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番外編・うさぎのきもち
69.みのり4
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「それでも広斗に『結婚しよう』って言われていたら……私はきっとその誘惑に勝てなかったと思う。例え結婚に対して夢を持てなかったとしても」
みのりは一つ一つ吟味するようにゆっくりと言葉を選ぶ。
俺だって同じだ。―――みのりに『結婚しよう』って言われたら、きっと何だかんだ言って受け入れただろう。だからこそ逃げ回ってしまったのだ。今の居心地の良い関係を終わらせる事が怖かったのだろうか。結婚に希望を持てない者同士、だからこその距離感。そしてきっとだからこそ……居心地が良かったのだ。
「だから余計に鮮明に意識してしまったんだと思う『花井さん』の存在を。花井さんと楽しそうに遣り取りをする広斗を見ていて、未来が見えた気がしたの。『あ、こんな風に……結婚したらいつか広斗が誰かに恋をするのを見守るようになるのかな』って。過去の事じゃないから『既視感』って言うのは変なんだけど……本当に実際未来に起こる事のように錯覚したのよ」
「俺は……本当に浮気なんかしない」
信じている、と言ってくれたその舌の根も乾かない内に話を蒸し返されたような気がした。本当に俺はやらない。それは俺のトラウマのようなもので……それをどう伝えれば良いのか分からなかった。
俺の訴えに、みのりは目を伏せて首を振る。
「そう言うことを言っているんじゃないの。広斗を信じていないとか、そう言う事じゃない。幻のようなもの、私の中にある強迫観念……つまり一種の呪いのようなもので……なんて言ったら良いのかな?」
ペットボトルをテーブルに置き、額に手を当てる。
「結婚したら―――私は広斗の、一番近い存在になるかもしれない。皆、それが幸せな事なんだって言うの。でも私はそうは思えない。例えば私が子供を産んで、子育てのために専業主婦になったり、生活に疲れたオバサンになったら―――広斗にとって私は家族であっても女ではなくなると思う。社会に出ている広斗にはいろんな目新しい女の子との出会いがある。その女の子の一人に目移りして……ひょっとして恋に落ちるかもしれない。優しい広斗は私と子供を冷たく切り捨てたりはしないような気がする。だけどきっと、私はあなたの心が私にないことに気付いてしまう。そしてその気付きが……徐々に私を蝕んでいく」
苦し気に呻くみのりに、俺は思わず抗議の声をあげずにはいられない。
「そんな起こってもいない未来の話をされても……困るよ。ただの妄想じゃないか」
「うん、そうなの。本当に下らない、ただの『妄想』なの」
みのりは大きく頷いた。皮肉を言っているようには見えない。素直に俺の言葉を受け入れている。しかしその素直さが、返ってどうしようもなく繕えない状態を予感させた。
「だから広斗の所為じゃない。私の―――問題なの。きっと私達がこのまま結婚してしまったら、私達の間にあるズレはどんどん大きくなる。そして私ばかりが卑屈さを募らせて……そうして一番気を許せる、居心地の良い場所だった筈の相手を―――見当違いに呪うようになるかもしれない」
みのりは深く、溜息を吐いた。
「広斗が仕事で広い世界に接して、生き生きと怒ったり笑ったりしている間、私は夢を諦めた自分に失望して、どんどん自信を失って行く……そんな未来が見えたの。今だって、ううんずっと以前から、私は広斗が羨ましくて羨ましくてしょうがなかった。親と私は違う。私はあんな風にならない、自分のやりたい夢を見つけて頑張ろうって思っていたのに……仕事で妥協と惰性を続けていて限界を感じていた。頭では分かってる、何処に居たってどんな仕事だって、それこそ専業主婦だって―――自分がやる気を出せばいいんだって。その場所で頑張れば……なのにモヤモヤとした気持ちがどうしても消えなくて」
振り払うように首を振ったみのりは、ゆっくりと顔を上げた。
そんな苦し気な表情―――俺は初めて目にしたかもしれない。
「―――このままじゃ悪いこと全部、広斗の所為にするようになるんだろうって」
みのりは一つ一つ吟味するようにゆっくりと言葉を選ぶ。
俺だって同じだ。―――みのりに『結婚しよう』って言われたら、きっと何だかんだ言って受け入れただろう。だからこそ逃げ回ってしまったのだ。今の居心地の良い関係を終わらせる事が怖かったのだろうか。結婚に希望を持てない者同士、だからこその距離感。そしてきっとだからこそ……居心地が良かったのだ。
「だから余計に鮮明に意識してしまったんだと思う『花井さん』の存在を。花井さんと楽しそうに遣り取りをする広斗を見ていて、未来が見えた気がしたの。『あ、こんな風に……結婚したらいつか広斗が誰かに恋をするのを見守るようになるのかな』って。過去の事じゃないから『既視感』って言うのは変なんだけど……本当に実際未来に起こる事のように錯覚したのよ」
「俺は……本当に浮気なんかしない」
信じている、と言ってくれたその舌の根も乾かない内に話を蒸し返されたような気がした。本当に俺はやらない。それは俺のトラウマのようなもので……それをどう伝えれば良いのか分からなかった。
俺の訴えに、みのりは目を伏せて首を振る。
「そう言うことを言っているんじゃないの。広斗を信じていないとか、そう言う事じゃない。幻のようなもの、私の中にある強迫観念……つまり一種の呪いのようなもので……なんて言ったら良いのかな?」
ペットボトルをテーブルに置き、額に手を当てる。
「結婚したら―――私は広斗の、一番近い存在になるかもしれない。皆、それが幸せな事なんだって言うの。でも私はそうは思えない。例えば私が子供を産んで、子育てのために専業主婦になったり、生活に疲れたオバサンになったら―――広斗にとって私は家族であっても女ではなくなると思う。社会に出ている広斗にはいろんな目新しい女の子との出会いがある。その女の子の一人に目移りして……ひょっとして恋に落ちるかもしれない。優しい広斗は私と子供を冷たく切り捨てたりはしないような気がする。だけどきっと、私はあなたの心が私にないことに気付いてしまう。そしてその気付きが……徐々に私を蝕んでいく」
苦し気に呻くみのりに、俺は思わず抗議の声をあげずにはいられない。
「そんな起こってもいない未来の話をされても……困るよ。ただの妄想じゃないか」
「うん、そうなの。本当に下らない、ただの『妄想』なの」
みのりは大きく頷いた。皮肉を言っているようには見えない。素直に俺の言葉を受け入れている。しかしその素直さが、返ってどうしようもなく繕えない状態を予感させた。
「だから広斗の所為じゃない。私の―――問題なの。きっと私達がこのまま結婚してしまったら、私達の間にあるズレはどんどん大きくなる。そして私ばかりが卑屈さを募らせて……そうして一番気を許せる、居心地の良い場所だった筈の相手を―――見当違いに呪うようになるかもしれない」
みのりは深く、溜息を吐いた。
「広斗が仕事で広い世界に接して、生き生きと怒ったり笑ったりしている間、私は夢を諦めた自分に失望して、どんどん自信を失って行く……そんな未来が見えたの。今だって、ううんずっと以前から、私は広斗が羨ましくて羨ましくてしょうがなかった。親と私は違う。私はあんな風にならない、自分のやりたい夢を見つけて頑張ろうって思っていたのに……仕事で妥協と惰性を続けていて限界を感じていた。頭では分かってる、何処に居たってどんな仕事だって、それこそ専業主婦だって―――自分がやる気を出せばいいんだって。その場所で頑張れば……なのにモヤモヤとした気持ちがどうしても消えなくて」
振り払うように首を振ったみのりは、ゆっくりと顔を上げた。
そんな苦し気な表情―――俺は初めて目にしたかもしれない。
「―――このままじゃ悪いこと全部、広斗の所為にするようになるんだろうって」
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