捕獲されました。

ねがえり太郎

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新妻・卯月の仙台暮らし

33.珈琲を飲みます。

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 すっかりお腹が一杯になった所で、珈琲が運ばれてきた。

「うーん、良い香り」
「そうですね」
「伊都さんって紅茶派だと思っていたけど、珈琲も飲むんだね」

 伊都さんはキョトンと目を丸くした。

「そう言えば……珈琲は久しぶりです。」
「へぇ?」
「卯月さんは珈琲派ですか?」
「特に珈琲好きってワケじゃないけど、そう言えば仙台に来てからは毎日飲んでるかも。朝、丈さんが珈琲を飲む習慣があって……」

 そこで思わず口を噤む。伊都さんはそんな私をチラッと見て、それから両手で包み込むようにしていた珈琲カップの黒い水面に視線を落とした。

「あの、卯月さん……亀田さんに昨日のこと、確認しましたか?」

 口調はおずおずとしていたけれども、しかし伊都さんはガッチリと核心に触れて来た。だけど現時点で何も確認出来ていない私は、そのまま口を噤むしかない。

「……ちゃんと確認した方が良いと思います。悶々としているより、話し合ったほうが良いですよ。話し合えば『なんだそんなこと』って……分かるかもしれませんし」

 それは正論過ぎるほどの正論だった。ぐうの音も出ないほどの。

 確認したい、確認したいよ。もちろん!確認出来たら、どんなに良いか。
 私は肩を落とした。

「……帰って来ないの」
「え?」

 絞り出すように言う私の言葉に、伊都さんがパチクリと瞬きを繰り返した。

「丈さん、帰って来なかったの……だから確かめることも出来なくて。私だって本当は丈さんを信用しているし、大丈夫だって思ってる。だけど……顔を見て話してないから不安ばかりが湧き上がって来て……」

 私は思わず、両手で顔を覆った。

 ああ、言っちゃった。

 子供みたいな我儘な独り言。伊都さんにそれを訴えて、一体私はどうしたいんだろう……突然こんなこと言われたって、言われた方が困るよね。彼女もますます恐縮してしまうだろうに。せっかく楽しく過ごそうと思っていた時間が、虚勢が全て無駄になってしまった。

 顔を覆ったまま肘をテーブルにつく。明らかに年下の伊都さんに泣きつくような感じになってしまって、本当に情けない。でも溢れだした気持ちは止まらない。すぐには立て直せそうもないのだ。



 すると、ふわり、と頭が温かくなる。



 直ぐに気が付いた。これはたぶん、伊都さんの掌だ。
 ヨシヨシ、と宥めるように私の頭を撫でてくれる。

 その時あれ?と思った。伊都さんってもしかして―――



「分かります。他人の本音を聞くのって……怖いですよね」



 伊都さんの声が、寄り添うようにふわりと私の肩に落ちる。代わりに小さな、温かい掌が離れた。ゆっくりと顔を覆っていた手を下ろし、私は視線を上げる。そこには伊都さんの、温かい微笑みがあった。



「では先ずは外堀を埋めましょうか。本丸を攻める前に」
「え?」
「戸次さんに聞いてみましょう」



 言うが早いか彼女はスマホを出して、パパパと画面を操作した。呆気に取られている私の目の前で。そして画面を上にしてテーブルに置いて、ジッとそこを覗き込む。

 今まで見た事ないような、キリッとした顔だ。

 いや、見たことはあるかもしれない。例えば戸次さんの飼いうさぎがケージから逃げ出して、捕獲しなければならなくなったことがあった。その時の彼女は、このように使命感に燃えた瞳をしていたように思う。超絶人見知りの彼女が、スイッチが切り替わるように頼りがいのある人間になってしまうあの時を思い出させた。

「あ、返事来ました」
「えっ」

 仕事中なのに、と驚いたけど。そう言えばちょうど会社のお昼休みの時間に掛かっている。サッとスマホを手に取り、鋭い視線で検分した伊都さんは直ぐに返信を送った。私は状況を把握できないまま、間抜けにもそんな伊都さんの様子をボンヤリと口を開けて見守っているだけだ。

「ちょうど外回りでこの辺りにいるそうです。これからお昼ご飯なので、ショッピングモールのカフェで待ち合わせしようって言っています。ここ……分かりますか?」

 と、伊都さんに戸次さんからのメッセージを示される。

「ええと……うん、分館の方だよね」
「すぐ着くそうです、行きましょう!」

 急に立ち上がりキビキビと行動し始めた伊都さんに急かされて、何が何だか分からないうちに私はうなぎ屋さんを後にすることになったのだった。
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