【完結】お忍びで占い師やってたら王子から「婚約破棄したい」と相談されました

文字の大きさ
16 / 18

16.愛

しおりを挟む
 レイス様に……なぜ惹かれたのか?

 唐突に投げかけられたデカント様の問いに、私は答えることができず黙り込んでしまう。
 どうしてレイス様を好きになったのかなんて、今まで考えたことすらなかったから。初めて誰かからそこを突かれたせいか、突然胸に棘が刺さったような感覚に襲われる。

 私は占い師として、色々な人と向き合ってきた。

 何を考えているのか。
 何を悩んでいるのか。
 本心はどう感じているのか。

 目の前の相談者に対して様々な問い掛けを駆使し、解決出来るよう必死にやってきた。

 でも、いざ自分の本心のことになると……全然わからない。他でもなく、誰よりも自分と向き合えるはずなのに――。

 デカント様が、なかなか返答を見つけられない私から視線を外し、レイス様が眠るベッドに腰掛けると、遠い目をして窓の外を眺めた。

「レイスは……昔から全く変わらないな」

「昔……ですか?」

「ああ」

 デカント様はそう短く返事をすると、過去にあった“ある出来事“について語り始めた――。
 
 七年前。

 歴史の中でも類を見ない“大雨“が国を襲った時があった。川が氾濫して大洪水が発生し、王宮にいた私達も家族と共に急いで馬車に乗り込み、安全地帯へ向けて避難していた。

「レイス、どうかしたのか?」

「お兄様……あれ」

 レイスが指差した先に視線を送ると、激流の川に流される幼い少年が溺れかけていた。

「あ、子供が!」


 私がそう叫んだ途端――レイスはすでに馬車から飛び降りていた。


 父上が血相を変えて窓から身を乗り出し「レイスよせ、もう間に合わん!!」と声を荒げたが、当時から俊足だったレイスは遥か遠くへ行ってしまい、雨風の影響もあって父の声は届かなかった。

 目を疑うような光景に、当時の私は動けなかった。

 その後、レイスは無事に少年を助けることに成功した。父上はものすごい剣幕で叱りつけたのだが、その時レイスが「ごめんなさい……」と言った後に続けた言葉は。

『気付いたら……体が勝手に動いてました』

 私はレイスに劣等感を感じてしまった。自分に“ないもの“を持っていたから。こいつの方が“王に向いているのではないか……“と、私は感じていた――。

「アイシャ君と婚約したのは、そんな男なんだ。他の人など、なりふり構わず突っ走ってしまう。“愚直“と言えるほど、周りが見えなくなる馬鹿な奴なんだ」

「そうだったのですね……」

 そんな話……初めて聞いた。幼い頃の話は、お互いたくさんしたはずなのに。汽車を追いかけてきていた時の、彼の顔が脳裏に蘇ってくる。

「そしてアイシャ君は今……“どうしてレイスが好きなのか“分からず悩んでいるのだろう。どうかな?」

「……はい」

「そうか。だが、それは仕方のないことだ。なぜなら君は、レイスを“好き“なのではなく……“愛している“のだからな」

 ……愛……?

「これから話すことは私の持論だから、軽く聞き流してくれて構わない。

愛とは“見返りを求めない自己犠牲“だ。

君は、レイスから散々なことをされたにも関わらず、再度婚約を受け入れた。そして慰謝料を要求することもなく、こいつの的外れな贖罪に対して我慢し、耐えようとしている……これを“愛“と呼ばずして何と言うのだ?」

 見返りを求めない……自己犠牲。

「人生は羅針盤のない大航海だ。色々と失敗して学べば良い。二人とも未熟な者同士、同じ方向を向いて歩くんだ。大丈夫……顔を上げて見渡せば、君達の味方になってくれる者は必ずいるのだから。私が保証しよう」

「はい……ありがとう……ございます」

 ハンカチで溢れる涙を拭きながらお辞儀をすると、デカント様は背筋を伸ばす仕草をした。

「さて……要求されている慰謝料についてだが、困ったことには支払能力がない。ということで、オリヴィアには私が代わりに支払おう。う~ん、しめて……金貨千万といったところか」

「デ、デカント様!? 何をおっしゃって――」

 慌てた私の言葉を遮るように、デカント様が手を挙げる。

 デカント様は王室での執務を全うしながらも、私営で軍事用兵器開発工場を所有している。
 父君の王が慰謝料を肩代わりしてしまうと、公金から支払われることになってしまう。デカント様はオリヴィアの慰謝料を、完全に私財から出費するおつもりらしい――。

「君とオリヴィアが“大親友“というのなら、私とレイスは“血を分けた兄弟“だ。こいつの痛みは、分かち合わなければならない。このことは他言無用で頼む。……無論、レイスにもな。もし知られてしまったら『余計なことをするな!』と騒ぎ立ててくるから面倒だ」

「し、しかしデカント様。お言葉ですが、金貨千万というのは計算が合わないように思えます……」

 そう意見した私に対し、デカント様は笑って見せた。

「はははは、いやはや、足し算を間違えてしまったか! では一つ、君に良いことを教えてやろう。

銀の像を傷付けてしまったのなら、金の像を新品で買って返すのさ。

相手からの要求以上を支払うのが“代償の鉄則“だ……覚えておいて損はない。アイシャ君がこの知識を使う時が来るとは思えんがな」

 脱帽してしまった私は、何と“感謝の言葉“を返そうか、どれだけ考えても「……はい」と発することしか出来なかった。
 すると、デカント様が病室の壁に掛けてある時計を見るや否や「あ、しまった」と呟き、急に立ち上がった。

「長居し過ぎた……私はこれで失礼するよ。邪魔をしてすまなかったな」

 デカント様が、背を向けらながら手を振って病室を退出した瞬間――開いた窓から風が吹き込み……真っ白なレースのカーテンがゆるりと揺れた――。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

白い結婚のはずでしたが、理屈で抗った結果すべて自分で詰ませました

鷹 綾
恋愛
「完璧すぎて可愛げがない」 そう言われて王太子から婚約破棄された公爵令嬢ノエリア・ヴァンローゼ。 ――ですが本人は、わざとらしい嘘泣きで 「よ、よ、よ、よ……遊びでしたのね!」 と大騒ぎしつつ、内心は完全に平常運転。 むしろ彼女の目的はただ一つ。 面倒な恋愛も政治的干渉も避け、平穏に生きること。 そのために選んだのは、冷徹で有能な公爵ヴァルデリオとの 「白い結婚」という、完璧に合理的な契約でした。 ――のはずが。 純潔アピール(本人は無自覚)、 排他的な“管理”(本人は合理的判断)、 堂々とした立ち振る舞い(本人は通常運転)。 すべてが「戦略」に見えてしまい、 気づけば周囲は完全包囲。 逃げ道は一つずつ消滅していきます。 本人だけが最後まで言い張ります。 「これは恋ではありませんわ。事故ですの!」 理屈で抗い、理屈で自滅し、 最終的に理屈ごと恋に敗北する―― 無自覚戦略無双ヒロインの、 白い結婚(予定)ラブコメディ。 婚約破棄ざまぁ × コメディ強め × 溺愛必至。 最後に負けるのは、世界ではなく――ヒロイン自身です。 -

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

「陛下、子種を要求します!」~陛下に離縁され追放される七日の間にかなえたい、わたしのたったひとつの願い事。その五年後……~

ぽんた
恋愛
「七日の後に離縁の上、実質上追放を言い渡す。そのあとは、おまえは王都から連れだされることになる。人質であるおまえを断罪したがる連中がいるのでな。信用のおける者に生活できるだけの金貨を渡し、託している。七日間だ。おまえの国を攻略し、おまえを人質に差し出した父王と母后を処分したわが軍が戻ってくる。そのあと、おまえは命以外のすべてを失うことになる」 その日、わたしは内密に告げられた。小国から人質として嫁いだ親子ほど年齢の離れた国王である夫に。 わたしは決意した。ぜったいに願いをかなえよう。たったひとつの望みを陛下にかなえてもらおう。 そう。わたしには陛下から授かりたいものがある。 陛下から与えてほしいたったひとつのものがある。 この物語は、その五年後のこと。 ※ハッピーエンド確約。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。

悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜

咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。 もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。 一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…? ※これはかなり人を選ぶ作品です。 感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。 それでも大丈夫って方は、ぜひ。

【完結】元悪役令嬢は、最推しの旦那様と離縁したい

うり北 うりこ@ざまされ2巻発売中
恋愛
「アルフレッド様、離縁してください!!」  この言葉を婚約者の時から、優に100回は超えて伝えてきた。  けれど、今日も受け入れてもらえることはない。  私の夫であるアルフレッド様は、前世から大好きな私の最推しだ。 推しの幸せが私の幸せ。  本当なら私が幸せにしたかった。  けれど、残念ながら悪役令嬢だった私では、アルフレッド様を幸せにできない。  既に乙女ゲームのエンディングを迎えてしまったけれど、現実はその先も続いていて、ヒロインちゃんがまだ結婚をしていない今なら、十二分に割り込むチャンスがあるはずだ。  アルフレッド様がその気にさえなれば、逆転以外あり得ない。  その時のためにも、私と離縁する必要がある。  アルフレッド様の幸せのために、絶対に離縁してみせるんだから!!  推しである夫が大好きすぎる元悪役令嬢のカタリナと、妻を愛しているのにまったく伝わっていないアルフレッドのラブコメです。 全4話+番外編が1話となっております。 ※苦手な方は、ブラウザバックを推奨しております。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

処理中です...