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陰に堕ちた町
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アネモイたちが町の教会に訪れた翌日、神の恩恵をリアから授かったフィルスに明らかな異変が起こった。
まず、アネモイとの世界の再構築の約束を破り、この町の領民として暮らしていくということ。そして・・・。
「私を紅茶に含ませた毒で毒殺しようとはな。だが、神である私にそんなもの効くはずもない。お前らしかなる浅はかさだ」
「ぐっ・・・」
神の力で、フィルスを壁に張り付かせ、身動きを取れなくしたアネモイ。そのフィルスを見つめる目は、刃のごとき鋭さを持っている。
「そう、お前ではないのだろう。だからこそ無性に腹が立つ」
アネモイは腰を入れ、右肘を後ろに引き、攻撃する姿勢をフィルスに取って見せた。
フィルスは改めて、目の前にいるのが神だと自覚させられた。
「アネモイ、待って・・・」
「安心しろ、痛みはない。すぐ終わらせる」
アネモイは右の掌を光らせ、それをフィルスに押し付けた。
フィルスはその衝撃で気を失った。
「さて、お仕置きはこの程度で十分だろう。まったく世話の焼ける」
アネモイはフィルスの抱えると、そのままベッドに横にならせた。そして自身は、部屋の窓に腰掛け、再び町を見下ろす。
「罪のない人間に罪を押し付け、自分はのうのうと高みの見物か。私が守護すべき人間の奇麗な手を汚させそうとした罪、決して重くはない。楽に死ねるとは思うなよ」
数十分後。
「うう・・・」
「起きたか?」
「あれ?ここは?」
フィルスが額に手を置きながら起き上がる。どうやら先ほどまでの記憶が無いわけではないようだ。
「そうだ私、アネモイを殺さなきゃいけないって思って。それで・・・」
ごちゃごちゃに入り混じった記憶の整理がようやく追いついたのか、現状を把握したフィルス。途端に顔を青ざめ、急いでアネモイの方に顔を向けた。
するとアネモイは窓に腰掛けながら、フィルスが淹れた毒入り紅茶の残りを優雅に飲んでいる。
「なんか当てつけのように、私の毒入り紅茶を飲んでる!?」
「これはこれで、癖になる味だ。名づけるならそう、“死神の紅茶”か?」
「やめて!それはもう捨てるから!」
フィルスはアネモイから紅茶を取り上げると、台所の流しに捨て、懸命に食器を洗いだした。
食器を洗い終えたぢフィルスは、まるで町を全力で1周してきたかのような体力の消耗具合を見せる。よほど、自分が起こした過ちを取り消したいようだ。
「はぁ、はぁ・・・食器洗いだけで、これだけ体力を使ったのは初めてかも。ていうか、ひどくない?まるで当てつけみたいに、私の目の前であの紅茶を飲むなんて」
「お前へのお仕置きとしては十分だろう」
「お仕置きって・・・」
「あれほど用心しとけって伝えたにもかかわらず、お前の気軽な性格が用心していた心を解いたんだ。これに懲りたら、警戒というのも覚えるんだな」
「はい・・・」
フィルスは気まずそうに、部屋のベッドに腰掛けた。
「えっとー・・・そのー・・・」
「とりあえずまずは、今の心境を聞かせてくれ。お前は今でも、私との約束より、この町の住民となることを優先したいと考えているのか?」
「考えていない!絶対に!あれは何というか・・・そうしなきゃならないって誰かから言われていたような気がして。それに逆らえなくって・・・」
反省するフィルスを前に、威厳を保っていたアネモイもさすがに表情がわずかに緩む。
「あれが本心でないことが聞けただけで十分だ。それにおかげで、この町に潜む陰に触れることもできたしな」
「陰?何か分かったの?」
「まず、お前が昨日あの教会で受けた儀は、神の恩恵を授かるものではない。儀に見せかけた、ある神術をお前に掛けるためのものだ。それにより、お前はある命令を下された。おおむね内容は、“この町の住民となる”と“私を殺す”の2つといったところか」
それを聞いたフィルスは、思わず鳥肌が立ってしまう。
「それって、私は洗脳されていたってこと?」
「当たらずも遠からず。どちらかといえば、“扇動”と言った方が正しいだろうな」
アネモイが洗脳ではないと結論付けたのは、アネモイを暗殺するやり方があまりにもフィルスらしくないと思ったからだった。
「お前はなぜ、私の暗殺方法に毒を選んだ?」
「それは・・・なんかそうしなきゃならないって思ったから」
「つまり毒を選択したのはお前の意志ではない。だが、神である私に毒など効かない。それは普段のお前なら承知しているはず。不可能だと知りつつ、それでもお前は毒を選択することに疑問すら持たなかった」
「確かに。もし私がアネモイの殺害を命じられたとすれば・・・うん。できないって諦めていたと思う」
そこがアネモイが結論付けた、神術の正体だ。
「殺害だけに留まらず、殺害方法まで術者はお前を導いた。洗脳は、意志を書き換えられても、一応本人の意志は残る。だが今回の場合、お前の意志はほとんど乗っ取られていた。本人の意思を無視して、特に疑問も持たせず、まるで操り人形のように支配する。それはもう、洗脳ではなく扇動の類だ」
「そんな・・・それじゃあ、リアが私を?」
「いや、扇動の神術をかけたのはあの娘ではないと私は思う」
表情が暗くなったフィルスの目に、わずかに光が宿る。
「なんでわかるの?」
「こればかりは確信はなく、あくまで予想の範疇だが。あの娘が術をお前に掛けようとした時、あまりにも悲しげな表情が私の疑いの目を曇らせた」
神術とは、その使い手の心を映す鏡のようなもの。使い手が本気で使いたいと願うのならば、それはそのまま形となって現れる。だが反対に、それが己の意と反しているのなら、術のどこかしらに障害が発生するはず。
「お前が私を毒殺しようとする心に迷いなどなかった。つまり扇動の術者の心に、一点の曇りもないことが分かる。だがあの娘の場合、少なくとも、あの表情で術をかければお前の心に多少なりとも自我と抵抗が残るはずだ」
「つまり私が完全に扇動されていたということは、それだけ術者が悪い心を持っているということ。確かにそんな疚しい気持ち、あの子からは感じられなかった」
「もしかしたらあの娘も、利用されている立場なのかもしれんな」
あくまで予想ではあるが、リアが自分を扇動した犯人でない可能性が浮上すると、フィルスは安堵の笑みを浮かべずにはいられなかった。
目尻に溜まった涙を拭うフィリア。だがまだ明かされていない謎が残っている。
「けどだとすれば、いったい誰が私を?」
「そんなの、あの場にいたのはあと1人しかいないだろ?」
「神父・・・」
だがここで、フィルスにある疑問が浮かび上がる。
「でもあの神父さんの神術は“予言”って言ってなかった?」
「お前はいい加減、人を疑うことを知れ」
「ああー、嘘ってことですね。でもでも、その人が2つの神術を持っている可能性だって・・・」
するとアネモイの目が途端に鋭くなる。
「それは世界を設定するうえで私が入念に配慮した部分だ。1人の人間に対し、複数の神術を持つことはない。欲望にまみれた人間に、そんな危険なことさせられるか!」
「そ、そうですか・・・(なに?このアネモイから伝わる危機感は?前にそれによって酷い目にでも遭ったのかな?)」
フィルスは慌てて話題を切り替える。
「そういえば、町の人たちも、あの神父の神術が“予言”だと信じ切っていたよね?なんで自国の領民にも嘘をついているんだろう?」
「物語上の設定として、どうしてもそうせざるを得なかったのだろう」
「物語って?」
「近い将来、疫病によって侵されてしまうこの植民地は、“予言”と“神との対話”を授かった2人の救世主によって救われ、町は平和を取り戻しましたとさ。めでたし、めでたし。という具合のな」
「かなり大雑把だけど、確かにその物語を彼らが創作して実行に移すんだったら、扇動より予言と設定した方が救世主っぽいかも」
「それに暗躍を目的に扇動の神術を使うのであれば、術者は常に注意しておかなければならないことがある。これは扇動に限らず、神経に直接影響を与えるすべての神術に該当することだが」
「なに?」
「それはな・・・」
アネモイは、神経に直接影響を与える神術の唯一の弱点をフィルスに明かす。
「そんな抜け穴があったんだ。確かに暗躍するなら、表には出したくないよね」
するとアネモイは、グールスの神術が設定に固められた嘘であるならば、リアの神術も本当であるかの疑惑が浮かび上がる。
「だがそうなると、もう片方の神術も疑わしくなってきたな」
「でもリアの“神の恩恵”っていう神術に関しては、天界にいる他の神様が恩恵を授けているかもしれないって結論に行きついたじゃん。アネモイもその可能性は捨てきれないとか言ってなかった?」
「あの時はまだな。だが昨日、あの教会で、娘が“リーパー”という神の名を口にした時点で、疑いは確信へと変わった」
「なんで?実在しない神様だから?」
アネモイは首を左右に振った。
「いや、実在はする。だが奴は魂を管理する分野の神だ。かつて天界にてこの世界を設計していた際に、専門分野として世話になった神だが、不愛想の代名詞のような神で、世界の住民への干渉は全くと言っていいほど興味がない。そんな奴が、対話どころか恩恵を与えるなどとても考えられん」
「でもなんでそんな神様の名前がこの世界に存在するの?」
「世界の干渉にこそ興味はなかったが、奴は神一倍承認欲求が激しくてな。創り上げた作品において自分が関わったことを証明せずにはいられない。恐らく私の目の届かないところで、世界の設定に自身の名前を刻んだのだろうな。その証拠に他の国において、リーパーの名を持つ主人公の物語を見たこともある」
「そんな神様もいるんだ・・・」
フィルスはアネモイ以外の神に対し、初めて呆れの表情を見せる。
「とにかく、この町が信仰する物語のほとんどが、英雄を仕立てるための作り話であることが分かった。あとはその作り話の裏に隠された、奴らの目的だな」
「また聞き取りでもするの?」
「いや、それは危険だからやめた方がいい」
「危険って?」
アネモイはフィルスにあることを思い出させようと、クイズ形式の疑問を投げかける。
「さっき私を暗殺に使おうとした毒。お前はどうやって手に入れた?」
「ええっとー、確か・・・宿で働く食堂の人にもらったような・・・あっ!」
フィルスは何かに気付いた。
「その人が都合よく毒を持っていたということは・・・」
「奴が扇動を用いて、その者に毒を用意させたのだろう。この町の領民はすでに、奴の“扇動”の手中だ。下手に動けば、誰に暗殺されるかわかったものではない」
「一気にホラー感増してきたんですけど・・・」
次の手を考えるアネモイ。するとその時、フィルスが突然何かを思い立ったかのように、アネモイにある提案をする。
「リアに話を聞いたらどうかな?」
「あの娘にか?」
「アネモイがさっき言ってた、扇動の落とし穴というのが本当なら、あの子はグールスの扇動には掛かっていないってことだよね?だったら、話を聞く価値は十分にあると思うんだけど」
確かにフィルスの言う通り、リアは扇動に掛かっていない可能性があり、話が通じる相手でもある。フィルスの提案は確かに理には適っている。だがその作戦は、敵陣に直接殴り込みに行くのと同義でもある。
一か八かの、危険と解決が隣り合わせのフィルスの提案。アネモイは必死に頭を悩ませた。そこにフィルスはさらに自分の意見を押し通す。
「それにアネモイは、あの子は利用されている立場かもしれないとも言った。だったら放ってはおけない。自分の意志とは反する生き方を強要されている人を、私は見過ごせない。そういう意味でも私は、あの子と話がしたい!」
それがフィルスの強さだった。かつてアネモイがこの世界のために何をすべきか忘れてしまっていたころ、フィルスはその力強い握力でアネモイを立ち上がらせた。それをまた、他の者に対して使おうとしている。誰でもない自分のために。
その手に救われたアネモイにとって、フィルスのその意志を否定することはできるはずもなかった。
いつの間にかアネモイは、フィルスを敵陣に送り込むことで得られる利点を探し始めていた。
「まあ、この町全土が危険であるなら、唯一神術が掛かっていないあの娘の傍にいるのはむしろ唯一の安全圏とも言えるかもな。それに・・・」
アネモイがちらりと横目でフィルスを見てみると、すでにフィルスは勝機を確信したかのように、どや顔をアネモイに見せつけていた。
その顔を見た瞬間、アネモイの心は折れ、その隙間を埋めるかのように諦めがつく。アネモイはフィルスを敵陣に送り込む決意をした。
「ありがとう!」
「あくまで安全地帯に送るだけだ。決して深追いはするなよ。自覚しているであろうが、お前は“無力”なんだからな」
「わかってるって」
「ったく・・・」
心配であると同時に、アネモイにはどこかフィルスがリアとの交流をきっかけに、大きな風穴を開けてくれるのではないかという期待もあった。
「(それに、どうしてだろうな。お前を見ていると、期待をせざるを得ない気持ちになってしまう。お前は“無力”ではあるが“無能”ではない。お前の他者を思いやる、信頼する前向きな心。それが私の理想とする世界の在り方というのなら、その才能を私に見せてくれ)」
まず、アネモイとの世界の再構築の約束を破り、この町の領民として暮らしていくということ。そして・・・。
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「ぐっ・・・」
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「そう、お前ではないのだろう。だからこそ無性に腹が立つ」
アネモイは腰を入れ、右肘を後ろに引き、攻撃する姿勢をフィルスに取って見せた。
フィルスは改めて、目の前にいるのが神だと自覚させられた。
「アネモイ、待って・・・」
「安心しろ、痛みはない。すぐ終わらせる」
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フィルスはその衝撃で気を失った。
「さて、お仕置きはこの程度で十分だろう。まったく世話の焼ける」
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数十分後。
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「起きたか?」
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「そうだ私、アネモイを殺さなきゃいけないって思って。それで・・・」
ごちゃごちゃに入り混じった記憶の整理がようやく追いついたのか、現状を把握したフィルス。途端に顔を青ざめ、急いでアネモイの方に顔を向けた。
するとアネモイは窓に腰掛けながら、フィルスが淹れた毒入り紅茶の残りを優雅に飲んでいる。
「なんか当てつけのように、私の毒入り紅茶を飲んでる!?」
「これはこれで、癖になる味だ。名づけるならそう、“死神の紅茶”か?」
「やめて!それはもう捨てるから!」
フィルスはアネモイから紅茶を取り上げると、台所の流しに捨て、懸命に食器を洗いだした。
食器を洗い終えたぢフィルスは、まるで町を全力で1周してきたかのような体力の消耗具合を見せる。よほど、自分が起こした過ちを取り消したいようだ。
「はぁ、はぁ・・・食器洗いだけで、これだけ体力を使ったのは初めてかも。ていうか、ひどくない?まるで当てつけみたいに、私の目の前であの紅茶を飲むなんて」
「お前へのお仕置きとしては十分だろう」
「お仕置きって・・・」
「あれほど用心しとけって伝えたにもかかわらず、お前の気軽な性格が用心していた心を解いたんだ。これに懲りたら、警戒というのも覚えるんだな」
「はい・・・」
フィルスは気まずそうに、部屋のベッドに腰掛けた。
「えっとー・・・そのー・・・」
「とりあえずまずは、今の心境を聞かせてくれ。お前は今でも、私との約束より、この町の住民となることを優先したいと考えているのか?」
「考えていない!絶対に!あれは何というか・・・そうしなきゃならないって誰かから言われていたような気がして。それに逆らえなくって・・・」
反省するフィルスを前に、威厳を保っていたアネモイもさすがに表情がわずかに緩む。
「あれが本心でないことが聞けただけで十分だ。それにおかげで、この町に潜む陰に触れることもできたしな」
「陰?何か分かったの?」
「まず、お前が昨日あの教会で受けた儀は、神の恩恵を授かるものではない。儀に見せかけた、ある神術をお前に掛けるためのものだ。それにより、お前はある命令を下された。おおむね内容は、“この町の住民となる”と“私を殺す”の2つといったところか」
それを聞いたフィルスは、思わず鳥肌が立ってしまう。
「それって、私は洗脳されていたってこと?」
「当たらずも遠からず。どちらかといえば、“扇動”と言った方が正しいだろうな」
アネモイが洗脳ではないと結論付けたのは、アネモイを暗殺するやり方があまりにもフィルスらしくないと思ったからだった。
「お前はなぜ、私の暗殺方法に毒を選んだ?」
「それは・・・なんかそうしなきゃならないって思ったから」
「つまり毒を選択したのはお前の意志ではない。だが、神である私に毒など効かない。それは普段のお前なら承知しているはず。不可能だと知りつつ、それでもお前は毒を選択することに疑問すら持たなかった」
「確かに。もし私がアネモイの殺害を命じられたとすれば・・・うん。できないって諦めていたと思う」
そこがアネモイが結論付けた、神術の正体だ。
「殺害だけに留まらず、殺害方法まで術者はお前を導いた。洗脳は、意志を書き換えられても、一応本人の意志は残る。だが今回の場合、お前の意志はほとんど乗っ取られていた。本人の意思を無視して、特に疑問も持たせず、まるで操り人形のように支配する。それはもう、洗脳ではなく扇動の類だ」
「そんな・・・それじゃあ、リアが私を?」
「いや、扇動の神術をかけたのはあの娘ではないと私は思う」
表情が暗くなったフィルスの目に、わずかに光が宿る。
「なんでわかるの?」
「こればかりは確信はなく、あくまで予想の範疇だが。あの娘が術をお前に掛けようとした時、あまりにも悲しげな表情が私の疑いの目を曇らせた」
神術とは、その使い手の心を映す鏡のようなもの。使い手が本気で使いたいと願うのならば、それはそのまま形となって現れる。だが反対に、それが己の意と反しているのなら、術のどこかしらに障害が発生するはず。
「お前が私を毒殺しようとする心に迷いなどなかった。つまり扇動の術者の心に、一点の曇りもないことが分かる。だがあの娘の場合、少なくとも、あの表情で術をかければお前の心に多少なりとも自我と抵抗が残るはずだ」
「つまり私が完全に扇動されていたということは、それだけ術者が悪い心を持っているということ。確かにそんな疚しい気持ち、あの子からは感じられなかった」
「もしかしたらあの娘も、利用されている立場なのかもしれんな」
あくまで予想ではあるが、リアが自分を扇動した犯人でない可能性が浮上すると、フィルスは安堵の笑みを浮かべずにはいられなかった。
目尻に溜まった涙を拭うフィリア。だがまだ明かされていない謎が残っている。
「けどだとすれば、いったい誰が私を?」
「そんなの、あの場にいたのはあと1人しかいないだろ?」
「神父・・・」
だがここで、フィルスにある疑問が浮かび上がる。
「でもあの神父さんの神術は“予言”って言ってなかった?」
「お前はいい加減、人を疑うことを知れ」
「ああー、嘘ってことですね。でもでも、その人が2つの神術を持っている可能性だって・・・」
するとアネモイの目が途端に鋭くなる。
「それは世界を設定するうえで私が入念に配慮した部分だ。1人の人間に対し、複数の神術を持つことはない。欲望にまみれた人間に、そんな危険なことさせられるか!」
「そ、そうですか・・・(なに?このアネモイから伝わる危機感は?前にそれによって酷い目にでも遭ったのかな?)」
フィルスは慌てて話題を切り替える。
「そういえば、町の人たちも、あの神父の神術が“予言”だと信じ切っていたよね?なんで自国の領民にも嘘をついているんだろう?」
「物語上の設定として、どうしてもそうせざるを得なかったのだろう」
「物語って?」
「近い将来、疫病によって侵されてしまうこの植民地は、“予言”と“神との対話”を授かった2人の救世主によって救われ、町は平和を取り戻しましたとさ。めでたし、めでたし。という具合のな」
「かなり大雑把だけど、確かにその物語を彼らが創作して実行に移すんだったら、扇動より予言と設定した方が救世主っぽいかも」
「それに暗躍を目的に扇動の神術を使うのであれば、術者は常に注意しておかなければならないことがある。これは扇動に限らず、神経に直接影響を与えるすべての神術に該当することだが」
「なに?」
「それはな・・・」
アネモイは、神経に直接影響を与える神術の唯一の弱点をフィルスに明かす。
「そんな抜け穴があったんだ。確かに暗躍するなら、表には出したくないよね」
するとアネモイは、グールスの神術が設定に固められた嘘であるならば、リアの神術も本当であるかの疑惑が浮かび上がる。
「だがそうなると、もう片方の神術も疑わしくなってきたな」
「でもリアの“神の恩恵”っていう神術に関しては、天界にいる他の神様が恩恵を授けているかもしれないって結論に行きついたじゃん。アネモイもその可能性は捨てきれないとか言ってなかった?」
「あの時はまだな。だが昨日、あの教会で、娘が“リーパー”という神の名を口にした時点で、疑いは確信へと変わった」
「なんで?実在しない神様だから?」
アネモイは首を左右に振った。
「いや、実在はする。だが奴は魂を管理する分野の神だ。かつて天界にてこの世界を設計していた際に、専門分野として世話になった神だが、不愛想の代名詞のような神で、世界の住民への干渉は全くと言っていいほど興味がない。そんな奴が、対話どころか恩恵を与えるなどとても考えられん」
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「いや、それは危険だからやめた方がいい」
「危険って?」
アネモイはフィルスにあることを思い出させようと、クイズ形式の疑問を投げかける。
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「あの娘にか?」
「アネモイがさっき言ってた、扇動の落とし穴というのが本当なら、あの子はグールスの扇動には掛かっていないってことだよね?だったら、話を聞く価値は十分にあると思うんだけど」
確かにフィルスの言う通り、リアは扇動に掛かっていない可能性があり、話が通じる相手でもある。フィルスの提案は確かに理には適っている。だがその作戦は、敵陣に直接殴り込みに行くのと同義でもある。
一か八かの、危険と解決が隣り合わせのフィルスの提案。アネモイは必死に頭を悩ませた。そこにフィルスはさらに自分の意見を押し通す。
「それにアネモイは、あの子は利用されている立場かもしれないとも言った。だったら放ってはおけない。自分の意志とは反する生き方を強要されている人を、私は見過ごせない。そういう意味でも私は、あの子と話がしたい!」
それがフィルスの強さだった。かつてアネモイがこの世界のために何をすべきか忘れてしまっていたころ、フィルスはその力強い握力でアネモイを立ち上がらせた。それをまた、他の者に対して使おうとしている。誰でもない自分のために。
その手に救われたアネモイにとって、フィルスのその意志を否定することはできるはずもなかった。
いつの間にかアネモイは、フィルスを敵陣に送り込むことで得られる利点を探し始めていた。
「まあ、この町全土が危険であるなら、唯一神術が掛かっていないあの娘の傍にいるのはむしろ唯一の安全圏とも言えるかもな。それに・・・」
アネモイがちらりと横目でフィルスを見てみると、すでにフィルスは勝機を確信したかのように、どや顔をアネモイに見せつけていた。
その顔を見た瞬間、アネモイの心は折れ、その隙間を埋めるかのように諦めがつく。アネモイはフィルスを敵陣に送り込む決意をした。
「ありがとう!」
「あくまで安全地帯に送るだけだ。決して深追いはするなよ。自覚しているであろうが、お前は“無力”なんだからな」
「わかってるって」
「ったく・・・」
心配であると同時に、アネモイにはどこかフィルスがリアとの交流をきっかけに、大きな風穴を開けてくれるのではないかという期待もあった。
「(それに、どうしてだろうな。お前を見ていると、期待をせざるを得ない気持ちになってしまう。お前は“無力”ではあるが“無能”ではない。お前の他者を思いやる、信頼する前向きな心。それが私の理想とする世界の在り方というのなら、その才能を私に見せてくれ)」
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そんな彼女たちの前に、視察団として身分を隠した第三王子レイエスが現れる。王子は、三人が国家級の脅威である魔獣たちを、ただの「遊び」の延長で、一撃のもとに仕留める光景を目の当たりにし、驚愕する。この国の常識を遥かに超えた彼女たちの力は、本人たちにとってはあくまで「日常の遊び」に過ぎなかったのだ。
王子に同行している騎士団長は、自らの部隊が命懸けで挑む難敵を、遊び感覚で仕留める彼女たちの振る舞いに、常に顔を青ざめさせ、胃を痛め、絶叫に近いツッコミを入れ続ける。
レイエスは確信する。各地で活発化する魔獣の脅威を退け、王国の平和を守る鍵は彼女たちの力にあると。しかし、義務や名誉に興味がない自由奔放な彼女たちを、騎士団などの堅苦しい枠に閉じ込めることは不可能だ。そこでレイエスは、一石二鳥の妙案を思いつく。それは、彼女たちを「働かせる」のではなく、討伐対象がいる危険地帯へ「遊び」という名目で誘い出すことだった。
レイエスは親たちへの根回しを完璧に済ませ、再び三人の前に現れる。「褒美に海へ遊びに行こう」という誘いに、三人は、王子様が自分たちを騙して捕まえようとしてるのではないかと疑うが、結局未知なる冒険という名のピクニックへと旅立つことになる。
こうして、規格外の力を持つ三人と、彼女たちを「遊び」で導き、その力を正しく制御しようとする王子の奇妙な旅が始まる。彼女たちが無邪気に遊ぶたび、王国を脅かす難敵は露知らずのうちに駆逐されていく。自覚なき救世主たちのドタバタな日常が、世界の運命を静かに、そして豪快に変えていくのである。
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【2025カドカワBOOKS10周年記念長編コンテスト中間選考通過作品】
・規格外の魔法少女は『遊び』と称して魔獣討伐行ってます!?
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