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24話 姉妹喧嘩
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私は今、里帰りをしている。
相変わらずのでっかい豪邸だが、昔と少し違うのは、苔や、植物で、家が覆われてしまっているところだろうか。
6年ぶりの里帰り。ふうと一呼吸置いて、こんこんとノックをする。
はい、とか細い声の返事があって、どなたですかという質問が返ってきた。
まあ、そりゃあ、そうだわな。
もう一回、さっきよりも深く息を吸って、吐いて。
「ライトフォード家長女、ソフィア・ライトフォードです」
「・・・・・・え?」
「ソフィア・ライトフォードです。両親に話があって参りました。通してくれませんか?」
「・・・・・・ソフィア様?」
勢いよく扉が開き、飛び出してきたのは、みしらぬおばさんだった。
「え?」
誰?言葉を飲み込んだ私は、偉いと思う。うん。偉いよね?
「なぜ、今まで帰ってこられなかったのですかっ。私共が今までなんと___」
あれ?なんか私説教食らってない?この口うるさいおばさんは一体・・・・・・。
「ライア!?」
「申し訳ありません。ソフィア様。取り乱してしまいました。どうぞ、中へ」
こんなに私に礼儀を尽くしてくれる人だったっけ?歳をとったから、丸くなったのかしら?
屋敷の中は、がらんどうとしていて、人が住んでいる気配が全くしない。埃っぽくて、蜘蛛の巣まではってある。昔は、屋敷の中はいつも綺麗で、ピッカピカに磨かれていて、そして、使用人さんたちがたくさんいた。
それが、ライア以外一人として見つからない。
「あの。なんでこんなに・・・・・・」
「・・・・・・。ソフィア様の、せいですよ」
ぐっと何かを飲み込んだように、彼女はそう言った。
「いえ。すいません。違います。本当は、あの方達のせいなのです。ただ、その引き金を引いたのが、ソフィア様の失踪であるだけで」
私は、広間へ通され、ここでお待ちください、とだけライアは伝えて、どこかへ行ってしまった。
今、父と義母は出かけているらしい。呼びにってくるとライアは言っていた。
はあ。それにしても、変わってしまったな。
上から、バタバタと誰かが降りてくる音がした。
「お姉さまっ!?」
上から降りてきたのは、長い金色の髪を垂れ流した美少女。ただ、その髪には艶がない。身につけている物も、何かが古かったり、壊れかけていたり、継ぎ接ぎだったり。
「・・・・・・アイティラ?」
ああ。これはまさか。感動の姉妹の再会?
「・・・・・・よく・・・・・・」
「どうしたの?」
「よく、のこのこと帰ってこられましたわね!!」
「・・・・・・えっ?」
違いました。成長しても妹の中身は全く変わっておりませんでした。予想はしていたけど。
「お姉さまが出て行ってから、私たちがどれだけ苦労したと!?王家からの信頼はなくなり。それだけでなく、他の貴族の方々からの信頼もなくなり。使用人たちも私たちが与えてやった恩を忘れて皆出ていきましたわ」
私がいなくなってから、そんなことがあったのか。知っていたけど。
周りの人から見れば、今の私は、とても親不孝な娘だと、冷たい娘だと思われるでしょうね。でも、この家が落ちぶれたのは、私のせいだけではない。お義母さまやお父さまが、犯罪がまい、いや。犯罪に手を染めていたから。この暮らしを、当たり前だと思って、使用人を、大切にしてこなかった罰が当たったのよ。
「家の位は下げられ、私の婚約者からは婚約破棄を告げられましたわ。落ちぶれた貴族令嬢をもらってくれる人などいないですし、お母さまは私を叔母の元へ養女に出すと言っています。この私が、男爵令嬢になるのですよ!?ああ。これからこの先、どうやって生きていけば良いのでしょう」
あら。私の妹は、悲劇のヒロインぶるようになってしまったようですね。
ただ、義母や父が、アイティラは手放さないと思っていたから、そこだけはちょっと驚き。
「終いには、お父さまとお母さまが犯罪に手を染めているなどという冤罪までかけられてしまいましたわ。王家や他の貴族の方々は、頭も狂っていらっしゃいます。どうにかして生きていかないといけない、ということで、私のドレスも、装飾品も、化粧品も、私の大切にしていた何もかも全てを、売ってしまったのです!!」
「今までなんでも買ってくださったお父さまやお母さまも、なにも買ってくれなくなりました。豪華な食事も、いまやパンとスープのみ。こんな、こんな!!お父さま、お母さま、そして、私の人生を狂わせたのは、お姉さまです!!それなのにお姉さまは、のこのこと帰ってきて。しかも、結構いい暮らしをされていたようですね。お姉さまが6年もいなかったのに、王太子さまはいっこうに婚約破棄をする気配はない。ずるいですわ!!お姉さまだけ。お姉さまだけっ!!どうやって責任を取るおつもりですかっ!!」
「そもそも、お姉さまがラファエル様の婚約者になったのがおかしいですわ。なぜ、こんな気味の悪い見た目のお姉さまをお選びになったのでしょう。本当なら、私が選ばれたはずです!!そうです!!お姉さま、今までどこへ行かれていたのですか!!」
はい。それが正当な質問です。
「確かに、あなたになにも言わずに家を出たのは、悪かったと思っています。私が家を出たら、こうなると知っていて、それでも、あなたたちを置いて出ていったことも」
「じゃあ、なんで!!」
「なんで、助けてくれなかったの・ですか。なんで、私だけこんな辛い思いをしなければならない、ですか?」
「・・・・・・くっ」
「私が、この家に帰ってきたのは、ライトフォードの名を捨てるためよ」
「なっ!ずるいわ!!お姉さまだけ、逃げるというの!?」
「ええ。そうね。周りから見た私は、家を捨てる冷血な娘だと思われることでしょう。でもね、私はこの家を、自分の家だと思ったことはない。あなたもそうでしょう?私を、自分の実の姉だと思ったことは一度もないでしょう?」
「そ、そんなことは!!」
「いや。あったのかもね。私は出来損ないの、愛されない、ダメな姉だと思ったことは、あったのかもね」
私たちは、小さい頃にできなかった、姉妹喧嘩をしているのかもね。
「私が、この家に残って、お父さまたちの言いなりになって、ラファエル様の婚約者であり続けたとして、この家が破滅するのは、そう遅くはなかったと思うわ。どちらにせよ、この家は破滅する運命にあったのよ。それが、早まっただけ」
そう。どちらにせよ、悪役令嬢である私は断罪され、この家の悪事も暴かれ、遅かれ早かれ、この家は破滅する運命にあった。
「私は、お父さまやお義母さまに申し訳ないとは思わない。ただ、あなたには、少しだけ。申し訳ないと思っているわ。けれど、あなたには、まだ未来があって、あなたの容姿なら、社交界でもひくて数多でしょう?」
「・・・・・・誰が、落ちこぼれ令嬢なんかを・・・・・・」
アイティラは、目に涙を溜めている。そうだ。忘れていたけれど、彼女はまだ14歳。前世ではまだ、義務教育をも終わっていない、まだ、甘え盛りの年齢なのだ。
「落ちこぼれ令嬢?」
アイティラは、フッと自嘲するように笑った。
「お姉さまは知らないでしょうね。私が今、社交の場でなんと呼ばれているか。“落ちこぼれ令嬢”ですよ。私も、お父さまも、お母さまも、この家も、お姉さまがいなくなった途端に、成り立たなくなった。反対に、お姉さまはなんと呼ばれているか知っていますか?“幻姫”ですよ?王太子の婚約者でありながら、社交界へは全く出てこず、表向きには病弱で部屋から出られないとなっていますが、巷では、誘拐されて殺された、という噂もある、御令嬢。ただ、幻というだけ、とても美しく、見た人を全員惚れさせると」
え。なにそれ。確かに、フアンシドに初めて会った時、幻姫って言ってたけど、マジでか。
「皮肉よねえ。あんなにお姉さまのことを嫌っていたお父さまとお母さまが、お姉さまが戻ってきたら、爵位を返すというラファエル様の言葉で、血眼になってお姉さまを探しているわ」
「あなたは・・・・・・。どうしたいの?これから」
多分、リュカだけが気づいていた。一つだけ。一つだけ。家出を決意した時、一つだけ、私には、心残りがあった。
アイティラのことだ。彼女は、世間を知らずに、お父さまとお母さまに甘やかされて育てられたせいで、こんな性格になってしまっただけで、本当は、純粋で、優しい子なのだろうと思う。
私は、前世から、妹が欲しかった。父はいないし、母もいない。兄弟がいたら、どんなにいいだろうと。そんな私の事情で、アイティラの人生を半壊させてしまったのだけれど。
「あなたが、どうしたいのかを教えて。あなたはこれから、お父さまとお母さまの言いなりになって、男爵家にいくの?あなたは、どうしたいの?」
「私?私は・・・・・・。そんなの、お姉さまに関係ないでしょう!?」
あら。逆ギレ。
「そうですか。なら、あなたに一つ。もしも、男爵家の生活が嫌になったら、私を頼って」
「なっ!?なに様のつもりよ」
「お姉さまよ」
アイティラは、何かに気づいたというように、ずっと下を向いていた顔を、上げた。
「私は、あなたたち家族を捨てた、親不孝な、冷たい姉なのかもしれない。いや、実際そうね。ただ、あなたは、半分だけ、血のつながった、妹なのよ。私は、あなたの父と母を、家族とは思っていないわ。多分、あなたの父と母も、私のことを家族とは思っていないはず。あなたも、私が、姉だなんて、思っていないでしょう?確かに、私はあなたに姉らしいことなんて、一つもできなかったし、しなかったわ。最低な姉よね。本当。あなたにお姉さまと呼ばれる資格もないわ」
ほんっとうに、最低な姉ね。もう少し、彼女に寄り添っていたら。何かが、変わったのかしら。
「・・・・・・違う。違うわ。お姉さま。私が、私が!!ちゃんと、お姉さまを見ていたら。お姉さまは、気味悪くなんてない。むしろその逆。とても美しいわ。私が、それを、認めたくなかったから。いつか、お母さまを、お姉さまに、取られてしまうような気がして。だから、お母さまが、お姉さまは気味が悪い。お前が1番よ、って言ってくれた時、お姉さまを馬鹿にすれば、私はもっと、お母さまに好かれると、思ったから」
「・・・・・・アイティラ」
お姉さまは、綺麗で大きい、ぱっちりとした赤い目を、さらにもっと大きく見開いて、意外だというような顔をした。
私は、本当は。お姉さまともっとお話がしたかった。でも、この家が、お姉さまは異物だというように扱っていたから、それに少しでも違う行動を取ったら、今度は私が、異物のような存在になってしまうのが、怖かった。
お姉さまは、綺麗だ。女神だと思うほどに。ラファエル様が、一目惚れしたのだって、納得がいく。頭が良くて、綺麗で、外見だけではなく、心も綺麗で。こんな姉がいて、羨ましいでしょって、誰かに自慢したいほどに。
だから、お姉さまが、いなくなった時、いなくなったという悲しみと、捨てられたんだという悔しさと、憎しみと、訳のわからない感情で、ごちゃごちゃになった。ごちゃごちゃになったのは感情だけじゃなくて。家も、お父さまも、お母さまも、全部が、ごちゃごちゃになった。
今、お姉さまが、私のことを、妹だと言ってくれて、嬉しかった。何かあったら、頼ってねと言ってくれて、嬉しかった。
本当は、もっと、言いたいことがある。なんで、置いていったの?なんで、言ってくれなかったの?今まで、どこで、なにをしていたの?
また、私を、捨てるの?置いていくの?
ああ。私にいう訳ないか。あの頃の私は、お母さまを取られたくない一心で、お姉さまを、散々罵ったから。
「・・・・・・。お姉さまは、私を恨んだことは、ないのですか?」
「え?」
「私は、お母さまの娘です。お母さまは、お姉さまのことを嫌っていて。私は、そんなお母さまと一緒に、お姉さまを嫌ったりして・・・・・・。私を!!」
ふわりと花のいい香りがして。気がつくと私は、お姉さまに抱きしめられていた。
「ごめんなさい。私。勘違いをしていたようね。いや、やっぱり、って感じかしら?あなたは、とても心優しい子よ。ごめんなさいね。今まで」
「・・・・・・お、ねえ・・・・・・さま」
「私、あなたの姉でいいかしら?」
お姉さまは、自信なさげに、不安そうな顔をして、私に聞いてきた。
その瞬間。なぜか、涙が溢れ出してきた。なんの涙だろう。手をお姉さまの背中に回して、ぎゅっと抱きしめる。ああ。そうか。私は、お姉さまに、認めて欲しかったんだ。ずっと。
「私、も。お姉、さまって、呼んで、も。いいで、すか?」
「もちろんよ、アイティラ」
そう言って微笑んだお姉さまは、やはり、とても、美しかった。
相変わらずのでっかい豪邸だが、昔と少し違うのは、苔や、植物で、家が覆われてしまっているところだろうか。
6年ぶりの里帰り。ふうと一呼吸置いて、こんこんとノックをする。
はい、とか細い声の返事があって、どなたですかという質問が返ってきた。
まあ、そりゃあ、そうだわな。
もう一回、さっきよりも深く息を吸って、吐いて。
「ライトフォード家長女、ソフィア・ライトフォードです」
「・・・・・・え?」
「ソフィア・ライトフォードです。両親に話があって参りました。通してくれませんか?」
「・・・・・・ソフィア様?」
勢いよく扉が開き、飛び出してきたのは、みしらぬおばさんだった。
「え?」
誰?言葉を飲み込んだ私は、偉いと思う。うん。偉いよね?
「なぜ、今まで帰ってこられなかったのですかっ。私共が今までなんと___」
あれ?なんか私説教食らってない?この口うるさいおばさんは一体・・・・・・。
「ライア!?」
「申し訳ありません。ソフィア様。取り乱してしまいました。どうぞ、中へ」
こんなに私に礼儀を尽くしてくれる人だったっけ?歳をとったから、丸くなったのかしら?
屋敷の中は、がらんどうとしていて、人が住んでいる気配が全くしない。埃っぽくて、蜘蛛の巣まではってある。昔は、屋敷の中はいつも綺麗で、ピッカピカに磨かれていて、そして、使用人さんたちがたくさんいた。
それが、ライア以外一人として見つからない。
「あの。なんでこんなに・・・・・・」
「・・・・・・。ソフィア様の、せいですよ」
ぐっと何かを飲み込んだように、彼女はそう言った。
「いえ。すいません。違います。本当は、あの方達のせいなのです。ただ、その引き金を引いたのが、ソフィア様の失踪であるだけで」
私は、広間へ通され、ここでお待ちください、とだけライアは伝えて、どこかへ行ってしまった。
今、父と義母は出かけているらしい。呼びにってくるとライアは言っていた。
はあ。それにしても、変わってしまったな。
上から、バタバタと誰かが降りてくる音がした。
「お姉さまっ!?」
上から降りてきたのは、長い金色の髪を垂れ流した美少女。ただ、その髪には艶がない。身につけている物も、何かが古かったり、壊れかけていたり、継ぎ接ぎだったり。
「・・・・・・アイティラ?」
ああ。これはまさか。感動の姉妹の再会?
「・・・・・・よく・・・・・・」
「どうしたの?」
「よく、のこのこと帰ってこられましたわね!!」
「・・・・・・えっ?」
違いました。成長しても妹の中身は全く変わっておりませんでした。予想はしていたけど。
「お姉さまが出て行ってから、私たちがどれだけ苦労したと!?王家からの信頼はなくなり。それだけでなく、他の貴族の方々からの信頼もなくなり。使用人たちも私たちが与えてやった恩を忘れて皆出ていきましたわ」
私がいなくなってから、そんなことがあったのか。知っていたけど。
周りの人から見れば、今の私は、とても親不孝な娘だと、冷たい娘だと思われるでしょうね。でも、この家が落ちぶれたのは、私のせいだけではない。お義母さまやお父さまが、犯罪がまい、いや。犯罪に手を染めていたから。この暮らしを、当たり前だと思って、使用人を、大切にしてこなかった罰が当たったのよ。
「家の位は下げられ、私の婚約者からは婚約破棄を告げられましたわ。落ちぶれた貴族令嬢をもらってくれる人などいないですし、お母さまは私を叔母の元へ養女に出すと言っています。この私が、男爵令嬢になるのですよ!?ああ。これからこの先、どうやって生きていけば良いのでしょう」
あら。私の妹は、悲劇のヒロインぶるようになってしまったようですね。
ただ、義母や父が、アイティラは手放さないと思っていたから、そこだけはちょっと驚き。
「終いには、お父さまとお母さまが犯罪に手を染めているなどという冤罪までかけられてしまいましたわ。王家や他の貴族の方々は、頭も狂っていらっしゃいます。どうにかして生きていかないといけない、ということで、私のドレスも、装飾品も、化粧品も、私の大切にしていた何もかも全てを、売ってしまったのです!!」
「今までなんでも買ってくださったお父さまやお母さまも、なにも買ってくれなくなりました。豪華な食事も、いまやパンとスープのみ。こんな、こんな!!お父さま、お母さま、そして、私の人生を狂わせたのは、お姉さまです!!それなのにお姉さまは、のこのこと帰ってきて。しかも、結構いい暮らしをされていたようですね。お姉さまが6年もいなかったのに、王太子さまはいっこうに婚約破棄をする気配はない。ずるいですわ!!お姉さまだけ。お姉さまだけっ!!どうやって責任を取るおつもりですかっ!!」
「そもそも、お姉さまがラファエル様の婚約者になったのがおかしいですわ。なぜ、こんな気味の悪い見た目のお姉さまをお選びになったのでしょう。本当なら、私が選ばれたはずです!!そうです!!お姉さま、今までどこへ行かれていたのですか!!」
はい。それが正当な質問です。
「確かに、あなたになにも言わずに家を出たのは、悪かったと思っています。私が家を出たら、こうなると知っていて、それでも、あなたたちを置いて出ていったことも」
「じゃあ、なんで!!」
「なんで、助けてくれなかったの・ですか。なんで、私だけこんな辛い思いをしなければならない、ですか?」
「・・・・・・くっ」
「私が、この家に帰ってきたのは、ライトフォードの名を捨てるためよ」
「なっ!ずるいわ!!お姉さまだけ、逃げるというの!?」
「ええ。そうね。周りから見た私は、家を捨てる冷血な娘だと思われることでしょう。でもね、私はこの家を、自分の家だと思ったことはない。あなたもそうでしょう?私を、自分の実の姉だと思ったことは一度もないでしょう?」
「そ、そんなことは!!」
「いや。あったのかもね。私は出来損ないの、愛されない、ダメな姉だと思ったことは、あったのかもね」
私たちは、小さい頃にできなかった、姉妹喧嘩をしているのかもね。
「私が、この家に残って、お父さまたちの言いなりになって、ラファエル様の婚約者であり続けたとして、この家が破滅するのは、そう遅くはなかったと思うわ。どちらにせよ、この家は破滅する運命にあったのよ。それが、早まっただけ」
そう。どちらにせよ、悪役令嬢である私は断罪され、この家の悪事も暴かれ、遅かれ早かれ、この家は破滅する運命にあった。
「私は、お父さまやお義母さまに申し訳ないとは思わない。ただ、あなたには、少しだけ。申し訳ないと思っているわ。けれど、あなたには、まだ未来があって、あなたの容姿なら、社交界でもひくて数多でしょう?」
「・・・・・・誰が、落ちこぼれ令嬢なんかを・・・・・・」
アイティラは、目に涙を溜めている。そうだ。忘れていたけれど、彼女はまだ14歳。前世ではまだ、義務教育をも終わっていない、まだ、甘え盛りの年齢なのだ。
「落ちこぼれ令嬢?」
アイティラは、フッと自嘲するように笑った。
「お姉さまは知らないでしょうね。私が今、社交の場でなんと呼ばれているか。“落ちこぼれ令嬢”ですよ。私も、お父さまも、お母さまも、この家も、お姉さまがいなくなった途端に、成り立たなくなった。反対に、お姉さまはなんと呼ばれているか知っていますか?“幻姫”ですよ?王太子の婚約者でありながら、社交界へは全く出てこず、表向きには病弱で部屋から出られないとなっていますが、巷では、誘拐されて殺された、という噂もある、御令嬢。ただ、幻というだけ、とても美しく、見た人を全員惚れさせると」
え。なにそれ。確かに、フアンシドに初めて会った時、幻姫って言ってたけど、マジでか。
「皮肉よねえ。あんなにお姉さまのことを嫌っていたお父さまとお母さまが、お姉さまが戻ってきたら、爵位を返すというラファエル様の言葉で、血眼になってお姉さまを探しているわ」
「あなたは・・・・・・。どうしたいの?これから」
多分、リュカだけが気づいていた。一つだけ。一つだけ。家出を決意した時、一つだけ、私には、心残りがあった。
アイティラのことだ。彼女は、世間を知らずに、お父さまとお母さまに甘やかされて育てられたせいで、こんな性格になってしまっただけで、本当は、純粋で、優しい子なのだろうと思う。
私は、前世から、妹が欲しかった。父はいないし、母もいない。兄弟がいたら、どんなにいいだろうと。そんな私の事情で、アイティラの人生を半壊させてしまったのだけれど。
「あなたが、どうしたいのかを教えて。あなたはこれから、お父さまとお母さまの言いなりになって、男爵家にいくの?あなたは、どうしたいの?」
「私?私は・・・・・・。そんなの、お姉さまに関係ないでしょう!?」
あら。逆ギレ。
「そうですか。なら、あなたに一つ。もしも、男爵家の生活が嫌になったら、私を頼って」
「なっ!?なに様のつもりよ」
「お姉さまよ」
アイティラは、何かに気づいたというように、ずっと下を向いていた顔を、上げた。
「私は、あなたたち家族を捨てた、親不孝な、冷たい姉なのかもしれない。いや、実際そうね。ただ、あなたは、半分だけ、血のつながった、妹なのよ。私は、あなたの父と母を、家族とは思っていないわ。多分、あなたの父と母も、私のことを家族とは思っていないはず。あなたも、私が、姉だなんて、思っていないでしょう?確かに、私はあなたに姉らしいことなんて、一つもできなかったし、しなかったわ。最低な姉よね。本当。あなたにお姉さまと呼ばれる資格もないわ」
ほんっとうに、最低な姉ね。もう少し、彼女に寄り添っていたら。何かが、変わったのかしら。
「・・・・・・違う。違うわ。お姉さま。私が、私が!!ちゃんと、お姉さまを見ていたら。お姉さまは、気味悪くなんてない。むしろその逆。とても美しいわ。私が、それを、認めたくなかったから。いつか、お母さまを、お姉さまに、取られてしまうような気がして。だから、お母さまが、お姉さまは気味が悪い。お前が1番よ、って言ってくれた時、お姉さまを馬鹿にすれば、私はもっと、お母さまに好かれると、思ったから」
「・・・・・・アイティラ」
お姉さまは、綺麗で大きい、ぱっちりとした赤い目を、さらにもっと大きく見開いて、意外だというような顔をした。
私は、本当は。お姉さまともっとお話がしたかった。でも、この家が、お姉さまは異物だというように扱っていたから、それに少しでも違う行動を取ったら、今度は私が、異物のような存在になってしまうのが、怖かった。
お姉さまは、綺麗だ。女神だと思うほどに。ラファエル様が、一目惚れしたのだって、納得がいく。頭が良くて、綺麗で、外見だけではなく、心も綺麗で。こんな姉がいて、羨ましいでしょって、誰かに自慢したいほどに。
だから、お姉さまが、いなくなった時、いなくなったという悲しみと、捨てられたんだという悔しさと、憎しみと、訳のわからない感情で、ごちゃごちゃになった。ごちゃごちゃになったのは感情だけじゃなくて。家も、お父さまも、お母さまも、全部が、ごちゃごちゃになった。
今、お姉さまが、私のことを、妹だと言ってくれて、嬉しかった。何かあったら、頼ってねと言ってくれて、嬉しかった。
本当は、もっと、言いたいことがある。なんで、置いていったの?なんで、言ってくれなかったの?今まで、どこで、なにをしていたの?
また、私を、捨てるの?置いていくの?
ああ。私にいう訳ないか。あの頃の私は、お母さまを取られたくない一心で、お姉さまを、散々罵ったから。
「・・・・・・。お姉さまは、私を恨んだことは、ないのですか?」
「え?」
「私は、お母さまの娘です。お母さまは、お姉さまのことを嫌っていて。私は、そんなお母さまと一緒に、お姉さまを嫌ったりして・・・・・・。私を!!」
ふわりと花のいい香りがして。気がつくと私は、お姉さまに抱きしめられていた。
「ごめんなさい。私。勘違いをしていたようね。いや、やっぱり、って感じかしら?あなたは、とても心優しい子よ。ごめんなさいね。今まで」
「・・・・・・お、ねえ・・・・・・さま」
「私、あなたの姉でいいかしら?」
お姉さまは、自信なさげに、不安そうな顔をして、私に聞いてきた。
その瞬間。なぜか、涙が溢れ出してきた。なんの涙だろう。手をお姉さまの背中に回して、ぎゅっと抱きしめる。ああ。そうか。私は、お姉さまに、認めて欲しかったんだ。ずっと。
「私、も。お姉、さまって、呼んで、も。いいで、すか?」
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