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それぞれの後日談 side ソフィア
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ソフィーという使用人がガルバ伯爵の後妻になる為にディバイン公爵家を出てからもうすぐ一年が経つ。そしていよいよ乙女ゲームがスタートするのだ。
ソフィアはこの時を小さな頃から待っていた。特にこの一年は待ち切れなかった。最初のイベントで一気に好感度がMAXになればいい、と今まで以上に自分の美しさに磨きをかけようと美容に力を入れた。
お陰で自慢の髪は艶々と鮮やかな光沢を放ち、緩やかなウェーブは今や螺旋を描くように何もしなくても巻き髪となっている。スッとブラシを通せばスプリングが跳ねるように揺れるほどに。
ソフィーという娘は確か私と同い年だと言っていたわね。もしかしたら編入ではなくて一緒のタイミングで入学するのかしら?
まぁ、同じ学年の方が会う機会が多くなるからイベントを起こしやすくていいかも知れないわね。
基本の攻略対象者以外はこの一年、お茶会で目星をつけている。だから最短で攻略対象者を落として、逆ハールートをオープンさせないとね。
それにしてもこの世界はイケメンで溢れている。下位貴族どころか平民でさえイケメンだらけだ。そのイケメンたち全てが自分の虜になるのかと思うと『乙女ゲーム万歳!』と叫びたくなるわ。
ソフィアは先日、入学準備の為に買い物に出かけた時の事を思い出して一人ニヤけ顔になる。
父は最近不機嫌そうな表情だったり青白い顔をしている事が増えているが、どうせまたお金が無くなって焦っているのだろう。最近は母や私にまでドレスや宝石を買うのを控えてくれ、と言ってくる様になった。
もしかしなくてもこの家はそろそろ本気でヤバいのかも知れない。
だけど私には関係ないわね。
もうすぐ学園の入学式なのだ。入学したら攻略対象者の王太子をサクサクと攻略して王宮に住んでしまおう。そうすれば公爵家がどうなろうと構いやしない。
その後にどんどん気に入った相手を攻略して欲しい物は全て貢いで貰えばいいんだもの。
そうして迎えた入学式の日。悪役令嬢はまだ居なかったけれど、流石、ゲームの強制力か、と思わず笑いたくなった。ソフィアはタイミングを合わせなくてもこの国の王太子アレクセイにバッタリ出くわしたのだ。
王太子とその側近候補たちを囲む様に人の輪が出来ている中、後ろから押されて王太子の前に転び出てしまったのだ。
そう!これが最初の出会いイベントだ。
王太子の目の前でペタンと座り込んだままのヒロインに手を差し伸べるのはアレクセイ。そしてその手を取ってヒロインは人懐っこい笑顔を浮かべて『ありがとう!』と言うのだ。その貴族令嬢らしからぬ表情と愛らしい姿に王太子は心を奪われる。
ゲームでは確かそんな感じの出会いの筈だった。
けれど、現実に手を差し伸べたのは王太子ではなく、側近候補どころか王太子の後ろに控えていた護衛騎士だった。
いや、彼もイケメンだけれども、今は違う!コイツじゃない。
そうは思うものの既にソフィアに手は差し出されている。流石にこの手を取らない訳にはいかないだろう。少しの不満とそれでも筋張った男らしい手にうっとりとしながらソフィアは手を取り立ち上がった。
「手を貸してくれてありがとう!」
ソフィアはそう言ってゲームのスチルさながらの愛らしい笑みを王太子へと向けた。
完璧だ!
ソフィアの脳内ではゲーム画面上のソフィアの笑顔が再生されている。それを今、私は完璧に再現したのだ。しかも本家よりも美しい姿で!
「・・・・・・・礼ならこの者に言うがよい。」
「ハイっ!」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・。」
あら、どうしてアレクはあのセリフを口にしないのかしら?これじゃ、私が言葉を続けられないじゃない。
ソフィアはお互い無言になった状態で小首を傾げる。
この場面ではアレクセイは、ソフィアの笑顔に心をぎゅっと鷲掴みにされ『君は天使?こんな愛らしい人に僕は今まで出会った事がない。』って言う筈なのになぁ。
そう思ったが、ここでソフィアは大事な事を思い出した。
あーっ!選択肢が表示されてなかったじゃん!
選択肢がないまま私がアレクに話しかけちゃったからアレクがバグっちゃった?
ソフィアが一人で慌てている間に、気付けば王太子一行はその場から去っていた。
「選択肢が表示されなかったら好感度を上げるのはムズくない?ステータスとかも見えないっぽいし。」
今の行動が王太子一行、そして周囲に居た者たちの目にどう映っていたか、など気にもしないソフィアはそれよりもこれから先、ゲームをどう進めれば良いのかを考える。
攻略対象者との交流イベントでは必ずヒロインに選択肢が提示される。どれを選んでもゲームはそのまま進む。
但し、選択した結果によって友情エンドすらなく気づけば学園を卒業して終了、なんて事もあり得る。
逆に言えば、選択肢さえ表示されればどれを選べば好感度、親密度が増すのかを予想しやすいのだ。
この『スタ☆ラブ』を何度もやり込んだ前世の自分はいつ、どこでイベントが起こるのかは覚えている。けれどその時のソフィアの行動に関して言えば、深く考えずに勘で押していた事もある。
選択肢によっては割と適当に選んでも好感度が上がるものもあったし逆ハールートが解放されるまでの好感度を上げるイベントが増えるか増えないかの違いぐらいだったからだ。
「えぇ~、もしかして逆ハールート解放に時間がかかるかも?」
ソフィアは入学して早々の逆ハールート解放を目指していたので、予想外の事にげんなりしてしまう。
ゲームのレベル上げ等、ちまちまとやり込む事を不得手としていた前世の性格はそのままソフィアにも引き継がれている。
彼女は数分思案して『でも私はヒロインだし大丈夫!』と根拠の無い自信で結論付けた。
だがしかし、その後もイベントらしきものは発生しているのに何故だか対処者とイマイチ仲良くなれない。
流石に焦り始めた頃、ソフィアの耳にある噂話が入ってきた。
「ねぇ、ご存じ?ガルバ伯爵のご子息が婚約されたそうですわ。」
「えっ!?あのエドワード様が?」
「えぇ、私も驚いてしまって、、、。」
教室で女生徒たちが話をしているのを聞いたソフィアはニンマリと笑った。
とうとうあの娘が悪役令嬢となって現れるのね。今まで攻略が上手くいって無かったのは悪役令嬢が居なかったからよ。
ゲームスタートはやっぱり役者が揃ってからだったのね。
どうしてオッサンとの婚約がクラスメイトたちの間で噂になっているのか分からないけれど、そう言えばガルバ伯爵は貴族界で王族と人気を争うほどのイケメン設定だった。息子もその顔を引き継いでいたっけ。
まぁ、ゲームでは悪役令息ポジションではあったけれど、イラストも無かったんだよね。所詮、アメリアが学園に戻ってくる為の踏み台だったしねぇ。
ソフィアは一人で納得し、ソフィーが編入してくるのを今か今かと楽しみにしていた。けれど、やっぱりソフィーは現れない。
何で?どうして?何であの娘は現れないのよっ!
半年経っても一年経ってもソフィーは現れない。その頃にはソフィアもイベントが発生するのを待ってられない、とばかりに積極的に攻略対象者に近づこうとするが、何故か護衛や取り巻きたちがさりげなくソフィアの前に立って近寄れない。
ソフィアの魅力にモブたちが先に虜になったのか、と彼らに愛想良く話しかけてみれば、彼らも当たり障りのない言葉を二言三言、ソフィアと交わしてさっさと居なくなってしまう。
何これ、どういう事?私は皆に愛されている筈なのに。
ソフィアの知る乙女ゲームの世界から思考が抜け出せないソフィアは、学園で自分がどう思われているのか全く気付いていない。
王家は入学前に各方面からディバイン公爵家の事、社交界での公爵夫人たちの振る舞いについて聞き及んでいた。
そして王太子が入学してソフィアと出会ってみれば、成る程『ディバイン公爵家の至宝』と言われるのも頷ける愛らしくも高位貴族のご令嬢らしい美しい容姿ではあった。
しかし、何故、ドリル頭?
手を差し出してくれた護衛に対して居ない者の様に扱いながら、何故か礼は自分に向かって言う。しかも王族に向かっていきなり『ありがとう!』のタメ口だ。
聞いていた以上にこの娘はヤバい。
その場に居た王太子も側近候補たちも理解した。こうしてこの日の出会いをキッカケに高位貴族の子息を中心に『ソフィア・ディバインに近寄るな。キケン!』の情報の共有化がされた。
ソフィアは確かに美しい、髪型は変だけど。
この歳になると婚約者が居る者が殆どだが、遊びたい年頃でもある。だから学生の内だけだから、と遊ぶ者も少なくない。だがしかし、遊びだからこそ相手は選ばないといけないのだ。
見た目につられて付き合ったが最後、自分に非がある有責で婚約破棄に発展などしてしまえば自分の将来は閉ざされる。
ソフィアは美しいし身分も公爵令嬢と高い。だがそれだけなのだ。少し観察してみれば、淑女とはかけ離れている上に貴族としての立ち居振る舞いも身についてはいない。
その上、ディバイン公爵家は今や風前の灯。家が傾くどころか、いつ爵位を返上してもおかしく無いほど公爵家は火の車だ、というのは社交界での共通認識となっている。
だからなのか、見た目だけでソフィアに近寄っていった下位貴族の子息や家が裕福な商会の息子たちは、ドレスや宝石などをたかられるらしい。強請られるなんて可愛いものだ、と思うぐらい『言われずとも差し出すのは当然。』とばかりの態度に潮が引く様に男たちは彼女から去って行く。
貞操観念は備わっているのか、何の冗談なのか。
『初めては王太子と決まっているの。私が王宮に住み始めたら相手をしてもいいわ。』
が、彼女の決まり文句らしい。
そんな話を聞けば、王家や高位貴族だけでなくとも近寄る者など居なくなる。王太子に至っては『不敬罪で捕縛してしまえ。』と言い出すほどに切れていた。
それでも自分がヒロインだと信じるソフィアは気付かない。
誰に操作されるでもない自我のあるソフィアが、好き勝手に動いている様に、この世界の人々も皆、自分の意思で動いている事に。
何事もなくギリギリの成績で学園を卒業しても、知らぬ内にディバイン公爵家が無くなっていても、ソフィアは乙女ゲームが始まるのを待ち続ける。
なんだかんだと理由をつけて『まだ始まっていないだけ。』と自分を納得させて。
そしてある時、ソフィアは気がついた。あの娘がガルバ伯爵と婚約したと聞いた時、自分はなんて思った?
ゲームスタートは役者が揃ってから。
攻略対処者は、この国の王太子、宰相の息子、騎士団長の息子、魔術師団長の息子、大商会の息子、隣国からの留学生の皇子、だった。
そういえば、ソフィアが学園に入学した時にその6人は在学していたか?
いや、確か留学生の皇子は居なかった気がする。それではゲームが始まらないのは当然だ。攻略対象者が揃っていないのならば、悪役令嬢の出番が来ないのは当たり前だったのだ。
自分はそうとは知らずに入学し既に卒業してしまった。痛恨のミスだ!
前世の記憶を取り戻した時に、ステータスが表示される様になっていればゲームのスタート時期も分かったかも知れないのに。3次元の世界はなんて不便なんだ。
でも、まぁゲームがまだスタートしていない事の原因も分かった。それなら対処のしようがある。私の方が歳上になったって、交流イベントは学園外でもたくさんあったのだ。対象者との出会いも仲を深めるのもそう難しい事ではないだろう。
こうしてソフィアは毎年入学式の日に、攻略対象者を見つける為に学園の門に立つ様になった。容姿は大体覚えている。
彼らの目印はズバリ髪の色だ。彼らはそれは色鮮やかな赤、オレンジ、黄、緑、青、紫色だった。他に彼らと同じ髪色はそれぞれの血縁者しか居ない設定だった筈。
あまり名前を覚えられない前世のソフィアは愛称を覚えるだけで精一杯だった。それにプレイ画面に名前は表示される。プレイヤーが入力する機会なんてあまりなかったから名前は大して重要ではないだろう。
けれど入学式に6人揃って見つける事は出来なかった。ソフィアはその内、学期始まりや終わりにも学園の門に立つ様になったが、一人、二人は攻略対象者候補を見つける事はあっても6人全員を見つける事は出来なかった。
攻略対象者がまだ現れないのなら、モブメン(モブのイケメン)たちと楽しくやって過ごすのも暇つぶしにいいかも知れない。モブメンたちから声を掛けられる事は多いのだから。
そうすれば逆ハールートが解放された時もスムーズに攻略出来る。
ソフィアはそれから好みのタイプのモブメンから声を掛けられれば付き合う様になった。
しかし、ソフィアが本気にならないせいか、どの男とも長く付き合う事は無かった。ソフィアが癇癪を起こして振ってしまうか、気付けば自然消滅している。
やはり攻略対象者と結ばれてエンディングを迎えないと、モブメンとの絡みは一時的なものになってしまうのだろう。
ならば、ソフィアはゲームスタートが始まるその時を見逃さないようにするしかない。
もしかしたら役者が揃ったら、ゲームの強制力か何かで気付けばソフィアも学園に入学している、なんて事が起こるかも知れない。
だってこの世界はゲームの世界なんだから。
「ん~、今日のソフィアも可愛いわね。」
ソフィアは鏡に映る変わらない姿に満足する。
ソフィアの朝はメイクと髪のセットをする為に結構早い。早いが自分を美しく見せる為には必要な時間だ。
それにパン屋の朝は早いので丁度良い。
けれど最近、何故だか化粧品の減りが早い気がする。
パン屋の給料では、お高い化粧品は買えなくて、ワンランクどころかツーランク、スリーランクも下の化粧品を渋々使っているのにそれでも平民にとってはキツイ。
ソフィアの給料を美容の為に殆ど使えるのは住み込みで働かせて貰えるお陰だ。賄いだって出るから食費も殆ど掛からない。
だが毎月、何とか過ごせてはいるがお金は貯まる事がない。
もうそろそろゲームがスタートになってくれると嬉しいんだけどなぁ。
ソフィアはそんな事を考えながら今年も学園に足を運ぶ日が来た。
年々、門に居るソフィアの姿をきらきらした瞳で見る男子生徒が増えてきた。
一度、気付かずに教室に入ってしまい、戻ってソフィアを見に来る生徒も居るほどだ。
それに入学式に参加する保護者、特に男性はソフィアを見るなり目を瞠りマジマジと見つめてくるのだ。隣に奥方が居たとしても。
だからゲームスタートを待ち望んでいるだけでなく、門で立っている時間はソフィアにとってこの世界の男たちから愛されていると実感出来る愉悦に浸れる時間でもあった。
そうして楽しいひと時を過ごせたが、どうやら今年もゲームスタートとはならないらしい。
まぁ、私がこの世界のヒロインなのは確定しているんだから、ちょっとぐらい遅くなっても許してあげる。
ゲームスタートが遅れている事で、モブメンたちも自分の立ち位置を理解したのか、ソフィアに言い寄る男は減った。
最近は大人しく逆ハールートが解放されるのを待っている感じよね。
ソフィアは上機嫌でパン屋に向かって歩き出した。
「なぁなぁ、あの門に立ってた凄い格好のオバさんは何だったんだ?」
入学式が終了し、生徒たちは話しながら教室に移動している。
「え?お前。知らなかったのか?あれが有名な乙女オバさんだよ!」
「えぇっ!あれがそうだったのか!?すげぇモン見ちゃったなぁ。」
男子生徒は門に居たソフィアの姿を思い出す。
「本当にな。あれ、父上の時にも居たらしいぞ?」
「本当かっ?でも今年から制服が変わったのに女子の新しい制服を着てたじゃないか。」
「だよなぁ。あの乙女オバさん、一体、何歳なんだろうな。聞くの怖ぇけどさ。」
こんな会話も毎年行われている事をソフィアは知らない。同じ様に社交界で噂されている事も。
前世の記憶と経験があるからか、平民となっても逞しく生きていく力のあったソフィアは乙女ゲームの世界から抜け出せれば、それなりの幸せを手に入れる事は出来たはずだった。
今は行き過ぎた手入れになってはいるが、平民となってもそれなりの美を保ち続けた彼女は美しかった。言い寄ってくる男もそれなりに居たのだ。
私はヒロインなのよ。ゲームスタート前にモブと結婚したらヒロインでは無くなるじゃない!
その考えで、彼女は自分で自分を幸せから遠ざけた。けれど自分がヒロインだと思い続けている限り彼女は不幸ではないのかも知れない。
だってこの世界で一番幸せになれるのはヒロインなのだから。
王都の街の片隅で、住み込みでパン屋の仕事を続けているソフィアはゲームが始まるのを首を長くして待っている。
いつまでも、何十年も。
ソフィアが諦めない限り、彼女はヒロインであり続けるのだ。
ソフィアはこの時を小さな頃から待っていた。特にこの一年は待ち切れなかった。最初のイベントで一気に好感度がMAXになればいい、と今まで以上に自分の美しさに磨きをかけようと美容に力を入れた。
お陰で自慢の髪は艶々と鮮やかな光沢を放ち、緩やかなウェーブは今や螺旋を描くように何もしなくても巻き髪となっている。スッとブラシを通せばスプリングが跳ねるように揺れるほどに。
ソフィーという娘は確か私と同い年だと言っていたわね。もしかしたら編入ではなくて一緒のタイミングで入学するのかしら?
まぁ、同じ学年の方が会う機会が多くなるからイベントを起こしやすくていいかも知れないわね。
基本の攻略対象者以外はこの一年、お茶会で目星をつけている。だから最短で攻略対象者を落として、逆ハールートをオープンさせないとね。
それにしてもこの世界はイケメンで溢れている。下位貴族どころか平民でさえイケメンだらけだ。そのイケメンたち全てが自分の虜になるのかと思うと『乙女ゲーム万歳!』と叫びたくなるわ。
ソフィアは先日、入学準備の為に買い物に出かけた時の事を思い出して一人ニヤけ顔になる。
父は最近不機嫌そうな表情だったり青白い顔をしている事が増えているが、どうせまたお金が無くなって焦っているのだろう。最近は母や私にまでドレスや宝石を買うのを控えてくれ、と言ってくる様になった。
もしかしなくてもこの家はそろそろ本気でヤバいのかも知れない。
だけど私には関係ないわね。
もうすぐ学園の入学式なのだ。入学したら攻略対象者の王太子をサクサクと攻略して王宮に住んでしまおう。そうすれば公爵家がどうなろうと構いやしない。
その後にどんどん気に入った相手を攻略して欲しい物は全て貢いで貰えばいいんだもの。
そうして迎えた入学式の日。悪役令嬢はまだ居なかったけれど、流石、ゲームの強制力か、と思わず笑いたくなった。ソフィアはタイミングを合わせなくてもこの国の王太子アレクセイにバッタリ出くわしたのだ。
王太子とその側近候補たちを囲む様に人の輪が出来ている中、後ろから押されて王太子の前に転び出てしまったのだ。
そう!これが最初の出会いイベントだ。
王太子の目の前でペタンと座り込んだままのヒロインに手を差し伸べるのはアレクセイ。そしてその手を取ってヒロインは人懐っこい笑顔を浮かべて『ありがとう!』と言うのだ。その貴族令嬢らしからぬ表情と愛らしい姿に王太子は心を奪われる。
ゲームでは確かそんな感じの出会いの筈だった。
けれど、現実に手を差し伸べたのは王太子ではなく、側近候補どころか王太子の後ろに控えていた護衛騎士だった。
いや、彼もイケメンだけれども、今は違う!コイツじゃない。
そうは思うものの既にソフィアに手は差し出されている。流石にこの手を取らない訳にはいかないだろう。少しの不満とそれでも筋張った男らしい手にうっとりとしながらソフィアは手を取り立ち上がった。
「手を貸してくれてありがとう!」
ソフィアはそう言ってゲームのスチルさながらの愛らしい笑みを王太子へと向けた。
完璧だ!
ソフィアの脳内ではゲーム画面上のソフィアの笑顔が再生されている。それを今、私は完璧に再現したのだ。しかも本家よりも美しい姿で!
「・・・・・・・礼ならこの者に言うがよい。」
「ハイっ!」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・。」
あら、どうしてアレクはあのセリフを口にしないのかしら?これじゃ、私が言葉を続けられないじゃない。
ソフィアはお互い無言になった状態で小首を傾げる。
この場面ではアレクセイは、ソフィアの笑顔に心をぎゅっと鷲掴みにされ『君は天使?こんな愛らしい人に僕は今まで出会った事がない。』って言う筈なのになぁ。
そう思ったが、ここでソフィアは大事な事を思い出した。
あーっ!選択肢が表示されてなかったじゃん!
選択肢がないまま私がアレクに話しかけちゃったからアレクがバグっちゃった?
ソフィアが一人で慌てている間に、気付けば王太子一行はその場から去っていた。
「選択肢が表示されなかったら好感度を上げるのはムズくない?ステータスとかも見えないっぽいし。」
今の行動が王太子一行、そして周囲に居た者たちの目にどう映っていたか、など気にもしないソフィアはそれよりもこれから先、ゲームをどう進めれば良いのかを考える。
攻略対象者との交流イベントでは必ずヒロインに選択肢が提示される。どれを選んでもゲームはそのまま進む。
但し、選択した結果によって友情エンドすらなく気づけば学園を卒業して終了、なんて事もあり得る。
逆に言えば、選択肢さえ表示されればどれを選べば好感度、親密度が増すのかを予想しやすいのだ。
この『スタ☆ラブ』を何度もやり込んだ前世の自分はいつ、どこでイベントが起こるのかは覚えている。けれどその時のソフィアの行動に関して言えば、深く考えずに勘で押していた事もある。
選択肢によっては割と適当に選んでも好感度が上がるものもあったし逆ハールートが解放されるまでの好感度を上げるイベントが増えるか増えないかの違いぐらいだったからだ。
「えぇ~、もしかして逆ハールート解放に時間がかかるかも?」
ソフィアは入学して早々の逆ハールート解放を目指していたので、予想外の事にげんなりしてしまう。
ゲームのレベル上げ等、ちまちまとやり込む事を不得手としていた前世の性格はそのままソフィアにも引き継がれている。
彼女は数分思案して『でも私はヒロインだし大丈夫!』と根拠の無い自信で結論付けた。
だがしかし、その後もイベントらしきものは発生しているのに何故だか対処者とイマイチ仲良くなれない。
流石に焦り始めた頃、ソフィアの耳にある噂話が入ってきた。
「ねぇ、ご存じ?ガルバ伯爵のご子息が婚約されたそうですわ。」
「えっ!?あのエドワード様が?」
「えぇ、私も驚いてしまって、、、。」
教室で女生徒たちが話をしているのを聞いたソフィアはニンマリと笑った。
とうとうあの娘が悪役令嬢となって現れるのね。今まで攻略が上手くいって無かったのは悪役令嬢が居なかったからよ。
ゲームスタートはやっぱり役者が揃ってからだったのね。
どうしてオッサンとの婚約がクラスメイトたちの間で噂になっているのか分からないけれど、そう言えばガルバ伯爵は貴族界で王族と人気を争うほどのイケメン設定だった。息子もその顔を引き継いでいたっけ。
まぁ、ゲームでは悪役令息ポジションではあったけれど、イラストも無かったんだよね。所詮、アメリアが学園に戻ってくる為の踏み台だったしねぇ。
ソフィアは一人で納得し、ソフィーが編入してくるのを今か今かと楽しみにしていた。けれど、やっぱりソフィーは現れない。
何で?どうして?何であの娘は現れないのよっ!
半年経っても一年経ってもソフィーは現れない。その頃にはソフィアもイベントが発生するのを待ってられない、とばかりに積極的に攻略対象者に近づこうとするが、何故か護衛や取り巻きたちがさりげなくソフィアの前に立って近寄れない。
ソフィアの魅力にモブたちが先に虜になったのか、と彼らに愛想良く話しかけてみれば、彼らも当たり障りのない言葉を二言三言、ソフィアと交わしてさっさと居なくなってしまう。
何これ、どういう事?私は皆に愛されている筈なのに。
ソフィアの知る乙女ゲームの世界から思考が抜け出せないソフィアは、学園で自分がどう思われているのか全く気付いていない。
王家は入学前に各方面からディバイン公爵家の事、社交界での公爵夫人たちの振る舞いについて聞き及んでいた。
そして王太子が入学してソフィアと出会ってみれば、成る程『ディバイン公爵家の至宝』と言われるのも頷ける愛らしくも高位貴族のご令嬢らしい美しい容姿ではあった。
しかし、何故、ドリル頭?
手を差し出してくれた護衛に対して居ない者の様に扱いながら、何故か礼は自分に向かって言う。しかも王族に向かっていきなり『ありがとう!』のタメ口だ。
聞いていた以上にこの娘はヤバい。
その場に居た王太子も側近候補たちも理解した。こうしてこの日の出会いをキッカケに高位貴族の子息を中心に『ソフィア・ディバインに近寄るな。キケン!』の情報の共有化がされた。
ソフィアは確かに美しい、髪型は変だけど。
この歳になると婚約者が居る者が殆どだが、遊びたい年頃でもある。だから学生の内だけだから、と遊ぶ者も少なくない。だがしかし、遊びだからこそ相手は選ばないといけないのだ。
見た目につられて付き合ったが最後、自分に非がある有責で婚約破棄に発展などしてしまえば自分の将来は閉ざされる。
ソフィアは美しいし身分も公爵令嬢と高い。だがそれだけなのだ。少し観察してみれば、淑女とはかけ離れている上に貴族としての立ち居振る舞いも身についてはいない。
その上、ディバイン公爵家は今や風前の灯。家が傾くどころか、いつ爵位を返上してもおかしく無いほど公爵家は火の車だ、というのは社交界での共通認識となっている。
だからなのか、見た目だけでソフィアに近寄っていった下位貴族の子息や家が裕福な商会の息子たちは、ドレスや宝石などをたかられるらしい。強請られるなんて可愛いものだ、と思うぐらい『言われずとも差し出すのは当然。』とばかりの態度に潮が引く様に男たちは彼女から去って行く。
貞操観念は備わっているのか、何の冗談なのか。
『初めては王太子と決まっているの。私が王宮に住み始めたら相手をしてもいいわ。』
が、彼女の決まり文句らしい。
そんな話を聞けば、王家や高位貴族だけでなくとも近寄る者など居なくなる。王太子に至っては『不敬罪で捕縛してしまえ。』と言い出すほどに切れていた。
それでも自分がヒロインだと信じるソフィアは気付かない。
誰に操作されるでもない自我のあるソフィアが、好き勝手に動いている様に、この世界の人々も皆、自分の意思で動いている事に。
何事もなくギリギリの成績で学園を卒業しても、知らぬ内にディバイン公爵家が無くなっていても、ソフィアは乙女ゲームが始まるのを待ち続ける。
なんだかんだと理由をつけて『まだ始まっていないだけ。』と自分を納得させて。
そしてある時、ソフィアは気がついた。あの娘がガルバ伯爵と婚約したと聞いた時、自分はなんて思った?
ゲームスタートは役者が揃ってから。
攻略対処者は、この国の王太子、宰相の息子、騎士団長の息子、魔術師団長の息子、大商会の息子、隣国からの留学生の皇子、だった。
そういえば、ソフィアが学園に入学した時にその6人は在学していたか?
いや、確か留学生の皇子は居なかった気がする。それではゲームが始まらないのは当然だ。攻略対象者が揃っていないのならば、悪役令嬢の出番が来ないのは当たり前だったのだ。
自分はそうとは知らずに入学し既に卒業してしまった。痛恨のミスだ!
前世の記憶を取り戻した時に、ステータスが表示される様になっていればゲームのスタート時期も分かったかも知れないのに。3次元の世界はなんて不便なんだ。
でも、まぁゲームがまだスタートしていない事の原因も分かった。それなら対処のしようがある。私の方が歳上になったって、交流イベントは学園外でもたくさんあったのだ。対象者との出会いも仲を深めるのもそう難しい事ではないだろう。
こうしてソフィアは毎年入学式の日に、攻略対象者を見つける為に学園の門に立つ様になった。容姿は大体覚えている。
彼らの目印はズバリ髪の色だ。彼らはそれは色鮮やかな赤、オレンジ、黄、緑、青、紫色だった。他に彼らと同じ髪色はそれぞれの血縁者しか居ない設定だった筈。
あまり名前を覚えられない前世のソフィアは愛称を覚えるだけで精一杯だった。それにプレイ画面に名前は表示される。プレイヤーが入力する機会なんてあまりなかったから名前は大して重要ではないだろう。
けれど入学式に6人揃って見つける事は出来なかった。ソフィアはその内、学期始まりや終わりにも学園の門に立つ様になったが、一人、二人は攻略対象者候補を見つける事はあっても6人全員を見つける事は出来なかった。
攻略対象者がまだ現れないのなら、モブメン(モブのイケメン)たちと楽しくやって過ごすのも暇つぶしにいいかも知れない。モブメンたちから声を掛けられる事は多いのだから。
そうすれば逆ハールートが解放された時もスムーズに攻略出来る。
ソフィアはそれから好みのタイプのモブメンから声を掛けられれば付き合う様になった。
しかし、ソフィアが本気にならないせいか、どの男とも長く付き合う事は無かった。ソフィアが癇癪を起こして振ってしまうか、気付けば自然消滅している。
やはり攻略対象者と結ばれてエンディングを迎えないと、モブメンとの絡みは一時的なものになってしまうのだろう。
ならば、ソフィアはゲームスタートが始まるその時を見逃さないようにするしかない。
もしかしたら役者が揃ったら、ゲームの強制力か何かで気付けばソフィアも学園に入学している、なんて事が起こるかも知れない。
だってこの世界はゲームの世界なんだから。
「ん~、今日のソフィアも可愛いわね。」
ソフィアは鏡に映る変わらない姿に満足する。
ソフィアの朝はメイクと髪のセットをする為に結構早い。早いが自分を美しく見せる為には必要な時間だ。
それにパン屋の朝は早いので丁度良い。
けれど最近、何故だか化粧品の減りが早い気がする。
パン屋の給料では、お高い化粧品は買えなくて、ワンランクどころかツーランク、スリーランクも下の化粧品を渋々使っているのにそれでも平民にとってはキツイ。
ソフィアの給料を美容の為に殆ど使えるのは住み込みで働かせて貰えるお陰だ。賄いだって出るから食費も殆ど掛からない。
だが毎月、何とか過ごせてはいるがお金は貯まる事がない。
もうそろそろゲームがスタートになってくれると嬉しいんだけどなぁ。
ソフィアはそんな事を考えながら今年も学園に足を運ぶ日が来た。
年々、門に居るソフィアの姿をきらきらした瞳で見る男子生徒が増えてきた。
一度、気付かずに教室に入ってしまい、戻ってソフィアを見に来る生徒も居るほどだ。
それに入学式に参加する保護者、特に男性はソフィアを見るなり目を瞠りマジマジと見つめてくるのだ。隣に奥方が居たとしても。
だからゲームスタートを待ち望んでいるだけでなく、門で立っている時間はソフィアにとってこの世界の男たちから愛されていると実感出来る愉悦に浸れる時間でもあった。
そうして楽しいひと時を過ごせたが、どうやら今年もゲームスタートとはならないらしい。
まぁ、私がこの世界のヒロインなのは確定しているんだから、ちょっとぐらい遅くなっても許してあげる。
ゲームスタートが遅れている事で、モブメンたちも自分の立ち位置を理解したのか、ソフィアに言い寄る男は減った。
最近は大人しく逆ハールートが解放されるのを待っている感じよね。
ソフィアは上機嫌でパン屋に向かって歩き出した。
「なぁなぁ、あの門に立ってた凄い格好のオバさんは何だったんだ?」
入学式が終了し、生徒たちは話しながら教室に移動している。
「え?お前。知らなかったのか?あれが有名な乙女オバさんだよ!」
「えぇっ!あれがそうだったのか!?すげぇモン見ちゃったなぁ。」
男子生徒は門に居たソフィアの姿を思い出す。
「本当にな。あれ、父上の時にも居たらしいぞ?」
「本当かっ?でも今年から制服が変わったのに女子の新しい制服を着てたじゃないか。」
「だよなぁ。あの乙女オバさん、一体、何歳なんだろうな。聞くの怖ぇけどさ。」
こんな会話も毎年行われている事をソフィアは知らない。同じ様に社交界で噂されている事も。
前世の記憶と経験があるからか、平民となっても逞しく生きていく力のあったソフィアは乙女ゲームの世界から抜け出せれば、それなりの幸せを手に入れる事は出来たはずだった。
今は行き過ぎた手入れになってはいるが、平民となってもそれなりの美を保ち続けた彼女は美しかった。言い寄ってくる男もそれなりに居たのだ。
私はヒロインなのよ。ゲームスタート前にモブと結婚したらヒロインでは無くなるじゃない!
その考えで、彼女は自分で自分を幸せから遠ざけた。けれど自分がヒロインだと思い続けている限り彼女は不幸ではないのかも知れない。
だってこの世界で一番幸せになれるのはヒロインなのだから。
王都の街の片隅で、住み込みでパン屋の仕事を続けているソフィアはゲームが始まるのを首を長くして待っている。
いつまでも、何十年も。
ソフィアが諦めない限り、彼女はヒロインであり続けるのだ。
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