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新妻・卯月の仙台暮らし
昔話の続きです。 <亀田>
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東部長が俺を重用していたのは当初、おそらく桂沢さんと付き合っている相手がどんな人間か探るため、あるいは単なる嫌がらせ目的だったと思われる。しかし何故か、桂沢さんと俺が別れた後も、彼との付き合いは途切れなかった。
桂沢さんに「亀田君、あの人に気に入られちゃったわね」と申し訳なさそうに謝られる。そう、いつの間にか俺は社髄一の出世頭、東部長の『お気に入り』と言うポジションに収まってしまったのだった。と言うか、アイツは俺を、自分専用の便利屋か何かだと思っているに違いない。
不祥事を起こして辞めた社員の穴埋めから、売上最低部署の底上げに始まり、他社員の対応が発端で拗れに拗れたクレーム対応まで―――『お気に入り』とは名ばかり、劣悪な環境でゴリゴリ乱暴にこき使われ、もともとそう言う傾向のあった俺は、ますます仕事のことしか考えられない人間になっていった。
フォローした相手から感謝されることはあまりない。仕事と手柄を取り上げられたと、疎ましがられるのがオチだ。鬼東から仕事の褒美だと押し付けられた異例の昇進のために、同期からも遠巻きにされ―――気付いたら、すっかり孤立していた。いや、それは東部長の所為だけとは言い切れない。俺も他人の噂話や愚痴は熱心に言うくせに、手や足を動かすのを厭う連中との表面的な付き合いはゴメンだった。
そう言う訳で俺に対して今でも同期で昔と全く変わらない態度で接してくるのは、あの、篠山くらいだ。
そんな状況ですっかり疲れ切ってしまった俺はミミと出会い、別れ―――何故か今、幸運なことに卯月とうータンと言う特別な存在を得ることが出来た。そして半年後には彼女達と、本当の家族になる。
俺は今、幸せの絶頂にいる。例え小さな諍いがあろうとも、絶対にこの幸せを手放しはしない。自分から是が非でも手に入れたい、離したくないと思える存在に出会えたのは、本当に初めてのことだった。
そう考えると―――今の幸せは鬼東のお陰、とも言えるのだろうか?
いや、そんな馬鹿な!
そんなハズは無い……!
しかしとにかく東常務に言いたいのは―――もう俺には構わず、放って置いて欲しいと言うことだ。
失った安らぎを取り戻した俺は、周りの人間が既に手に入れているような温かい感情を取り戻したんだ。大事な事を、卯月とうータンから教わった。これからは家族を第一にして、仕事人間は卒業する。
権力や全ての物を手に入れて思うがままの人生を生きているように見えるが、一番肝心な物を失って後悔ばかりの人生を送る、誰かさんのようにはなりたくはない。俺はコイツを反面教師にしてこれからの人生を……
「……高齢出産……ですか?」
驚きもあり、思わず相手の言葉を反復してしまう俺に対して、目の前の男は不敵に笑っていた。
「俺の子だ」
と何処か誇らし気に主張する鬼東を、ジトリと睨む。
妙な対抗心はもうこの辺りで終いにして欲しい。これまでもたびたび、こういう事はあった。しかしもう、俺と桂沢部長には何の関係もないのだ。そもそも―――遠い昔の短い付き合いを、蒸し返すのもどうかと思う。それに俺には今、大事な婚約者がいるのだから、そろそろ昔のことは綺麗さっぱりと、忘れて欲しい。
「ご結婚されるんですか」
「ああ」
「おめでとうございます」
とうとう桂沢部長も年貢の納め時、と言うことだろうか。逃げ回るのを諦めたらしい。
それにしても不思議なものだ。子供ができないことで悩んでいた時期には出来ず、今になって子宝に恵まれるとは。彼女から詳しい事情を聞いていた俺は心から、祝福の言葉を述べた。目の前の男にではない、病室にいる桂沢部長に向けての祝福だ。
これで鬼東の積年の思いも報われ、俺への当りも少しは軽くなるだろうと思えば、尚更嬉しい。いや、そうなってくれないと困る。
「漸く、な」
「……」
自業自得、と言えばそれまでかもしれないが、鬼東の執念には頭が下がる。案外桂沢部長は、ただ単に抵抗するのが面倒になったのかもしれない。小柄な柔らかい見た目の割に、サバサバした男っぽい気性の人であったから。
「ところで本題だが」
意外にも彼は、まだ本題に入っていなかったらしい。
東常務の纏う空気が一変する。何やら不穏なことが始まりそうな予感に、俺は鬼軍曹の指示を待つ新米兵のように、居住まいを正し固唾を飲んで耳を傾けたのだった。
桂沢さんに「亀田君、あの人に気に入られちゃったわね」と申し訳なさそうに謝られる。そう、いつの間にか俺は社髄一の出世頭、東部長の『お気に入り』と言うポジションに収まってしまったのだった。と言うか、アイツは俺を、自分専用の便利屋か何かだと思っているに違いない。
不祥事を起こして辞めた社員の穴埋めから、売上最低部署の底上げに始まり、他社員の対応が発端で拗れに拗れたクレーム対応まで―――『お気に入り』とは名ばかり、劣悪な環境でゴリゴリ乱暴にこき使われ、もともとそう言う傾向のあった俺は、ますます仕事のことしか考えられない人間になっていった。
フォローした相手から感謝されることはあまりない。仕事と手柄を取り上げられたと、疎ましがられるのがオチだ。鬼東から仕事の褒美だと押し付けられた異例の昇進のために、同期からも遠巻きにされ―――気付いたら、すっかり孤立していた。いや、それは東部長の所為だけとは言い切れない。俺も他人の噂話や愚痴は熱心に言うくせに、手や足を動かすのを厭う連中との表面的な付き合いはゴメンだった。
そう言う訳で俺に対して今でも同期で昔と全く変わらない態度で接してくるのは、あの、篠山くらいだ。
そんな状況ですっかり疲れ切ってしまった俺はミミと出会い、別れ―――何故か今、幸運なことに卯月とうータンと言う特別な存在を得ることが出来た。そして半年後には彼女達と、本当の家族になる。
俺は今、幸せの絶頂にいる。例え小さな諍いがあろうとも、絶対にこの幸せを手放しはしない。自分から是が非でも手に入れたい、離したくないと思える存在に出会えたのは、本当に初めてのことだった。
そう考えると―――今の幸せは鬼東のお陰、とも言えるのだろうか?
いや、そんな馬鹿な!
そんなハズは無い……!
しかしとにかく東常務に言いたいのは―――もう俺には構わず、放って置いて欲しいと言うことだ。
失った安らぎを取り戻した俺は、周りの人間が既に手に入れているような温かい感情を取り戻したんだ。大事な事を、卯月とうータンから教わった。これからは家族を第一にして、仕事人間は卒業する。
権力や全ての物を手に入れて思うがままの人生を生きているように見えるが、一番肝心な物を失って後悔ばかりの人生を送る、誰かさんのようにはなりたくはない。俺はコイツを反面教師にしてこれからの人生を……
「……高齢出産……ですか?」
驚きもあり、思わず相手の言葉を反復してしまう俺に対して、目の前の男は不敵に笑っていた。
「俺の子だ」
と何処か誇らし気に主張する鬼東を、ジトリと睨む。
妙な対抗心はもうこの辺りで終いにして欲しい。これまでもたびたび、こういう事はあった。しかしもう、俺と桂沢部長には何の関係もないのだ。そもそも―――遠い昔の短い付き合いを、蒸し返すのもどうかと思う。それに俺には今、大事な婚約者がいるのだから、そろそろ昔のことは綺麗さっぱりと、忘れて欲しい。
「ご結婚されるんですか」
「ああ」
「おめでとうございます」
とうとう桂沢部長も年貢の納め時、と言うことだろうか。逃げ回るのを諦めたらしい。
それにしても不思議なものだ。子供ができないことで悩んでいた時期には出来ず、今になって子宝に恵まれるとは。彼女から詳しい事情を聞いていた俺は心から、祝福の言葉を述べた。目の前の男にではない、病室にいる桂沢部長に向けての祝福だ。
これで鬼東の積年の思いも報われ、俺への当りも少しは軽くなるだろうと思えば、尚更嬉しい。いや、そうなってくれないと困る。
「漸く、な」
「……」
自業自得、と言えばそれまでかもしれないが、鬼東の執念には頭が下がる。案外桂沢部長は、ただ単に抵抗するのが面倒になったのかもしれない。小柄な柔らかい見た目の割に、サバサバした男っぽい気性の人であったから。
「ところで本題だが」
意外にも彼は、まだ本題に入っていなかったらしい。
東常務の纏う空気が一変する。何やら不穏なことが始まりそうな予感に、俺は鬼軍曹の指示を待つ新米兵のように、居住まいを正し固唾を飲んで耳を傾けたのだった。
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