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新妻・卯月の仙台暮らし
話を聞きます。 <亀田>
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倉庫には幾つか死角がある。総務で長く働いている富樫はそれを知っていた。落ち込んだ時、気持ちを切り替えたい時。富樫は誰にも見つからない場所で一息吐くのだ。
任された新しい仕事にもすっかり慣れた頃、自らの油断の所為で大きなミスをしてしまった。気持ちの整理がなかなかつかず、誰にも見つかる心配のない倉庫の隅に逃げ込んだ富樫。必死で堪えていた涙を何とか止めようと努力していた時、そこに偶然現れたのが遠藤だった。
遠藤は少し驚いた顔をしたが、直ぐに彼女の隣に腰を掛け何事も無かったかのように話し掛けて来たそうだ。富樫は呆気に取られて、そんな遠藤の行動を拒否せずに受け入れてしまった。世間話をするかのようなトーンで尋ねる遠藤に、彼女はつい自分の胸の内を吐露してしまった。そんな風に誰かに無防備な自分を見せたのは、富樫には初めてのことだった。
それが二人が近づく切っ掛けになったそうだ。暫くして、二人は付き合うようになる。
遠藤の様子がおかしいと感じたのは最近のことだ。若い派遣社員の花井とクスクス笑いながら、親し気に話をしていた。その様子を目にした富樫は振り向いた遠藤の視線から身を隠してしまう。
遠藤が若い女性社員を気に掛け、話し掛けるのは日常茶飯事のことだ。けれどもそれを本気で相手にするような人間はいない。常識的な女ならば、既婚者とどうにかなろうなどと考えないからだ。そう自分に言い聞かせる。
そして富樫と遠藤の関係はあくまで公言できない秘めたものだ。だから遠藤がもし花井を気に入り、親しく話し掛けたとして文句を言う筋合いはない。
「そう言えば派遣の花井さんっているでしょう?」
「うん?」
「可愛らしい人よね」
無意識に鎌を掛けてしまう富樫に、遠藤は「確かに見た目はちょっと良いかもしれないが、あの子はまだ子供だよ」と何でもない事のように応える。
「そして、君は大人の女性だ。そうだろう?」
などと笑って、富樫に対する細かなフォローも忘れない。
嘘を吐いてくれるだけ、遠藤は優しいのかもしれない。愛人に遠慮するいわれはない、と開き直られるよりは。富樫の望みは―――自分が会いたい時、人恋しいと感じる時に、遠藤が寄り添ってくれることだ。だからそれ以外の彼については、見ない振りをしていれば良いと考えている。
富樫には、仕事しかなかった。
別に、仕事が好きだと言う訳ではない。けれども得意なものも、自らが頼りとするものもそれしか無い。男女交際に厳しかった母親の言う通り、真面目に勉強に専念して来た。そして母親が恥ずかしいと感じない、ちゃんとした会社に就職した。なのにここに来て、望みが叶った筈の彼女の母親は態度を一変させる。職場に良い相手はいないのか、いないならば見合いをしろ。女の幸せは結局は結婚だ……などと訳の分からない事を言いながら、釣り書きを押し付けて来るのだ。
この時初めて、富樫は母親に対する反抗心を持った。親の言うまま釣り書きの男の一人と結婚するなどと、おぞましいことは決してするまい……と、嫌悪感と共に決意を固めた。一生独身だとしても構わない。仕事を続けて行けば食うには困らないだろう。
ただ時折どうしても気持ちがムシャクシャすることがある。このまま、仕事だけをして生きて行って―――老いて行く両親とともに暮らし続ける。そんな朽ち果てて行くような未来を考えると、時々眩暈を覚えるようなやるせない、閉塞感に襲われるのだ。
そんな時、富樫が自分の唯一の取柄だと考えている仕事で失敗した。動揺する心に、富樫の甘い言葉が滑り込む。彼女は藁にも縋るような気持ちで、その手を取ってしまった。
彼が若い女性社員ならば誰にでも、親し気に言葉を掛ける人間なのだと言うことは知っている。既婚者である彼との関係に未来が無いことも、十分承知している。彼は婿養子で、妻の親戚が経営する会社に勤めているから、離婚することなど考えられないと言っていた。
ただ今はまだ、唯一甘えられる手をこちらから離すことには、富樫には出来そうもない。だから胸が重苦しくなるような現実からは目を背けているのだ。
しかし他の男性社員に擦り寄るように歩み寄り、甘えるような鼻にかかった声で話している花井を目にした時、カッと胸の内に火が灯るような嫉妬を覚えた。
花井のように若くて可愛い女は、誰にでも愛される。なのに彼女は富樫の唯一の拠り所まで、取り上げようとしているのか。
おそらく勉強も真面目にせず、享楽的に生きて来たのだろう。富樫と花井の人生は全てが百八十度違っている。それこそアリとキリギリスだ。だからこそ自分は正社員で、一人でも生きていけるスキルを持っているのだ。けれどもキリギリスの花井は、若さの魔法が消える前に、食事を与えてくれる男性を捕まえなければならない。ならばちゃんとした結婚相手をせっせと見つければ良いのに。なぜ既婚者の男にまで、媚びを売るのか。
彼女は欲張り過ぎる。
きっと大きなしっぺ返しが当たる筈だ。……いや、当るべきだ。
甘さを含んだ揶揄いを掛ける遠藤に、笑顔を返す花井を再び目にした富樫は、堪らなくなって倉庫に飛び込んだ。
そしてかつて遠藤と出会う前は定位置であった、倉庫の隅に久し振りに身をひそめる。
富樫は想像する。
もしかしたら、遠藤が席にいない自分に気が付いて、心配してくれるかもしれない。そして訳を聞いて、慰めてくれるかもしれない。
『ごめんね。そんなに辛かったなんて気付かなかったよ。悪かった、もう花井さんには必要以上に関わらないよ』
改心して、そう言ってくれるかもしれない。
そんな時、倉庫のドアが開く音がして、ハッと顔を上げる。
しかし喜んだのも束の間、現れたのは遠藤ではなかった。富樫は身を縮めて息を殺した。物陰に隠れるのは、彼女のお手の物だったから。
すると倉庫に入って来た二人は、ヒソヒソと話を始めた。聞き取り辛いくぐもった男性の低音。なのに、一番聞きたくなかった部分だけが、ハッキリ鼓膜を震わせて言葉に変わった。
『この間、百貨店の宝飾店で見掛けてな。一緒にいたのが……富樫と違う女だった』
『そうなんですか』
『茶髪の若い女だったから、遠藤夫人ではないと思う。考えられるのは親戚の娘とかそう言うことだが……課長はそう言った話をしていたか? 例えば親戚が遊びに来ていたとか』
『いえ。そう言う話は聞いていないですね』
『そうか』
『けどいつも休日に何処へ行った、とか何を食べたとか話すタイプなので。親戚が来ていたら口に出すと思うんですよね。だから、そう言う事は実際無かったんだと思います』
遠藤はその日、富樫に東京から妻が来るから相手をしなければならない、と言っていた。だから会えないと。
しかし実際会っていたのは『若い女』だ。遠藤の妻は彼より年上だ。そして見た目も、それほど若く見える容姿ではない筈だった。……そう、彼から何度も聞かされていたのだ。『もうオバさんだよ。昔はちょっとは見れたんだが―――君はいつも綺麗にしているから、そんな風にはならないと思うけど』と。
おそらくその『若い女』は花井だろう。
直感が働いた。
少年のように瞳を輝かせて、遠藤が花井を見ているのを富樫は知っていたから。
** ** **
「亀田部長が見た『若い女』って……派遣社員の花井さん、ですよね?」
「……」
長い身の上話が、そこで漸く一区切りついたようだ。富樫の問に俺は言及を避けたが、それがそのまま答えなのだと彼女は受け取ったようだ。富樫は息を詰まらせるように顔を伏せ、疲れたようにテーブルに肘を付いて両掌で顔を覆ってしまう。
半個室となったそこを、息苦しい沈黙が支配した。
俺は立ち去りたいのを我慢しつつ、富樫が再び口を開くのを待つ。
正直なところ、富樫と遠藤の関係とか、花井がどうだとか―――俺には、どうでも良かった。俺が聞きたいのは、遠藤が『何をしているか』だ。意味深に呼び出しておいて、まさか不倫相手の愚痴をぶちまけて終わり……って事はないよな。
篠岡から、女性から情報を引き出す時は、決して焦ってはいけない。と注意を受けたばかりだ。苛立ちを表に出してはいけない。そう、焦りは禁物だ。
『女性は核心からもっとも遠い所から話し出す。そんな時はどんなにもどかしく思っても、相手を絶対に急かしてはいけない。男目線の、仕事と同じ方法論を押し付けるのは絶対にNG! あっちこっち話題が飛んで、一見支離滅裂だったり無関係に思える無駄話も―――実はその女性の中では全部、意味があって繋がっているんだ』
あの後、倉庫を出て直ぐ、俺は同期の篠岡に再度助言を求めた。
『女扱いが下手』『女心が、全く分かっていない』などと、これまで様々な口から言葉を変えて、何度繰り返し言われて来たことか。だから自分がこういう事に不向きなのは、重々承知している。
だから相談せずにはいられなかった。俺とは正反対の、常に朗らかで毒にも薬にもならないような顔をして、人一倍情報収集に長けている腹黒い男に。
篠岡からの助言に従い、余計な言葉を封印しつつ、ポケットに潜ませたアイシーレコーダーで会話を録音している。しかし内容がどうでも良過ぎて、思わず録音機能を解除したくなった。
それにこれはあくまで念のための秘密録音だしな。相手の了承を得ない録音に証拠能力はないし、改竄が容易な電子データは信用されないことも多い。うっかりそれを外に流すと名誉棄損やプライバシーの侵害で、損害賠償請求されたりと、面倒な事になるかもしれない。
『とにかく根気よく付き合うこと! 話を遮っても行けないし、勝手に纏めて結論を出しても駄目だぞ。でもだからってちゃんと聞いていないと、すぐ見抜かれるからな。話を聞かない男には、女性は信頼を置かない。”下らない”と思っても、絶対にそれを素直に口にするんじゃないぞ。お前の場合はそうだな―――大口の得意先だと思い込んで、対応すれば確実だ!』
時間にして五分ほどだろうか。
息のつまる長い沈黙が続き―――それが徐に破られた。
顔を覆っていた両手を下ろし、富樫はゆっくりと正面を見て背を伸ばす。
「遠藤課長は……懇意にしているメーカーに水増し請求をさせて、キックバックを受け取っています」
そう一気に言い切った後、彼女はフッと表情の強張りを解いて笑ったのだった。
任された新しい仕事にもすっかり慣れた頃、自らの油断の所為で大きなミスをしてしまった。気持ちの整理がなかなかつかず、誰にも見つかる心配のない倉庫の隅に逃げ込んだ富樫。必死で堪えていた涙を何とか止めようと努力していた時、そこに偶然現れたのが遠藤だった。
遠藤は少し驚いた顔をしたが、直ぐに彼女の隣に腰を掛け何事も無かったかのように話し掛けて来たそうだ。富樫は呆気に取られて、そんな遠藤の行動を拒否せずに受け入れてしまった。世間話をするかのようなトーンで尋ねる遠藤に、彼女はつい自分の胸の内を吐露してしまった。そんな風に誰かに無防備な自分を見せたのは、富樫には初めてのことだった。
それが二人が近づく切っ掛けになったそうだ。暫くして、二人は付き合うようになる。
遠藤の様子がおかしいと感じたのは最近のことだ。若い派遣社員の花井とクスクス笑いながら、親し気に話をしていた。その様子を目にした富樫は振り向いた遠藤の視線から身を隠してしまう。
遠藤が若い女性社員を気に掛け、話し掛けるのは日常茶飯事のことだ。けれどもそれを本気で相手にするような人間はいない。常識的な女ならば、既婚者とどうにかなろうなどと考えないからだ。そう自分に言い聞かせる。
そして富樫と遠藤の関係はあくまで公言できない秘めたものだ。だから遠藤がもし花井を気に入り、親しく話し掛けたとして文句を言う筋合いはない。
「そう言えば派遣の花井さんっているでしょう?」
「うん?」
「可愛らしい人よね」
無意識に鎌を掛けてしまう富樫に、遠藤は「確かに見た目はちょっと良いかもしれないが、あの子はまだ子供だよ」と何でもない事のように応える。
「そして、君は大人の女性だ。そうだろう?」
などと笑って、富樫に対する細かなフォローも忘れない。
嘘を吐いてくれるだけ、遠藤は優しいのかもしれない。愛人に遠慮するいわれはない、と開き直られるよりは。富樫の望みは―――自分が会いたい時、人恋しいと感じる時に、遠藤が寄り添ってくれることだ。だからそれ以外の彼については、見ない振りをしていれば良いと考えている。
富樫には、仕事しかなかった。
別に、仕事が好きだと言う訳ではない。けれども得意なものも、自らが頼りとするものもそれしか無い。男女交際に厳しかった母親の言う通り、真面目に勉強に専念して来た。そして母親が恥ずかしいと感じない、ちゃんとした会社に就職した。なのにここに来て、望みが叶った筈の彼女の母親は態度を一変させる。職場に良い相手はいないのか、いないならば見合いをしろ。女の幸せは結局は結婚だ……などと訳の分からない事を言いながら、釣り書きを押し付けて来るのだ。
この時初めて、富樫は母親に対する反抗心を持った。親の言うまま釣り書きの男の一人と結婚するなどと、おぞましいことは決してするまい……と、嫌悪感と共に決意を固めた。一生独身だとしても構わない。仕事を続けて行けば食うには困らないだろう。
ただ時折どうしても気持ちがムシャクシャすることがある。このまま、仕事だけをして生きて行って―――老いて行く両親とともに暮らし続ける。そんな朽ち果てて行くような未来を考えると、時々眩暈を覚えるようなやるせない、閉塞感に襲われるのだ。
そんな時、富樫が自分の唯一の取柄だと考えている仕事で失敗した。動揺する心に、富樫の甘い言葉が滑り込む。彼女は藁にも縋るような気持ちで、その手を取ってしまった。
彼が若い女性社員ならば誰にでも、親し気に言葉を掛ける人間なのだと言うことは知っている。既婚者である彼との関係に未来が無いことも、十分承知している。彼は婿養子で、妻の親戚が経営する会社に勤めているから、離婚することなど考えられないと言っていた。
ただ今はまだ、唯一甘えられる手をこちらから離すことには、富樫には出来そうもない。だから胸が重苦しくなるような現実からは目を背けているのだ。
しかし他の男性社員に擦り寄るように歩み寄り、甘えるような鼻にかかった声で話している花井を目にした時、カッと胸の内に火が灯るような嫉妬を覚えた。
花井のように若くて可愛い女は、誰にでも愛される。なのに彼女は富樫の唯一の拠り所まで、取り上げようとしているのか。
おそらく勉強も真面目にせず、享楽的に生きて来たのだろう。富樫と花井の人生は全てが百八十度違っている。それこそアリとキリギリスだ。だからこそ自分は正社員で、一人でも生きていけるスキルを持っているのだ。けれどもキリギリスの花井は、若さの魔法が消える前に、食事を与えてくれる男性を捕まえなければならない。ならばちゃんとした結婚相手をせっせと見つければ良いのに。なぜ既婚者の男にまで、媚びを売るのか。
彼女は欲張り過ぎる。
きっと大きなしっぺ返しが当たる筈だ。……いや、当るべきだ。
甘さを含んだ揶揄いを掛ける遠藤に、笑顔を返す花井を再び目にした富樫は、堪らなくなって倉庫に飛び込んだ。
そしてかつて遠藤と出会う前は定位置であった、倉庫の隅に久し振りに身をひそめる。
富樫は想像する。
もしかしたら、遠藤が席にいない自分に気が付いて、心配してくれるかもしれない。そして訳を聞いて、慰めてくれるかもしれない。
『ごめんね。そんなに辛かったなんて気付かなかったよ。悪かった、もう花井さんには必要以上に関わらないよ』
改心して、そう言ってくれるかもしれない。
そんな時、倉庫のドアが開く音がして、ハッと顔を上げる。
しかし喜んだのも束の間、現れたのは遠藤ではなかった。富樫は身を縮めて息を殺した。物陰に隠れるのは、彼女のお手の物だったから。
すると倉庫に入って来た二人は、ヒソヒソと話を始めた。聞き取り辛いくぐもった男性の低音。なのに、一番聞きたくなかった部分だけが、ハッキリ鼓膜を震わせて言葉に変わった。
『この間、百貨店の宝飾店で見掛けてな。一緒にいたのが……富樫と違う女だった』
『そうなんですか』
『茶髪の若い女だったから、遠藤夫人ではないと思う。考えられるのは親戚の娘とかそう言うことだが……課長はそう言った話をしていたか? 例えば親戚が遊びに来ていたとか』
『いえ。そう言う話は聞いていないですね』
『そうか』
『けどいつも休日に何処へ行った、とか何を食べたとか話すタイプなので。親戚が来ていたら口に出すと思うんですよね。だから、そう言う事は実際無かったんだと思います』
遠藤はその日、富樫に東京から妻が来るから相手をしなければならない、と言っていた。だから会えないと。
しかし実際会っていたのは『若い女』だ。遠藤の妻は彼より年上だ。そして見た目も、それほど若く見える容姿ではない筈だった。……そう、彼から何度も聞かされていたのだ。『もうオバさんだよ。昔はちょっとは見れたんだが―――君はいつも綺麗にしているから、そんな風にはならないと思うけど』と。
おそらくその『若い女』は花井だろう。
直感が働いた。
少年のように瞳を輝かせて、遠藤が花井を見ているのを富樫は知っていたから。
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「亀田部長が見た『若い女』って……派遣社員の花井さん、ですよね?」
「……」
長い身の上話が、そこで漸く一区切りついたようだ。富樫の問に俺は言及を避けたが、それがそのまま答えなのだと彼女は受け取ったようだ。富樫は息を詰まらせるように顔を伏せ、疲れたようにテーブルに肘を付いて両掌で顔を覆ってしまう。
半個室となったそこを、息苦しい沈黙が支配した。
俺は立ち去りたいのを我慢しつつ、富樫が再び口を開くのを待つ。
正直なところ、富樫と遠藤の関係とか、花井がどうだとか―――俺には、どうでも良かった。俺が聞きたいのは、遠藤が『何をしているか』だ。意味深に呼び出しておいて、まさか不倫相手の愚痴をぶちまけて終わり……って事はないよな。
篠岡から、女性から情報を引き出す時は、決して焦ってはいけない。と注意を受けたばかりだ。苛立ちを表に出してはいけない。そう、焦りは禁物だ。
『女性は核心からもっとも遠い所から話し出す。そんな時はどんなにもどかしく思っても、相手を絶対に急かしてはいけない。男目線の、仕事と同じ方法論を押し付けるのは絶対にNG! あっちこっち話題が飛んで、一見支離滅裂だったり無関係に思える無駄話も―――実はその女性の中では全部、意味があって繋がっているんだ』
あの後、倉庫を出て直ぐ、俺は同期の篠岡に再度助言を求めた。
『女扱いが下手』『女心が、全く分かっていない』などと、これまで様々な口から言葉を変えて、何度繰り返し言われて来たことか。だから自分がこういう事に不向きなのは、重々承知している。
だから相談せずにはいられなかった。俺とは正反対の、常に朗らかで毒にも薬にもならないような顔をして、人一倍情報収集に長けている腹黒い男に。
篠岡からの助言に従い、余計な言葉を封印しつつ、ポケットに潜ませたアイシーレコーダーで会話を録音している。しかし内容がどうでも良過ぎて、思わず録音機能を解除したくなった。
それにこれはあくまで念のための秘密録音だしな。相手の了承を得ない録音に証拠能力はないし、改竄が容易な電子データは信用されないことも多い。うっかりそれを外に流すと名誉棄損やプライバシーの侵害で、損害賠償請求されたりと、面倒な事になるかもしれない。
『とにかく根気よく付き合うこと! 話を遮っても行けないし、勝手に纏めて結論を出しても駄目だぞ。でもだからってちゃんと聞いていないと、すぐ見抜かれるからな。話を聞かない男には、女性は信頼を置かない。”下らない”と思っても、絶対にそれを素直に口にするんじゃないぞ。お前の場合はそうだな―――大口の得意先だと思い込んで、対応すれば確実だ!』
時間にして五分ほどだろうか。
息のつまる長い沈黙が続き―――それが徐に破られた。
顔を覆っていた両手を下ろし、富樫はゆっくりと正面を見て背を伸ばす。
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