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番外編・うさぎのきもち
51.伊都さんと卯月さん
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「伊都さん、うさぎについてはプロですモン。揶揄っちゃ悪いですよ!」
「なっ……」
伊都さんが頬を火照らせて卯月さんに向かって抗議する。余程卯月さんの方が楽しそうに彼女を『揶揄っている』ように見えるのだが。
「卯月さん……! 人が真剣に話しているのに茶化さないでください!」
クスクス笑う卯月さんと伊都さんは、言葉は敬語なのにかなり親し気に見える。俺は不思議に思って尋ねた。
「卯月さんは春に仙台に来たばかりなんですよね? 伊都さんとはずっと前から付き合いがあるんですか?」
「え? いえ、伊都さんとは仙台に来てから知り合ったんです」
「春に牧草を買いに来てくれたのが『初めまして』ですよね? 私も店頭に出たのは春からなので……」
「それにしては、通じ合ってますよね。気が合ってると言うか」
俺が指摘すると、キョトンと二人は俺を見て。それから一拍置いて、お互い目を見交わして首を傾げた。でも『あ、うんの呼吸』と言うよりはむしろ『ボケとツッコミ』だよな。なんて言葉が浮かんだが、失礼過ぎるので口には出さないで置く事にする。
「んー、そうですね。そう言えば……」
「私、人見知りなんですが……卯月さんは最初から平気でした」
「私も仙台に来たばかりで知合いがいなかったので、伊都さんと仲良くなれて嬉しかったです」
卯月さんがそう言うと、伊都さんが照れたように頬を染めた。
そんな話を聞きつつ『人見知りの接客業』ってどうなんだ? と改めてツッコミを入れたくなったが、彼女は本業であるうさぎのことに関してはどうやら引っ込み思案ではいられない性質らしいので結局は問題ないのかもしれない。実際俺も大いに助けられたことだし。
きっとそう言う仕事のしかたもあるのだ。コミュニケーションが多少苦手でもその仕事にちゃんと関心を持って接していられるなら。俺は今までそう言う人をあまり認めていなかった。空気を読まない人を見ると、相手の気持ちを考える努力が足りないんじゃないか、怠慢なのじゃないかって。
でも自分の視野の狭さに気付いてから、そういう決めつけは良くないと感じ始めている。物事には色んな側面があって、俺の見えているモノが即ち真実とは限らないのだ。そう、この部屋を出て行ったみのりが何を考えていたのか、今全く想像が付かないように……。
みのりがストックしていたうさぎの餌は『うさぎひろば』で購入したものだ。だからみのりがヨツバを手に入れたのは、伊都さんの勤める店だと考えるのが妥当だろう。
だけど伊都さんはこの春から店に出るようになったと言う。だとしたら―――みのりがヨツバをあの店で購入したとしても、伊都さんが接客したワケでは無いから知らなくても不思議では無い。その事に何故かホッとしてしまう自分がいた。
うさぎがあーだこーだと話している、穏やかな空気に救われている俺がいる。最近色々……本当に色々あり過ぎた。このノホホンとした空気を微妙な話題で壊したく無かった。
「そうだ、お二人にお礼をしたいと思っていたんです」
俺は用意していた紙袋から包装紙に包んだ箱を取り出してテーブルに並べた。伊都さんと卯月さん、二人分。
「え?私にも?」
卯月さんが俺が差し出した箱に目を丸くする。彼女は俺が『伊都さんに御礼をしたい』と言っていたから、自分にもそれが用意されているとまでは予想していなかったのだろう。
「はい。その……この間、すごく助かりましたので」
「あっ……ええと、いえ。お役に立てたなら、良かったです」
言葉を濁すと、卯月さんは俺の気持ちを察して頷いてくれた。気まずい話題を避けてくれるようで助かる。派遣女子と揉めて卯月さんに助けて貰ったなんて告白したら、明らかに真面目そうな伊都さんに、盛大に引かれてしまいそうだ。
「あの、私にお礼って……そんな気を遣っていただくわけにはっ」
一方で伊都さんは首を振って、ソファに仰け反った。
「あの、大したものでは無くて消えものなので貰っていただけると有難いのですが。お菓子なんです。返して貰っても俺一人じゃ食べきれませんし」
そこまで遠慮しなくても、と思わないではない。伊都さんが俺にしてくれた事を思えば、こんな軽いお礼は足りないくらいだと思う。
卯月さんに視線を向けると、彼女は『心得た』と言うように頷いてくれた。
「いただきましょう、伊都さん! せっかくですし!」
「えっ……」
「あの、中を見ても良いですか?」
「あ、はい。是非」
俺が笑顔で頷くと、卯月さんが包装紙を丁寧にはがし始めた。それから「わぁ」と声を上げる。
「可愛い! うさぎだぁ!」
「はい、俺の地元の銘菓なんです」
「ええ? 初めて見たなぁ……ご実家って何処ですか?」
「鳥取です」
山陰地方の空港や駅に必ず置いてある鳥取銘菓。うさぎのフィナンシェとうさぎ型のミルクチョコレートは最近定番の土産なんだが、なかなかウマいと思う。見た目も可愛げがあるし女子ウケは良いと考えたのだ。この老舗菓子店ではもともとうさぎ型の白餡饅頭がお土産の定番だった。これも俺は個人的にうまいと思うんだが……鳥取の知名度が低いのか、こっちであまり知っている人がいないんだよな。伊都さんと卯月さんが甘い物が好きだと聞いてピンと来た。ちょうどどれも『うさぎ』の形だし、甘い物が好きなら喜んでくれるんじゃないかと思ったのだ。特別親しい間柄でなくてもこれなら受け取り易いんじゃないかって。
実は仙台の銘菓とか自社製品のお勧め限定品も検討してみたのだが、仙台銘菓は伊都さんには馴染みだろうし、自社製品は卯月さんには珍しくないと思って外したのだ。
「鳥取……ひょっとして『因幡の白兎』……ですか?」
伊都さんが卯月さんの手元を覗き込んで、呟いた。
「あ、はい。ご存知でしたか?」
「いつかお参りに行きたいな、と思っていて」
流石うさぎ好きだけある。『因幡の白兎』を知っていても、それが鳥取に関連していると知っている仙台人は少ないと思う。俺の地元、山陰地方では常識なのだが。
『因幡の白兎』は古事記や日本書紀にも出て来る神話で、鳥取にある白兎神社はその白兎を神として祀っている。諸説あるが神社の目の前にある白兎海岸は神話の舞台だとも言われている。まあ、要するに現代ではそれを目玉に縁結びやらなにやら観光の目玉にしていて、神社のすぐ下、国道沿いには道の駅も設置されていて結構な賑わいを見せているのだ。
つまり観光の目玉の一つだ。と言うか鳥取と言えば、砂丘と二十世紀梨と因幡の白兎……が定番だろう。あとカニ。松葉ガニは確実に喜ばれる。しかしいくらお勧めと言っても『松葉ガニ』を渡したら、もっと引かれるだろう。と言う訳でネットでも簡単に手に入る菓子折りにしたのだが。
「これ、美味しいんですよ。よくある定番お菓子なんですけど甘さもちょうど良くて、ちょっと歯ごたえがあって。あとこっちは地元の紅茶屋さんの紅茶です。どれも紅茶とよく合うんで出来たら是非、試してみてください」
お菓子を勧める言葉なら、スラスラ流れるように出て来る。もうすっかり反射になった長年鍛えた営業スマイルを向けると、伊都さんが「うぐっ」と呻いた。
「お礼と言うより、地元の宣伝みたいになって申し訳ないんですが」
「うっ……あの、分かりました。いただきます、いただかせていただきます!」
言葉は多少変だが、伊都さんはコクリと頷いてくれた。
「良かった!」
ホッとして息を吐くと、伊都さんはさっきまでの落ち着きは何処へやら、キョロキョロ視線を彷徨わせて更に真っ赤になってしまったのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
注)鳥取と言えば空港名にもある〇ナンと鬼太〇も有名ですが、伏字にするのも何なので今回敢えて外しました。
「なっ……」
伊都さんが頬を火照らせて卯月さんに向かって抗議する。余程卯月さんの方が楽しそうに彼女を『揶揄っている』ように見えるのだが。
「卯月さん……! 人が真剣に話しているのに茶化さないでください!」
クスクス笑う卯月さんと伊都さんは、言葉は敬語なのにかなり親し気に見える。俺は不思議に思って尋ねた。
「卯月さんは春に仙台に来たばかりなんですよね? 伊都さんとはずっと前から付き合いがあるんですか?」
「え? いえ、伊都さんとは仙台に来てから知り合ったんです」
「春に牧草を買いに来てくれたのが『初めまして』ですよね? 私も店頭に出たのは春からなので……」
「それにしては、通じ合ってますよね。気が合ってると言うか」
俺が指摘すると、キョトンと二人は俺を見て。それから一拍置いて、お互い目を見交わして首を傾げた。でも『あ、うんの呼吸』と言うよりはむしろ『ボケとツッコミ』だよな。なんて言葉が浮かんだが、失礼過ぎるので口には出さないで置く事にする。
「んー、そうですね。そう言えば……」
「私、人見知りなんですが……卯月さんは最初から平気でした」
「私も仙台に来たばかりで知合いがいなかったので、伊都さんと仲良くなれて嬉しかったです」
卯月さんがそう言うと、伊都さんが照れたように頬を染めた。
そんな話を聞きつつ『人見知りの接客業』ってどうなんだ? と改めてツッコミを入れたくなったが、彼女は本業であるうさぎのことに関してはどうやら引っ込み思案ではいられない性質らしいので結局は問題ないのかもしれない。実際俺も大いに助けられたことだし。
きっとそう言う仕事のしかたもあるのだ。コミュニケーションが多少苦手でもその仕事にちゃんと関心を持って接していられるなら。俺は今までそう言う人をあまり認めていなかった。空気を読まない人を見ると、相手の気持ちを考える努力が足りないんじゃないか、怠慢なのじゃないかって。
でも自分の視野の狭さに気付いてから、そういう決めつけは良くないと感じ始めている。物事には色んな側面があって、俺の見えているモノが即ち真実とは限らないのだ。そう、この部屋を出て行ったみのりが何を考えていたのか、今全く想像が付かないように……。
みのりがストックしていたうさぎの餌は『うさぎひろば』で購入したものだ。だからみのりがヨツバを手に入れたのは、伊都さんの勤める店だと考えるのが妥当だろう。
だけど伊都さんはこの春から店に出るようになったと言う。だとしたら―――みのりがヨツバをあの店で購入したとしても、伊都さんが接客したワケでは無いから知らなくても不思議では無い。その事に何故かホッとしてしまう自分がいた。
うさぎがあーだこーだと話している、穏やかな空気に救われている俺がいる。最近色々……本当に色々あり過ぎた。このノホホンとした空気を微妙な話題で壊したく無かった。
「そうだ、お二人にお礼をしたいと思っていたんです」
俺は用意していた紙袋から包装紙に包んだ箱を取り出してテーブルに並べた。伊都さんと卯月さん、二人分。
「え?私にも?」
卯月さんが俺が差し出した箱に目を丸くする。彼女は俺が『伊都さんに御礼をしたい』と言っていたから、自分にもそれが用意されているとまでは予想していなかったのだろう。
「はい。その……この間、すごく助かりましたので」
「あっ……ええと、いえ。お役に立てたなら、良かったです」
言葉を濁すと、卯月さんは俺の気持ちを察して頷いてくれた。気まずい話題を避けてくれるようで助かる。派遣女子と揉めて卯月さんに助けて貰ったなんて告白したら、明らかに真面目そうな伊都さんに、盛大に引かれてしまいそうだ。
「あの、私にお礼って……そんな気を遣っていただくわけにはっ」
一方で伊都さんは首を振って、ソファに仰け反った。
「あの、大したものでは無くて消えものなので貰っていただけると有難いのですが。お菓子なんです。返して貰っても俺一人じゃ食べきれませんし」
そこまで遠慮しなくても、と思わないではない。伊都さんが俺にしてくれた事を思えば、こんな軽いお礼は足りないくらいだと思う。
卯月さんに視線を向けると、彼女は『心得た』と言うように頷いてくれた。
「いただきましょう、伊都さん! せっかくですし!」
「えっ……」
「あの、中を見ても良いですか?」
「あ、はい。是非」
俺が笑顔で頷くと、卯月さんが包装紙を丁寧にはがし始めた。それから「わぁ」と声を上げる。
「可愛い! うさぎだぁ!」
「はい、俺の地元の銘菓なんです」
「ええ? 初めて見たなぁ……ご実家って何処ですか?」
「鳥取です」
山陰地方の空港や駅に必ず置いてある鳥取銘菓。うさぎのフィナンシェとうさぎ型のミルクチョコレートは最近定番の土産なんだが、なかなかウマいと思う。見た目も可愛げがあるし女子ウケは良いと考えたのだ。この老舗菓子店ではもともとうさぎ型の白餡饅頭がお土産の定番だった。これも俺は個人的にうまいと思うんだが……鳥取の知名度が低いのか、こっちであまり知っている人がいないんだよな。伊都さんと卯月さんが甘い物が好きだと聞いてピンと来た。ちょうどどれも『うさぎ』の形だし、甘い物が好きなら喜んでくれるんじゃないかと思ったのだ。特別親しい間柄でなくてもこれなら受け取り易いんじゃないかって。
実は仙台の銘菓とか自社製品のお勧め限定品も検討してみたのだが、仙台銘菓は伊都さんには馴染みだろうし、自社製品は卯月さんには珍しくないと思って外したのだ。
「鳥取……ひょっとして『因幡の白兎』……ですか?」
伊都さんが卯月さんの手元を覗き込んで、呟いた。
「あ、はい。ご存知でしたか?」
「いつかお参りに行きたいな、と思っていて」
流石うさぎ好きだけある。『因幡の白兎』を知っていても、それが鳥取に関連していると知っている仙台人は少ないと思う。俺の地元、山陰地方では常識なのだが。
『因幡の白兎』は古事記や日本書紀にも出て来る神話で、鳥取にある白兎神社はその白兎を神として祀っている。諸説あるが神社の目の前にある白兎海岸は神話の舞台だとも言われている。まあ、要するに現代ではそれを目玉に縁結びやらなにやら観光の目玉にしていて、神社のすぐ下、国道沿いには道の駅も設置されていて結構な賑わいを見せているのだ。
つまり観光の目玉の一つだ。と言うか鳥取と言えば、砂丘と二十世紀梨と因幡の白兎……が定番だろう。あとカニ。松葉ガニは確実に喜ばれる。しかしいくらお勧めと言っても『松葉ガニ』を渡したら、もっと引かれるだろう。と言う訳でネットでも簡単に手に入る菓子折りにしたのだが。
「これ、美味しいんですよ。よくある定番お菓子なんですけど甘さもちょうど良くて、ちょっと歯ごたえがあって。あとこっちは地元の紅茶屋さんの紅茶です。どれも紅茶とよく合うんで出来たら是非、試してみてください」
お菓子を勧める言葉なら、スラスラ流れるように出て来る。もうすっかり反射になった長年鍛えた営業スマイルを向けると、伊都さんが「うぐっ」と呻いた。
「お礼と言うより、地元の宣伝みたいになって申し訳ないんですが」
「うっ……あの、分かりました。いただきます、いただかせていただきます!」
言葉は多少変だが、伊都さんはコクリと頷いてくれた。
「良かった!」
ホッとして息を吐くと、伊都さんはさっきまでの落ち着きは何処へやら、キョロキョロ視線を彷徨わせて更に真っ赤になってしまったのだった。
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