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その後のお話
1.吐かせました。 <篠岡>
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亀田の同期、篠岡視点となります。
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自販機前で久し振りに亀田に会った。いつもここで亀田を見掛ける度、奴はそれはそれは近寄りがたいほど難しい顔をしていたな、と思い出した。
一時期新しい彼女が出来たらしく、暫くの間奴は大層ご機嫌だった。しかしかなり貢いでいるような発言をしていたので「あの亀田に限ってまさか」と思いつつそれが気になっていた。若い子に騙されているんじゃないか……と密かに心配していたのだが、昨年とうとう振られたのか、その後すっかり昔の暗ーい元の亀田に戻ってしまった。更に年末に向けて徐々に人相が悪くなり……殺気が滲み出るように見えるほど、悪化してしまっていた。
しかし。年明けから亀田は明るさを取り戻し始めた。年を越して漸く失恋の傷が癒えたのかと思ったが……どうも様子がおかしい。機嫌が良すぎる、気味が悪い位に……。
そしてとうとう、今日は恐ろしいものを目にしてしまった。
亀田が鼻歌を歌っている。
同期入社以来十数年。亀田とは長い付き合いだが、カラオケで歌も歌わない亀田が鼻歌を歌う所なんて初めて見た。
俺もここ二年ばかりプライベートで忙しく、社内で通りすがりに声を掛け二、三世間話をする程度の付き合いで終わっている。だがそろそろそれも落ち着いて来たし、ちょっと寄り道するくらいは許されるだろう。
と言う事で、俺は早速亀田を捕まえ、洗いざらい吐かせる事にしたのだった。
「えっ……あの派遣の娘とお前、付き合ってるの?!」
「おい、声が高い!」
亀田が慌てて俺の腕を掴んで、更に周りを見回す。
俺達は少し会社から離れた昔なじみの焼き鳥屋で、カウンターに並んで焼酎のお湯割りを酌み交わしていた。周囲に知合いが現れないとも限らない。壁に耳あり障子に目あり、と言うしな。
付き合うのがダメだと言う訳ではないが……コイツが社の人間にあまり知られたくない、と言う気持ちも分からないでも無い。同じ課の部下に手を出していると知られれば、うっかり甘い態度を見せると依怙贔屓だのなんだの批判をされる可能性があるかもしれない。ましてや敵の多いコイツの事だ、嫉妬を抱く年上の他課の人間の攻撃の格好のネタにされるかもしれない。
コイツは鉄の鎧を心臓に持っているから攻撃を受けても屁でも無いと思うが、お相手の派遣社員はと言うと……あの娘は、あまり気の強いタイプには見えないしなぁ。
「それ、最近の話?」
「ああ」
「……去年は?地の底まで落ち込んでいたけど」
「それは……」
口籠りながらも、亀田はこれまでの経緯を話してくれた。どうも俺の『犬でも飼えば?』と言う軽口が切っ掛けで本当にペットを飼っていたらしい。大分昔の事なので全く記憶に無いが。そのペットが昨年、亡くなってしまって落ち込んでいたそうだ。しかし、酷い落ち込みようだな……独身の亀田にはそのペットが心の拠り所だったのだろうか。ペットロスはかなり重症だったらしい。そんなボロボロの亀田の前に現れたのが、派遣社員の大谷さん、と言う事らしい。いや、彼女は四月から採用されていたのだから『現れた』って言うのは語弊があるのかもしれないけれど。亀田が言うには年末から急速に仲良くなり、とうとう付き合う事になったそうな。
「しっかし、かなり年下なんじゃないの、彼女?幾つ?」
俺が揶揄うように肘で突くと、亀田は居心地悪そうに眉を顰めた。しかしただ照れているだけなんだろうな、雰囲気は柔らかいままだ。
「……二十六」
「げっ……ええと……おいっ!十二も年下かよっ!」
何てうらやま……いや、コホン。
「ちゅう事は……お前が小六の時に、生まれたって事か?」
「うん、まあ……」
珍しく亀田の歯切れが悪い。バツが悪いと感じているのだろうか。しっかし、羨ましいなぁ!俺は更に、亀田を追い詰めようと指折り数えた。
「つまり、あの子が十二歳の頃お前は二十四歳の社会人……うおい!犯罪だろ!」
「なっ……今は成人してるんだから、関係ないだろ……」
しかし狼狽えているのが丸わかりだ。台詞の語尾が弱々しい。全く亀田らしくない。いっつも年に似合わず、ナイフみたいに尖っていた魔王みたいなコイツが……。
「いいなー!ピッチピチじゃないですか。羨ましい……!」
「お前にはピッチピチの娘がいるだろう」
確かに二歳の俺の娘はピッチピチのプッリプリのカワイ子ちゃんだ。娘の為なら余裕でバンジージャンプ出来るくらい、今俺は娘に夢中なのだ。
「まあねー。しっかし、お前みたいな堅物とそんな若い娘さん、話合うの?」
「……まあ……」
「ハハ、付き合い始めに野暮な事言っちまったな。今はボディランゲージが楽しくてしょうがない時期なんだろ?」
「……!……」
「いいな~、付き合い始め……いい時期じゃないですか」
「おいっ、変な想像するな」
「おっ……想像するだけで嫉妬ですか?熱い熱い!老いらくの恋ほど見っとも無いもんないな」
「誰が『老いらく』だ……!」
その日は一頻り亀田を揶揄い倒して、楽しんだ。
しかし俺の揶揄いに反論しながらも……思わず漏れてしまう幸せな気分は隠せないらしい。そんな亀田は初めて目にしたので、ちょっと気味が悪かったが……仕事優先、振られてばかりの真面目一辺倒の同期にも漸く本格的な春が訪れたのだと実感して、嬉しくも思ったのだった。
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お読みいただき、有難うございました。
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自販機前で久し振りに亀田に会った。いつもここで亀田を見掛ける度、奴はそれはそれは近寄りがたいほど難しい顔をしていたな、と思い出した。
一時期新しい彼女が出来たらしく、暫くの間奴は大層ご機嫌だった。しかしかなり貢いでいるような発言をしていたので「あの亀田に限ってまさか」と思いつつそれが気になっていた。若い子に騙されているんじゃないか……と密かに心配していたのだが、昨年とうとう振られたのか、その後すっかり昔の暗ーい元の亀田に戻ってしまった。更に年末に向けて徐々に人相が悪くなり……殺気が滲み出るように見えるほど、悪化してしまっていた。
しかし。年明けから亀田は明るさを取り戻し始めた。年を越して漸く失恋の傷が癒えたのかと思ったが……どうも様子がおかしい。機嫌が良すぎる、気味が悪い位に……。
そしてとうとう、今日は恐ろしいものを目にしてしまった。
亀田が鼻歌を歌っている。
同期入社以来十数年。亀田とは長い付き合いだが、カラオケで歌も歌わない亀田が鼻歌を歌う所なんて初めて見た。
俺もここ二年ばかりプライベートで忙しく、社内で通りすがりに声を掛け二、三世間話をする程度の付き合いで終わっている。だがそろそろそれも落ち着いて来たし、ちょっと寄り道するくらいは許されるだろう。
と言う事で、俺は早速亀田を捕まえ、洗いざらい吐かせる事にしたのだった。
「えっ……あの派遣の娘とお前、付き合ってるの?!」
「おい、声が高い!」
亀田が慌てて俺の腕を掴んで、更に周りを見回す。
俺達は少し会社から離れた昔なじみの焼き鳥屋で、カウンターに並んで焼酎のお湯割りを酌み交わしていた。周囲に知合いが現れないとも限らない。壁に耳あり障子に目あり、と言うしな。
付き合うのがダメだと言う訳ではないが……コイツが社の人間にあまり知られたくない、と言う気持ちも分からないでも無い。同じ課の部下に手を出していると知られれば、うっかり甘い態度を見せると依怙贔屓だのなんだの批判をされる可能性があるかもしれない。ましてや敵の多いコイツの事だ、嫉妬を抱く年上の他課の人間の攻撃の格好のネタにされるかもしれない。
コイツは鉄の鎧を心臓に持っているから攻撃を受けても屁でも無いと思うが、お相手の派遣社員はと言うと……あの娘は、あまり気の強いタイプには見えないしなぁ。
「それ、最近の話?」
「ああ」
「……去年は?地の底まで落ち込んでいたけど」
「それは……」
口籠りながらも、亀田はこれまでの経緯を話してくれた。どうも俺の『犬でも飼えば?』と言う軽口が切っ掛けで本当にペットを飼っていたらしい。大分昔の事なので全く記憶に無いが。そのペットが昨年、亡くなってしまって落ち込んでいたそうだ。しかし、酷い落ち込みようだな……独身の亀田にはそのペットが心の拠り所だったのだろうか。ペットロスはかなり重症だったらしい。そんなボロボロの亀田の前に現れたのが、派遣社員の大谷さん、と言う事らしい。いや、彼女は四月から採用されていたのだから『現れた』って言うのは語弊があるのかもしれないけれど。亀田が言うには年末から急速に仲良くなり、とうとう付き合う事になったそうな。
「しっかし、かなり年下なんじゃないの、彼女?幾つ?」
俺が揶揄うように肘で突くと、亀田は居心地悪そうに眉を顰めた。しかしただ照れているだけなんだろうな、雰囲気は柔らかいままだ。
「……二十六」
「げっ……ええと……おいっ!十二も年下かよっ!」
何てうらやま……いや、コホン。
「ちゅう事は……お前が小六の時に、生まれたって事か?」
「うん、まあ……」
珍しく亀田の歯切れが悪い。バツが悪いと感じているのだろうか。しっかし、羨ましいなぁ!俺は更に、亀田を追い詰めようと指折り数えた。
「つまり、あの子が十二歳の頃お前は二十四歳の社会人……うおい!犯罪だろ!」
「なっ……今は成人してるんだから、関係ないだろ……」
しかし狼狽えているのが丸わかりだ。台詞の語尾が弱々しい。全く亀田らしくない。いっつも年に似合わず、ナイフみたいに尖っていた魔王みたいなコイツが……。
「いいなー!ピッチピチじゃないですか。羨ましい……!」
「お前にはピッチピチの娘がいるだろう」
確かに二歳の俺の娘はピッチピチのプッリプリのカワイ子ちゃんだ。娘の為なら余裕でバンジージャンプ出来るくらい、今俺は娘に夢中なのだ。
「まあねー。しっかし、お前みたいな堅物とそんな若い娘さん、話合うの?」
「……まあ……」
「ハハ、付き合い始めに野暮な事言っちまったな。今はボディランゲージが楽しくてしょうがない時期なんだろ?」
「……!……」
「いいな~、付き合い始め……いい時期じゃないですか」
「おいっ、変な想像するな」
「おっ……想像するだけで嫉妬ですか?熱い熱い!老いらくの恋ほど見っとも無いもんないな」
「誰が『老いらく』だ……!」
その日は一頻り亀田を揶揄い倒して、楽しんだ。
しかし俺の揶揄いに反論しながらも……思わず漏れてしまう幸せな気分は隠せないらしい。そんな亀田は初めて目にしたので、ちょっと気味が悪かったが……仕事優先、振られてばかりの真面目一辺倒の同期にも漸く本格的な春が訪れたのだと実感して、嬉しくも思ったのだった。
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