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プロポーズの後のお話 <大谷視点>
21.お願いされました。
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「川北さん、こちらは……」
「三好さんでしたっけ」
「はい」
「三好さんは―――ええと、総務課の川北さんです。ご存知ですか」
「あ、ええと名前までは……何度か総務課でお見掛けしてます」
三好さんとの話が楽しくて、またしてもすっかり川北さんの事を忘れていた。その時その時の欲望に夢中になってしまう自分の単純な思考パターンがニクイ。じゃなければ、川北さんが距離を詰めて来る気配にアンテナを働かせて、トイレに逃げ込む事も出来たのに~!
川北さんがわざわざ声を掛けて来たって事は―――
「ねえ大谷さん?お願いがあるんだけど」
綺麗にくるんっと上がった睫毛に行き過ぎない程度にしっかり施されたアイメイク。爪もピカピカで、けれども決して派手には見えないオフィスで上品に映える桜色のネイルが施されている。毛先だけ柔らかく巻かれたブラウンの髪を揺らして微笑む川北さんは―――透け感のあるふわっとしたノースリーブに膝下くらいのタイスカートで、女性らしい華やかな色気を醸し出している。―――ポニーテールに色味の薄いナチュラルメイク、そしてパンツスーツといった……サッパリした装いの素材の良さが光る三好さんの爽やかな色気とは、まさに対照的だ。
川北さんと言う中身を知らなければ可愛らしいとか、綺麗だとか言う印象を抱いただろう……けれど私は蛇に睨まれた蛙のように冷や汗を掻く。
『お願い』?何となく嫌な感じがして、私はゴクリと唾を飲み込んだ。
「亀田課長の所に一緒に行ってくれない?ほら、人に囲まれていてなかなか近づけないから」
「は?」
三好さんが思わず聞き返した。
「何故大谷さんにそんな事を頼むんですか?」
信じられない、と言う表情で三好さんは眉を顰めた。
私もまさか三好さんと話している時に川北さんがそんな事を言い出すと思っていなかったので、動揺してしまった。
「何故って……亀田課長と話したいからよ。三好さんには関係ない事だわ」
「関係ない?」
「そうよ、責められる筋合いはないわ」
「は?貴女こそ、営業課の課長と何の関係も無いのでしょう?」
バチバチっ!と二人の間に火花が散る。
あわわわ!な、何が始まったんだ……!
どうしよう、どうしよう。何故川北さんは三好さんに突っかかるんだろう?
川北さんの好戦的な視線の意味を捕らえきれなくて、私はアタフタと二人の顔を眺めて両手を握りしめた。
「三好さんは単に亀田課長の部下ってだけでしょう?なのに自分以外の女性が近づくのを邪魔するなんて、どうかしているわ」
そう言えば今日のこの宴席で、丈さんの近くに座って親し気に盛り上がっていた女性は三好さんだけだった。営業課の派遣女子達は『亀田課長』を恐れているし、総務課の女性陣は別の意味で、気軽に近づけないと感じているのかもしれない。だから今も丈さんは男性陣に囲まれて、おそらく仕事の話に花を咲かせている。
すると三好さんが呆れたように質問を繰り返した。
「そんな事を言っているんじゃないわ。何故大谷さんにそれを頼むのかって聞いているのよ」
「それは―――ねぇ?」
川北さんが私に意味深な流し目を寄越す。
二人がキャッチボールをする所を眺めていた、しがないギャラリーでしかなかった私に急にボールをポンっと投げられたのだ。いや、この場合小さな野球のボールじゃなくてドッヂボールか……。
急に槍玉に上がってしまった私はシャキンっと姿勢を正して固まった。川北さんを責めるように見ていた三好さんは、私を気遣うような視線を向けてくれる。
「あ、あの……」
何と言って良いか、どうこの場で振る舞うべきか分からず私は口籠った。
今までこんなややこしい状況に放り込まれた事なんて無かったから、本当に判断が付かない。丈さんを見ると案の定、阿部さんや鞍馬課長、それから樋口さんと顔を突き合わせて何を議論しているのか額を突き合わせて話し合っている。ほとんど面識のない川北さんがとっても近づき難い状況だ―――だから彼女は私をダシにしたいのだろう。
そして三好さんは私が丈さんの彼女だってコトを知っている。だから、彼女である私に『亀田課長の所へ連れて行け』なんて言う川北さんの態度を不審に思って尋ねたのだろう。なのに川北さんは三好さんに対して好戦的で―――あっもしかして。
今気が付いた。……川北さん、三好さんを牽制しているのかな?だからわざわざ三好さんの前で亀田課長の話題を出したのだろうか?
ううう……もう何と言って良いか分からない。
だけど三好さんを巻き込んでしまって、ものすごく申し訳ないから、私が何か言わないと。
言うタイミング、ゼッタイ間違っているけど―――ここでもう『亀田課長』と私の関係を告白するしかない?!聞かれている事と全然違う事を口走る私を、きっと川北さんは『はあ?何言ってんの?!』って責めるだろう。そして周りに総務課の人と営業課の人が入り混じっているこんな状況で―――私と丈さんの間柄を宣言するなんて、一番あり得ないシチュエーションだけど……っ!
「あのっ……川北さん!」
私は両拳をギュッと握り込んで彼女を真っすぐ見据えた。すると川北さんは頷いてニッコリ笑った。
「じゃあ、行こうか?」
「あの……行けません」
「―――は?」
川北さんの笑顔が凍った。ひいっ……メデューサに睨まれたみたいに、私は一瞬石になってしまう。しかし震える声で何とか続けた。
「あの……私は亀田課長と……っ」
「はい、ちゅうもーく!」
そこでパンパンと手を打つ音がして、阿部さんの大きな声が居酒屋の個室に響いた。ハリのある声に、思わず皆話を止めて言われた通りそちらに注目する。
阿部さんが立ち上がって両手を広げ、満面の笑みでこう切り出した。
「実は営業課と総務課に関わる、重要なお知らせがあります!」
あれ?阿部さん結構酔ってる……?頬っぺたが朱いなぁ。そしてとってもご機嫌だ。
何だろう営業課と総務課に関わるお知らせって?……課を統合するとか?―――それは無いか。お仕事の種類全然違うよね。あ、それとももしかして鞍馬課長が定年間近って聞いた事があるから―――その後任に営業課から誰か、そう例えば樋口さんが課長として配属されるとか?まさか丈さんじゃあ無いよね?
「営業課のコワモテれ……コホン。営業課の我らが独身の星!亀田課長が、何と!とうとう年貢の納め時を迎える事になりましたっ……!」
その途端、一斉に会場がざわついた!
会場中の注目を集める丈さんと言えば―――何を考えているか分からない涼しい表情で、腕組みをしている。
『年貢の納め時』……嫌な予感がする。
普通だったら昇進とか栄転とか、そう言う話題を想起する場面かもしれない。でも『独身の星』って……
「なんと!お相手はうら若き可憐な女性、総務課の―――大谷卯月さん!です!」
次の瞬間。会場中の視線が私に集まった。
勿論その中には―――面白がるように目を細める三好さんの瞳と―――驚きに目を見開く、川北さんの強い双眸が含まれていた。
「三好さんでしたっけ」
「はい」
「三好さんは―――ええと、総務課の川北さんです。ご存知ですか」
「あ、ええと名前までは……何度か総務課でお見掛けしてます」
三好さんとの話が楽しくて、またしてもすっかり川北さんの事を忘れていた。その時その時の欲望に夢中になってしまう自分の単純な思考パターンがニクイ。じゃなければ、川北さんが距離を詰めて来る気配にアンテナを働かせて、トイレに逃げ込む事も出来たのに~!
川北さんがわざわざ声を掛けて来たって事は―――
「ねえ大谷さん?お願いがあるんだけど」
綺麗にくるんっと上がった睫毛に行き過ぎない程度にしっかり施されたアイメイク。爪もピカピカで、けれども決して派手には見えないオフィスで上品に映える桜色のネイルが施されている。毛先だけ柔らかく巻かれたブラウンの髪を揺らして微笑む川北さんは―――透け感のあるふわっとしたノースリーブに膝下くらいのタイスカートで、女性らしい華やかな色気を醸し出している。―――ポニーテールに色味の薄いナチュラルメイク、そしてパンツスーツといった……サッパリした装いの素材の良さが光る三好さんの爽やかな色気とは、まさに対照的だ。
川北さんと言う中身を知らなければ可愛らしいとか、綺麗だとか言う印象を抱いただろう……けれど私は蛇に睨まれた蛙のように冷や汗を掻く。
『お願い』?何となく嫌な感じがして、私はゴクリと唾を飲み込んだ。
「亀田課長の所に一緒に行ってくれない?ほら、人に囲まれていてなかなか近づけないから」
「は?」
三好さんが思わず聞き返した。
「何故大谷さんにそんな事を頼むんですか?」
信じられない、と言う表情で三好さんは眉を顰めた。
私もまさか三好さんと話している時に川北さんがそんな事を言い出すと思っていなかったので、動揺してしまった。
「何故って……亀田課長と話したいからよ。三好さんには関係ない事だわ」
「関係ない?」
「そうよ、責められる筋合いはないわ」
「は?貴女こそ、営業課の課長と何の関係も無いのでしょう?」
バチバチっ!と二人の間に火花が散る。
あわわわ!な、何が始まったんだ……!
どうしよう、どうしよう。何故川北さんは三好さんに突っかかるんだろう?
川北さんの好戦的な視線の意味を捕らえきれなくて、私はアタフタと二人の顔を眺めて両手を握りしめた。
「三好さんは単に亀田課長の部下ってだけでしょう?なのに自分以外の女性が近づくのを邪魔するなんて、どうかしているわ」
そう言えば今日のこの宴席で、丈さんの近くに座って親し気に盛り上がっていた女性は三好さんだけだった。営業課の派遣女子達は『亀田課長』を恐れているし、総務課の女性陣は別の意味で、気軽に近づけないと感じているのかもしれない。だから今も丈さんは男性陣に囲まれて、おそらく仕事の話に花を咲かせている。
すると三好さんが呆れたように質問を繰り返した。
「そんな事を言っているんじゃないわ。何故大谷さんにそれを頼むのかって聞いているのよ」
「それは―――ねぇ?」
川北さんが私に意味深な流し目を寄越す。
二人がキャッチボールをする所を眺めていた、しがないギャラリーでしかなかった私に急にボールをポンっと投げられたのだ。いや、この場合小さな野球のボールじゃなくてドッヂボールか……。
急に槍玉に上がってしまった私はシャキンっと姿勢を正して固まった。川北さんを責めるように見ていた三好さんは、私を気遣うような視線を向けてくれる。
「あ、あの……」
何と言って良いか、どうこの場で振る舞うべきか分からず私は口籠った。
今までこんなややこしい状況に放り込まれた事なんて無かったから、本当に判断が付かない。丈さんを見ると案の定、阿部さんや鞍馬課長、それから樋口さんと顔を突き合わせて何を議論しているのか額を突き合わせて話し合っている。ほとんど面識のない川北さんがとっても近づき難い状況だ―――だから彼女は私をダシにしたいのだろう。
そして三好さんは私が丈さんの彼女だってコトを知っている。だから、彼女である私に『亀田課長の所へ連れて行け』なんて言う川北さんの態度を不審に思って尋ねたのだろう。なのに川北さんは三好さんに対して好戦的で―――あっもしかして。
今気が付いた。……川北さん、三好さんを牽制しているのかな?だからわざわざ三好さんの前で亀田課長の話題を出したのだろうか?
ううう……もう何と言って良いか分からない。
だけど三好さんを巻き込んでしまって、ものすごく申し訳ないから、私が何か言わないと。
言うタイミング、ゼッタイ間違っているけど―――ここでもう『亀田課長』と私の関係を告白するしかない?!聞かれている事と全然違う事を口走る私を、きっと川北さんは『はあ?何言ってんの?!』って責めるだろう。そして周りに総務課の人と営業課の人が入り混じっているこんな状況で―――私と丈さんの間柄を宣言するなんて、一番あり得ないシチュエーションだけど……っ!
「あのっ……川北さん!」
私は両拳をギュッと握り込んで彼女を真っすぐ見据えた。すると川北さんは頷いてニッコリ笑った。
「じゃあ、行こうか?」
「あの……行けません」
「―――は?」
川北さんの笑顔が凍った。ひいっ……メデューサに睨まれたみたいに、私は一瞬石になってしまう。しかし震える声で何とか続けた。
「あの……私は亀田課長と……っ」
「はい、ちゅうもーく!」
そこでパンパンと手を打つ音がして、阿部さんの大きな声が居酒屋の個室に響いた。ハリのある声に、思わず皆話を止めて言われた通りそちらに注目する。
阿部さんが立ち上がって両手を広げ、満面の笑みでこう切り出した。
「実は営業課と総務課に関わる、重要なお知らせがあります!」
あれ?阿部さん結構酔ってる……?頬っぺたが朱いなぁ。そしてとってもご機嫌だ。
何だろう営業課と総務課に関わるお知らせって?……課を統合するとか?―――それは無いか。お仕事の種類全然違うよね。あ、それとももしかして鞍馬課長が定年間近って聞いた事があるから―――その後任に営業課から誰か、そう例えば樋口さんが課長として配属されるとか?まさか丈さんじゃあ無いよね?
「営業課のコワモテれ……コホン。営業課の我らが独身の星!亀田課長が、何と!とうとう年貢の納め時を迎える事になりましたっ……!」
その途端、一斉に会場がざわついた!
会場中の注目を集める丈さんと言えば―――何を考えているか分からない涼しい表情で、腕組みをしている。
『年貢の納め時』……嫌な予感がする。
普通だったら昇進とか栄転とか、そう言う話題を想起する場面かもしれない。でも『独身の星』って……
「なんと!お相手はうら若き可憐な女性、総務課の―――大谷卯月さん!です!」
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