252 / 375
番外編・うさぎのきもち
55.セロリを食べるヨツバ2
しおりを挟む「戸次さんが一歩踏み出してくれて本当に良かったです」
そう言われて何と返したものか躊躇ってしまう。
だから卯月さんが楽し気にセロリを食べさせる横で、伊都さんと俺も同じように膝を付いたまま黙ってその様子を眺めた。
シャクシャクシャク……とセロリを真顔で食べるヨツバ。
奇妙なシチュエーションだな、と俯瞰で思う。沈黙がそれほど重さを持たないのは何故だろう?やはりそれはヨツバのお陰だろうか、と考える。
大して面識があるとは言えない女性二人と並んでいても、違和感なく過ごせるのはヨツバの存在があるから。まあそもそもヨツバが存在しなければ、この二人とこうして俺の部屋で会う事も無かっただろうが。
ホント、ただ食ってるだけで見てる人を満足させるってすげーな。
「飽きないですよね」
返事をするように、伊都さんがポツリと呟いた。
まるで俺の心の内が聞こえたかのようなタイミングに、ドキリとする。
「こうして食事をしているのを見ていると和みますよね。嫌な事も忘れちゃうくらい」
伊都さんがそう言うと、卯月さんがホゥッと溜息を吐いた。
「ホントですよねぇ。よく考えたら自由な時間も減っちゃうし、お金も掛かるし不便な事の方が多い筈なんですけど。……けど、こうやってモグモグ食事をしている所を見ているだけで『まあいっか』って思えて来ますよね」
ヨツバの世話をするようになって二週間にも満たない経験の俺だが、その気持ちは何となく分かる気がした。長くうさぎに接している伊都さんと卯月さんの経験や苦労にはとても追い付きようもないと思うが。
「実際私達なんて、ほぼうータンの下僕ですモン。執事と侍女みたいに姫様に自らかしづいちゃってますし」
と笑いながら卯月さんが首を竦める。
その台詞につい煽られて、俺の頭に執事姿の亀田部長が浮かんでしまった。
―――冷徹な無表情、銀縁眼鏡で隙の無い装いの執事……うっ……嵌り過ぎだろう!
「下僕……なるほど。犬に対するような叱ったりする躾ってうさぎには効果ないですからね。ストレスを与えてもマイナスに作用するばかりで。だからひたすら相手の気持ちや習性を読んでこっちが合わせるしかない―――そう言った意味では、確かに『下僕』と言えるかもしれませんね」
「まぁ、それが結局楽しいんですけどね。丈さんなんか喜々として下僕化してるし」
『喜々として下僕化』……あの亀田部長が?執事姿は容易に浮かぶが、あの威圧感満載の男が喜々としてうータンの下僕にって、流石に俺の想像を超えている。
ポカンとしている俺に気が付いて、卯月さんがハッとした表情で顔を上げた。
「あっ……今のはその、えーっと忘れて下さい」
「あ、はい」
と言っても執事姿の想像図だけは、脳裏にこびりついてしまったが。卯月さんは漸く俺が亀田部長の部下だと言う事を思い出してくれたらしい。
セロリの葉を食べ終えたヨツバは左前足を上げてペロペロと舐め始めた。それから右前足も舐め、顔をゴシゴシ擦りだす。
「わぁ。ロップイヤーの耳の毛繕いって可愛いですね」
顔を洗い終え、耳を両前足でしごき始めたヨツバを見て卯月さんが歓声を上げた。伊都さんが同意を示す。
「耳が長くて垂れているから乙女っぽい仕草に見えますよね。実際は男の子なんですけど」
確かに。長い髪の女の人がサラサラと髪を手入れしているようにも見える。
耳の根元から先まで、丁寧に擦る様子が妙に愛らしい。そうだよなぁ、こう言う所は文句なしに『可愛い』と言えるんだがなぁ。
「ヨツバ……すっかり落ち着きましたね」
伊都さんがホウッと溜息を吐くようにそう言って、俺を見上げた。
ニコリと微笑まれて、ドキリとする。
「いや、伊都さんのお陰です」
「いえいえ、私なんて全然! かえってお節介し過ぎかなって!」
蒼くなって俺の謝意を頑なに受け入れようとしない伊都さんに、返答に困ってしまう。
伊都さんの助けがなければ、大変なことになっていたハズだ。悲惨な未来が容易に想像できる。今心穏やかにヨツバとの関係を築けているのは、伊都さんのアドバイスがあってこそなのだ。
なのに伊都さんは褒められ慣れていないのか、過剰に自分の功績を否定する。そう言う対応にザラリとしてしまうのは俺の器が狭いせいなのかもしれない。
褒められた時はニッコリ笑って「ありがとう」って言えば良いのに、とやはり思わないではいられない。この人、本当に損な人だなぁ。ちょっとした事で、もっと生き易くなるだろうに。結構可愛い顔をしているんだから、眼鏡をコンタクトにするとかもっと顔型に似合うフレームを選ぶとか。さっきみたいに微笑んで頷くだけで、ずっと印象が違って来るのに……なんて、ホント余計なお世話だよな。
「本当に、改めてこちらに上がらせていただいて、思いました。同居人の飼い主さん、ヨツバの居心地良いようにちゃんと配慮されていたみたいですね。必要な物はそろっているし使いやすいように棚も整理されているから、世話もしやすいですよね。あ、そう言えば飼い主さんはいつ戻られるんですか? 連絡は付きました?」
「……」
伊都さんは本当に裏心無く、そう言ったのだろう。
だけど不意を突かれたように、俺は何と返して良いのか分からなくなってしまった。
0
あなたにおすすめの小説
彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中
桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。
やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。
「助けなんていらないわよ?」
は?
しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。
「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。
彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。
私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。
小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。
「マリアが熱を出したらしい」
駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。
「また裏切られた……」
いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。
「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」
離婚する気持ちが固まっていく。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
先輩に退部を命じられた僕を励ましてくれたアイドル級美少女の後輩マネージャーを成り行きで家に上げたら、なぜかその後も入り浸るようになった件
桜 偉村
恋愛
みんなと同じようにプレーできなくてもいいんじゃないですか? 先輩には、先輩だけの武器があるんですから——。
後輩マネージャーのその言葉が、彼の人生を変えた。
全国常連の高校サッカー部の三軍に所属していた如月 巧(きさらぎ たくみ)は、自分の能力に限界を感じていた。
練習試合でも敗因となってしまった巧は、三軍キャプテンの武岡(たけおか)に退部を命じられて絶望する。
武岡にとって、巧はチームのお荷物であると同時に、アイドル級美少女マネージャーの白雪 香奈(しらゆき かな)と親しくしている目障りな存在だった。
そのため、自信をなくしている巧を追い込んで退部させ、香奈と距離を置かせようとしたのだ。
そうすれば、香奈は自分のモノになると錯覚していたから。
武岡の思惑通り、巧はサッカー部を辞めようとしていた。そこに現れたのが、香奈だった。
香奈に励まされてサッカーを続ける決意をした巧は、彼女のアドバイスのおかげもあり、だんだんとその才能を開花させていく。
一方、巧が成り行きで香奈を家に招いたのをきっかけに、二人の距離も縮み始める。
しかし、退部するどころか活躍し出した巧にフラストレーションを溜めていた武岡が、それを静観するはずもなく——。
「これは警告だよ」
「勘違いしないんでしょ?」
「僕がサッカーを続けられたのは、君のおかげだから」
「仲が良いだけの先輩に、あんなことまですると思ってたんですか?」
先輩×後輩のじれったくも甘い関係が好きな方、スカッとする展開が好きな方は、ぜひこの物語をお楽しみください!
※基本は一途ですが、メインヒロイン以外との絡みも多少あります。
※本作品は小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
王弟が愛した娘 —音に響く運命—
Aster22
恋愛
弟を探す旅の途中、身分を隠して村で薬師として生きていたセラは、
ハープの音に宿る才を、名も知らぬ貴族の青年――王弟レオに見初められる。
互いの立場を知らぬまま距離を縮めていく二人。
だが、ある事件をきっかけに、セラは彼の屋敷で侍女として働くことになり、
知らず知らずのうちに国を巻き込む陰謀へと引き寄せられていく。
人の生まれは変えられない。
それでも、何を望み、何を選ぶのかは、自分で決められる。
セラが守ろうとするものは、弟か、才か、それとも――
キャラ設定・世界観などはこちら
↓
https://kakuyomu.jp/my/news/822139840619212578
悪役令嬢と誤解され冷遇されていたのに、目覚めたら夫が豹変して求愛してくるのですが?
いりん
恋愛
初恋の人と結婚できたーー
これから幸せに2人で暮らしていける…そう思ったのに。
「私は夫としての務めを果たすつもりはない。」
「君を好きになることはない。必要以上に話し掛けないでくれ」
冷たく拒絶され、離婚届けを取り寄せた。
あと2週間で届くーーそうしたら、解放してあげよう。
ショックで熱をだし寝込むこと1週間。
目覚めると夫がなぜか豹変していて…!?
「君から話し掛けてくれないのか?」
「もう君が隣にいないのは考えられない」
無口不器用夫×優しい鈍感妻
すれ違いから始まる両片思いストーリー
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】
iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる