318 / 375
新妻・卯月の仙台暮らし
33.珈琲を飲みます。
しおりを挟む
すっかりお腹が一杯になった所で、珈琲が運ばれてきた。
「うーん、良い香り」
「そうですね」
「伊都さんって紅茶派だと思っていたけど、珈琲も飲むんだね」
伊都さんはキョトンと目を丸くした。
「そう言えば……珈琲は久しぶりです。」
「へぇ?」
「卯月さんは珈琲派ですか?」
「特に珈琲好きってワケじゃないけど、そう言えば仙台に来てからは毎日飲んでるかも。朝、丈さんが珈琲を飲む習慣があって……」
そこで思わず口を噤む。伊都さんはそんな私をチラッと見て、それから両手で包み込むようにしていた珈琲カップの黒い水面に視線を落とした。
「あの、卯月さん……亀田さんに昨日のこと、確認しましたか?」
口調はおずおずとしていたけれども、しかし伊都さんはガッチリと核心に触れて来た。だけど現時点で何も確認出来ていない私は、そのまま口を噤むしかない。
「……ちゃんと確認した方が良いと思います。悶々としているより、話し合ったほうが良いですよ。話し合えば『なんだそんなこと』って……分かるかもしれませんし」
それは正論過ぎるほどの正論だった。ぐうの音も出ないほどの。
確認したい、確認したいよ。もちろん!確認出来たら、どんなに良いか。
私は肩を落とした。
「……帰って来ないの」
「え?」
絞り出すように言う私の言葉に、伊都さんがパチクリと瞬きを繰り返した。
「丈さん、帰って来なかったの……だから確かめることも出来なくて。私だって本当は丈さんを信用しているし、大丈夫だって思ってる。だけど……顔を見て話してないから不安ばかりが湧き上がって来て……」
私は思わず、両手で顔を覆った。
ああ、言っちゃった。
子供みたいな我儘な独り言。伊都さんにそれを訴えて、一体私はどうしたいんだろう……突然こんなこと言われたって、言われた方が困るよね。彼女もますます恐縮してしまうだろうに。せっかく楽しく過ごそうと思っていた時間が、虚勢が全て無駄になってしまった。
顔を覆ったまま肘をテーブルにつく。明らかに年下の伊都さんに泣きつくような感じになってしまって、本当に情けない。でも溢れだした気持ちは止まらない。すぐには立て直せそうもないのだ。
すると、ふわり、と頭が温かくなる。
直ぐに気が付いた。これはたぶん、伊都さんの掌だ。
ヨシヨシ、と宥めるように私の頭を撫でてくれる。
その時あれ?と思った。伊都さんってもしかして―――
「分かります。他人の本音を聞くのって……怖いですよね」
伊都さんの声が、寄り添うようにふわりと私の肩に落ちる。代わりに小さな、温かい掌が離れた。ゆっくりと顔を覆っていた手を下ろし、私は視線を上げる。そこには伊都さんの、温かい微笑みがあった。
「では先ずは外堀を埋めましょうか。本丸を攻める前に」
「え?」
「戸次さんに聞いてみましょう」
言うが早いか彼女はスマホを出して、パパパと画面を操作した。呆気に取られている私の目の前で。そして画面を上にしてテーブルに置いて、ジッとそこを覗き込む。
今まで見た事ないような、キリッとした顔だ。
いや、見たことはあるかもしれない。例えば戸次さんの飼いうさぎがケージから逃げ出して、捕獲しなければならなくなったことがあった。その時の彼女は、このように使命感に燃えた瞳をしていたように思う。超絶人見知りの彼女が、スイッチが切り替わるように頼りがいのある人間になってしまうあの時を思い出させた。
「あ、返事来ました」
「えっ」
仕事中なのに、と驚いたけど。そう言えばちょうど会社のお昼休みの時間に掛かっている。サッとスマホを手に取り、鋭い視線で検分した伊都さんは直ぐに返信を送った。私は状況を把握できないまま、間抜けにもそんな伊都さんの様子をボンヤリと口を開けて見守っているだけだ。
「ちょうど外回りでこの辺りにいるそうです。これからお昼ご飯なので、ショッピングモールのカフェで待ち合わせしようって言っています。ここ……分かりますか?」
と、伊都さんに戸次さんからのメッセージを示される。
「ええと……うん、分館の方だよね」
「すぐ着くそうです、行きましょう!」
急に立ち上がりキビキビと行動し始めた伊都さんに急かされて、何が何だか分からないうちに私はうなぎ屋さんを後にすることになったのだった。
「うーん、良い香り」
「そうですね」
「伊都さんって紅茶派だと思っていたけど、珈琲も飲むんだね」
伊都さんはキョトンと目を丸くした。
「そう言えば……珈琲は久しぶりです。」
「へぇ?」
「卯月さんは珈琲派ですか?」
「特に珈琲好きってワケじゃないけど、そう言えば仙台に来てからは毎日飲んでるかも。朝、丈さんが珈琲を飲む習慣があって……」
そこで思わず口を噤む。伊都さんはそんな私をチラッと見て、それから両手で包み込むようにしていた珈琲カップの黒い水面に視線を落とした。
「あの、卯月さん……亀田さんに昨日のこと、確認しましたか?」
口調はおずおずとしていたけれども、しかし伊都さんはガッチリと核心に触れて来た。だけど現時点で何も確認出来ていない私は、そのまま口を噤むしかない。
「……ちゃんと確認した方が良いと思います。悶々としているより、話し合ったほうが良いですよ。話し合えば『なんだそんなこと』って……分かるかもしれませんし」
それは正論過ぎるほどの正論だった。ぐうの音も出ないほどの。
確認したい、確認したいよ。もちろん!確認出来たら、どんなに良いか。
私は肩を落とした。
「……帰って来ないの」
「え?」
絞り出すように言う私の言葉に、伊都さんがパチクリと瞬きを繰り返した。
「丈さん、帰って来なかったの……だから確かめることも出来なくて。私だって本当は丈さんを信用しているし、大丈夫だって思ってる。だけど……顔を見て話してないから不安ばかりが湧き上がって来て……」
私は思わず、両手で顔を覆った。
ああ、言っちゃった。
子供みたいな我儘な独り言。伊都さんにそれを訴えて、一体私はどうしたいんだろう……突然こんなこと言われたって、言われた方が困るよね。彼女もますます恐縮してしまうだろうに。せっかく楽しく過ごそうと思っていた時間が、虚勢が全て無駄になってしまった。
顔を覆ったまま肘をテーブルにつく。明らかに年下の伊都さんに泣きつくような感じになってしまって、本当に情けない。でも溢れだした気持ちは止まらない。すぐには立て直せそうもないのだ。
すると、ふわり、と頭が温かくなる。
直ぐに気が付いた。これはたぶん、伊都さんの掌だ。
ヨシヨシ、と宥めるように私の頭を撫でてくれる。
その時あれ?と思った。伊都さんってもしかして―――
「分かります。他人の本音を聞くのって……怖いですよね」
伊都さんの声が、寄り添うようにふわりと私の肩に落ちる。代わりに小さな、温かい掌が離れた。ゆっくりと顔を覆っていた手を下ろし、私は視線を上げる。そこには伊都さんの、温かい微笑みがあった。
「では先ずは外堀を埋めましょうか。本丸を攻める前に」
「え?」
「戸次さんに聞いてみましょう」
言うが早いか彼女はスマホを出して、パパパと画面を操作した。呆気に取られている私の目の前で。そして画面を上にしてテーブルに置いて、ジッとそこを覗き込む。
今まで見た事ないような、キリッとした顔だ。
いや、見たことはあるかもしれない。例えば戸次さんの飼いうさぎがケージから逃げ出して、捕獲しなければならなくなったことがあった。その時の彼女は、このように使命感に燃えた瞳をしていたように思う。超絶人見知りの彼女が、スイッチが切り替わるように頼りがいのある人間になってしまうあの時を思い出させた。
「あ、返事来ました」
「えっ」
仕事中なのに、と驚いたけど。そう言えばちょうど会社のお昼休みの時間に掛かっている。サッとスマホを手に取り、鋭い視線で検分した伊都さんは直ぐに返信を送った。私は状況を把握できないまま、間抜けにもそんな伊都さんの様子をボンヤリと口を開けて見守っているだけだ。
「ちょうど外回りでこの辺りにいるそうです。これからお昼ご飯なので、ショッピングモールのカフェで待ち合わせしようって言っています。ここ……分かりますか?」
と、伊都さんに戸次さんからのメッセージを示される。
「ええと……うん、分館の方だよね」
「すぐ着くそうです、行きましょう!」
急に立ち上がりキビキビと行動し始めた伊都さんに急かされて、何が何だか分からないうちに私はうなぎ屋さんを後にすることになったのだった。
0
あなたにおすすめの小説
彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中
桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。
やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。
「助けなんていらないわよ?」
は?
しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。
「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。
彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。
私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。
小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。
「マリアが熱を出したらしい」
駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。
「また裏切られた……」
いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。
「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」
離婚する気持ちが固まっていく。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
先輩に退部を命じられた僕を励ましてくれたアイドル級美少女の後輩マネージャーを成り行きで家に上げたら、なぜかその後も入り浸るようになった件
桜 偉村
恋愛
みんなと同じようにプレーできなくてもいいんじゃないですか? 先輩には、先輩だけの武器があるんですから——。
後輩マネージャーのその言葉が、彼の人生を変えた。
全国常連の高校サッカー部の三軍に所属していた如月 巧(きさらぎ たくみ)は、自分の能力に限界を感じていた。
練習試合でも敗因となってしまった巧は、三軍キャプテンの武岡(たけおか)に退部を命じられて絶望する。
武岡にとって、巧はチームのお荷物であると同時に、アイドル級美少女マネージャーの白雪 香奈(しらゆき かな)と親しくしている目障りな存在だった。
そのため、自信をなくしている巧を追い込んで退部させ、香奈と距離を置かせようとしたのだ。
そうすれば、香奈は自分のモノになると錯覚していたから。
武岡の思惑通り、巧はサッカー部を辞めようとしていた。そこに現れたのが、香奈だった。
香奈に励まされてサッカーを続ける決意をした巧は、彼女のアドバイスのおかげもあり、だんだんとその才能を開花させていく。
一方、巧が成り行きで香奈を家に招いたのをきっかけに、二人の距離も縮み始める。
しかし、退部するどころか活躍し出した巧にフラストレーションを溜めていた武岡が、それを静観するはずもなく——。
「これは警告だよ」
「勘違いしないんでしょ?」
「僕がサッカーを続けられたのは、君のおかげだから」
「仲が良いだけの先輩に、あんなことまですると思ってたんですか?」
先輩×後輩のじれったくも甘い関係が好きな方、スカッとする展開が好きな方は、ぜひこの物語をお楽しみください!
※基本は一途ですが、メインヒロイン以外との絡みも多少あります。
※本作品は小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
王弟が愛した娘 —音に響く運命—
Aster22
恋愛
弟を探す旅の途中、身分を隠して村で薬師として生きていたセラは、
ハープの音に宿る才を、名も知らぬ貴族の青年――王弟レオに見初められる。
互いの立場を知らぬまま距離を縮めていく二人。
だが、ある事件をきっかけに、セラは彼の屋敷で侍女として働くことになり、
知らず知らずのうちに国を巻き込む陰謀へと引き寄せられていく。
人の生まれは変えられない。
それでも、何を望み、何を選ぶのかは、自分で決められる。
セラが守ろうとするものは、弟か、才か、それとも――
キャラ設定・世界観などはこちら
↓
https://kakuyomu.jp/my/news/822139840619212578
悪役令嬢と誤解され冷遇されていたのに、目覚めたら夫が豹変して求愛してくるのですが?
いりん
恋愛
初恋の人と結婚できたーー
これから幸せに2人で暮らしていける…そう思ったのに。
「私は夫としての務めを果たすつもりはない。」
「君を好きになることはない。必要以上に話し掛けないでくれ」
冷たく拒絶され、離婚届けを取り寄せた。
あと2週間で届くーーそうしたら、解放してあげよう。
ショックで熱をだし寝込むこと1週間。
目覚めると夫がなぜか豹変していて…!?
「君から話し掛けてくれないのか?」
「もう君が隣にいないのは考えられない」
無口不器用夫×優しい鈍感妻
すれ違いから始まる両片思いストーリー
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】
iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる