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結婚するまでのお話 <大谷視点>
3.新しい生活です。
しおりを挟む少し窮屈な生活になるかも……と心配していた同居生活だったけど、意外と心配していた通りにはならなかった。一緒に住んでいるとは言ってもパパはパパでかなり忙しいらしい。久し振りの帰国でかなり出世したそうで、そういう立場になると結構な頻度で夜のお付き合いがあるらしい。夕飯を一緒に食べられない事もしばしばだった。
けれども朝御飯は一緒に食べられる。相手がいるから作るのにも張り合いがあって、私もちゃんと毎日味噌汁を作るようになった。以前はサボって食パン一枚と牛乳……なんて朝食も多かったから、食生活が整ったお陰で体調はすこぶる良い。
この間パパと丈さんの都合が合ったので、丈さんを招いて手料理を振る舞った。三人で食べるのも、賑わいがあって楽しいものだ。結構この生活も楽しいかもって思い始めている。
それからこれは全く予想していなかったのだけれど月に一、二度、多い時には数度出張でパパは家を空けなければならないそうだ。つまりパパ不在の夜も少なからずある訳で。だから、忙しく働いているパパには悪いけど……鬼の居ぬ間に丈さんのお部屋にお泊りする事も可能らしいと知って私はホッとした。
何でもパパの会社では道路や橋、港なんかを外国だけでなく日本各地で作っていて、通常はそこに派遣された現場監督さんが現場事務所で指揮を執っているんだけど、要所要所で経験豊富な技術者のチェックが必要になるらしい。パパは主に道路が専門なんだけど、北は北海道から南は沖縄まで―――その現場の進み具合に合わせて確認するのも仕事の一部なんだそうだ。で、場所に寄っては移動に一日掛かる事もあるし、大きな施設の場合は全体を見る事自体に時間が掛かるし、初めて大きな現場を持つような若い人のお悩み相談も引き受けなきゃならないってコトで……行ってすぐ帰って来る、なんて言うのは難しいらしい。近くの現場を纏めて回ったり、それからその現地支店の事務所に挨拶したり、下請け会社のお偉いさんとか取引先を回ったり、発注先の官公庁に足を運んで挨拶したり……時には現場で揉め事が発生して、その官公庁の担当の人と現場監督の打合せの場所に上役として立ち会って解決策を話し合ったり、ごく稀だけどこちら側に不備があった場合は現場監督さんに代わって謝罪したり……なんてコトもあるようだ。
正直パパの仕事って大変だなぁ……って驚いた。申し訳ないけどパパの仕事の話ってこれまで真剣に聞いた事が無かったし、聞いても働いていない時はいまいちピンと来なかったのだ。社会人になって改めてちゃんと聞くと、その重みがズーンと伝わって来る。
そう言えばパパの部下の桑沢さんが『海外部署多いから奥様が鬱になる人が多い』って言ってたっけ。けど、同じ日本でも地方の工事現場で働いていたら別居生活になる可能性もあるよね。一年以上掛かる工事も沢山あるってパパが言ってたから……うーん、そうなると奥様も大変だし寂しいし、ご本人も仕事で忙しいしで、やっぱ大変だなぁ!パパもママも仕事の事に関しては飄々としているから、これまでそんな風に感じた事が無かった。二人の場合お互い忙し過ぎて離れて暮らしていても気にならないのかな?片方だけ家で待っている暮らしならどうだろう。うーん、まだ丈さんと同居すらしていない私には俄かに想像し難い。
なんて一見シリアスに悩んでみたものの……ウフフフ、今日からパパがその出張の為に東北に向かう事になっていて、正直私は浮かれています。
今日は金曜日。忙しい丈さんは残業で遅くなるって言っていたけど、金土日と彼のお部屋に泊まる約束をしているのだ。パパも仕事が終わった後ママの家に泊まる事になっているから、久し振りにフリーな休日を過ごせるのだ……!わーい、わーい!
浮かれてルンルン気分で、丈さんのお部屋にうータンのケージを抱えて向かう。夕飯はいらないって言っていたから、おつまみとビールを用意した。
既に合い鍵も作って貰った勝手知ったる他人の家。
ポチっとテレビを点けてバラエティ番組を眺めつつ、傍らにぴったりと寄り添ううータンの滑らかな毛並みを、私は撫でていた。手の中にグイッと突っ込まれた鼻づらをスリスリと撫でる。時折テレビの内容に夢中になって手が止まると、グイグイっと容赦なく突かれてハッとする。
「ゴメンゴメン!撫でさせていただきますよ~姫!」
なんてご機嫌を取りつつ、するりするりと頭から尻尾まで全力で撫で下ろすと、満足気に目を細めたうータンは、デローンとお腹を付けてリラックス。
「うータン、すっかりこのおウチに慣れたねぇ」
地道に通った甲斐があった。うータンは丈さんの部屋を既に第二の城と認識し始めたようだ。新しいパパのウチにも漸く慣れて来たようだし、何とか安心して新しい体制で暮らせそうだ。
ふと時計を見るともう、夜の十一時。わー……丈さん、やっぱ忙しいんだなぁ。会社から十分も掛からないこのマンションにまだ着いていないってコトは、ひょっとしてまだ会社にいるってコトなのかな?
そこでSNSのメッセージがポコンとスマホに届いた。
『遅くなってすまない。これから帰る』
首にマフラー(肉垂ともいう)を捲いたうータンみたいな白兎が、ピョンと飛び跳ねるイラストの可愛らしいスタンプ。メッセージに続いてそれが直ぐにポコンと追加されたのを見て、思わず噴き出した。……この間使い方を教えたばかりなのに、すっかり慣れたようだ。流石亀田課長!仕事早いな~なんて感心してしまう。
私もうさぎスタンプで返事をした。白うさぎがピンっと耳を張って『おかえり!』って言っているの。丈さんが送って来たのと同じイラストだ。ちょっとリアル寄りの可愛い絵柄で、もふもふ感が気に入っている。丈さんにもコレを教えたんだけど、こんなに直ぐ使ってくれるなんて思わなかった。どんな顔してスマホに打っているんだろう?と考えると、思わず口元がにやけてしまう。まだ仕事場だったとしたら……ひょっとしてあの厳しいコワモテのまま、スマホを手にしていたりして。そう想像すると楽しくて、フフフと一人笑いが思わず漏れてしまう。
「うータン、もうちょっとで丈さん帰って来るって!」
ワクワクしながら話しかけるけど、うータンはやっぱり、どこ吹く風。『そんなコトより私の体を撫でなさいよ!』とばかりにスマホを弄って彼女を放置していた私の太腿にグイグイっ!と鼻づらを押し付けて抗議を示したのだった。
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