上 下
1 / 1

思い出が失敗(笑)

しおりを挟む
 東京の下町、どこか大正や昭和初期を思わせるクラッシックな建物を初老の男が訪れた。
 
 カランカランとベルの音を鳴らして扉をくぐる。髪は白髪交じりのグレーでその顔にシワも刻まれているが、足取りは確かで姿勢もいい。なにより身に着けている服装から裕福な生活を送っていることがうかがえる。
 
「いらしゃいませ」

 カウンターの向こうで新聞を読んでいた男が顔を上げる。年の頃は三十過ぎ、伸びた黒髪が片目にかかり、もう片方の目はどこか眠そうな半眼だった。店の雰囲気に合わせてか、古くさいデザインの黒い背広を身に着けている。
 
「ここが春風はるかぜ光画堂で間違いないかね?」

「はい。わたしが店主の田中一郎です」

 老人の問いに店の主人――田中はこたえる。
 
「ここでは普通ではない写真を撮ることが出来ると聞いたのだが……」

 老人は幾分自信なさげにたずねた。
 
「はい、そちらのご用件ですか。写真としてはこの世には存在していなくても、お客様が見たことのある光景なら写真として写すことが出来ます」

「……ならば、二年前に亡くした妻の写真が欲しい。それも若い頃のものだ。あの震災でお互い命はあったものの、家を失い昔のアルバムも紛失してしまった」

「分かりました」

 田中はそう言うと、カウンターの下から黒い一眼レフカメラを取り出した。比較的新しいミラーレスのデジタルカメラだ。
 
「これはお客様が過去に見た映像を、私の〈力〉で写し出すものです。いわゆる〈念写〉ですね。〈ピント〉を合わせるためになるべく当時のことを思い出してください」

「うむ」

 老人はまぶたを閉じ、過去の妻の姿に思いをせる。その老人に向かい、田中はレンズキャップが付いたままのカメラを向けてシャッターを切った。
 
 パシャリ。
 
 カメラの液晶画面に写った着物姿の女性を確認し、老人に手渡す。
 
「お、おお、おおぅ……」

 老人はその写真を見つめ、今にも涙を流しそうな表情で声を漏らす。
 
 しばし写真に見入っていた老人だが、不意にこんなことを言い出した。
 
「その……わしが見たことのある映像を写せるのなら、若い頃の裸の姿も……」

「え!? あ、いや、まあ。そうですけど……」

 田中の老人を見る目が怪しげなものとなる。
 
「料金は通常の十倍払おう!」

 そう言われ、田中は後ろめたくはありながら「まあ、夫婦だったわけだし」と自分を納得させる。
 
 パシャリ。
 
 さすがに映像を確認するわけにもいかず、田中は液晶画面から視線を外して老人にカメラを渡した。
 
「おぅ! おおぅ! おおおおぅ!」

 老人はカメラの写真を見て大興奮だ。そしてさらにこんなことを言い出す。
 
「実は儂と妻は幼馴染おさななじみでね。昔一緒に風呂に入ったことが――」


       ◆


「ありがとうございました」

 映像データを焼いたCD-ROMを渡し、田中は老人を見送る。
 
 そして通報した。
 
――数日後、この老人が児童ポルノ法違反で逮捕された記事が、新聞の片隅に載るのだった。



~END~
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...