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第1話 『泥に沈む青き制服』
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その場所は、死と生がもっとも安価に取引される、巨大なすり鉢状の檻だった。
バルバド城、西区訓練場――
通称『アリーナ』。
高く積み上げられた巨石の壁に囲まれた円形の空間は、数多の戦士が流した血を吸い込み、どす黒く変色した土の臭いに満ちていた。擂り鉢の縁を埋め尽くす兵士たちの怒号と口笛が、砂混じりの風に乗って降り注ぐ。
「――出せ。帝国の『最高傑作』だ」
ガンツの野太い声が響くと、錆びついた鉄格子の扉が軋んだ音を立てて開いた。
引きずり出されたのは、一人の女だった。
セシル・フォン・アルトワ。
グランドリア帝国近衛騎士団、筆頭百人隊長。
かつて「帝国の魔剣」とまで謳われ、その一太刀は岩をも断つと言われた名門の騎士。だが今、彼女の首と両手首には、指ほども太い黒鉄の鎖が繋がれていた。その鎖の端は、四人の屈強なバルバド兵が力任せに引いている。
「……っ、ぁ……!」
セシルは泥に塗れた地面を這うようにして、アリーナの中央へと引き出された。
かつて彼女の身を包んでいた、金糸の刺繍が施された鮮やかな青い制服は、すでに無残な切れ端となっていた。帝国の誇りそのものであった重厚な胸当ては奪われ、今の彼女は、薄汚れた麻布のボロを辛うじて身体に纏わせているに過ぎない。
鎖が強く引かれ、彼女は無様に上体を仰け反らされた。
「ほう。泥を舐めても、まだその目は死んでねえな」
ガンツがゆっくりと歩み寄る。
彼のブーツが、セシルの目の前に落ちていた青い制服の「袖」を、執拗に踏みじった。
セシルの視界が、屈辱に赤く染まる。
「貴様……! その服を……汚すな……!」
「服? ああ、このゴミのことか」
ガンツは嘲笑うように、その切れ端を爪先で蹴り飛ばした。
「そんなモン、ここじゃケツを拭く価値もねえ。セシル、貴様はもう騎士じゃねえんだ。今日から貴様は、我が軍の若造どもを磨くための『動く盾(サンドバッグ)』だ」
「盾……だと……?」
「そうだ。殺すには惜しいほどの肉体。帝国が数十年かけて育てた『暴力の結晶』。それを俺たちが美味しくいただく。……おい、始めろ!」
ガンツの合図と共に、セシルの手首を繋いでいた鎖が、不自然なほど「長く」保たれた。自由は奪われているが、半径数メートルの戦闘行動だけは許される――逃げ場のない、残酷な距離。
アリーナに、三人の兵士が降りてきた。
彼らは剥き出しの刃ではなく、重厚な木剣や、革を巻いた棍棒を手にしている。
殺すことが目的ではない。「壊す」ことが目的の武装。
「ひゃはは! これが帝国の騎士様か! 思ったよりいい身体してやがる!」
一人の兵士が、獲物を見定めるように棍棒を肩に担いで近づく。
セシルは、奥歯が砕けるほど噛み締めた。
手首の鎖が重く、冷たい。
だが、彼女の骨の髄に刻まれた戦士の記憶は、死んではいなかった。
「……バルバドの、犬どもが……」
低く、地を這うような声。
兵士の一人が、面白半分に棍棒を振り下ろした。
狙いは彼女の肩。
だが、その瞬間。
――ッ!
鎖の音と共に、セシルの身体が揺らめいた。
紙一重で回避。
それと同時に、彼女は鎖に縛られた両拳を、弾丸のごとき速度で兵士の顎へと突き出した。
鈍い衝撃音。
兵士は悲鳴を上げる暇もなく、巨体を宙に舞わせて地面へと叩きつけられた。
「な……!?」
観客席の嘲笑が、一瞬で凍りついた。
セシルは、荒い息を吐きながら立ち上がる。
鎖がジャラリと鳴る。
泥と汚れにまみれ、衣服は破れ、尊厳をズタズタに引き裂かれてなお、彼女の全身から放たれる闘気は、見る者を圧した。
「たとえ鎖に繋がれようとも……。私は、騎士だ。貴様らのような蛮族に、屈することはない……!」
その瞳に宿る、気高くも激しい青い炎。
ガンツはそれを見下ろし、口角を吊り上げた。
「……いい。最高だ。その目がいつまで保つか、たっぷり試してやるよ」
第二陣、第三陣の兵士たちが、欲望と殺意の混じった視線を向けてアリーナへ降りてくる。
セシルの、長く、果てしない試練が幕を開けた。
彼女はまだ知らなかった。己の「強さ」こそが、これから彼女に与えられる地獄の質を、より過酷なものへと変えていくことを。
バルバド城、西区訓練場――
通称『アリーナ』。
高く積み上げられた巨石の壁に囲まれた円形の空間は、数多の戦士が流した血を吸い込み、どす黒く変色した土の臭いに満ちていた。擂り鉢の縁を埋め尽くす兵士たちの怒号と口笛が、砂混じりの風に乗って降り注ぐ。
「――出せ。帝国の『最高傑作』だ」
ガンツの野太い声が響くと、錆びついた鉄格子の扉が軋んだ音を立てて開いた。
引きずり出されたのは、一人の女だった。
セシル・フォン・アルトワ。
グランドリア帝国近衛騎士団、筆頭百人隊長。
かつて「帝国の魔剣」とまで謳われ、その一太刀は岩をも断つと言われた名門の騎士。だが今、彼女の首と両手首には、指ほども太い黒鉄の鎖が繋がれていた。その鎖の端は、四人の屈強なバルバド兵が力任せに引いている。
「……っ、ぁ……!」
セシルは泥に塗れた地面を這うようにして、アリーナの中央へと引き出された。
かつて彼女の身を包んでいた、金糸の刺繍が施された鮮やかな青い制服は、すでに無残な切れ端となっていた。帝国の誇りそのものであった重厚な胸当ては奪われ、今の彼女は、薄汚れた麻布のボロを辛うじて身体に纏わせているに過ぎない。
鎖が強く引かれ、彼女は無様に上体を仰け反らされた。
「ほう。泥を舐めても、まだその目は死んでねえな」
ガンツがゆっくりと歩み寄る。
彼のブーツが、セシルの目の前に落ちていた青い制服の「袖」を、執拗に踏みじった。
セシルの視界が、屈辱に赤く染まる。
「貴様……! その服を……汚すな……!」
「服? ああ、このゴミのことか」
ガンツは嘲笑うように、その切れ端を爪先で蹴り飛ばした。
「そんなモン、ここじゃケツを拭く価値もねえ。セシル、貴様はもう騎士じゃねえんだ。今日から貴様は、我が軍の若造どもを磨くための『動く盾(サンドバッグ)』だ」
「盾……だと……?」
「そうだ。殺すには惜しいほどの肉体。帝国が数十年かけて育てた『暴力の結晶』。それを俺たちが美味しくいただく。……おい、始めろ!」
ガンツの合図と共に、セシルの手首を繋いでいた鎖が、不自然なほど「長く」保たれた。自由は奪われているが、半径数メートルの戦闘行動だけは許される――逃げ場のない、残酷な距離。
アリーナに、三人の兵士が降りてきた。
彼らは剥き出しの刃ではなく、重厚な木剣や、革を巻いた棍棒を手にしている。
殺すことが目的ではない。「壊す」ことが目的の武装。
「ひゃはは! これが帝国の騎士様か! 思ったよりいい身体してやがる!」
一人の兵士が、獲物を見定めるように棍棒を肩に担いで近づく。
セシルは、奥歯が砕けるほど噛み締めた。
手首の鎖が重く、冷たい。
だが、彼女の骨の髄に刻まれた戦士の記憶は、死んではいなかった。
「……バルバドの、犬どもが……」
低く、地を這うような声。
兵士の一人が、面白半分に棍棒を振り下ろした。
狙いは彼女の肩。
だが、その瞬間。
――ッ!
鎖の音と共に、セシルの身体が揺らめいた。
紙一重で回避。
それと同時に、彼女は鎖に縛られた両拳を、弾丸のごとき速度で兵士の顎へと突き出した。
鈍い衝撃音。
兵士は悲鳴を上げる暇もなく、巨体を宙に舞わせて地面へと叩きつけられた。
「な……!?」
観客席の嘲笑が、一瞬で凍りついた。
セシルは、荒い息を吐きながら立ち上がる。
鎖がジャラリと鳴る。
泥と汚れにまみれ、衣服は破れ、尊厳をズタズタに引き裂かれてなお、彼女の全身から放たれる闘気は、見る者を圧した。
「たとえ鎖に繋がれようとも……。私は、騎士だ。貴様らのような蛮族に、屈することはない……!」
その瞳に宿る、気高くも激しい青い炎。
ガンツはそれを見下ろし、口角を吊り上げた。
「……いい。最高だ。その目がいつまで保つか、たっぷり試してやるよ」
第二陣、第三陣の兵士たちが、欲望と殺意の混じった視線を向けてアリーナへ降りてくる。
セシルの、長く、果てしない試練が幕を開けた。
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