氷の君主は、紅の騎士と腹黒宰相に捕らわれ支配される

星野 千織

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最終話IF:氷の君主、鳥籠を統べる(2)

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 もはや夜は、恐ろしい沼ではなくなっていた。

 かつての俺にとって夜は、汚泥へ沈むような、底の見えない闇だった。
 触れられるたび、囁かれるたび、俺という存在が薄れてゆくようで、救いの光などどこにもなかった。

 ──だが今は違う。

 異世界に転生した直後。
 物語の中で悲劇の果てに死ぬ君主へと生まれ変わったと悟った瞬間、胸の内を満たしたのは圧倒的な絶望だった。

 目の前に立つのは、物語の中で俺が「愛し、憧れ、そして恐れていた」登場人物たち。
 彼らの前座のように悲劇の最期を迎えると知っていたからこそ、その存在は希望ではなく、恐怖に等しかった。

 だが──あの瞬間の絶望に比べれば。

 すこしばかり愛に狂い、軌道を外れ、俺に執着しすぎた「愛しい登場人物たち」を御することなど、造作もない。

 少なくとも、もはや死の気配に怯える必要はない。
 死神の影よりも、彼ら自身の欲望を、俺は熟知している。

 野獣には手綱を。
 暴走する心には、絶えず揺らめく蜜と枷を。

 人の心を操る術など、とうの昔に身につけている。

 ならば──
 この夜もまた、俺の掌で静かに支配してみせよう。

 ◆


 薄闇に沈む寝室へ、二つの影が揺れた。
 その気配を感じた瞬間、俺は抗わない。屈したのではない──その先を、自らの意志で選び取ったのだ。

 静かに寝台へ身を横たえ、彼らが望むがままに白い肢体を晒す。
 まるで献じられた供物のように──。

 俺のこの姿ひとつで、彼らという獣は簡単に狂い、燃え上がる。

 昼間の宣言どおり、まず俺はライオネルへと手を伸ばした。
 獲物を前にした獣のような鋭い眼差しが俺を捕らえ、今にも喰らい尽くそうと身を乗り出す。

 だが俺は、その熱を指先ひとつで制した。
 絡め取るように、彼の指を掴む。

「……セレスティン様……っ」

 肩口へ落ちる声は甘く震え、息がかかる距離にあるのに、ひざまずく忠誠心そのままの響きだった。
 強靭な腕が俺の背を求め、獣の衝動が喉の奥で唸りを上げる。

 だが──動こうとした瞬間、俺は絡めた指でわずかに押し返した。

「まだだ、ライオネル」

 囁いた途端、彼の身体が震える。
 勢い任せに触れようとした手は、俺の指先だけで手綱のように制されていた。

 ライオネルは息を呑み、そして目を伏せる。

「……は、陛下の……お望みのままに」

 抗いようのない悦びを滲ませながら、かすれた声でそう呟く。
 それは、支配される快楽に酔い痴れる者の声音だ。

 その背後から、アシュレイがそっと肩に触れた。
 月光のような銀髪が頬をかすめる。

 俺はその肌をくすぐる甘い刺激に喉の奥で含むように笑う。
 だが、その笑みの奥には冷徹な意志が宿っていた。

 アシュレイへ微かに視線を向け、甘く誘うように微笑む。
 同時に大人しくをしているライオネルの視線を捉えたまま、頬をよせ、肌を合わせて熱を染み渡らせる。俺の黒髪がライオネルの肌をくすぐり、それがさらに官能を引き寄せる。
 指先を封じたまま、俺はライオネルに身を預けて、彼の動揺する鼓動を感じていた。

 背後から、アシュレイの指先が肌をなぞるたび、熱が全身に散り、吐息交じりの笑みが漏れた。
 そのささやかな反応ひとつで、彼の欲望が荒ぶるのが分かる。
 だが今宵の彼は、恥辱や屈服を与える側ではない。
 俺が甘美に操る“前戯の相手”でしかなかった。

「……ああ、陛下。これほどまでに、魅了してくださるとは」

 アシュレイの瞳は狂気じみた愉悦に揺れ、俺の官能的な表情を捉えて離さない。
 だが、俺の視線は何度もライオネルに戻る。
 上位者として手綱を握り、従順な騎士に最後まで施しを与えるために。

 やがて俺は、ライオネルに触れ、静かに告げた。

「……来い、ライオネル」

 ただそれだけで、彼の全身がびくりと震える。
 抑え込んでいた獣の衝動が一瞬で昂り、同時に忠誠心が膝を折らせる。
 彼はゆっくりと身を寄せ、ひざまずく騎士の姿勢で俺の前に身を沈めた。

 普段の彼なら、激情のままに俺を抱き伏せ、荒々しい体位へと引き込んでいく。
 だが今宵は違う。

 俺が望めば──獣は、こんなにも従順に「待て」ができる。

 その従順さが愛おしくて、俺は指先で彼の顎を持ち上げた。

「いい子だ、ライオネル」

 褒められた瞬間、彼の瞳が蕩ける。
 そして、許された犬のように、喉奥で押し殺した声が漏れた。

 ゆっくりと俺は寝台へ身を預け、腰を引き寄せられるままに脚を開いた。
 これは屈服ではない。
 ――俺が騎士に与える、褒美だ。

「あぁ……陛下……セレスティン陛下……!」
「今夜は……この姿でお前の愛を楽しませてくれ」
「っ……仰せのままに」

 正常位──普段は決して与えられない、彼が最も欲していた「正統」で「穏やか」な体位。
 力づくではなく、俺の意志で、彼に授ける。

 ライオネルの息が止まった。

 指先が震えながら俺の腰を抱き寄せる。
 彼は慎重に、まるで壊れ物に触れるように身体を重ねてきた。

「……っ、セレスティン様……」

 俺は彼の頬へ手を添え、逃げ場を与えぬように視線を絡め続けた。

「目を逸らすな。最後まで……私だけを見ろ」

 その命令が堪らないのか、ライオネルは震えながら深く息を吸い、ゆっくりと腰を押し入れてくる。

 衝動はある。
 欲望は煮え滾っている。
 だが、俺の“許し”がある限り、彼は暴走しない。

 正面から見つめあう穏やかな形は、彼にとってはむしろ残酷なほど甘美だった。

「……いい……そのまま。
 お前は今日、よく我慢した。褒美として……全部、受け取らせてやる」

 囁くたび、ライオネルは俺の言葉に溺れた。
 従順に、そして必死に──与えられた褒美を抱きしめるように、俺を満たしていく。
 熱く脈動する肉の塊が、粘膜を抉じ開けるように深く抉る。
 湧き上がる快楽のうねりに、俺は素直に喘いで見せると、するりと足を腰へと絡ませる。
 密着する腰は深く、だがいつもよりも緩やかな律動。

 俺は彼の背に腕を回し、ほんの少しだけ身体を預けた。
 その仕草ひとつが、彼には耐えがたいほどの甘い許しになる。

「……セレスティン様……っ……誠に……誠に……」

「ん、あっ……ライオネル……はぁっ、私の……騎士……」

 その一言に、彼は完全に落ち、完全に従った。

 正常位はただの体位ではない。
 俺が主導権を取り戻した夜に、騎士へ与えた──最も深い褒美だった。

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