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番外編・うさぎのきもち
68.みのり3
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「―――え?」
耳を疑うような台詞に、思わず問い返す。
「お前が……何だって?」
「私が困っている時、さりげなく風間さんの盾になってくれたでしょう? 頼られたらどうしても無下に出来ないのよね、広斗って。結局家にまで住みつかれちゃってさ」
花井さんの事は……確かにそうだったかもしれないけど。みのりのことをそんな風に面倒に思った事は無い。
「俺は……ちゃんとお前のことが好きだよ」
「そうかな? こんなズバズバ思ったことを口に出す、家のことも全部自分の思う通りにしたがるような女のことを?……便利な家政婦くらいにしか思っていないのかと思ってた」
「は……?」
思わず低い声が出る。『家政婦替わり』って言う言葉に腹が立ったというより、いつになく自虐的な物言いをすることに苛立ったのだ。みのりはそう言う女じゃないハズだ。もっと背筋をピンと伸ばして自分は正しいって顔でビシビシ物を言うような―――
「そんな自虐的な台詞、似合わねぇから止めろよ」
「自虐……ね。私だって自分が間違っているんじゃないか、今のままで良いのかって迷う事があるわ。でもそう言う弱い女になるのが嫌だから、言葉を選んで来ただけ」
みのりは目を伏せて俯いた。その様子はいつものみのりに見られない、自信なさげなか弱いもので……俺の胸は千々に乱れた。
「そうね、確かに広斗が言う通り―――例えば広斗から結婚の話が出ていたら、ひょっとして先輩からの勧誘があっても断ったかもしれない」
みのりが内省するように呟くのを、俺は黙って聞いていた。黙っていた、と言うより口を挟むことが出来なかったのだ。やはり俺は何かを間違ってしまったのか……? ざわざわと落ち着かない気持ちを抱えながら、俺はみのりの横顔を見つめる。
「私……結婚に夢を持てないのよね。友達の結婚式に出るたび―――『おめでとう、羨ましいわ』って口にする言葉の裏で、ずっと『気の毒に』って心の中で呟いていた。『結婚しなければ、変なしがらみにとらわれて相手の事を死ぬほど嫌いになる事も無いのに』って」
俺は驚いた。
何に驚いたかって、みのりの結婚観と俺の結婚観が似通っていることに驚いたのだ。そう、結婚は幸せになる為にするものではない。不幸への入口なのだ。
世間では皆が『結婚すれば一人前になれる』のだと言う。結婚しているものが立派な社会人で大人なんだって当り前のように言う。だけどそう語った同じ口で―――彼等は家庭が如何に地獄であるか、家族と言う繋がりが如何に冷たいものなのか、家族を背負うことが如何に一生の枷であるか重荷であるかを主張するのだ。
実際俺の家庭がその典型の一つだった。父親はある程度地位もあり、母親は専業主婦。物質的には豊かな家に生まれたが、父親とその部下の不倫が発覚してから、いやそれ以前からたぶん家庭内は殺伐としている。離婚を選ばなかったものの、母親は父親の不幸を常に悦び、決して幸せにならないようにと暗に呪っている。まるで自分が被害者で居続ける事を喜んでいるようにも見えた。一方父親は父親でそんな母親と向き合う事もせず、家庭から新しい女へと再び逃げ出す事を繰り返していた。
結婚と言う枷がなければ。
俺と言う子供さえいなければ。
何度母親に言葉で、父親に態度で訴えられたか分からない。結局そうして俺は、空気を読むのは上手いが、真に人を信じる事の出来ない人間に成長したのだ。
適度に距離を取っていれば、傷つかずに済む。
だからみのりとも曖昧な関係を続けていた。一歩踏み込む勇気なんか持ち合わせていないのに、ぬくもりと居心地の良さだけを享受して。
耳を疑うような台詞に、思わず問い返す。
「お前が……何だって?」
「私が困っている時、さりげなく風間さんの盾になってくれたでしょう? 頼られたらどうしても無下に出来ないのよね、広斗って。結局家にまで住みつかれちゃってさ」
花井さんの事は……確かにそうだったかもしれないけど。みのりのことをそんな風に面倒に思った事は無い。
「俺は……ちゃんとお前のことが好きだよ」
「そうかな? こんなズバズバ思ったことを口に出す、家のことも全部自分の思う通りにしたがるような女のことを?……便利な家政婦くらいにしか思っていないのかと思ってた」
「は……?」
思わず低い声が出る。『家政婦替わり』って言う言葉に腹が立ったというより、いつになく自虐的な物言いをすることに苛立ったのだ。みのりはそう言う女じゃないハズだ。もっと背筋をピンと伸ばして自分は正しいって顔でビシビシ物を言うような―――
「そんな自虐的な台詞、似合わねぇから止めろよ」
「自虐……ね。私だって自分が間違っているんじゃないか、今のままで良いのかって迷う事があるわ。でもそう言う弱い女になるのが嫌だから、言葉を選んで来ただけ」
みのりは目を伏せて俯いた。その様子はいつものみのりに見られない、自信なさげなか弱いもので……俺の胸は千々に乱れた。
「そうね、確かに広斗が言う通り―――例えば広斗から結婚の話が出ていたら、ひょっとして先輩からの勧誘があっても断ったかもしれない」
みのりが内省するように呟くのを、俺は黙って聞いていた。黙っていた、と言うより口を挟むことが出来なかったのだ。やはり俺は何かを間違ってしまったのか……? ざわざわと落ち着かない気持ちを抱えながら、俺はみのりの横顔を見つめる。
「私……結婚に夢を持てないのよね。友達の結婚式に出るたび―――『おめでとう、羨ましいわ』って口にする言葉の裏で、ずっと『気の毒に』って心の中で呟いていた。『結婚しなければ、変なしがらみにとらわれて相手の事を死ぬほど嫌いになる事も無いのに』って」
俺は驚いた。
何に驚いたかって、みのりの結婚観と俺の結婚観が似通っていることに驚いたのだ。そう、結婚は幸せになる為にするものではない。不幸への入口なのだ。
世間では皆が『結婚すれば一人前になれる』のだと言う。結婚しているものが立派な社会人で大人なんだって当り前のように言う。だけどそう語った同じ口で―――彼等は家庭が如何に地獄であるか、家族と言う繋がりが如何に冷たいものなのか、家族を背負うことが如何に一生の枷であるか重荷であるかを主張するのだ。
実際俺の家庭がその典型の一つだった。父親はある程度地位もあり、母親は専業主婦。物質的には豊かな家に生まれたが、父親とその部下の不倫が発覚してから、いやそれ以前からたぶん家庭内は殺伐としている。離婚を選ばなかったものの、母親は父親の不幸を常に悦び、決して幸せにならないようにと暗に呪っている。まるで自分が被害者で居続ける事を喜んでいるようにも見えた。一方父親は父親でそんな母親と向き合う事もせず、家庭から新しい女へと再び逃げ出す事を繰り返していた。
結婚と言う枷がなければ。
俺と言う子供さえいなければ。
何度母親に言葉で、父親に態度で訴えられたか分からない。結局そうして俺は、空気を読むのは上手いが、真に人を信じる事の出来ない人間に成長したのだ。
適度に距離を取っていれば、傷つかずに済む。
だからみのりとも曖昧な関係を続けていた。一歩踏み込む勇気なんか持ち合わせていないのに、ぬくもりと居心地の良さだけを享受して。
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