捕獲されました。

ねがえり太郎

文字の大きさ
254 / 375
番外編・うさぎのきもち

57.二人と一匹

しおりを挟む


「伊都さん、誘っておいてゴメンね。戸次さん、今日は有難うございました。またヨツバと遊ばせて下さい」
「ええ、今度は亀田部長と一緒にいらしてください」
「はい! あ、あともし良かったらウチにもいらしてください! 出来たら伊都さんも一緒に! ね、伊都さん?」
「え? あ……その」

 伊都さんは少し返事に躊躇したが「ウチでうータンと伸び伸び触れ合って下さい」と卯月さんが言うと「あ、はい。ぜひ」と真顔で、反射的に大きく頷いたのだった。



「では、お邪魔しました~!」



 卯月さんがニコニコしながら手を振って出て行った。
 俺達は卯月さんを見送って、閉まった玄関扉の前に立っている。

 卯月さんを見送ったまま振り向かない伊都さんの小さな背中を見下ろして―――一瞬『あれ?』と違和感に気付く。
 三人でいた時に漂っていたほのぼのとした空気。その『ほのぼの』成分はほぼ卯月さんに起因していたらしい。扉が閉まった途端、気まずい空気が流れ始めたのだ。

 そう言えば今、密室で女性と二人きり……だよな?

 今更そんな事を改めて思ったのは、伊都さんが女性だと言う事を認識していなかったからじゃない。ただ何というか……花井さんのような『女子!』ってアピールが全く無いから、俺の中でまず彼女を『うさぎ好きのうさぎ屋の店員』と言うカテゴリーに分類してしまっていたのだ。そして何となく伊都さんをそのカテゴリーに当て嵌めたまま、彼女に対する認識の置き場所を組み替えるのを放置していたと言うか……。
 化粧っ気も色気も無いがよくよく見ると顔も可愛いらしいし、挙動不審で怪しかったり挙動不審じゃ無い時はほぼうさぎ講座の講師みたいな立ち位置だけど―――実際は社会人の女の人ってワケで。つまり今、俺は俺の部屋で女性と二人きり、と言う訳で。

……いやいやいや!

 ヨツバ! そう、ここにはヨツバがいるし! 男女二人きりとはその、意味合いが違う。二人と一匹! だから!……いやでもそれってほぼ二人きりと変わんないんじゃ……。

 いや待て。落ち着け! この部屋で伊都さんと二人きりになったのは初めてじゃない筈だ。伊都さんがヨツバの運動場を作ってくれた時、亀田部長が卯月さんを下まで送って行く間短い時間だが一対一になった時があった。と言っても勿論ヨツバはベッド下にいた訳で……ってそれは今はどうでも良いか。

 ものの二、三秒だが、俺の中で嵐のように言い訳とツッコミが入り乱れた。

 卯月さんは当り前のように『もう少しヨツバの為にいてやって下さい。伊都さんヨツバとまだ触れ合って無いじゃないですか!』なんて言っていたから『ああそっか、確かにな』って咄嗟に納得しちゃったけど……。卯月さん、うさぎ中心に考えているからか気付いていないのかもしれないけれど、一般的にこの状況を傍から見たら『伊都さんとヨツバが一緒にいる』じゃなくて『伊都さんと男が一緒にいる』って受け取る人間が多い筈だよな?卯月さん、慌てていた所為かもしらんが、その状況を全く意識していないようだった。しかも以前と違って、卯月さんは亀田部長のように戻って来るわけじゃないのだ。



 果たして当の伊都さんは―――この状況を分かっているのか?



 いや、違う。そうじゃなくて―――まず『俺』は伊都さんに何かしようとか、そう言う邪な気持ちは全く持っていないんだ。だからむしろ堂々と普通にしているべき、だよな。そう、確か伊都さんはヨツバの健康チェックをしたいって言っていたんだ!だから要するに伊都さんはこの場合、うさぎの往診に来た先生みたいな存在と言う訳だ。なら、俺が特別に気を回す必要は無い。むしろ少しでも俺が変な意味で気にする素振りを見せたら―――伊都さんの性格だと気にして更にギクシャクしてしまう筈だ。
 以前はどうだったっけ?ええと俺が声を掛けたら何故か泣き出して……うわ、そーだそんな事あったよな?訳が分からなくて戸惑った覚えがある。だけどヨツバの事に集中すると、伊都さんは普通に戻ったんだった。……よし。



「伊都さん」
「は、はいぃっ……!」



 玄関扉の前で卯月さんを見送ったまま固まっていた伊都さんに声を掛けると、さっきまでの落ち着きが嘘のように裏返った声で応答する。グルンと勢いよく振り返って返事をする直前、ビクン! と小さな肩が大仰に跳ねるを目にして、俺の推論がそれ程大きく外れていなかったと言う事を知った。

 うん、こりゃあ確実に何ごとか考え過ぎているだろう……最初の人見知り全開の雰囲気にやや戻っているような気がする。男女二人きりってトコを意識しているのか、それともそもそも男だとか女だとか関係なく他人といる事に緊張してしまっているのか分からないが。

 俺は敢えて伊都さんの動揺に気付かなかった振りを装って、落ち着いて聞こえるような安定した発声を心掛けた。

「ヨツバの健康チェック、していただけますか」
「あっ……」

 その途端、伊都さんのキョロキョロと彷徨い始めた視線がピタリと俺に吸い付いた。

「抱っこって、俺がやった方が良いんですか?」
「あ、あのっ……いいえ! あの、その……私が!」

 予想通りヨツバの話題を出すと、伊都さんは落ち着きを取り戻せたようだ。正気に返ったようにスッと瞳孔が定まった。彼女の体を取り巻いていたオドオドした空気が、さっきまでそこにあった落ち着いた『うさぎ講師』のものに変化する。

 深呼吸のように深く息をすって、伊都さんはゆっくりそれを吐き出すようにこう言った。

「私が抱っこしてヨツバの体調を確認しますので……その、戸次さんも見ていてください。本来は毎日様子を見ている飼い主さんがするような簡単な手順ですので、覚えていただいてヨツバの健康維持に生かしていただけたら……有難いです」
しおりを挟む
感想 92

あなたにおすすめの小説

彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中

桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。 やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。 「助けなんていらないわよ?」 は? しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。 「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。 彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

先輩に退部を命じられた僕を励ましてくれたアイドル級美少女の後輩マネージャーを成り行きで家に上げたら、なぜかその後も入り浸るようになった件

桜 偉村
恋愛
 みんなと同じようにプレーできなくてもいいんじゃないですか? 先輩には、先輩だけの武器があるんですから——。  後輩マネージャーのその言葉が、彼の人生を変えた。  全国常連の高校サッカー部の三軍に所属していた如月 巧(きさらぎ たくみ)は、自分の能力に限界を感じていた。  練習試合でも敗因となってしまった巧は、三軍キャプテンの武岡(たけおか)に退部を命じられて絶望する。  武岡にとって、巧はチームのお荷物であると同時に、アイドル級美少女マネージャーの白雪 香奈(しらゆき かな)と親しくしている目障りな存在だった。  そのため、自信をなくしている巧を追い込んで退部させ、香奈と距離を置かせようとしたのだ。  そうすれば、香奈は自分のモノになると錯覚していたから。  武岡の思惑通り、巧はサッカー部を辞めようとしていた。そこに現れたのが、香奈だった。  香奈に励まされてサッカーを続ける決意をした巧は、彼女のアドバイスのおかげもあり、だんだんとその才能を開花させていく。  一方、巧が成り行きで香奈を家に招いたのをきっかけに、二人の距離も縮み始める。  しかし、退部するどころか活躍し出した巧にフラストレーションを溜めていた武岡が、それを静観するはずもなく——。 「これは警告だよ」 「勘違いしないんでしょ?」 「僕がサッカーを続けられたのは、君のおかげだから」 「仲が良いだけの先輩に、あんなことまですると思ってたんですか?」  先輩×後輩のじれったくも甘い関係が好きな方、スカッとする展開が好きな方は、ぜひこの物語をお楽しみください! ※基本は一途ですが、メインヒロイン以外との絡みも多少あります。 ※本作品は小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

王弟が愛した娘 —音に響く運命—

Aster22
恋愛
弟を探す旅の途中、身分を隠して村で薬師として生きていたセラは、 ハープの音に宿る才を、名も知らぬ貴族の青年――王弟レオに見初められる。 互いの立場を知らぬまま距離を縮めていく二人。 だが、ある事件をきっかけに、セラは彼の屋敷で侍女として働くことになり、 知らず知らずのうちに国を巻き込む陰謀へと引き寄せられていく。 人の生まれは変えられない。 それでも、何を望み、何を選ぶのかは、自分で決められる。 セラが守ろうとするものは、弟か、才か、それとも―― キャラ設定・世界観などはこちら       ↓ https://kakuyomu.jp/my/news/822139840619212578

悪役令嬢と誤解され冷遇されていたのに、目覚めたら夫が豹変して求愛してくるのですが?

いりん
恋愛
初恋の人と結婚できたーー これから幸せに2人で暮らしていける…そう思ったのに。 「私は夫としての務めを果たすつもりはない。」 「君を好きになることはない。必要以上に話し掛けないでくれ」 冷たく拒絶され、離婚届けを取り寄せた。 あと2週間で届くーーそうしたら、解放してあげよう。 ショックで熱をだし寝込むこと1週間。 目覚めると夫がなぜか豹変していて…!? 「君から話し掛けてくれないのか?」 「もう君が隣にいないのは考えられない」 無口不器用夫×優しい鈍感妻 すれ違いから始まる両片思いストーリー

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】

iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。 小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

処理中です...