じで言って、阿部さんは笑った。
 たぶん、これも冗談半分なハズ……後から考えると、そう思う。

 そう、昨日は阿部さんを囲む支店の飲み会があったのだ。丈さんから『遅くなるから先に寝ているように』と言われていた。だけどあまり直ぐ寝るのも何だかなぁってけっこう遅くまで起きていたんだけど、結局最後には丈さんを待ちきれずに申し訳ないけど眠りに就いてしまった。阿部さんと遅くまで飲んでるんだろうなって想像したから。

「えっ……モテ……」

 うっかり動揺してしまった私に気が付いて、阿部さんが「あっ」と言う顔をした。そして慌てて自分の顔の前で手を振って、否定する。

「あっ、違うッすよ!別に亀田部長がどうってワケじゃ無くて、女の子の方が勝手に近寄って騒いでいただけで―――」
「ち、『近寄って』……」

 阿部さんの不用意な台詞にまたしても動揺してしまう。
 動揺?……いや、これは嫉妬か?!

「ああ!ホントに!全然、大丈夫なんで!気にしなくってイイっす!」

 色を失くした私を目にして、当の阿部さんの顔にも動揺が走る。その動揺を目にした私の心に不安が広がってしまうと言う、悪循環だ。阿部さんなんか動揺し過ぎて、私にもうっかり敬語を使っちゃってるし。



卯月うづき



 そこで隣から静かな、落ち着いた声が届いてハッとする。顔を向けると、丈さんがいつもの真顔で私をジッと見つめていた。少し不快気に眉根を寄せている。

「阿部が勝手に言ってるだけだ」

 その声には偽りは混じっていない。
 分かる。たぶん、丈さんにとってはそうなのだろう。

「う……ええと、はい」

 私は目を伏せて頷いた。向かい側からホッとした空気が響いて来る。うん、お客様の前でこれ以上動揺しては行けない。私はモヤモヤを振り払って顔を上げた。



「……阿部さん、そう言えば今日帰るんですよね。もうお土産買いました?」



 おずおずと話題を変えると、その場が少し明るくなったような気がした。阿部さんも緊張を解いて表情を緩めてくれる。

「いや、まだなんだよね。大谷さんお勧め、ある?」
「ええとですね、駅ビルの地下に……」

 その後はだいたい和やかに時間を過ごせたと思う。
 けれども二人と別れた後の私の心中は、あまり穏やかとは言えなかった。



 眼鏡変えて丈さんはちょっと今風にカッコ良くなった。それは私も眼鏡屋さんのお姉さんも、大満足な仕上がりで。(丈さんは自分の見た目をそれほど気にしていない。会社員として身なりがキチンとしていれば良い、くらいに思っている)



 でもそれって会社の女子社員にも、しっかり受けちゃってるんだ!其処まで考えが及ばなかったのは、私が丈さんを信頼しているから。だけど―――

 眼鏡選びが成功したってことは正直、喜ばしい!―――だけど、どうしよう?!

 自分で勧めた眼鏡の所為で、丈さんがモテちゃった。それでモヤモヤして嫉妬しちゃうなんて。本末転倒この上ない……!!
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