捕獲されました。

ねがえり太郎

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捕まった後のお話 

35.新しい職場です。 <大谷>

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さて、新しい職場です。総務課にやって来ました。

見渡してみると……おおー、女性の比率が高い!

営業課はいつもそこはかとなく緊張感が漂っているけれど、ここは何だか落ち着く雰囲気が漂っている。それは上司の影響もあるかもしれない。総務課のトップである鞍馬課長は落ち着いた物腰の柔らかい紳士。あと数年で定年だそう……同じ課長職のたけしさんの元上司らしい。丈さんによると、穏やかで優しい人なんだって。だからかなぁ、何となく居心地の良い空気が課に漂っているのは。

「ランチ行かない?あ、もしかしてお弁当派?」

総務課の知合い、吉竹さんが財布を持って私の席の後ろに立っていた。

「あ、うん。でも今日はお弁当持ってきていないから、行く」

吉竹さんは、私の大学の友達の友達なのだ。同じ大学出身なんだけど、学部が違うんだよね……偏差値も就職率も同じ大学出身でありながら、雲の上と下くらいの差があるのですよ……。だから普通に暮らしていたら、接点はない筈だったのだけれど。
私の友人と子供の頃同じピアノ教室で仲が良かったんだって。それで友人を通して何度か飲み会やお茶で話をする機会があって学生時代はちょっとだけ知っている間柄だったの。この会社に派遣で採用された時、総務課にいた彼女が偶々気が付いてくれて声を掛けてくれたんだ。もちろん、彼女は正社員ですよ~。羨ましい限りですね。

久し振りに食堂に足を踏み入れた。
もう既に行列が出来ていて、遠目に見た処ではタイメイ軒のオムライスは売り切れだった。吉竹さんは幕の内弁当、私は無難にカツサンドを選んで二人で席に移動した。

「総務課、どう?」
「雰囲気が柔らかいよね。居心地が良い感じ」

正直なところを話すと、吉竹さんは噴き出した。

「営業課に比べればね!あそこはピリピリしているよね」
「うん、忙しいしね」
「と言うか、トップのカラーじゃない?あのイケメン課長、自分の部下には結構厳しいんでしょ?どうだった?正直大変だったでしょう」

なるほど、そう言えば入ったばかりの時に色々彼女に前情報を教えて貰ったけど、その時もそんな事言ってたなぁ。『亀田課長』は他の課では卒なく感じの良い態度で接している。だから内情を知らない他課の女性には人気がある……って。

「……大変と言えば大変だったけど、課自体が忙しいから仕方ないのかなって。確かに厳しいけど間違った事は言わないし、ちゃんとフォローもしてくれるから……部下には好かれているんじゃないかな」

と、当たり障りの無い所を伝えてみる。
すると吉竹さんが意外そうな表情で私を見た。

「そうなの?ふーん、じゃあ噂もあながち当てにならないね。確かに噂の出所が別れた元カノだったりするし、腹いせに悪く言うって言うのはありそう」

思わず固まってしまう。

『元カノ』

そう言えば彼女に最初聞いていたんだった。最近すっかり忘れていたけど……お付き合いしていた彼女が何人かいたらしいって言っていたのは吉竹さんだった。もしやその元カノ……身近にいたりしないよね?

「……えっと亀田課長の元カノって、社内の人なの……?」

以前はそれほど丈さんの交友関係に興味が無かったから、突っ込んで聞いた事が無かった。もしかして総務課にいたら……何となく嫌だな。向こうは知らない筈だから何とも思わないんだろうけど、私が勝手に蟠ってしまうかもしれない。

「私が知っている人は派遣だったから今はいないよ。でもその人が亀田課長の昔の彼女の事付き合う前に情報集めしていたみたいでね、社内で聞いているのはあと二人かな?でも一人は確か仙台……だったかな?支店にいて、もう一人は寿退社でもう会社にはいない筈」
「そ、そうなんだ……」

彼女がたくさん(?)居たのは知っていたけど、付き合うまではそれほど気にならなかった。付き合った後も多少悩みはしたものの、直ぐに楽しい出来事で忘れるくらいの重さだった。だけど具体的に聞くと結構ダメージが……丈さんの過去の彼女が、実感のない『お話』の中から出て来て実体を持つような気がしてしまう。
でも救いは誰も同じ社内にいないって事だ。その辺の廊下や……もし同じ課で働く事になったら気まずい事この上ないよね。

「どうしたの?何か気になってるみたいだね」

ギク。

「いや、ううん!亀田課長、付き合ってみると結構良い人だから―――ほら、吉竹さんから聞いてたイメージより印象良くなってさ。何で別れちゃったのかなって気になって……」
「うーん、その派遣の子が言ってた話では……今思うと亀田課長と別れた腹いせで悪く言い過ぎてたきらいがあるから、あんまり言葉を鵜呑みにするのはどうかと思うけど……仕事優先で彼女の事顧みないで振られるってパターンが多かったらしいよ。その子もそれで駄目になったって言っていたし。でもまあ、それも二~三年前の話だし今はどうだか分からないよね?亀田課長の考え方が変わったのか、元々良い人だったけどその子が単に上手く行かなかった相手を悪く言いたかったのか……私も就職したてで聞いた話そのまま疑いもせず信じちゃってたからなぁ。評判悪い人が、傍で一緒に働いたら意外と良い人だった!ってパターンも多いしね。亀田課長、出世頭だからやっかみで悪口言われる事も多そうだし」
「うん、そうだよね……」

パクリとカツサンドに齧り付き、ボンヤリした頭でモグモグと咀嚼する。

そうかぁ、私の前の彼女も派遣だったんだ……何となく、複雑だな。

牛乳パックのストローを口に咥えた時、吉竹さんが「あ」と声を上げて私の方を向き、ニンマリと笑った。

「わかった!大谷さん、亀田課長の事好きなんでしょ?!」
「―――っ!」

思わず牛乳を吹きそうになった。
だけどギリギリで堪えて、ゴクリと飲み込みストローから口を離す。

「いや、あの……吉竹さん?」
「あ、もしかして無自覚?いやー……まさか大谷さんが亀田課長をねぇ……」

あうぅ……否定しなきゃならないかもしれないけれど、図星だけに否定できない。私はパクパク口を開け閉めして何と答えて良いか必死で頭を動かした。

「何か意外だわー……タイプ正反対に見えるから。でも自分とは違うタイプに惹かれるってよくあるパターンだしね」
「よ、よしたけさぁん……!」
「あ、ゴメン。内緒ね!バレたら気まずいもんね!うん、もう黙っとく……!」

バチンッ!と『心得た!』と言うようにワザとっぽく片目を瞑って、親指を立てる吉竹さん。

誤解なんだけど……ある意味誤解じゃなくて、あうぅ……。

何と言って良いか分からず、オロオロしている内に頬に熱が集まって行く。それを吉竹さんは肯定の返事と捉えたようで、ウンウンと大きく頷いて幕の内弁当をつつき始めた。
何も言えない私は、その後悶々としながら残りのカツサンドに齧り付くしか術はなかったのだ。

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