193cmの孤高なお嬢様に「見つかった」ので、153cmの私は専属騎士(駄犬)に指名されました 。

猫野 にくきゅう

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第一章

第3話 月の支配と太陽のまなざし

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「それにしても、困ったわね。私が密かに小説を投稿していることが、貴女のような子に知られてしまうなんて――」

 重厚なチェロの低音のような声が、地下書架の湿った空気を静かに震わせた。
 困惑を口にしているはずなのに、彼女の口角は、残酷なまでに美しく吊り上がっている。

 その事実に気づいた瞬間、冷たい汗が私の背筋を伝った。

「えっと……わ、私は、誰にも言いません。誓います」

 必死に言葉を紡ぐ。

 だが。

「あら、貴女の言葉をそのまま信じろと言うの?」

 月華さまは、わずかに首を傾げる。

「不用意に学園で噂にでもなれば、すぐにお父さまの耳に届いてしまうわ。そうなれば最後……私の唯一の楽しみは奪われる。この指は二度と物語を紡ぐことを許されない。由緒正しき有栖川の娘として、本の形ならともかく、掃き溜めのような投稿小説など論外だと、檻に閉じ込められてしまうもの」

 自嘲気味に。
 けれど、歌うような節回しで。

 月華さまは淡々と語る。

 大財閥のお嬢様ともなれば、己の空想を羽ばたかせることさえ、許されぬ大罪となり得るらしい。

 声音は静かだった。
 だが、銀色の月光を秘めたようなその眼差しには、獲物を追い詰めた猟師のような愉悦が、冷たく宿っている。

 書架の隙間に漂うカビとインクの匂い。
 それさえも、彼女の暴力的なまでの美しさに塗り潰されていく。

 私は、その圧倒的な質量に押し潰されるように、ただ立ち尽くした。

「あ、あの……本当です。私は絶対に、誰にも言いませんから。お約束します……っ」

 乾いた喉を鳴らし、必死に弁明の言葉を絞り出す。

 しかし。

 彼女の切れ長の瞳が、わずかに細められただけで。
 私の拙い抵抗は、あまりにも容易く一蹴された。

 一九三センチの彼女が、ほんの少し身を屈める。
 その瞬間、その影が私を完全に呑み込んだ。

「貴女の意見は聞いていないわ。これからは、私の指示に従ってもらうから」

 細く長い指が、私の顎を掬い上げるように動く。

「……来なさい。貴女を、私の正式な『所有物(パートナー)』とします」

「えっ……。あ、あの!? パートナー。それって、私が月華さまの『妹』に……?」

 あまりに一方的な宣告。

 私は顎を深く引き、肩をすくめる。
 驚愕に目を見開いた。

 だが、月華さまは意に介さない。

 白く細い。
 けれど、驚くほど長い指で。

 彼女は私の手首を、容赦なく掴んだ。

 がしり、と。

 それは、逃げ場を完全に塞ぐ、檻のような拘束だった。

 指先の骨ばった硬さ。
 薄い皮膚越しに伝わる、生命を削り出すような熱量。

 陽華さまに生き写しの顔立ち。
 だが、彼女よりもはるかに豊潤なラインを描く身体。

 月華さまの存在が、息がかかるほどの至近距離に迫る。

 見上げる私の視界は、シルクの生地に包まれた胸元の、暴力的なまでの起伏に塞がれた。

 怖い。
 間違いなく、この人は危険だ。

 けれど。

 握られた箇所から、痺れるような甘い感覚が全身の血管を駆け巡る。
 それと同時に、私の内なる願望が、狂喜乱舞を止めてくれない。

 ああ、そうなのだ。
 私はいつだって、こうして誰かの「特別」な支配を受けることを、魂のどこかで渇望していたのだから。

「さあ、歩いて」

 短く言い捨てる。

 そして彼女は、私の返事を待たずに踵を返した。

 一九三センチという絶対者の一歩は、あまりにも大きく、速い。
 私のような「背景」同然の外部生は、半ば引きずられるようにして、その背中を追う。

 私の拙い足並みが、彼女の優雅な旋律を乱すことは、決して許されないのだ。

 やがて辿り着いたのは、フローラリア専用のエレベーター。

 無機質な金属の箱に閉じ込められる。
 その瞬間、逃げ場のない密室に、月華さまが纏う月下香(チューベローズ)のむせ返るような甘い香りが充満した。

 隣に立つ巨躯の圧迫感。
 私の頭頂部は、彼女の胸元の豊かな膨らみにさえ届かない。

 沈黙のまま、上層階へと運ばれていく。
 その間も、私の手首を掴む彼女の指の熱だけが、逃れられない運命のように拍動していた。

 やがてエレベーターの扉が滑らかに開く。

 そこは、許可のない普通科の生徒には立ち入りさえ許されない校舎最上階――フローラリア専用エリアだった。

 一歩踏み出した、その瞬間。

 それまでの静寂は、刺すような「視線の群れ」に取って代わられた。

 廊下を行き交う上級生たちが、次々と足を止める。

「あら……あんなところに、どなたか……?」
「嘘、有栖川様? でも、陽華さまではないわ。あの方は、まさか……」
「『姿隠しの姫君』が外においでなんて、珍しいわね」

 驚愕と困惑が入り混じった囁きが、波紋のように広がっていく。

「あの、『姿隠しの姫君』というのは……?」

 思わず問いかける私に、月華さまは淡々と答えた。

「そう呼ばれているのよ。……私は存在感が薄い特異体質だから……」

 普通科の生徒はおろか。
 フローラリアの方々でさえ。

 月華さまという「透明な巨人」の存在を、珍しそうに見つめている。

 そして、手首を掴まれ連れ歩かれる私にも、好奇の視線が容赦なく浴びせられた。

 私は今、この学園で最も謎に包まれた絶対者に、エスコートされている。

 その歪な優越感。
 支配されているという悦び。

 彼女のシルクのドレスが、私の安価なウール混紡のスカートに擦れる。
 質感の差が、太ももをじりじりと焼く。

 恥辱と快楽が混ざり合い、私の膝は情けなく震えた。

 やがて。

 重厚な彫刻が施された黒檀の扉の前に辿り着く。

 そこは、学園最大の派閥『黒百合会(ブラックリリー)』のサロン。

 月華さまは一切の躊躇なく、その重い扉を無造作に押し開いた。

「――お騒がせするわね」

 豪華絢爛なサロン内の会話が、霧が消えるように止まる。

 優雅にソファに腰掛けていた派閥のリーダー、一条椿さま。
 彼女は手にしていた扇を、ゆっくりと閉じた。

 パチン、という乾いた音が、静寂に響く。

「あら、月華。珍しいわね、貴女が自分からここへ顔を出すなんて」

 椿さまの鋭い視線が、月華さまに掴まれた私の手首から、ゆっくりと私の顔へ這い上がる。

 それは品定めなどという生易しいものではない。
 獲物の価値を査定するような、冷徹な重さを帯びていた。

「……それで用件は――その子に関係があるのかしら?」

 問いかけられても、月華さまは傲然と立ち尽くす。

「この子を、私のパートナーにするわ。手続きを済ませて、他の派閥に取られないように、身柄を確保しておいてくださる?」

 サロン内に、氷を落としたような沈黙が流れた。

 誰も見向きもしなかった「最下位の外部生」。
 そして「姿隠しの姫君」。

 月華さまの視線は、もはや私にすら向いていない。
 自らが掴み取った「獲物」の意思など、確認するまでもないのだ。

「待ちなさい。貴女、パートナーなんていらないと言っていたじゃない」

 椿さまが、その勝手を窘めるように声を上げる。

 どうやら、月華さまはこれまで「妹」を作る気などなかったらしい。

 その言葉を聞いた瞬間。
 月華さまの指先に、ぐっ、と力がこもる。
 私の手首の骨が、わずかに軋んだ。

「……事情が変わりました。この子のことが欲しくなったのです」

 一九三センチの絶対者から放たれた。
 あまりにも独善的で、低い吐息のような宣言。

「貴女がそこまで言うのなら考慮するけれど、確約はできないわよ」

 椿さまは呆れたように言う。
 だがその視線には、「この月華を狂わせたのは何者か」と問う鋭さが宿っていた。

 その痛みに、さらに追い打ちをかけるように。
 私は気づいてしまう。

 サロンの奥。

 陽光を背に受けて佇む、憧れの陽華さまの姿に。

 昼間、あんなにも私を眩しく照らしてくれた「太陽」。

 だが今は。
 戸惑いと、どこか他人事のような無関心を湛えて。
 私を静かに見つめている。

 あぁ、と。
 私は熱に浮かされたような吐息を漏らした。

 憧れのお姉さまの目の前で。
 その双子の姉に、家畜のように手首を掴まれ。
 所有物として登録されていく。

 せっかく憧れの人の目に留まったというのに。
 その時にはもう、私は「月」の引力から逃れられぬ影となる定めを負っていた。

 私の野望であった『素敵なお姉さまとの恋愛』は。
 開始数週間にして。

 一人の巨大な「月」による、完全なる支配へと変貌を遂げてしまったのだ。
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