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結婚するまでのお話 <大谷視点>
9.悶々としています。
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仙台には丈さんの元カノがいる。……だから私が休日に仙台に行こうか、なんて言った時吉竹さんは難色を示したわけで。珍しく鉢合わせしないようにって気を遣ってくれたんだと思う。
そして公にはしていないと言ってたから吉竹さんや川北さんは知らないだろうけど、実際その仙台支店の営業企画部長、丈さんの元上司であり五歳年上の元カノの体調不良をサポートする為に、彼は応援に行っている訳で。
でもまさか休日も二人は一緒にいるって事は無いよね。あくまで仕事の応援なんだから……あ、休日出勤ならあり得るかな?そう言えば丈さんだけ休日に前乗りしたんだっけ。
それって営業企画部長である彼女に呼び出されたってコトなんだろうか。もしかして彼女のお見舞いとか……その彼女は独身だって言うから、ひょっとすると家まで行ってお世話したりとかあるのかな……?
イヤイヤイヤ、それは無いよね。公私混同だよ。
でも他に頼れる人がいなかったら……?元カノじゃ無くて、例えば独身の独り暮らしの男性だったら?……応援先の上役で、世話になった元上司。薬や食べ物を届けたりくらいあり得るかもしれない。そんでもって、昔親しくしていたのならもう少し踏み込んだお世話しちゃったりなんかして。
弱っている時に優しくされたら惚れ直したりしないかな?
そして弱っている所を見たら庇護欲が掻き立てられて、この女は俺がいなきゃ駄目なんだ!……なんて思い直して、真実の愛に目覚めちゃったりなんだったり……そんで『卯月、申し訳ない。俺はやっぱり彼女を愛し……』
「い~やぁあ~!今のナシナシ……!丈さんがそんな事、するワケないからっ!」
手をブンブン振って、妄想を払いのけた。
悪い方悪い方に考えない!それに『愛』とか口に出すタイプじゃないし!丈さんは!
自分の妄想で勝手に落ち込まない!そう、良い方に考えなきゃ―――そうだ、そう言えば三好さんも同行しているんだった……!じゃあ、女性のお世話は女性がするよね?それに仙台支店の部下だっているんだし、独り暮らしって決まった訳じゃないし、お母さんとか妹さんと同居とかしてるかも。
三好さんと一緒の出張が心配でならなかったのに、今では三好さんの存在を頼みに思ってしまう。私って本当、ゲンキンだなぁ。
倉庫にA4用紙を取りに来ていて、台車に乗せながらそんな考えが止まらなくて叫んでしまった。誰もいない場所で良かった……奇声を発する婚約中の女って……何があったのかと思われる。結婚直前で婚約破棄とか?恋愛小説じゃないんだから!川北さんに私の苦悶を聞かれでもしたら、大層喜ばせてしまう所だ。あ、もしかすると吉竹さんの方が喜んじゃうかも……
そんなどうしようも無い妄想に捕われていた時ガサッと倉庫の奥から音がして、飛び上がった。
「ひっ……」
振り向くとそこに居たのは―――営業課の辻さんだった。
表情の無い顔で、ぬぼっと倉庫の大きな棚の影から姿を現したのだ。うわぁ、幽霊かと思った。辻さん、ちょっと影薄めだから……スイマセン、失礼なコト考えて。
「つ、辻さん……はぁあ~吃驚した」
「ゴメン……」
「いえ!こちらこそ騒がしくしてスイマセン!ちょっと考え事をしていまして……」
私は冷や汗を拭いながら、言い訳をした。私、何かマズイこと口走ったりしなかったよね?丈さんと元カノのコトとか頭の中にグルグル回っている妄想とか具体的に口に出したりは……していないハズ。ホッ……丈さんの部下に変な情報を漏らして、彼の仕事環境を悪化させるのだけは是非とも避けたい。
辻さんはファイルを一つ手に持って近づいて来た。そして私の足元を見ると「いくつ?」と尋ねた。
「え?」
「A4の箱、幾つ持ってくの」
「あ、五箱です」
咄嗟に応えると、辻さんはファイルを棚に置いて無言で箱を台車に積みだした。
「あ!いいです!私の仕事なんで……!」
「……世話になったから……」
そう言ってサッサと箱を積み上げてしまった。意外に素早い動きで、軽々と重い用紙の箱を積み込むのを見て目を丸くしてしまう。ヒョロヒョロしていても男の人なんだなぁ。力強い。
「有難うございます」
「うん」
パンパンと手を叩いて、辻さんは台車に手を掛けた。あっもしかして押してくれようとしている……?そこまで世話になるのは申し訳ない。
「あっあの……もう大丈夫です」
重い荷物を積み込んでくれるだけで、十分助かった。
「……じゃあ、そのファイル持ってくれる?」
「あ、はい」
咄嗟に頷いてファイルを手に取ると、辻さんはその間にサラリと扉を開けて台車を廊下に出してしまった。
うーん言葉少なな人って、口を挟み辛い。申し訳ないな、とも思いつつ重ねて厚意を無下にするのもどうかと考えた私は、そのファイルを持ったまま彼の後に続いたのだった。
無言で台車を押す辻さんと並んで歩く。もしかして総務課まで荷物を押してくれようとしているのかな?流石にそれは申し訳ないなぁ。
しかし辻さんが有無を言わせず足取り強く進んで行くので、口を挟む事が出来ずにいた。そしてエレベーターの前で立ち止まる。下への矢印ボタンを押して待っている間、辻さんがボソリと呟いた。
「―――何かあったの?」
「え?」
「心配……事とか」
辻さんは丈さんの部下だ。滅多なコトは言えない。
いや、ハナから言う気は無いんだけど……心の狭い私が嫉妬でヤキモキしているだなんて恥ずかしい話。でもあんな奇声を上げて置いて、何もないなんて言い逃れは苦しい。きっと辻さんは心配してくれたんだ。だから素っ気なくスルーするのも憚られるし……。
「……亀田課長の……こと?」
「えっと……はい」
うーん、そうだよね。さっき固有名詞出しちゃったからな~流石にそれは伝わっちゃうよね。
「二週間も出張なので、ええとその、いろいろ心配で……いや、あの!心配って言っても健康とか仕事とかっ」
うっ……苦しい。そして早速余計なコトを口走っているような気がする。
なので私は話を逸らす事にした。
「あのっ……営業課、二人も出張に出ちゃって大変じゃないですか?三好さんも一緒だって聞いてますし」
「ああ、うん。ちょっと厳しい……でも樋口さんも阿部さんも目黒さんもいるし」
あ、やっぱ湯川さんは戦力外なんだ。
「じゃあ大丈夫……ですね」
「うん、そう」
ううっ……やっぱ話が続かない。
其処にまるで救世主のように、エレベーターがやって来た。
「あの、もうここで大丈夫です」
ホッとして台車に手を掛けると、辻さんがパッと弾かれるように私の顔を見た。
「有難うございました」
頭を下げて台車を押す。そしてエレベーターに踏み込んで、振り返る。ボンヤリと辻さんは其処に立っていて、扉が閉まる直前。
ガっ……と手を割り込ませて来た。ウィーンと閉じかけた扉が再び開く。
えっ!と目を見開く私の前で辻さんが、扉を抑えたまま同じように目を丸くしている。
どうしたんだろ……と訝し気に首を傾げた私は、漸くその事に思い至った。
「あっ、ファイル!すいません、持って行く所でした」
慌てて渡しそびれたファイルをバッと突き出すと、伸びて来た辻さんの手が何故か差し出した私の手首を掴んでいた。
「え?」
「あの……何か俺に出来る事があったら!」
辻さんが叫んだ。
私は呑気にも、辻さん、こんな大きな声出せるんだって思わずマジマジと彼の顔を見返してしまう。すると目の前の黒縁眼鏡のヒョロリとした男の人は居心地悪そうに視線を外して。
「……言って。その、世話になったし……」
で、それから真っ赤になった。
えっと……?咄嗟のコトで吃驚したけど―――心配して、くれているのかな?
スルリとその骨ばった細い指が離れて、私の手からファイルを奪った。それから一歩下がった辻さんは扉の前でペコリと頭を下げた。間抜けにも口を開けたままだった私は、慌てて「有難うございます」と言って頭を下げ返した。
そのまま鉄の分厚い扉がスッと閉まって……廊下に辻さんを残したまま、エレベーターはスーッと下の階へと滑るように降りて行ったのだった。
そして公にはしていないと言ってたから吉竹さんや川北さんは知らないだろうけど、実際その仙台支店の営業企画部長、丈さんの元上司であり五歳年上の元カノの体調不良をサポートする為に、彼は応援に行っている訳で。
でもまさか休日も二人は一緒にいるって事は無いよね。あくまで仕事の応援なんだから……あ、休日出勤ならあり得るかな?そう言えば丈さんだけ休日に前乗りしたんだっけ。
それって営業企画部長である彼女に呼び出されたってコトなんだろうか。もしかして彼女のお見舞いとか……その彼女は独身だって言うから、ひょっとすると家まで行ってお世話したりとかあるのかな……?
イヤイヤイヤ、それは無いよね。公私混同だよ。
でも他に頼れる人がいなかったら……?元カノじゃ無くて、例えば独身の独り暮らしの男性だったら?……応援先の上役で、世話になった元上司。薬や食べ物を届けたりくらいあり得るかもしれない。そんでもって、昔親しくしていたのならもう少し踏み込んだお世話しちゃったりなんかして。
弱っている時に優しくされたら惚れ直したりしないかな?
そして弱っている所を見たら庇護欲が掻き立てられて、この女は俺がいなきゃ駄目なんだ!……なんて思い直して、真実の愛に目覚めちゃったりなんだったり……そんで『卯月、申し訳ない。俺はやっぱり彼女を愛し……』
「い~やぁあ~!今のナシナシ……!丈さんがそんな事、するワケないからっ!」
手をブンブン振って、妄想を払いのけた。
悪い方悪い方に考えない!それに『愛』とか口に出すタイプじゃないし!丈さんは!
自分の妄想で勝手に落ち込まない!そう、良い方に考えなきゃ―――そうだ、そう言えば三好さんも同行しているんだった……!じゃあ、女性のお世話は女性がするよね?それに仙台支店の部下だっているんだし、独り暮らしって決まった訳じゃないし、お母さんとか妹さんと同居とかしてるかも。
三好さんと一緒の出張が心配でならなかったのに、今では三好さんの存在を頼みに思ってしまう。私って本当、ゲンキンだなぁ。
倉庫にA4用紙を取りに来ていて、台車に乗せながらそんな考えが止まらなくて叫んでしまった。誰もいない場所で良かった……奇声を発する婚約中の女って……何があったのかと思われる。結婚直前で婚約破棄とか?恋愛小説じゃないんだから!川北さんに私の苦悶を聞かれでもしたら、大層喜ばせてしまう所だ。あ、もしかすると吉竹さんの方が喜んじゃうかも……
そんなどうしようも無い妄想に捕われていた時ガサッと倉庫の奥から音がして、飛び上がった。
「ひっ……」
振り向くとそこに居たのは―――営業課の辻さんだった。
表情の無い顔で、ぬぼっと倉庫の大きな棚の影から姿を現したのだ。うわぁ、幽霊かと思った。辻さん、ちょっと影薄めだから……スイマセン、失礼なコト考えて。
「つ、辻さん……はぁあ~吃驚した」
「ゴメン……」
「いえ!こちらこそ騒がしくしてスイマセン!ちょっと考え事をしていまして……」
私は冷や汗を拭いながら、言い訳をした。私、何かマズイこと口走ったりしなかったよね?丈さんと元カノのコトとか頭の中にグルグル回っている妄想とか具体的に口に出したりは……していないハズ。ホッ……丈さんの部下に変な情報を漏らして、彼の仕事環境を悪化させるのだけは是非とも避けたい。
辻さんはファイルを一つ手に持って近づいて来た。そして私の足元を見ると「いくつ?」と尋ねた。
「え?」
「A4の箱、幾つ持ってくの」
「あ、五箱です」
咄嗟に応えると、辻さんはファイルを棚に置いて無言で箱を台車に積みだした。
「あ!いいです!私の仕事なんで……!」
「……世話になったから……」
そう言ってサッサと箱を積み上げてしまった。意外に素早い動きで、軽々と重い用紙の箱を積み込むのを見て目を丸くしてしまう。ヒョロヒョロしていても男の人なんだなぁ。力強い。
「有難うございます」
「うん」
パンパンと手を叩いて、辻さんは台車に手を掛けた。あっもしかして押してくれようとしている……?そこまで世話になるのは申し訳ない。
「あっあの……もう大丈夫です」
重い荷物を積み込んでくれるだけで、十分助かった。
「……じゃあ、そのファイル持ってくれる?」
「あ、はい」
咄嗟に頷いてファイルを手に取ると、辻さんはその間にサラリと扉を開けて台車を廊下に出してしまった。
うーん言葉少なな人って、口を挟み辛い。申し訳ないな、とも思いつつ重ねて厚意を無下にするのもどうかと考えた私は、そのファイルを持ったまま彼の後に続いたのだった。
無言で台車を押す辻さんと並んで歩く。もしかして総務課まで荷物を押してくれようとしているのかな?流石にそれは申し訳ないなぁ。
しかし辻さんが有無を言わせず足取り強く進んで行くので、口を挟む事が出来ずにいた。そしてエレベーターの前で立ち止まる。下への矢印ボタンを押して待っている間、辻さんがボソリと呟いた。
「―――何かあったの?」
「え?」
「心配……事とか」
辻さんは丈さんの部下だ。滅多なコトは言えない。
いや、ハナから言う気は無いんだけど……心の狭い私が嫉妬でヤキモキしているだなんて恥ずかしい話。でもあんな奇声を上げて置いて、何もないなんて言い逃れは苦しい。きっと辻さんは心配してくれたんだ。だから素っ気なくスルーするのも憚られるし……。
「……亀田課長の……こと?」
「えっと……はい」
うーん、そうだよね。さっき固有名詞出しちゃったからな~流石にそれは伝わっちゃうよね。
「二週間も出張なので、ええとその、いろいろ心配で……いや、あの!心配って言っても健康とか仕事とかっ」
うっ……苦しい。そして早速余計なコトを口走っているような気がする。
なので私は話を逸らす事にした。
「あのっ……営業課、二人も出張に出ちゃって大変じゃないですか?三好さんも一緒だって聞いてますし」
「ああ、うん。ちょっと厳しい……でも樋口さんも阿部さんも目黒さんもいるし」
あ、やっぱ湯川さんは戦力外なんだ。
「じゃあ大丈夫……ですね」
「うん、そう」
ううっ……やっぱ話が続かない。
其処にまるで救世主のように、エレベーターがやって来た。
「あの、もうここで大丈夫です」
ホッとして台車に手を掛けると、辻さんがパッと弾かれるように私の顔を見た。
「有難うございました」
頭を下げて台車を押す。そしてエレベーターに踏み込んで、振り返る。ボンヤリと辻さんは其処に立っていて、扉が閉まる直前。
ガっ……と手を割り込ませて来た。ウィーンと閉じかけた扉が再び開く。
えっ!と目を見開く私の前で辻さんが、扉を抑えたまま同じように目を丸くしている。
どうしたんだろ……と訝し気に首を傾げた私は、漸くその事に思い至った。
「あっ、ファイル!すいません、持って行く所でした」
慌てて渡しそびれたファイルをバッと突き出すと、伸びて来た辻さんの手が何故か差し出した私の手首を掴んでいた。
「え?」
「あの……何か俺に出来る事があったら!」
辻さんが叫んだ。
私は呑気にも、辻さん、こんな大きな声出せるんだって思わずマジマジと彼の顔を見返してしまう。すると目の前の黒縁眼鏡のヒョロリとした男の人は居心地悪そうに視線を外して。
「……言って。その、世話になったし……」
で、それから真っ赤になった。
えっと……?咄嗟のコトで吃驚したけど―――心配して、くれているのかな?
スルリとその骨ばった細い指が離れて、私の手からファイルを奪った。それから一歩下がった辻さんは扉の前でペコリと頭を下げた。間抜けにも口を開けたままだった私は、慌てて「有難うございます」と言って頭を下げ返した。
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