捕獲されました。

ねがえり太郎

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捕まった後のお話 

23.外堀ですか? <亀田>

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そんなつもりは無かったのだが……大谷があんまり可愛い事を言うから、つい朝イチから手を伸ばしてしまった。

「あー……やっちまった」

二十代じゃあるまいし、こんなペースで続けていたら確実に寿命が縮まるな……。やはり一緒に住みたい、なんて望みを持つのはもう少し先でも良いかもしれない。週末にゆっくり会えるくらいが俺(の体力)にはちょうど良いのだと、今、心底実感したところだ。
万が一大谷と一緒に暮らして、毎日ドカンドカンあんな無防備に爆弾を落とされた日には……きっと俺の身が持たないな。平日仕事にならないだろう……。うん、やはり一緒に暮らすだの結婚するだのは、もう少し付き合いを重ねた後が良いな。

―――なんて冷静に考えられるのは、終わった直後の余裕のなせる業かもしれないが……。

先にシャワーを勧められ着替えて出て来ると、既に大谷は布団を片付けてうータンの世話も終えた状態だった。朝御飯の下ごしらえはある程度済ませているそうで、シャワーを終えて仕度を済ませてから続きに取り掛かるから、俺はうータンと遊んでいてくれと言われたのだ。

と、言う訳で俺は今、あれやこれや考えを巡らしながら―――うータンの要求に応じて彼女の鼻づらから尻尾に掛けて背中をザカザカ撫でる、と言う奉仕活動を行っている。お腹を下にして蹲る形で、うータンは気持ち良さげにウットリと目を細めている。どうやらこの少し強引な撫で方を気に入っていただけたようだ。うん、レッキスのこの……ビロードのような手触り……触っている俺もついついウットリと目を細めてしまうほどの気持ち良さだ。

そんな風に五分ほど念入りに撫でていると、うータンがプルプルと震えるように身じろぎをした。

かと思うと―――バタッ!と、まるで猟銃にたった今仕留められたかのように唐突に倒れ、脚をあちら側に投げ出してお腹を出して横たわってしまった。

「おっ……」

思わず声が出てしまった。うさぎがこんな状態になるのを目にするのは初めてではないが、いつもこの仕草は唐突に起こるので、毎回少しだけ驚いてしまう。ミミが初めてこのポーズを取った時など、具合が悪くなったのではないかと思わず心配してしまったほどだ。

そしてうータンがここまで気を許してくれたのは初めての事だったので、尚更驚いてしまう。

うさぎはリラックスするとこのような後足を投げ出すポーズを取る事がある。彼らは人目があると大抵、大事なお腹を守るように蹲っている事が多い。しかし飼い主に打ち解け始めると、このように油断を見せてくれる場面が増えるのだ。
この、ソファに横たわる大物女歌手や大物女優を想起させるような悩ましいポーズは、うさぎ飼いの間で『セクシーポーズ』と呼ばれている。大胆に脚を投げ出した様子が何とも色っぽく見えることから、そう呼ばれているらしい。ミミがそういう姿勢を取った時、その『セクシーさ』に俺はすかさずシャッターを切ってしまったものだが……その名称をネットか雑誌で知った時、皆同じような事を考えるものなんだな、としきりに感心してしまった。しかしいくらその様子がセクシーだからと言って、人間の俺が本気で煽られたりはしないがな……しないぞ?
まあ、つまりそれぐらい、リラックスしたうさぎは可愛らしいのだと言いたい訳だ。

ダランと寝そべるうータンを撫でていると、思わず胸がジーンと震えてしまう。
大谷と付き合って、うータンにもなついて貰い……三十八年間生きて来て、こんな幸せな気分を味わえるなんて思いも寄らなかった。一時期やさぐれていた俺は、自分は仕事と結婚したようなもので一生おひとり様決定だと覚悟した事もあったし、ミミさえいればそれでも全く問題ない!と内心豪語していた時期もあった。実際ミミは二年で俺との生活に終止符を打ったのだが……長寿うさぎであれば、十数年か。うーん一生一緒はやはり無理だな、俺が早逝すれば話は別だが。

大谷の傍にずっといられたらいいのに。

今まで俺は仕事優先で―――付き合っている女性との約束も簡単に反故にすることが多かった。仕事と言うものは契約なのだ。お金をいただいてその代償として働いているのだから……個人のプライベートより優先するのは当然の事であって、それを問題視される事がそもそも理解できなかった。相手に仕事が入れば、同じように俺はそちらを優先して欲しいとも思っていた。けれども本当に好きな女性と付き合ってみて……初めて彼女達が俺に突き付けた言葉を、理解できるような気がしている。



『一方通行は疲れるの、愛するより愛される人を選ぶわ』
『嫉妬もしないなんて、私の事好きじゃ無いのね』
『私より仕事の方が好きなんでしょ』



一旦異性を好きになったら―――愛情を返して欲しい、微笑んで応え自分を顧みて欲しいと思うのは―――当り前の感情だ。
好きになったら、相手に異性の影が見えると……例え明らかにそれが誤解だとしても、嫉妬してしまう。物理的にあり得ないと思うような疑いを抱いてしまうくらい、余裕がなくなってしまうんだ。
仕事がいくら忙しくたって、短いメールを返すくらい訳無い事なのに。どうしても外せない義務がある日だって―――その合間を見て自分に会う時間を作ってくれたなら……こんなに嬉しくて幸せな気持ちになれるのだと、今になって漸く思い知らされている所だった。

俺はそんな当たり前の訴えを無視していたんだ。
それを相手の単なる我儘だと断じて、放置していた。

大谷はそんな事が出来る人間では無い。だからそんな事にはならないと分かっているが―――もし、大谷にそんな仕打ちを受けたら……きっと俺だって何でもないような表情の薄皮一枚の下で、少なからず面白く無い気分を抱える事になっただろう。

もし今、時間が巻き戻ったとしても。
彼女達に対して大谷に抱く様な胸を締め付けるような焦燥感や、ワクワクするときめきを感じる事も、頭や体がじんわりと温まる陽だまりのような幸福感を抱く事も無いだろう。

けれども少しでも俺に相手を思い遣る気持ちがあったのなら―――ちゃんと謝れた筈だ。
ちゃんと好きになれなくて、申し訳なかったと誠意を持って頭を下げる事くらい出来た筈だ。そんな事謝られても、相手は気分を害するだけかもしれないが―――少なくとも何度も同じような過ちを犯して、相手の時間を無駄に消費させる事は無かっただろうに。

とは言えそんな自分の愚かさに気付いたのは―――この小さなうさぎ小屋に住む大谷とうータンに出会えたからで。



「なあ、うータン?俺の家で、一緒に住まないか……?朝早くならベランダもそれほどうるさくないし、外遊びも出来るぞ?会社も近いから直ぐに帰って来れるし」



先ず外堀から埋める、なんて遠回しな事をやってしまいそうになる自分にビックリだ。本来なら真っすぐに大谷にそう持ち掛けるのがスジである筈なのに―――断られるのが怖くて、うさぎ相手に同棲の打診をするなんて。

俺は阿呆か。

いや、完全に阿呆だろう……仕事でこんな、本丸を落とす為に厩で飼っている馬を説得するような遠回しな事している奴がいたら―――すぐさま怒鳴りつけるんだがなぁ……。はぁ……。

溜息を吐きつつ「うータン、どうだ?運動スペースももっと広くしてやるぞ~」なんて懲りずに語りかけていたら……



ガチャガチャッ!……と、唐突に金属音がした。



俺は咄嗟に、音を発した鉄製の扉に目を向けた。

大谷の部屋の玄関の鍵が回ったのだ。
そして扉の外にいる何者かがノブを回し―――今まさに扉が開かれようとしていた。

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