捕獲されました。

ねがえり太郎

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番外編・うさぎのきもち

55.セロリを食べるヨツバ2

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「戸次さんが一歩踏み出してくれて本当に良かったです」


 そう言われて何と返したものか躊躇ってしまう。
 だから卯月さんが楽し気にセロリを食べさせる横で、伊都さんと俺も同じように膝を付いたまま黙ってその様子を眺めた。

 シャクシャクシャク……とセロリを真顔で食べるヨツバ。

 奇妙なシチュエーションだな、と俯瞰で思う。沈黙がそれほど重さを持たないのは何故だろう?やはりそれはヨツバのお陰だろうか、と考える。
 大して面識があるとは言えない女性二人と並んでいても、違和感なく過ごせるのはヨツバの存在があるから。まあそもそもヨツバが存在しなければ、この二人とこうして俺の部屋で会う事も無かっただろうが。



 ホント、ただ食ってるだけで見てる人を満足させるってすげーな。



「飽きないですよね」



 返事をするように、伊都さんがポツリと呟いた。
 まるで俺の心の内が聞こえたかのようなタイミングに、ドキリとする。

「こうして食事をしているのを見ていると和みますよね。嫌な事も忘れちゃうくらい」

 伊都さんがそう言うと、卯月さんがホゥッと溜息を吐いた。

「ホントですよねぇ。よく考えたら自由な時間も減っちゃうし、お金も掛かるし不便な事の方が多い筈なんですけど。……けど、こうやってモグモグ食事をしている所を見ているだけで『まあいっか』って思えて来ますよね」

 ヨツバの世話をするようになって二週間にも満たない経験の俺だが、その気持ちは何となく分かる気がした。長くうさぎに接している伊都さんと卯月さんの経験や苦労にはとても追い付きようもないと思うが。



「実際私達なんて、ほぼうータンの下僕ですモン。執事と侍女みたいに姫様に自らかしづいちゃってますし」



 と笑いながら卯月さんが首を竦める。

 その台詞につい煽られて、俺の頭に執事姿の亀田部長が浮かんでしまった。
―――冷徹な無表情、銀縁眼鏡で隙の無い装いの執事……うっ……嵌り過ぎだろう!

「下僕……なるほど。犬に対するような叱ったりする躾ってうさぎには効果ないですからね。ストレスを与えてもマイナスに作用するばかりで。だからひたすら相手の気持ちや習性を読んでこっちが合わせるしかない―――そう言った意味では、確かに『下僕』と言えるかもしれませんね」
「まぁ、それが結局楽しいんですけどね。丈さんなんか喜々として下僕化してるし」

『喜々として下僕化』……あの亀田部長が?執事姿は容易に浮かぶが、あの威圧感満載の男が喜々としてうータンの下僕にって、流石に俺の想像を超えている。
 ポカンとしている俺に気が付いて、卯月さんがハッとした表情で顔を上げた。

「あっ……今のはその、えーっと忘れて下さい」
「あ、はい」

 と言っても執事姿の想像図だけは、脳裏にこびりついてしまったが。卯月さんは漸く俺が亀田部長の部下だと言う事を思い出してくれたらしい。






 セロリの葉を食べ終えたヨツバは左前足を上げてペロペロと舐め始めた。それから右前足も舐め、顔をゴシゴシ擦りだす。

「わぁ。ロップイヤーの耳の毛繕いって可愛いですね」

 顔を洗い終え、耳を両前足でしごき始めたヨツバを見て卯月さんが歓声を上げた。伊都さんが同意を示す。

「耳が長くて垂れているから乙女っぽい仕草に見えますよね。実際は男の子なんですけど」

 確かに。長い髪の女の人がサラサラと髪を手入れしているようにも見える。
 耳の根元から先まで、丁寧に擦る様子が妙に愛らしい。そうだよなぁ、こう言う所は文句なしに『可愛い』と言えるんだがなぁ。

「ヨツバ……すっかり落ち着きましたね」

 伊都さんがホウッと溜息を吐くようにそう言って、俺を見上げた。
 ニコリと微笑まれて、ドキリとする。

「いや、伊都さんのお陰です」
「いえいえ、私なんて全然! かえってお節介し過ぎかなって!」

 蒼くなって俺の謝意を頑なに受け入れようとしない伊都さんに、返答に困ってしまう。

 伊都さんの助けがなければ、大変なことになっていたハズだ。悲惨な未来が容易に想像できる。今心穏やかにヨツバとの関係を築けているのは、伊都さんのアドバイスがあってこそなのだ。

 なのに伊都さんは褒められ慣れていないのか、過剰に自分の功績を否定する。そう言う対応にザラリとしてしまうのは俺の器が狭いせいなのかもしれない。

 褒められた時はニッコリ笑って「ありがとう」って言えば良いのに、とやはり思わないではいられない。この人、本当に損な人だなぁ。ちょっとした事で、もっと生き易くなるだろうに。結構可愛い顔をしているんだから、眼鏡をコンタクトにするとかもっと顔型に似合うフレームを選ぶとか。さっきみたいに微笑んで頷くだけで、ずっと印象が違って来るのに……なんて、ホント余計なお世話だよな。



「本当に、改めてこちらに上がらせていただいて、思いました。同居人の飼い主さん、ヨツバの居心地良いようにちゃんと配慮されていたみたいですね。必要な物はそろっているし使いやすいように棚も整理されているから、世話もしやすいですよね。あ、そう言えば飼い主さんはいつ戻られるんですか? 連絡は付きました?」
「……」



 伊都さんは本当に裏心無く、そう言ったのだろう。

 だけど不意を突かれたように、俺は何と返して良いのか分からなくなってしまった。
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