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新妻・卯月の仙台暮らし
32.ランチに行きます。
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いかにもアウトドアにピッタリと言った見た目の、大きな車高の高い車で現れたのは伊都さん一人だった。
つい昨晩、この重量感のある車で家まで送って貰ったばかりだ。運転するのが仁さんだとそれほど違和感はないけれども、小柄な伊都さんが運転席にちんまり納まっているのを見ると不思議な気分になる。以前彼女が運転していたペット用品をたくさん積み込んだコンパクトな水色のワンボックスカーの方が、よほどしっくり来ると思う。
「今日は仁さんはいないんですね」
シートベルトをしながら尋ねる。連絡を受けた時は頭から抜け落ちていたけれど、超絶人見知りの伊都さんが一人で私を迎えに来たことには、改めて驚いた。今回も、うさぎ絡み以外のお出掛けなのに。つい大丈夫なのか、と心配になる。
しかし伊都さんはスムーズに車を発進させると、前をしっかり見据えながらこう言ったのだ。
「仁さんは『うさぎひろば』の営業があるので」
「あれ?今日はお休みじゃないんですか」
「はい。私だけ、お休みをいただきました」
「え?わざわざランチのために……ですか?」
外食を全くしないと言う伊都さんが。一人で。
―――それはつまり。
「……私のことが心配で?」
「え!」
伊都さんはハンドルを握ったままギョッとして肩を竦ませた。
「いえいえいえ!その、ずっと休みを取って無かったのでっ!たまたま!本当にたまたま、なんです!」
彼女は目いっぱい、気遣いの人だった。私に気を使わせまいとしているのだろう。慌てる様子を目にして、彼女と、彼女を送り出してくれたであろう仁さんの心遣いに胸がじんわりと温かくなった。
「ありがとう、ございます」
「え?ええと、違いますよ?私……私が!たまたまお休みでっ……その、卯月さんと一緒にご飯を食べたいなぁって思っただけですから。お礼なんてっ……こちらこそ、ありがとうございます!です!」
あくまで頑なに自分の都合、と主張する伊都さん。うん、不器用ですね、バレバレですけれどね。私はフフッと笑って、彼女を追い詰めないようにこの話題から話をずらすことにした。
「で―――何処に向かっているんですか?」
「え?」
「ランチに何を食べるつもりなのかなぁって」
「ええと……」
伊都さんは目だけは真っすぐ前を向き逡巡したあと、首を傾げた。
「……ど、何処に行きましょうか……?」
うん、確信した。やはり伊都さんは私を心配してくれただけだったのね。行先も決めずに走り出すとは。
―――と言う訳で結局。ランチの行先は、私の『行きたいとこリスト』の中から選ぶことになったのだった。
長町南駅に近いショッピングモールに車を停めて、すぐ近くにある鰻屋さんに向かう。つねづね、牛タン専門店巡りが終わったら足を伸ばしたいな、と考えていたお店だ。鰻がメインの割烹だから、ランチにしてはソコソコのお値段のものもある。だけど鰻以外のメニューもあって、『和風オムライス』とか『牛飯丼』とかリーズナブルな値段のものも選べるようになっている。そしてなんと!お昼時だけセルフサービスで五種類のおばんさいを好きなように選ぶことも出来るらしい。お得感満載な内容なので、とても気になっていたのだ。車も停められるし、マンションからも近い。もし混んでいてもショッピングモールにも食事処はたくさんあるし、予約なしで行くのはちょうど良い場所だと思った。
それにしてもこのショッピングモールの駐車場が……本当に安いの!三時間無料だし、その上ショッピングモールで買い物するとプラス二時間も無料になるんだって……!東京では考えられない安さだよね。思わず料金表、二度見しちゃうぐらい驚いた。伊都さんにはこの驚きは伝わらなかったけど。
注文した品が届くまで、私達はおばんさいを楽しむことにした。私が選んだのは切り干し大根とヒジキ煮。伊都さんは筑前煮と高野豆腐をチョイス。
「美味しいですね」
「うん、来て良かったー!」
ちなみに私は『和風オムライス』、伊都さんは『ミニうなぎ丼』を選択。うな重やひつまぶしにも心惹かれていたけれど、何より朝食抜きでお腹が空いていた。調理に時間が掛かりそうなうな重は、今度丈さんと一緒に来た時にゆっくり食べれば良いし―――って。
……次はいつ、一緒に来れるのかな。
と言うか、仕事にかこつけて浮気相手と会ってるようだったら、お休み自体もなくなったりして。時間があったとしても疑心暗鬼の状態で向かい合って食べたって……うなぎの味が分からなくなっちゃうんじゃないかな。なんて、暗い思考が頭の隅に染み出して来てしまった。
うちの丈さんに限って、そんなことはない!と、思う。……思うけど、それがただ都合よく考えた私だけの願望じゃないって、どうして言い切れるだろう?
ウチはおじいちゃんもおばあちゃんも仲良しで、ママもパパも距離はあってもしっかり愛し合ってるって感じだった。だから浮気する人がいるって知識では分かっていても、経験ではピンと来ない。丈さんを除いた私の恋愛経験の相手と言えば、水野君くらいだけど……彼の場合は、そもそも私が自意識過剰で自分が彼女だと勘違いしていたのだし。細かい事情は色々あるけど、実際は特に実感として浮気されたって気はしていない。だからこういうことに女の勘をちゃんと働かせられるかと言うと―――
「……卯月さん、大丈夫ですか?」
「え?」
「元気……ないです。その、昨日のことで悩んでいるのでは……ないですか?」
ついつい考え込んでしまったみたいで、いつの間にか伊都さんが真剣な顔で私を覗き込んでいる。
「もしかして―――その、あの女の人のことですよね」
フラッシュバックのように、その光景が浮かんで来て、思わず眉を寄せてしまう。
伊都さんは私の表情から何かを読み取ったのか、気まずげに視線をテーブルの上に落とした。言葉が出て来ない私と二の句を継げない伊都さんの間に、なんとも言えないヒリヒリするような沈黙が落ちる。
伊都さん、いろいろと不器用過ぎです。
きっと気になって口にしたものの私の落ち込みようが目に見えてしまって。不用意な言葉を発してしまったことを後悔している―――そんなところだろう。そして、その当の気遣われている側の私が、それをアリアリと感じ取ってしまえる所が、なんとも残念だ。気持ちは有難いんだけど……なぁ。
私は観念して溜息を吐いた。
「伊都さんは、トイレに行った時に丈さんを見掛けたの?」
オブラートに包んだりって、伊都さんには難しそうだものね。もうぶっちゃけて、そのまま話した方が良いかもしれない。
その私の聞き方がサバサバしていたせいか、伊都さんも緊張を解いてくれた。それでも遠慮がちに、おずおずと説明し始める。
「えっと……はい。その、あの……トイレから出た後、自分のいた席がどの個室か分からなくなってしまって。廊下を戻りながら、あちこちの個室の中をこっそり確かめてたんです。そしたら、個室の一つで亀田さんを見掛けまして。その、女の人が泣いていて……妙な雰囲気だったので。卯月さんが気にしたらマズいなぁ……と。だから違う道順でレジまで行ければ良いのかと思ったんです」
『女の人が泣いて』って……いやいや、ここは想像の翼を広げるのは一先ず止めておこう。気になり過ぎるほど気になるけど、まずは伊都さんのことだ。
なるほどなぁ。それであの挙動不審な態度に繋がったわけか。つまりあれは、自分が人を避けたかったからじゃなくて、私のことを思っての行動だったんだね。
「でも後から考えると……。何かあったとかそう言うことじゃ無かったかもしれないのに、私が変に気を回したせいで妙な感じになっちゃったんじゃないかって。本当に―――申し訳、ありませんでした……」
そして伊都さんは本人が口にした通り、本当に申し訳なさそうにテーブルに手を付いて頭を下げたのだった。しかも、べったりと。まさに平身低頭!って感じで!椅子に座ってはいるものの、これではまるで土下座だ。周りの視線が痛いような気がして、いたたまれなくなった私は慌てて伊都さんの肩に手を置き、取り成しの言葉を掛けた。
「伊都さん、頭を上げてください!そもそも、伊都さんは何も悪く無いんですから」
「でも……」
伊都さんが顔だけを上げ、泣きそうな表情で私を見上げる。大きな潤んだ瞳がウルウルしている。まずい、ますます周囲の視線が痛い気がする……切羽詰まった私は伊都さんに掛ける言葉を探した。
「丈さんには、その、何か事情があったんだと―――思います」
そうして何とか捻り出したのは、昨晩仁さんが掛けてくれた言葉だ。そう、そうなの。私が思い込みで落ち込んでいるだけで、それはまだ事実だとは決まっていないのだ。そうだ、そう言うことだ。しかし伊都さんは私の弱々しい反論を強がりだと取ったのか、スイッと視線を逸らしてしまう。ああっ……もう!
「ええと、それにですね!伊都さんがそんなに謝るってことは―――伊都さんは、丈さんを疑っているってことですか?」
「え?!」
伊都さんはギョッとして顔を上げてくれた。ちょっとキツイ言い方かもしれないが、やっと効果があったようでホッとする。……それと正直言うと、ちょっとだけ伊都さんのシツコイ落ち込みが面倒臭くなった、って言うのもある。
伊都さんはワタワタと慌てて首を振った。
「それは違う!―――違います!」
「そうでしょう?」
強がりが私の今の態度の大半を占めるのは、じゅじゅう承知だ。だけどちょっと胸を張って見せる。そう、今日は気晴らしに来たのだ。気分は上げて行かないと。二人でグルグル悩んで暗くなっていたら、せっかくの楽しいランチが無駄になっちゃう。
「オムライスとミニうなぎ丼、こちらでよろしいでしょうか?」
そこに店員さんがお盆を持って現れた。
「あ、はい。うなぎ丼はそちらです」
「失礼します」
「あ、ありがとうございます……」
伊都さんが恐縮して、店員さんにお礼を言う。そのぎこちない小さな声に、本当に外食慣れしていないんだなぁって感じてしまう。私も店員さんにお礼を言って、改めて伊都さんと向き直った。
「伊都さん、食べましょ。温かいうちに!」
「う……はい」
そうして二人で、ちょっとだけ照れ笑いを交わして、箸を手に取った。
その後は徐々に打ち解けて、うさぎひろばフレンドの進捗とかうータンの近況とか話しながら、割と和やかにランチを楽しむことが出来た。それこそ丈さんとスーツの彼女のことを頭から追い出す勢いで、楽しく。
そして私はすっかり忘れてしまったのだ―――お昼休みまでに、丈さんに返信のメッセージを送ろうと考えていたことを。
つい昨晩、この重量感のある車で家まで送って貰ったばかりだ。運転するのが仁さんだとそれほど違和感はないけれども、小柄な伊都さんが運転席にちんまり納まっているのを見ると不思議な気分になる。以前彼女が運転していたペット用品をたくさん積み込んだコンパクトな水色のワンボックスカーの方が、よほどしっくり来ると思う。
「今日は仁さんはいないんですね」
シートベルトをしながら尋ねる。連絡を受けた時は頭から抜け落ちていたけれど、超絶人見知りの伊都さんが一人で私を迎えに来たことには、改めて驚いた。今回も、うさぎ絡み以外のお出掛けなのに。つい大丈夫なのか、と心配になる。
しかし伊都さんはスムーズに車を発進させると、前をしっかり見据えながらこう言ったのだ。
「仁さんは『うさぎひろば』の営業があるので」
「あれ?今日はお休みじゃないんですか」
「はい。私だけ、お休みをいただきました」
「え?わざわざランチのために……ですか?」
外食を全くしないと言う伊都さんが。一人で。
―――それはつまり。
「……私のことが心配で?」
「え!」
伊都さんはハンドルを握ったままギョッとして肩を竦ませた。
「いえいえいえ!その、ずっと休みを取って無かったのでっ!たまたま!本当にたまたま、なんです!」
彼女は目いっぱい、気遣いの人だった。私に気を使わせまいとしているのだろう。慌てる様子を目にして、彼女と、彼女を送り出してくれたであろう仁さんの心遣いに胸がじんわりと温かくなった。
「ありがとう、ございます」
「え?ええと、違いますよ?私……私が!たまたまお休みでっ……その、卯月さんと一緒にご飯を食べたいなぁって思っただけですから。お礼なんてっ……こちらこそ、ありがとうございます!です!」
あくまで頑なに自分の都合、と主張する伊都さん。うん、不器用ですね、バレバレですけれどね。私はフフッと笑って、彼女を追い詰めないようにこの話題から話をずらすことにした。
「で―――何処に向かっているんですか?」
「え?」
「ランチに何を食べるつもりなのかなぁって」
「ええと……」
伊都さんは目だけは真っすぐ前を向き逡巡したあと、首を傾げた。
「……ど、何処に行きましょうか……?」
うん、確信した。やはり伊都さんは私を心配してくれただけだったのね。行先も決めずに走り出すとは。
―――と言う訳で結局。ランチの行先は、私の『行きたいとこリスト』の中から選ぶことになったのだった。
長町南駅に近いショッピングモールに車を停めて、すぐ近くにある鰻屋さんに向かう。つねづね、牛タン専門店巡りが終わったら足を伸ばしたいな、と考えていたお店だ。鰻がメインの割烹だから、ランチにしてはソコソコのお値段のものもある。だけど鰻以外のメニューもあって、『和風オムライス』とか『牛飯丼』とかリーズナブルな値段のものも選べるようになっている。そしてなんと!お昼時だけセルフサービスで五種類のおばんさいを好きなように選ぶことも出来るらしい。お得感満載な内容なので、とても気になっていたのだ。車も停められるし、マンションからも近い。もし混んでいてもショッピングモールにも食事処はたくさんあるし、予約なしで行くのはちょうど良い場所だと思った。
それにしてもこのショッピングモールの駐車場が……本当に安いの!三時間無料だし、その上ショッピングモールで買い物するとプラス二時間も無料になるんだって……!東京では考えられない安さだよね。思わず料金表、二度見しちゃうぐらい驚いた。伊都さんにはこの驚きは伝わらなかったけど。
注文した品が届くまで、私達はおばんさいを楽しむことにした。私が選んだのは切り干し大根とヒジキ煮。伊都さんは筑前煮と高野豆腐をチョイス。
「美味しいですね」
「うん、来て良かったー!」
ちなみに私は『和風オムライス』、伊都さんは『ミニうなぎ丼』を選択。うな重やひつまぶしにも心惹かれていたけれど、何より朝食抜きでお腹が空いていた。調理に時間が掛かりそうなうな重は、今度丈さんと一緒に来た時にゆっくり食べれば良いし―――って。
……次はいつ、一緒に来れるのかな。
と言うか、仕事にかこつけて浮気相手と会ってるようだったら、お休み自体もなくなったりして。時間があったとしても疑心暗鬼の状態で向かい合って食べたって……うなぎの味が分からなくなっちゃうんじゃないかな。なんて、暗い思考が頭の隅に染み出して来てしまった。
うちの丈さんに限って、そんなことはない!と、思う。……思うけど、それがただ都合よく考えた私だけの願望じゃないって、どうして言い切れるだろう?
ウチはおじいちゃんもおばあちゃんも仲良しで、ママもパパも距離はあってもしっかり愛し合ってるって感じだった。だから浮気する人がいるって知識では分かっていても、経験ではピンと来ない。丈さんを除いた私の恋愛経験の相手と言えば、水野君くらいだけど……彼の場合は、そもそも私が自意識過剰で自分が彼女だと勘違いしていたのだし。細かい事情は色々あるけど、実際は特に実感として浮気されたって気はしていない。だからこういうことに女の勘をちゃんと働かせられるかと言うと―――
「……卯月さん、大丈夫ですか?」
「え?」
「元気……ないです。その、昨日のことで悩んでいるのでは……ないですか?」
ついつい考え込んでしまったみたいで、いつの間にか伊都さんが真剣な顔で私を覗き込んでいる。
「もしかして―――その、あの女の人のことですよね」
フラッシュバックのように、その光景が浮かんで来て、思わず眉を寄せてしまう。
伊都さんは私の表情から何かを読み取ったのか、気まずげに視線をテーブルの上に落とした。言葉が出て来ない私と二の句を継げない伊都さんの間に、なんとも言えないヒリヒリするような沈黙が落ちる。
伊都さん、いろいろと不器用過ぎです。
きっと気になって口にしたものの私の落ち込みようが目に見えてしまって。不用意な言葉を発してしまったことを後悔している―――そんなところだろう。そして、その当の気遣われている側の私が、それをアリアリと感じ取ってしまえる所が、なんとも残念だ。気持ちは有難いんだけど……なぁ。
私は観念して溜息を吐いた。
「伊都さんは、トイレに行った時に丈さんを見掛けたの?」
オブラートに包んだりって、伊都さんには難しそうだものね。もうぶっちゃけて、そのまま話した方が良いかもしれない。
その私の聞き方がサバサバしていたせいか、伊都さんも緊張を解いてくれた。それでも遠慮がちに、おずおずと説明し始める。
「えっと……はい。その、あの……トイレから出た後、自分のいた席がどの個室か分からなくなってしまって。廊下を戻りながら、あちこちの個室の中をこっそり確かめてたんです。そしたら、個室の一つで亀田さんを見掛けまして。その、女の人が泣いていて……妙な雰囲気だったので。卯月さんが気にしたらマズいなぁ……と。だから違う道順でレジまで行ければ良いのかと思ったんです」
『女の人が泣いて』って……いやいや、ここは想像の翼を広げるのは一先ず止めておこう。気になり過ぎるほど気になるけど、まずは伊都さんのことだ。
なるほどなぁ。それであの挙動不審な態度に繋がったわけか。つまりあれは、自分が人を避けたかったからじゃなくて、私のことを思っての行動だったんだね。
「でも後から考えると……。何かあったとかそう言うことじゃ無かったかもしれないのに、私が変に気を回したせいで妙な感じになっちゃったんじゃないかって。本当に―――申し訳、ありませんでした……」
そして伊都さんは本人が口にした通り、本当に申し訳なさそうにテーブルに手を付いて頭を下げたのだった。しかも、べったりと。まさに平身低頭!って感じで!椅子に座ってはいるものの、これではまるで土下座だ。周りの視線が痛いような気がして、いたたまれなくなった私は慌てて伊都さんの肩に手を置き、取り成しの言葉を掛けた。
「伊都さん、頭を上げてください!そもそも、伊都さんは何も悪く無いんですから」
「でも……」
伊都さんが顔だけを上げ、泣きそうな表情で私を見上げる。大きな潤んだ瞳がウルウルしている。まずい、ますます周囲の視線が痛い気がする……切羽詰まった私は伊都さんに掛ける言葉を探した。
「丈さんには、その、何か事情があったんだと―――思います」
そうして何とか捻り出したのは、昨晩仁さんが掛けてくれた言葉だ。そう、そうなの。私が思い込みで落ち込んでいるだけで、それはまだ事実だとは決まっていないのだ。そうだ、そう言うことだ。しかし伊都さんは私の弱々しい反論を強がりだと取ったのか、スイッと視線を逸らしてしまう。ああっ……もう!
「ええと、それにですね!伊都さんがそんなに謝るってことは―――伊都さんは、丈さんを疑っているってことですか?」
「え?!」
伊都さんはギョッとして顔を上げてくれた。ちょっとキツイ言い方かもしれないが、やっと効果があったようでホッとする。……それと正直言うと、ちょっとだけ伊都さんのシツコイ落ち込みが面倒臭くなった、って言うのもある。
伊都さんはワタワタと慌てて首を振った。
「それは違う!―――違います!」
「そうでしょう?」
強がりが私の今の態度の大半を占めるのは、じゅじゅう承知だ。だけどちょっと胸を張って見せる。そう、今日は気晴らしに来たのだ。気分は上げて行かないと。二人でグルグル悩んで暗くなっていたら、せっかくの楽しいランチが無駄になっちゃう。
「オムライスとミニうなぎ丼、こちらでよろしいでしょうか?」
そこに店員さんがお盆を持って現れた。
「あ、はい。うなぎ丼はそちらです」
「失礼します」
「あ、ありがとうございます……」
伊都さんが恐縮して、店員さんにお礼を言う。そのぎこちない小さな声に、本当に外食慣れしていないんだなぁって感じてしまう。私も店員さんにお礼を言って、改めて伊都さんと向き直った。
「伊都さん、食べましょ。温かいうちに!」
「う……はい」
そうして二人で、ちょっとだけ照れ笑いを交わして、箸を手に取った。
その後は徐々に打ち解けて、うさぎひろばフレンドの進捗とかうータンの近況とか話しながら、割と和やかにランチを楽しむことが出来た。それこそ丈さんとスーツの彼女のことを頭から追い出す勢いで、楽しく。
そして私はすっかり忘れてしまったのだ―――お昼休みまでに、丈さんに返信のメッセージを送ろうと考えていたことを。
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