捕獲されました。

ねがえり太郎

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結婚するまでのお話 <大谷視点>

14.ボディブローです。

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あーやっちまった……。



エレベーターの中の人混みに紛れながら、そっと息を吐きだす。

頭を抱えて呻きたい。

今思うともっとやりようがあったような気がする。川北さんのプライドをへし折ってしまって、この先安穏とした総務課生活が送れるだろうか……いや、無理。無理だよ~。

勢いであんな風に強気に出ちゃったけど、元来肝の小っちゃい私は、彼女の圧力にはきっと耐えられない。

それにきっと川北さんの事だから自分がやった悪意のある行いは無かった事にして、私が彼女に反抗的な態度を取った事とか『プライベートは放って置いて下さい!』と言い放った事だけを誇張して言いふらすんだろうなぁ~……だって川北さんが自分の気に入らない相手を、そんな風に貶めるのを時折目の当たりにしてきた。
大抵そう言う攻撃対象になるのは、可愛くて男性に人気のある若い女性とか、仕事の出来るバリバリ系のカッコいい女性―――つまり目立つ女性だった。例えば若手で一番人気を誇る総務課の新人、大学時代ミスコンで二位になった経験を持つ可愛らしい重盛さんや、営業課のサッパリ系姉御、三好さん。それから大人っぽい出来る(風に見える)女性、吉竹さんみたいな。

だけど川北さんの悪意をオブラートに包んだ話し方、これが結構巧妙で、その意見に同意する人も多いんだよなぁ。もしかすると話を合わせているだけかもしれないけれど、面白がって煽ったりする人もいて。それとも川北さんが怖いから自分に矛先が向かないように同調しているだけなのかな?

元から目立つタイプじゃないし、群衆に埋もれて息をひそめて生きて生きた。だから川北さんはずっと私のコトは都合の良いモブ扱いしていたと思う。でもそれでも個人攻撃を受けるよりは楽だったんだ。実際あんな攻撃を受けて、吉竹さんみたいに平気でいられる自信なんて全くない。

だけど……丈さんは目立つんだよなぁ……。

丈さん自身は注目され慣れているのか、何を言われても気にしない強い所があるけれど、そんな彼と付き合ってしまった私は―――目立つ彼と付き合う事で、川北さんにマークされる事になってしまった。

それに……さっきは川北さんの言い方に苛立って、つい反撃してしまったけど。

川北さんの言っている事は全くの嘘ではないんだろう、とも感じている。

多分かなり誇張されていて、彼女の主観で歪められている部分もあると思う。だけど―――彼女の今までの言動からすると、少なくとも事実無根の妄想ばかり広めているとは言い切れない。事実にちょっと細工をして、周りの人の気持ちを煽るのが上手い人なんだ。そこがまた、巧妙なんだけど……。
食堂で言ってた事も、そうだ。実際桂沢部長は丈さんの『元カノ』だったのだし、だからこそ吉竹さんが割って入ってくれたのだし。



じゃあやっぱり丈さん、昨日桂沢部長と……?



その事に意識を向けると、途端にモヤモヤと黒い霧が湧いて来る。

ロッカー室と言う二人だけのリングで、カウンターを打って川北さんに膝を付かせる事が出来たのは不意を突いたラッキーパンチだった。だけどリングを降りた私の体にはそれまで彼女から受けて来たボディブローがじわじわと効き始めている。一度掻き消したハズの幻聴が、頭の中にしっかりと響いてしまう。



『卯月、申し訳ない。俺はやっぱり彼女を愛しているんだ』



桂沢部長は吉竹さんの言う所によると、非の打ちどころのない素晴らしい女性らしい。素晴らしい彼女の魅力を再認識しちゃった丈さんが、それこそ川北さんが言ったみたいに若さだけしか取柄の無い私より、彼女の方が良いと思い始めたとしたら―――それで結婚後の生活用品を揃える事に躊躇するようになったのだと、彼のあの態度の理由に説明がついてしまう。

困る、困るなぁ!だってあの吉竹さんがファンになるくらい素敵な女性なんだよね。そんな人とリングに上がって、私が勝てるとは思えない。

あれ?

……もっと嫌な事に気付いてしまった。

私視点で考えてみれば、桂沢部長って私の存在を脅かす悪役だ。だけどその人はとても良い人で―――そして丈さんは元々桂沢部長と付き合っていて―――いろいろすれ違っちゃったかもしれないけれど、改めて再会して自分の気持ちに気付いてしまったのだとしたら……



ズーン……



自分の作り出したイメージに落ち込む。だってここが物語の中で、実はヒロインは別にいて……自分が実は悪役なのかもしれないと自覚する事ほど、痛い事は無い。私……ひょっとして、桂沢部長が主人公のドラマの中の『当て馬』キャラだったりして……?!なら、最終的にはそっと二人の仲を察して身を引かなきゃならないってこと……?

そんな救いの無い思考の泥沼に嵌ってしまった私の足が、ゆっくり止まる。

「……考え過ぎだよ……」

頭をプルプルと振って黒い霧を無理矢理追い払った。そうだ、私には呪いや邪気を払ってくれる、良い魔女さまがいるじゃないの!川北さんが黒魔女なら、うータンは見た目の通り白魔女……!

うータンを今すぐ撫でなきゃっ……!じゃないと泥沼から抜け出せない……っ!

藁にも縋る思いで、私は一目散に家を目指して足を速めたのだった。



うータン!白魔女姫っ!
私に掛かった呪いを解いてくれ~!


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