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新妻・卯月の仙台暮らし
更に話を聞きます。 <亀田>
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「今支店では、遠藤課長と懇意にしているメーカーと、備品や事務用品に関わる契約をしています」
たかが備品や事務用品……と言ってもこれが馬鹿にはならない。パソコンやタブレット、コピー兼用のプリンターなど大物のリース契約も含めれば、かなり大きい金額になるだろう。
しかし遠藤課長の所属は営業課だ。普通に考えれば部も違う総務課の取引に口を差し挟む権利はない筈だ。やはり富樫がそこに一枚噛んでいる、と考えるのが妥当だろう。だが……
「支店の備品契約も、事前に合い見積もりを取るよう徹底されたのではなかったか?」
取引相手になりそうな業者数社から見積もりを取って比較し、一番安い所に発注するよう本社から指導があった筈だ。本社の目の届かない支店の一部で、総務課長が過剰な接待を受け自分の都合の良い業者と契約すると言った問題が浮上し、作為が入り込まないようにルールを厳格化した筈だ。
「君がその業者を選定業者に入り込ませた、と言うのは想像がつく。だが、見積もりはどうした? 他社の方が安ければその業者は選ばれないで終わるだろう」
「総務課長は……私に仕事を全て丸投げしているので」
あの危機感の無さそうな平和顔の総務課長なら、中身も見ずに承認することはありそうだ。が、俺が見た限りでは、選考段階での他の業者の見積もりも比較表と共に保存されていた。たまたま他社がその業者より高かった、などと言うことがあるだろうか。
「まさか、談合か?」
地方では同じ業種の業者達が食いっぱぐれの無いように、定期的に発注される取引を皆で分け合うことがあるらしい。こっそり業者達が口裏を合わせて順番に契約を受注するべく契約額を受注予定業者より高くする、と言うのが『談合』だ。
しかしたかが支店の備品如きでそのようなことをするだろうか。しかも仙台はこの地方では中心都市だ。これくらいの規模の都市になると業者間の競争もあり、そう言ったことは起こりにくいような気がする。
しかし談合だとすれば、遠藤にキックバックしてまで便宜を図る必要性はないだろう。
「いいえ。他の業者の見積もり書を弄りました。私、パソコンで絵を書くのが得意なんです」
フフフ、と何故か楽し気に富樫は微笑んだ。先ほどまでの蒼白な表情から一転して、何かネジが一本抜け落ちたような、印象を受ける。まるで他人事のように、罪悪感を置いてきぼりにしているような口振りだった。
「上司は……総務課長も部長も、何も気が付いていないのか」
「庄子部長でしたら、あるいは気付かれたかもしれません。ただ、ギリギリ部長にまで承認を取らなくて良い金額で収まるように、契約を分けてますので」
総務課長―――いくらなんでも舐められすぎだろう。
「キックバックした金は、君と遠藤課長で山分けしていたのか?」
「いいえ。私がしたのは、そこまでです。後は遠藤課長とその業者で遣り取りしています。ああでも……そのお金で食事を奢って頂くことはあったかもしれません。彼はいつも『お金がない、妻に財布を握られていて』って嘆いていましたから。『これで君と美味しい物を食べられるよ』っていつも喜んでくれて……」
そう言って遠い目をする富樫を、一瞬怒鳴りつけたくなった。
が、かろうじてその衝動を抑え込む。
非常識な事をしでかした富樫の物言いはヒドイものだ。しかし富樫が語る言葉が真実であれば、遠藤は危ない真似をさせた富樫には現金を握らせていない、と言うことになる。食事やホテル代を奢ったり、若しくは何か贈り物をするかして誤魔化して、後は全て自分の懐に入れていると言うことだろう。そして、それを今まで黙って富樫は受け入れて来たというのだろうか。
しかしどちらにせよ、富樫の罪が軽くなるわけではないし、俺はその辺りを深く追求するつもりはない。俺の目的は、遠藤の不正を暴くことだ。偶然が重なって手にしたとは言え、この機会を絶対に逃してはならない。
篠岡によれば、感情的になってうっかり言葉を漏らした相手には、休む間を与えてはならないそうだ。一旦頭を冷やす時間を与えると、我に返って口を閉ざしてしまう可能性があるらしい。
女性は感情に流される生き物だが、同時に気が変わりやすい生き物でもある……と言うのが彼の主張だ。
しかし今回色々と助言を貰ったが、篠岡ってヤツは一体何者なんだと言いたくなる。
「君が修正したと言う見積もり書がどれなのか、こらから社に戻って説明して貰えるか」
すると富樫は表情を消して、俺を真っすぐ見た。
そして、そう温度の無い声で応えたのだ。
「彼が水増しした請求書も―――選別できます」
これまで遠藤に金も受け取らずに尽くして来た富樫は、すっかり彼を裏切る覚悟を決めたようだ。花井に対する嫉妬が……そうさせたのだろうか。
……女は怖いな。
その双眸に籠る冷たさに―――俺はゾクリと背筋を震わせたのだった。
たかが備品や事務用品……と言ってもこれが馬鹿にはならない。パソコンやタブレット、コピー兼用のプリンターなど大物のリース契約も含めれば、かなり大きい金額になるだろう。
しかし遠藤課長の所属は営業課だ。普通に考えれば部も違う総務課の取引に口を差し挟む権利はない筈だ。やはり富樫がそこに一枚噛んでいる、と考えるのが妥当だろう。だが……
「支店の備品契約も、事前に合い見積もりを取るよう徹底されたのではなかったか?」
取引相手になりそうな業者数社から見積もりを取って比較し、一番安い所に発注するよう本社から指導があった筈だ。本社の目の届かない支店の一部で、総務課長が過剰な接待を受け自分の都合の良い業者と契約すると言った問題が浮上し、作為が入り込まないようにルールを厳格化した筈だ。
「君がその業者を選定業者に入り込ませた、と言うのは想像がつく。だが、見積もりはどうした? 他社の方が安ければその業者は選ばれないで終わるだろう」
「総務課長は……私に仕事を全て丸投げしているので」
あの危機感の無さそうな平和顔の総務課長なら、中身も見ずに承認することはありそうだ。が、俺が見た限りでは、選考段階での他の業者の見積もりも比較表と共に保存されていた。たまたま他社がその業者より高かった、などと言うことがあるだろうか。
「まさか、談合か?」
地方では同じ業種の業者達が食いっぱぐれの無いように、定期的に発注される取引を皆で分け合うことがあるらしい。こっそり業者達が口裏を合わせて順番に契約を受注するべく契約額を受注予定業者より高くする、と言うのが『談合』だ。
しかしたかが支店の備品如きでそのようなことをするだろうか。しかも仙台はこの地方では中心都市だ。これくらいの規模の都市になると業者間の競争もあり、そう言ったことは起こりにくいような気がする。
しかし談合だとすれば、遠藤にキックバックしてまで便宜を図る必要性はないだろう。
「いいえ。他の業者の見積もり書を弄りました。私、パソコンで絵を書くのが得意なんです」
フフフ、と何故か楽し気に富樫は微笑んだ。先ほどまでの蒼白な表情から一転して、何かネジが一本抜け落ちたような、印象を受ける。まるで他人事のように、罪悪感を置いてきぼりにしているような口振りだった。
「上司は……総務課長も部長も、何も気が付いていないのか」
「庄子部長でしたら、あるいは気付かれたかもしれません。ただ、ギリギリ部長にまで承認を取らなくて良い金額で収まるように、契約を分けてますので」
総務課長―――いくらなんでも舐められすぎだろう。
「キックバックした金は、君と遠藤課長で山分けしていたのか?」
「いいえ。私がしたのは、そこまでです。後は遠藤課長とその業者で遣り取りしています。ああでも……そのお金で食事を奢って頂くことはあったかもしれません。彼はいつも『お金がない、妻に財布を握られていて』って嘆いていましたから。『これで君と美味しい物を食べられるよ』っていつも喜んでくれて……」
そう言って遠い目をする富樫を、一瞬怒鳴りつけたくなった。
が、かろうじてその衝動を抑え込む。
非常識な事をしでかした富樫の物言いはヒドイものだ。しかし富樫が語る言葉が真実であれば、遠藤は危ない真似をさせた富樫には現金を握らせていない、と言うことになる。食事やホテル代を奢ったり、若しくは何か贈り物をするかして誤魔化して、後は全て自分の懐に入れていると言うことだろう。そして、それを今まで黙って富樫は受け入れて来たというのだろうか。
しかしどちらにせよ、富樫の罪が軽くなるわけではないし、俺はその辺りを深く追求するつもりはない。俺の目的は、遠藤の不正を暴くことだ。偶然が重なって手にしたとは言え、この機会を絶対に逃してはならない。
篠岡によれば、感情的になってうっかり言葉を漏らした相手には、休む間を与えてはならないそうだ。一旦頭を冷やす時間を与えると、我に返って口を閉ざしてしまう可能性があるらしい。
女性は感情に流される生き物だが、同時に気が変わりやすい生き物でもある……と言うのが彼の主張だ。
しかし今回色々と助言を貰ったが、篠岡ってヤツは一体何者なんだと言いたくなる。
「君が修正したと言う見積もり書がどれなのか、こらから社に戻って説明して貰えるか」
すると富樫は表情を消して、俺を真っすぐ見た。
そして、そう温度の無い声で応えたのだ。
「彼が水増しした請求書も―――選別できます」
これまで遠藤に金も受け取らずに尽くして来た富樫は、すっかり彼を裏切る覚悟を決めたようだ。花井に対する嫉妬が……そうさせたのだろうか。
……女は怖いな。
その双眸に籠る冷たさに―――俺はゾクリと背筋を震わせたのだった。
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