折れた魔剣:筆頭騎士の調教戦場(アリーナ)

猫野 にくきゅう

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第2話 無双の代償

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 陽光が焼けつくようにアリーナの砂を炙っていた。  
 戦いの開始から、すでに二時間が過ぎようとしている。

「……はぁ、……はぁ、……っ!」

 セシルの白い肌は、泥と、己のものではない返り血でどす黒く汚れていた。  

 首から伸びる鎖は、彼女が激しく動くたびにジャラジャラと耳障りな音を立てる。だが、その鎖さえも、今の彼女にとっては凶器の一部だった。手首を繋ぐ鉄輪を盾代わりに棍棒を受け流し、鎖のたわみを利用して敵の足を払う。

 ――ドォォン!

 五人目の兵士が、セシルの回し蹴りを側頭部に受けて崩れ落ちた。  
 白目を剥き、痙攣する男を見下ろす彼女の瞳には、一切の慈悲はない。あるのは、帝国騎士としての矜持、そしてバルバドへの激しい憎悪だけだ。

「……次だ。次を、出せ……!」

 掠れた声でセシルが吠える。  

 アリーナの擂り鉢状の観客席を埋める兵士たちは、先ほどまでの嘲笑を忘れ、息を呑んでその光景を見守っていた。  

 彼らが目にしているのは、単なる捕虜の足掻きではない。
 それは「暴力」という名の芸術だった。武器を奪われ、衣服を裂かれ、鎖に繋がれてなお、彼女は圧倒的な「個」としての武力で、この戦場を支配していたのだ。

 段上の特等席で、ガンツがゆっくりと拍手を送った。

「見事だ、セシル・フォン・アルトワ。筆頭百人隊長の名は伊達じゃねえな。うちの未熟な兵どもじゃ、束になっても貴様の影すら踏めねえ」

「……お世辞は、いい……。殺すなら、今、ここで殺せ……」

「殺す? 冗談を言うな。俺は貴様の『力』に惚れ込んでいるんだ。だが……」

 ガンツが立ち上がり、ゆっくりと階段を降りてアリーナの平地へと降り立つ。  
 彼は足元に転がっている、セシルに叩き伏せられた男たちを無造作に踏み越えた。

「武人として、一つだけ忠告してやろう。バルバドでは『勝った者』がすべてを得る。だが、それは戦場での話だ。……この檻の中では、少しルールが違う」

「……何だと?」

 ガンツはセシルの目の前まで来ると、その逞しくも美しい腹部に、巨大な拳を「置いた」。  

 打撃ではない。
 だが、逃げられない圧力。

「貴様は強すぎる。だから、その強さを削ぎ、バルバドに馴染ませるための『代償』が必要だ」

 ガンツが背後の兵士たちに向かって、不敵な笑みを浮かべながら宣告した。

「おい、野郎ども! 聞け! この誇り高き騎士様は、今日、貴様ら五人を地に這わせた! ――その功績を称え、今夜、特別な『恩賞』を与える!」

 兵士たちの間に、ざわめきが広がる。

「今夜、地下の独房で、セシルの『特別訓練』を行う! 相手は……今日、こいつに無様に叩きのめされた、この五人だ!」

 セシルの心臓が、ドクンと大きく跳ねた。  
 嫌な予感が、冷たい汗となって背中を伝い落ちる。

「な……何を、言っている……?」

「貴様に負けた不甲斐ない男たちだ。そいつらに、今夜たっぷり時間をやる。……『闘技場』では貴様の勝ちだが、『寝所』ではそいつらが主(あるじ)だ」

 ――っ!

 意味を理解した瞬間、セシルの顔から血の気が引いた。  

 つまり、彼女がアリーナで「強さ」を示し、男たちを倒せば倒すほど、夜に自分を蹂躙する「復讐者」が増えるということだ。

 武人として勝つことが、女としての破滅を招く――。

「さあ、喜べ。貴様が倒した男たちは、今、貴様を組み敷くことだけを考えて生き返っている。……情け容赦なく叩き伏せたんだろう? そいつらの憎悪が、夜にどんな形でお前に返ってくるか……楽しみだな」

「やめろ……! そんな、卑劣なことが……!」

「卑劣? 違うな、これは『教育』だ。……己の力が、自分を不幸にする。その絶望を骨の髄まで叩き込んでやるよ」

 ガンツは笑いながら、セシルの首の鎖を乱暴に引いた。  

 膝をつき、砂を噛むセシル。  
 頭上からは、先ほどまで彼女に圧倒されていた兵士たちの、どろりとした欲望に満ちた歓声が降り注ぐ。

 陽が沈み、闇が訪れる。  

 アリーナでの「無双」が終わり、彼女にとっての本当の地獄――
 「夜の訓練」が、今、始まろうとしていた。
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