捕獲されました。

ねがえり太郎

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結婚するまでのお話 <大谷視点>

2.同居しています。

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今、男の人と二人で暮らしています。

と、言っても相手は婚約者となったたけしさんではありません。……同居相手は大谷晴明はるあき四十九歳、そうカタールから八年振りに帰国した私のパパ。ホテル暮らしをしていたパパが定住する部屋を借りる事になりました。―――購入したわけじゃなく賃貸らしいのだけど、ファミリータイプだから一緒に住もう!と提案されたのだ。パパいわく、もともと帰国前から私と同居するつもりでホテル住まいをしていたらしい。



正直、複雑だった。

だって契約更新前だから一か月分余計に賃貸料を支払わなければならないし、引っ越し代金も馬鹿にならないし……ってそれはパパが持ってくれる事になったから、結局私の負担は全く無いんだけど。二十代半ばにもなるのに、未だにスネかじりの娘で申し訳ない。しがない派遣社員の身の上ではパパの申し出を無下にするだけの財力もプライドも持ち合わせていなかった。
けれど一番悩ましいのは―――丈さんの部屋に泊まり難いってコトだ。隙あらば一緒にいたいと思っている婚約期間。正直イチャイチャしてもし足りないって思う。最近丈さんも俄かに仕事が忙しくなってしまって、平日会えないし休みもまるまる一緒にいる訳には行かなくなってきているけど。

何せパパが借りたのは、階は違えど丈さんと同じマンションなのだ……!そう、私があのパパを置いて丈さんの所に入り浸るって―――すごーくやりづらい。いや、婚約者だからいいんだけど。良い筈なんだけどやっぱ気まずい。

丈さんと私、付き合いが深くなるにつれ二人の間の遣り取りも遠慮のない物になって来た。かつて分かりづらかった不器用な彼の愛情表現も率直な物になって来ている気がするし。だからドンドン二人でいるのが楽しくなって、短い時間でも会いたくて。会っても会っても足りないと言うか―――もう一緒に暮らしたいくらい。だから経済的には大変有難い申し出なんだけど……一年も経たない内に結婚して丈さんの家に引っ越す予定なんだから、今慌ただしく同じマンションの違う部屋に移る事は無いんじゃないか、とも考えた。

でも『もう一緒に暮らしたい』なんて、其処まで考えているのは私だけかもしれないけどね。
『好きだ』とか『愛している』なーんて恋愛小説みたいな台詞、彼の口から出て来た試しはない。でも、私と『会いたい』と言う気持ちは態度で伝わって来る。一緒にいる時間を積極的に取ろうとしてくれるのは、私を特別に思ってくれているからだって分かるから―――少し不器用な彼に、無理にそこまで言って貰おうとは思わない。

まぁ、うータンに対してはもっと言葉でも態度でも直接的に愛情表現を示しているから、そう言う台詞、全く言い慣れていない訳じゃないんだとは思うけど―――そこはそれ、私だってうータン命!だから嫉妬なんてしない。……しないハズ。うん……いや、ちょっとは羨ましいって思う時も無いワケでは無い。



おっと、話が逸れました!
今はパパとの同居の話だった……!



「うータンもこのマンションに慣れた方が良いんじゃないか?それに毎回遊びに行く時ケージに入れて電車に乗るって言ってたよな?長い時間電車に揺られて人混みの気配を感じて怯えるより、マンションの廊下をケージで移動する方が臆病なうさぎにとってどれほど楽か……」

遊びに来たパパが卓袱台で私の作ったカレーを頬張りつつ、深刻な声の調子で呟く。それから一呼吸置き、囲いスペースの中で毛繕いをしているうータンに同情するように視線を送った。

「な?うータンもその方が良いよな~?」
「うっ……」
「家賃だって、光熱費だって不要になるんだから、楽だぞ~。Wi-Fi完備だからスマホやり放題だしな。……結婚したら色々物入りだろ?人生の先輩として言わせて貰うが、その分貯金した方がのちのち楽だぞ?」

流石カタールで八年間も苦労しただけある。年の功なのか社会人としての経験なのか、説得が滑らかだ。うータンの環境と私の未経験ゾーンである結婚後の話を出されると、反論の欠片は軽ぅーくフッと吹き飛ばされてしまう。私の中の天秤は、もう八割がた『同居』に傾きつつあった。

でも……パパと一緒に暮らしたら、丈さんとの時間が更に減っちゃうんじゃ……。

気になると言えばもうその一点しかない。我儘ですか?でも婚約中の二十代……浮かれ切った私の情熱、抑えきれるものでは無い。あ、でも同じマンションだと、会いに行く時間も短縮できるよなぁ……。うー……どうしよう。

逡巡する私をチラリと見て、パパがハーっと溜息を吐いた。

「もうすぐアイツと一緒に住むんだろ?そしたらずっと一緒なんだから―――それまでせめてパパと暮らさないか?帰国が決まってからパパ、やっとうっちゃんと暮らせると思ってずっと楽しみにしてたんだ……そんなにパパと暮らすのが嫌なのか?」

ショボーンと音がしそうなほど肩を落とされて、後の二割のおもりが吹き飛んだ。

「そんな事ないよ……!その、迷惑かけるなぁって思って。もう私も大人だし」

と慌てて弁解すると、顔を上げたパパの瞳がキラーンって光った。あれ?って思った時にはもう勝敗は決していた。パパは最近、絶好調なのだ。丈さんと鉢合わせした後無茶なコトばかり言っていた影は微塵も無い。きっと本来のパパの実力はこっちなんだろう……じゃなきゃ、ママみたいな手強い人間を困難な条件を乗り越えて陥落するなんて芸当、できやしなかったと思う。それに気が付いた時にはもう、目の前でパパが満面の笑みを浮かべていた。パン!と膝を叩いて、採決を行ってしまう。



「ああ、良かった……!じゃあ、引越はそうだな、会社で取引している業者に連絡させる。立ち合い出来る日に見積もり取って貰えよ?おおっと、心配いらない、これもパパが持つからな?カタールにいる間お金使う暇無かったから、ちょこっと金持ちなんだ。娘一人とうータン一匹の引っ越し代くらい何でもない、任せとけ……!」
「あ、うん。アリガト……」
「さあ、忙しくなるな~。あ、連絡してあるから明日部屋、見に行こう!家具屋で色々物色もしたいな……。そう言えば明日亀田君は仕事か?都合が付くなら一緒に飯でも食うか!」



ハハハ!と上機嫌で笑うパパを見て思った。『連絡してある』って……もしかして最初からそのつもりだった……?
まあいいんだけど……私も親孝行しなきゃだし。だけど微妙に罠に嵌められたような気になってしまうのは、気の所為だけでは無いらしい。



そんな訳で現在。―――パパと私、それからうさぎのうータンの二人と一匹で一緒に暮らしています。

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