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27話 もう1人の悪役令嬢〈side リュカ〉

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 ~1週間後~

 カラサイム王国の第1王女との初対面。下手な失敗は許されない。が、今は真夜中だ。眠い。眠すぎる。1日24時間しかないのに、最近は3時間寝てるか寝ていないかってところなのに。
 
 はあ、とため息をつきたくなっていた頃。

 「カラサイム王国、第1王女であるグレイシア・デイヴィスさまのご到着です」
 
 真夜中の近所迷惑になりそうなくらい、盛大にラッパの音が鳴った。

 俺たちが待つ大広間にカツカツ、という音を立てて登場した王女は、ふわふわとしている金色の髪の毛に、透き通るような青色の瞳を持っている。間違いなく、美人だ。花のような笑顔を振り撒きながら自然と、だが、洗練された、模範解答のような綺麗なお辞儀をした。

 「お初にお目にかかります。カラサイム王国、第1王女のグレイシア・デイヴィスと申します」
 「長旅、ご苦労だった」
 「ご気遣い、ありがとうございます」
 「・・・・・・・・・・」
 「・・・・・・・・・・」

 別に話すこともなかったのだが、王女、グレイシアも何も発さず、ただただ、気まずい空気が漂うだけだった。

 グレイシアは、長旅で疲れているから、労わってあげたいのは本音だ。道中、俺の正妃、この国の王妃となるであろうグレイシアを見に、国民がたくさん集まったとの報告があったからな。

 そんな俺たちを見て、痺れを切らしたソレイユが、下がらせてあげてくださいと耳打ちをしてきた。

 「下がって良いぞ」
 「かしこまりました」
 
 俺も部屋へ戻ろうと思っていたが、ソレイユが、また、グレイシアさまの元へお渡りになってくださいと耳打ちをしてきた。
 はあとため息をつきたい。本当に。

 「グレイシア。あとで行くから、寝ずに待っておけ」
 
 何もしなくても大きい青色の瞳が、大きく見開かれて、多分、今までで1番の笑みがグレイシアから溢れた。下手に人を集めなくてよかったな、と思う。彼女のその笑みで、卒倒する人間が、いないわけないだろうから。

 ただ、俺は、1番綺麗な人の笑顔を知っているから、無傷だったが。

 これから彼女は、後宮の、泉冷宮せんれいきゅうという部屋へ入れられるだろう。この国の後宮には、というか、大体の国には後宮があり、位によって、部屋の名が決まっている。

 大体、王妃(正妃)が百花宮ひゃっかきゅう。その時の王によって、百花宮に入らない正妃もいるが。そして、2番目が、泉冷宮。大体ここは、結婚前の正妃が入る部屋。そして、海鈴宮かいりんきゅう草蓮宮そうれんきゅうと、大体、彼女たちの親の地位によって、彼女たちの後宮での地位も決まってくる。

 だが、俺は、妃は1人も娶る気はない。だから、ソレイユと内密に、後宮の撤廃を提案している。この国の法律として、緊急時以外で、何かを変える時、決断するときは、王の一存では決めることができない。国王、公爵家、侯爵家、伯爵家、子爵家、男爵家。五等爵と呼ばれるこの5家の内、3家の賛成を得ることができなければ、命令を下すことができないのだ。

 
 コンコンと、ノックをして、彼女の部屋に入る。

 「お待ちしておりました」

 ふわりと笑みを浮かべるグレイシア。豪華なドレスではなく、今は寝巻き1枚に、上からストールを羽織っている。今は真夜中で、彼女は多分、とても疲れている。それでも、そんな素振りを見せないのは、1国の王女としての誇りか。

 「待たせたな」
 「大丈夫です。心の覚悟はできています」
 
 ギュッと寝巻きを握りしめている。

 「違う。ただ、話したいことがあっただけだ」
 「・・・・・・しないのですか?」
 「ああ。お前に、伝えなければならないことがある」
 
 俺の真剣な表情を見て悟ったのだろう。彼女はなぜか、直立不動の姿勢をとった。

 「・・・・・・。座って、くれないか?」
 「え、あ。はい。すいません。わかりました」
 
 緊張しているのか、動きがぎこちない。

 「いいか?」
 「はい」
 「まず、俺は、お前を抱くことはない」
 「・・・・・・訳を、お聞きしても?」
 「俺には、大切な人がいる」
 「・・・・・・。そう、なのですか」
 「それに、すでに汚れてしまった俺が、お前のような綺麗なものを、汚すことはできないし、俺の後を、継がせたくない」
 「・・・・・・それは、カラサイムの血が混じった子を、ということですか?」
 「それも、ある。だが、血に塗れた王家は、俺で終わりにしたい」
 「そう、ですか」
 「だから、俺が、お前を好きになることはないし、愛することもない。だが・・・・・・」
 
 お前がもし、この婚約が嫌だというのなら、俺から破棄しよう、と言おうと思ったのだが。

 「本当ですか!?なら、大丈夫です。私、もうすでに心に決めた人がいるので」 
 「そうなのか?」
 「ええ。そうです。その方は、身も心も美しくて、強くて、そして、気高い。私の憧れです」
 「そ、そうなのか」
 「ええ。そうです。会いたくて、会いたくて、身も心も焦がれているのですが、いまだに、会うことができない」
 「会わせて、やろうか?」
 「いいのですか!?」

 大人しい王女だと思っていたのだが、その反応は、普通のどこにでもいる少女のような反応だ。

 それに気づいたのか、グレイシアはしまった、というような顔をして、よろしいのですか?と言い直した。

 「ああ。俺が知っている人ならば」
 「知っているのかはわかりませんが」
 「まあ、いい。そいつの名前は?」
 「ソフィア・ライトフォードさまです」
 
 ・・・・・・ソフィア?

 「・・・・・・すまない、もう一度いいか?」
 「ええ。ソフィア・ライトフォードさまです」
 

 聞き間違いかと思ったが、そうでもなかった。

 「ソフィアか?」
 「あら。知っておられるのですか?私、知らないと思っていました」
 「あ、ああ。サライファル王国へ行った時に」
 「そうなのですか!?では知っていますよね。あの美しいストレートの銀色の髪の毛に、吸い込まれそうな赤色の瞳。ご令嬢の鏡であるのに、家では虐げられ。それでも、負けず、戦うさまを」

 知っている。知っている。よく、知っている。

 「私、その姿に、惚れてしまって」
 「・・・・・・聞いた話だと、お前は、カラサイム王国から外へ出たことがないそうだが。なぜ、そんなにソフィアを知っているんだ?」
 
 そう聞くと、彼女は、何かを決心したように、不思議な話をしますが、聞いてくださいますか?と聞いてきた。

 「ああ」
 「実は、私、前世の記憶があるんです」
 「前世の?」
 「ええ。そうです。私が、グレイシアとして生まれてくる前の記憶が。そこでは、“日本“といって、国王はいないし、こんな動きずらい服装もしていないし、魔法も使えないし、もちろん戦争もない、平和な国でした。そこに、“巫女戦“っていう漫画・・・・・・本があって、そこに、ソフィアさまが登場されていたんです。ヒロインを虐める、悪役令嬢として」
 「アクヤクレイジョウ?」

 悪役令嬢。たまに、ソフィアから出る単語だった。寝ている時の寝言とか、追い詰められた時とかに、悪役令嬢にはなりたくない、とか、こんな時に悪役令嬢が登場するのよね、とか。

 「ええ。悪役令嬢としてのソフィアさまは、ヒロインが攻略対象者と結ばれた際、必ずといってもいいほど、必ず、死にます」
 「死ぬのか!?」
 「え、あ。はい。死に方は異なるのですが、ヒロインが、サライファル王国の第2王子、ラファエルさまとくっついてしまった場合、リュカさまに殺されてしまいます」
 「俺が?殺すのか?」
 「ええ。でも、その本ではリュカさまは行方不明の王子で、としか書かれていませんでした。ラビンス王国の王は、テオさまであったはずなのですが・・・・・・」
 「その、ヒロインや、コウリャクタイショウとは、なんだ?」

 それらの単語も、ソフィアから出る単語だった。

 「ああ。ヒロインというのは、その本の主人公で、攻略対象というのは、王子さまとか、イケメン男子のことです」
 「ミコセンとはなんだ?」
 「えー。ざっくり説明しますと、ヒロインが、王子さまとか、イケメン男子をこう、墜とす?惚れさせて、結婚するみたいな話です。で、ソフィアさまは、王子さまの婚約者で、王子さまがヒロインに惚れていくのに嫉妬して、ヒロインをいじめて、最後に王子さまに断罪される、みたいな」 
 「では、俺たちは、その、ミコセンとかいう話の、登場人物だと?」
 「ええ。そんな感じです。でも、まあ、なんか、原作と違った感じがありますけど。で、私は、原作の中で見ていたソフィアさまに惚れ、私も、悪役令嬢になってみたいと思ったのですが、難しそうですね。あ、私みたいな人のことを、前世では、“転生者“っていうんですよ」

 彼女が1人興奮している中。俺の頭の中は、混乱状態だった。

 俺が、ソフィアを、殺す?ソフィアは、死ぬ?だとすると、あの時誘惑の森で見た光景は、俺が、殺そうと?ソフィアを?世界で、1番大切な人を?
 
 俺たちは、作られていた?誰に?運命は決まっているのか?どういう?

 「あの、大丈夫ですか?」
 「あ、ああ。一つ、質問していいか?ヒロインは、誰だ?」
 「えーっと、セレン?でしたよ?」
 
 セレン。俺に色目を使ってきた、あの女か。異世界から来たという。

 「異世界から、来た女か?」
 「ええ。そうです!!その異世界っていうのが、私がいた、日本なんですよ」
 「そう、なのか」

 悪役令嬢、ヒロイン、攻略対象。ソフィアが、ラファエルから執拗に離れたかった理由わけ。ソフィアが、俺の記憶を封印した理由。ソフィアが、この国にはない知識や言葉を知っている理由。

 ソフィアは、いや、ソフィアも、転生者だった?

 だから、俺を保護して、自分が死なないようにしていた?恩を売って、自分が生き延びるために?

 いや。違う。それでも、ソフィアが俺に向けてくれた優しさは、全て、本物だった。

 「私の話、信じてくれますか?」
 「・・・・・・ああ。信じよう」
 「本当ですか!?」
 「ああ。もし、お前が嫌なら、婚約破棄をしようと思っていたが、やめだ」
 「えっ?」
 「俺の、仮の妃となれ。形だけでいい。どうせ婚約破棄をしても、また何人も送られてくるだろう。面倒臭い」

 彼女をふわりと持ち上げ、ベッドへ下ろす。
 
 「前言撤回だ」

 キスはしない。ただ、形だけ。自分の何かを、罪悪感で埋めるように、その夜、俺は、グレイシアを抱いた。 
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