捕獲されました。

ねがえり太郎

文字の大きさ
333 / 375
新妻・卯月の仙台暮らし

活動開始です。 <亀田>

しおりを挟む
 重箱の隅をつつくような細かい指摘ばかりする上司だとの評判を逆手に取った。俺は支店の更なる経営効率化を目指す為と銘打って、これまでの収支、事務用品や出張費に掛かる経費にもつぶさに目を通したいと主張した。そしてズカズカと総務課で経理を担当しているという女性社員、富樫の管理する領域に入り込み過去の帳簿にも手を伸ばした。しかし見た処、これと言って帳簿上に不審な点は無いようだ。

 何度も経理に通い詰めたため、それなりに富樫と言う女性社員とも口をきくようになった。庄子しょうじ部長の言う通り、確かに何を聞いても打てば響くように返って来る。真面目で優秀な社員と言う評判は本当らしい。

 俺の見込み違いだろうか?

 鬼東は、支店に妙な動きがある、と言い放った。そこの所はもう少しハッキリ説明して欲しい所なのだが、それ以上を彼は語らなかった。どこか大きな声では言えないルートから、直接彼の耳に情報が入ったのだろうか。それとも、遠藤課長の直属の上司であった桂沢部長がそれを察知して彼に知らせたのだろうか。それはあるだろうな、いや、両方かもしれない。

 遠藤課長の妻が単身赴任中の浮気を疑っている、カネの出所が怪しい……と言うのも、確たる証拠のない話なのだろう。例えば彼が密かに小遣いを元に株をやっていて、利益を出している可能性もある。競馬や競艇に天才的な才能を発揮して、資金を作っているのかもしれない。つまり遠藤課長と支店周辺の怪しい動きは関連がないのかもしれない。

 俺は戸次からその噂話を聞いた時、瞬時に『これだ!』と感じたのだが―――そもそも仕事に真面目だと言う、あの女性社員が横領なんかに加担するだろうか。
 いや『あの真面目そうな人が?』なんて、犯罪の容疑者が捕まった時の常套句だよな。それに同じ人間に長い間権力や金を握らせて置くのは腐敗の原因になる、と言うのもよく知られていることだ。

 そもそも支店の経理をあの女性社員……富樫頼みにしておくのは良くないことだ。富樫が不正に加担していなかったとしても、後進を育成するか、いっそ中途採用者を雇用して仕事を引継がせた方が良い。最初のうちは多少手詰まりや進行の遅れが生じるだろうが、仕方が無い。風通しを良くすることは大事なことだ。庄子さんに早速相談してみるか。総務の担当に口を出すなんて、あの穏やかな人柄の彼でさえ、領域侵犯みたいな真似だと眉をしかめられるかもしれない。が、もう手遅れだ。既に十分失礼な奴だと思われていてもおかしくないからな。

 それとは別に他の支店でも同じような問題がないか調べて、次の本社会議で提起しておくか。第一このままにしておいて、富樫が急に退職したり病気や怪我で休職することになったら業務に滞りが出てしまうだろう。
 やはり支店は本社よりノンビリしているというか……スピード感が違う。総務課長に『富樫ばかりに負担させるのは問題じゃないか』と尋ねたら、頭を掻きながら『そうですよねー、困ってるんですよね』なんてニコニコ笑っていた。危機感が無さすぎると思う。
 しかし遠藤ではなくこの人が不正の当事者だとしたら、かなり図太い性格と言うことになる。そして素でのんびりしているとしたら―――遠藤に付け込まれていても気付かないだろうな。有り得なくはない。庄子部長の問い合わせを富樫に丸投げするくらいだからな。

 現在経理を主に担当しているのは富樫と、入ったばかりの新人だ。その新人はほとんど役に立っておらず、実質富樫一人で仕事をしている状態だそうだ。何故か富樫の下に着いた人間が辞めたり、彼女とそりが合わず異動を希望することが多いらしい。

 そう言えば戸次が酔っぱらって言っていたな。彼女は気が強い所がある。そして几帳面な性格で、業務や規定を細かい所まで把握している所為か他人のミスを指摘する態度が少々辛辣なのだと言う。結果、遠巻きにされることが多いとか。

 それを聞いた時、何処かで聞いた話だと思った。暫くして『ひょっとして俺のことか?』などと疑問が頭を掠めたが、それを追求するとそのまま上司が部下に絡むパワハラ図式になってしまいそうので、グッとそこで言葉を飲み込んだ。






 諜報のような作業は正直俺の苦手分野ではある。が、鬼東の指示もあるし、社全体の為にも何とかしなければならない。しかし―――いまだ全容は把握できていない。

 先ず、俺はターゲットの一人である女性社員、富樫を『取引先の社員』だと自分に言い聞かせた。そう思えば愛想良く接することも違和感なく行える。富樫も真面目なので、部は違えども上役である俺が書類に関して聞きたいことがある、と言うと特に嫌な顔もせず淡々と説明をしてくれた。

 そうして彼女と廊下ですれ違う時は挨拶をするくらいの関係になった。総務課に別の案件で寄る時も、声を掛けた。もちろんその時は油断なく机の書類やメモに目を走らせて、彼女を観察した。

 まず関係ない世間話から入れ、と言うのは同期の篠岡の弁だ。
奴とは仙台に来る前に、膝を交えて一杯交わした。

 篠岡は何故か鬼東の意向を承知していた。何処からそんな情報を手に入れるのか……そんな風に呆れていたら、彼は女性から情報を得る方法を張り切って俺にレクチャーし始めた。人から情報を引き出すにはテクニックがいる。取引相手であればスムーズい出来るそれも、同僚の女性に対しては少し違ったアレンジが必要らしい。

 そしてこう言ったことは加減が必要で、あまりやり過ぎても行けないそうだ。キャラクターから外れるほどの親し気な態度は、逆に相手に警戒心を抱かせるらしい。あくまで俺の無理のない範囲で、とのことだ。
しかし意外と話はスムーズに行く事が多かった。彼女は純粋に経理や仕事に関する話題には淀みなく答えてくれる。仕事に関連するなら、俺はそれほど苦痛もなく話が出来る。結局篠岡のテクニックはあまり必要なかった。最初に天気の話を挟むようにしたくらいが、せいぜい俺の進歩と言えるかもしれない。

 あの不良債権とこの、真面目で有能な女性社員が付き合っているなど……分からないものだ。浮気と言えるまでの関係かどうかは俺には判断できないが、食事は何度もしているのだろう。よくあんな奴と話すことがあるよな。仕事でもなかったら、絶対関わりたくないタイプだぞ。

 戸次から聞かなければ俺など全く気付かないままだっただろうな、と改めて自分の、色恋に対する疎さを思い知った。
しおりを挟む
感想 92

あなたにおすすめの小説

彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中

桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。 やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。 「助けなんていらないわよ?」 は? しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。 「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。 彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

先輩に退部を命じられた僕を励ましてくれたアイドル級美少女の後輩マネージャーを成り行きで家に上げたら、なぜかその後も入り浸るようになった件

桜 偉村
恋愛
 みんなと同じようにプレーできなくてもいいんじゃないですか? 先輩には、先輩だけの武器があるんですから——。  後輩マネージャーのその言葉が、彼の人生を変えた。  全国常連の高校サッカー部の三軍に所属していた如月 巧(きさらぎ たくみ)は、自分の能力に限界を感じていた。  練習試合でも敗因となってしまった巧は、三軍キャプテンの武岡(たけおか)に退部を命じられて絶望する。  武岡にとって、巧はチームのお荷物であると同時に、アイドル級美少女マネージャーの白雪 香奈(しらゆき かな)と親しくしている目障りな存在だった。  そのため、自信をなくしている巧を追い込んで退部させ、香奈と距離を置かせようとしたのだ。  そうすれば、香奈は自分のモノになると錯覚していたから。  武岡の思惑通り、巧はサッカー部を辞めようとしていた。そこに現れたのが、香奈だった。  香奈に励まされてサッカーを続ける決意をした巧は、彼女のアドバイスのおかげもあり、だんだんとその才能を開花させていく。  一方、巧が成り行きで香奈を家に招いたのをきっかけに、二人の距離も縮み始める。  しかし、退部するどころか活躍し出した巧にフラストレーションを溜めていた武岡が、それを静観するはずもなく——。 「これは警告だよ」 「勘違いしないんでしょ?」 「僕がサッカーを続けられたのは、君のおかげだから」 「仲が良いだけの先輩に、あんなことまですると思ってたんですか?」  先輩×後輩のじれったくも甘い関係が好きな方、スカッとする展開が好きな方は、ぜひこの物語をお楽しみください! ※基本は一途ですが、メインヒロイン以外との絡みも多少あります。 ※本作品は小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

王弟が愛した娘 —音に響く運命—

Aster22
恋愛
弟を探す旅の途中、身分を隠して村で薬師として生きていたセラは、 ハープの音に宿る才を、名も知らぬ貴族の青年――王弟レオに見初められる。 互いの立場を知らぬまま距離を縮めていく二人。 だが、ある事件をきっかけに、セラは彼の屋敷で侍女として働くことになり、 知らず知らずのうちに国を巻き込む陰謀へと引き寄せられていく。 人の生まれは変えられない。 それでも、何を望み、何を選ぶのかは、自分で決められる。 セラが守ろうとするものは、弟か、才か、それとも―― キャラ設定・世界観などはこちら       ↓ https://kakuyomu.jp/my/news/822139840619212578

悪役令嬢と誤解され冷遇されていたのに、目覚めたら夫が豹変して求愛してくるのですが?

いりん
恋愛
初恋の人と結婚できたーー これから幸せに2人で暮らしていける…そう思ったのに。 「私は夫としての務めを果たすつもりはない。」 「君を好きになることはない。必要以上に話し掛けないでくれ」 冷たく拒絶され、離婚届けを取り寄せた。 あと2週間で届くーーそうしたら、解放してあげよう。 ショックで熱をだし寝込むこと1週間。 目覚めると夫がなぜか豹変していて…!? 「君から話し掛けてくれないのか?」 「もう君が隣にいないのは考えられない」 無口不器用夫×優しい鈍感妻 すれ違いから始まる両片思いストーリー

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】

iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。 小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

処理中です...