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それぞれの後日談 side ソフィー
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リア姉さんの身代わりで後妻となる為にガルバ伯爵の下に出向いてあれから一年。
ソフィーの環境は目まぐるしく変化した。
『私はこれからの人生を自由に好きに生きてみたいです。』
と言ったソフィーにガルバ伯爵は『自由に好きに生きる為の準備が整うまで、このお屋敷で働いてみては?』と提案した。
ソフィーとしては自由になったのだから、直ぐにでもアメリアを探しに行きたかった。
しかし、自由に生きる為に長年準備をしてきたアメリアを思い出して、『確かに準備は必要だ。』と考え直した。
それでもガルバ伯爵様にはアメリアの行方を探して欲しい、とお願いした。今ならば行方を追うのは然程難しくはないだろう、と思えたからだ。
数日経って、ガルバ伯爵は王都で見つかったアメリアの髪とスカートの件から『残念だが、、、。』と話を続けようとした。
しかし、ソフィーが最後に会った時の事と日頃のアメリアの話をすると、ガルバ伯爵は微妙な表情を浮かべて『変わったご令嬢だな、、、。』と呟きながらも引き続き捜索してくれると約束してくれた。
そしてソフィーは前伯爵様の住むお屋敷で侍女として働いている。侍女と言っても侍女見習いと言った方が正しいかも知れない。前伯爵のお屋敷には親に売られる様にしてやってきた女性ばかりが働いている。
ガルバ伯爵が仕事や嫁ぎ先を探しているが、どちらにしても先ずは彼女たちに足りないモノを習得する必要がある、という事で一旦、前伯爵様のお屋敷で教養やマナーなどを身につけている。
この屋敷で彼女たちは生きる術を学びながら、自分の道を決めているのだ。
親に売られてきた彼女たちはアメリアの様に実の親から酷い扱いを受けていた人が多い。彼女たちを見ているとソフィーはアメリアの言葉を思い出す。
「所詮、血が繋がっていると言ってもただそれだけの事。そこに家族の情が無ければ結局は他人と同じなのよ。お互いが大事に思い合えないなら家族の情も生まれないわよねぇ。」
この言葉は本当にそうだと思う。
『ガルバ前伯爵が大金を出す代わりに、妻を殺された憎しみを解消する為の後妻を探している。』という様な噂を鵜呑みにして娘を差し出す親は未だに後を絶たない。
もう前伯爵様は白いドレスを忌み嫌う事も贖罪の為に、という事も無い。けれど今も大金を払って女性を受け入れているのは、前伯爵様が引き取らなければ、もっと劣悪な環境に追いやられるだろう、と分かっているからだ。
屋敷に来た彼女たちはガルバ伯爵様の話を聞いても最初は疑心暗鬼になるか、言葉が心に届いていない様な何の反応も示さない事が多いそうだ。
けれど、今まで前伯爵様の屋敷に来た女性たちは皆、真実を知っても家に帰りたがる人は一人も居ないのだと言う。
新しくやって来た女性たちもまた同じで、その様子を見たガルバ伯爵様はしばらく考えてソフィーに彼女たちの世話を頼んできた。『特別な事はしなくていい。ただ一緒に居て会話をするだけで良い。』と。
どういう訳だか、ガルバ伯爵はソフィーに任せれば大丈夫だ、と思っている節がある。
ガルバ伯爵様曰く、『同じ事を言っていてもソフィーの言葉の方が相手に届くのだ。』と。
買い被りでは?と思いはしたけれど、それでもお役に立てているならそれでいいかとソフィーは思う。
彼女たちが少しづつ自分に心を開いてくれるのが嬉しい、笑顔を見せる様になってきた事が嬉しい。
親が子を売るなんて世の中を無くす力は自分には無いけれど、虐げられた彼女たちの傷ついた心を少しでも自分が癒す事ができるなら、希望や夢を描く事が出来る様な手伝いを自分が出来るなら、と彼女たちに寄り添い一緒に仕事をしながら、ソフィーは考える様になっていった。
そしてこの一年でソフィーには思いがけない出会いがあった。
侍女見習いの仕事にも慣れてきた頃、ガルバ伯爵様とそのご家族が屋敷にやって来た。
お茶をお出しする為に、応接室に行くと前伯爵様の対面にはガルバ伯爵様と奥様らしき人が座っていた。とてもお美しい人で正に美男美女だなぁ、とソフィーは思いながらお二人の後ろに立つソフィーよりも幾つか年上に見える男性を見た。
あら、お若いガルバ伯爵様が居る。
ガルバ伯爵家は代々お顔がそっくりに生まれるのかしら?と思ってしまう程よく似ている。
お互いに現在、過去、未来、って思ったりしないのかしら?
そんな事をふと考えて思わずクスリと笑みが溢れて慌てて真顔に戻そうと前を向いたら男性と目が合ってしまった。
その男性は目をカッと見開いて何故だか私を凝視している。
どうしよう、不快に思われたかも?
と内心焦っていたら、男性はズカズカとソフィーの方に歩いてきて突然跪いた。
「私と結婚してくれっ!」
「はっ!?」
驚いた。本当に驚いてしまった。
眉目秀麗という言葉がよく似合うガルバ伯爵様のお若い姿の様な男性は、目をキラキラと輝かせて『さぁ、お手をどうぞ。』とばかりに手を差し出してくる。
懇願とかではなくて、『手を取るよね?取ってくれるよね?』という期待が全身から出ているように感じられて、どうしたら良いかとソファに座る伯爵様たちを見た。
え?怖いぐらいに冷たい目。
やっぱり私が平民だから?
けれどよく見てみると三人の視線は私の目の前の人に向けられていて、それはもう白けた表情をしている。
「エド、、、、エドワード?貴方、何を血迷っているのかしら?」
奥様は美しいそのお姿のどこからそんな低い声が出るのかと思うほど低い声で、ソフィーに向けたられた言葉ではないのに、ソフィーの方が思わず後退りしてしまうぐらい怖かった。
「ベス、ソフィーが怖がっているよ。いつもの美声はどこにいったの?」
ガルバ伯爵様が甘いっ!
隣に座る奥様の腰にそっと手を回して、甘い瞳で話しかける姿に、そういった方面に縁の無かったソフィーは思わず顔が赤くなってしまう。
「ソフィー!君はソフィーというのかい?なんて可愛いらしい名だ。改めてプロポーズをするよっ。
ソフィー、どうかこの私、エドワード・ガルバと結婚してくれ!愛してるっ!」
どうしよう、、、、。エドワードと呼ばれた男性は跪いたままソフィーににじり寄り、とうとう手を取られて求婚されてしまった。
プロポーズされた時って相手の手を取ったらオーケーなんじゃないの?手を先に取られてしまった場合はどうすればいいの?
最近では祖父の様に私を可愛がって下さる前伯爵様にソフィーは助けを求める様に視線を向ける。
「エドワード。ソフィーの手を離しなさい。彼女はお前に群がる貴族令嬢どもとは違うのだ。」
「嫌です!もしこの手を離してしまったらこんなに可愛らしいソフィーは妖精に攫われてしまうかも知れませんっ!」
えぇ!貴族の方ってこんなに変な事を考えるのが普通なの?妖精が攫うって意味が分からないわ。
もし父親が真面だったら、ソフィーも公爵令嬢として貴族社会に馴染んでいたかも知れない。しかしソフィーはディバイン公爵家の使用人でしかなかった。
貴族の令息令嬢は恋をするのにこんな会話が当たり前なのだろうか?私には到底無理だ。ソフィーはそう思い平民で良かった、と何故か安堵する。
「エドワード、夜会やお茶会で近づいてくる令嬢の事を貴方は何て言っていたか覚えていて?
見た目だけで自分に近寄ってくる者など信用出来る訳がない、と言っていたのよ。
今の貴方はそのご令嬢方と同じではなくて?」
「いえ、そうは言いましたが、ソフィーは私の運命の人なのです。見た目だけではなく私はソフィーそのものに心を奪われたのです!」
奥様の冷ややかな声にエドワード様はハキハキと自信ありげに答えている。
けれど運命の人という言葉にソフィーの心が冷える。
運命の人。
キャロライン様がリア姉さんを罵る時によく言っていた言葉だ。
『ダニエルは私を運命の人だといつも言っていた。私たちは運命の恋人同士だったのよ。それをアンタの母親が私たちを引き裂いた!だからアンタの母親は罰を受けて死んだのよ。』
そんな事をアメリアに言っては些細な事で罰を与えていた。
キャロライン様の声は屋敷中に響いていて、他の使用人たちは陰で笑い合ったりしていた。ソフィーは彼女が金切り声を上げて叫ぶ度に
『貴女のその運命の人は屋敷の使用人に手を出して孕ませましたが!』
と言ってやりたかった。所詮、運命の人だなんだと言ったって、自分の欲を最優先する様な男なのだ。『運命の人』という言葉は、随分と軽いものだと思っていた。
「エドワード様、私はお情けでこのお屋敷で働かせて頂いているだけの平民の使用人です。どうかこの手をお離しください。」
奥様ほどではないかも知れないけれど、たぶん私の声も低い声が出ていたと思う。驚いたエドワード様の手が緩んだ隙に手を引き一歩後ろに下がった。
「やっ、ソフィー、私はっ!」
「エドワード、今日のところは引きなさい。もし本気ならばお前の事を知ってもらい、彼女をもっとよく知ってから求婚しなさい。安易に運命だとか言う様な男は信用などされまい。」
前伯爵様の言葉にエドワードはしゅんとしながら元の場所に戻って行った。
いえ、もう求婚は遠慮したいのですが、とソフィーは思ったけれど、流石に失礼かも知れないので黙っていた。
その後、前伯爵様の言葉通りにエドワードは自分の事を知って貰おう、と何度もお屋敷にやって来た。彼は自分の話をたくさんしてくれた。物心ついた時からの事、周りからどう見られて自分がどう思っていたのか、を。
そしてソフィーの話もたくさん聞きたがった。母の事、今までどう生きてきたのか。
公爵家の話は決して楽しい話ではない。
使用人たちにされた事を言えば自分の事の様に怒り悔しがり、アメリアの話をすれば爆笑したりソフィーとずっと一緒に居た彼女を羨ましがったりと、彼はソフィーに対して感情を隠す事なく接していた。
毎回、求婚してくるのはもうお約束の様になっていて、それが無ければなぁ、とソフィーは思っていたけれど、ある日、ついうっかりと求婚を受けてしまった。
ついうっかり、ではあるけれどたぶんソフィーの本心もそうだったのだろう。だから自然に求婚を受けてしまったのだ。
エドワードは最初、何が起きたのか分からない様な驚いた顔をして、そして次には私を抱き上げてその場でぐるぐると回った。何回も何回もぐるぐると回ってソフィーがたまらず『もうやめて~。』と叫ぶ前にエドワード様も目が回ったのか、ソフィーごとその場にへたり込んだ。
そしてソフィーの肩に自分の顔を埋めて号泣した。本当に大泣きで、何事かと駆けつけた前伯爵様がソフィーたちを見て驚いた後に呆れていたほどだった。
こうしてソフィーはエドワードと婚約した。平民のソフィーはガルバ伯爵家の面々に気に入られてはいたものの、伯爵家としては体裁は整えなければならない。
ガルバ伯爵家の縁戚である子爵家の養女として籍を置く事になったソフィーは、伯爵家に嫁ぐ為の教育が始まった。
暫くして社交界でエドワードの婚約の話が公になると、相手の女性について噂される様になった。
そんな頃、ガルバ伯爵がソフィーに話があると言ってきた。
『君の父親だと名乗る者が面会したい、と言ってきているがどうする?』
どうやらディバイン公爵家は、前伯爵からの支度金を早々に使い果たし、あちこちで借金を重ねているらしい。
大方、エドワードの婚約者の名を聞きつけて更にガルバ伯爵家からお金を引き出せる、と考えたのかも知れない。
「いいえ、私には父は居ませんでした。今はディール子爵家のお義父様は居ますが。」
事実、ソフィーには父親は今まで居なかったし、父親が誰なのか、と知ったのも母が亡くなる少し前の事だった。別に知りたいと思った事は無かったけれど。
母がディバイン公爵が私の父だと伝えたのは、父を知らないソフィーを不憫に思っての事では無い。
母は病気になり寝込みがちになった時、自分の命が長くない事に気付き、母の代わりに使用人として働き出した私を心配したから真実を教えてくれたのだ、と今ならば理解出来る。
『ディバイン公爵には気をつけろ。』と、母は伝えたかったのだと。
その当時はキャロライン様に子が出来る可能性は十分にあった。そしてそうなった場合の事を懸念したのだと思う。
その頃には私は母によく似てきていたから。
ディバイン公爵がソフィーが自分の子だと気付かなかった時の事を恐れていたのだろうし気づいた場合の事も恐れていた筈だ。
だから敢えて私に真実を告げて気をつける様に言ったのだ。
そして真実を告げた事の本心には『アメリア様を助けてあげて。』という意味もあったと思う。実際は私の方が助けられてばかりいたのだけれど。
ディバイン公爵は私が母の娘であり自分の子だと気づいた。私の髪色は母には似ず公爵の髪色に近い色をしていたから。
そしてディバイン公爵は私を居ない者として扱った。キャロライン様に知られるのを恐れたのだろう。そして私も彼女たちの目に留まらぬように注意を払った。
女性の使用人には嫌われていたので、私の仕事は目立たない裏方の仕事を割り振られる事が多かったのは都合が良かった。
だからソフィーは自分の父親がディバイン公爵だと知っても、慕う事も寂しく思う事も無く『彼は自分の父親だ。』という感覚も一切持てないままだった。
『分かった。ではその様に断りを入れておく。』
ガルバ伯爵はそれ以上は何も言わずにソフィーの言葉を聞き入れた。その後暫くしてディバイン公爵家は爵位を返上した、と風の噂で聞いた。
ソフィーのもう一人の異母姉ソフィアの事をチラリと思い出したが、それは心配したからではない。『ざまぁ見ろ。』という思いからだ。
ソフィーはソフィアが大嫌いだった。確かに血を分けた姉妹ではあったが、ソフィーにとってはソフィアは異母姉ではなくあくまで雇用先のお嬢様だった。だから嫌いでもソフィア様と呼んでいたのだ。あの最低な後妻と同じ様に。
あの親娘は散々、リア姉さんを虐め、数々の嫌がらせを行ってきた。例えリア姉さんが何とも思っていなくとも心の底では許せなかった。
特にソフィアに至っては、アメリアと血を分けた姉妹であるというのに、嬉々としてアメリアに嫌がらせを行っていた。ある日、ソフィーは聞いてしまったのだ。
『これぐらい嫌がらせをすればアメリアも私に反抗する様になるかしら?彼女には悪女になって貰わないと私が困るのよ。』
ソフィアの言葉は意味不明だった。けれど彼女には目的があってアメリアに嬉々として嫌がらせをしていたのだ。
リア姉さんを悪女に仕立て上げて、一体彼女は何をするつもりなんだ!
そうやって憎しみのような感情を持つソフィーを宥めたのもまたアメリアだった。
「よく分からないけど、ソフィアは遊び感覚で嫌がらせをしているんじゃない?」
そうあっさりと言うアメリアに、
『やっぱり異母姉妹とはいえ、自分の妹だから酷い事をされても許してしまうの?私だって妹なのに、、、。』
そう思ったソフィーはソフィアに嫉妬しているのだ、と気がついた。異母姉妹であっても姉妹として認識されているソフィアが羨ましかった。嫌味からの言葉だったとしても私も『お姉様』と呼んでみたかった。
それからソフィーは心の中でこっそりとリア姉さんと呼ぶ様になった。言葉にしてしまったら全てを話してしまいそうだったから。
チラリと思い出した異母姉の事は今となっては心底どうでもいい。母娘共々、もうリア姉さんに関わらないのならば私も忘れよう。こうしてソフィーはもう関わる事の無いディバイン家の面々を記憶の片隅に追いやった。
そして更に一年が過ぎた頃、ソフィーはエドワードと結婚した。ソフィーの事をあれやこれやと探ったり悪意を持って近づいてくる令嬢たちも居る。
見た目が清楚で大人しく見えるソフィーは虐めやすそうに見えるのか、嫌がらせをしてエドワードの妻の座を奪おうと企むご令嬢も居るらしい。
アメリアの影響を大きく受けているソフィーが見た目通りではない事は、伯爵家の面々もよく知ってはいるが、可愛い妻を、可愛い義娘を守ろうと、鉄壁の布陣で守ってくれる。ソフィーはその気持ちに深く感謝する。
ソフィーはエドワードと結婚してもアメリアの事がずっと気掛かりだった。
リア姉さんの事だからきっと大丈夫。
そうは思ってもたった一人の肉親であり親友だ。
日々、彼女の無事を祈り、会える日を願っていたある日、ガルバ伯爵がひどく困惑した様な焦っている様な表情で手紙を持ってやって来た。
「ソフィー、アメリア嬢の事なんだが、アトラータ国から手紙が来て、、、、。」
アトラータ国とはこの国からかなり離れた所にある国だった筈。まさかリア姉さんはそんな遠い所に!?
お義父様から手紙を受け取り、内容を読んだソフィーは人目も気にせずに思わず声を出して笑ってしまった。
なんてリア姉さんらしいんだろう。
驚く内容だったけれど、リア姉さんならばと納得しまう内容でもあった。
そうしてソフィーがひとしきり笑った後には、家令が取り乱して扉をノックもせずにやってきた。
先触れもなく、何やら立派な馬車が屋敷の門まで来ている、と焦っている家礼の姿にソフィーは確信する。
ソフィーは満面の笑みを浮かべて早足に玄関へ向かって行った。
ソフィーの環境は目まぐるしく変化した。
『私はこれからの人生を自由に好きに生きてみたいです。』
と言ったソフィーにガルバ伯爵は『自由に好きに生きる為の準備が整うまで、このお屋敷で働いてみては?』と提案した。
ソフィーとしては自由になったのだから、直ぐにでもアメリアを探しに行きたかった。
しかし、自由に生きる為に長年準備をしてきたアメリアを思い出して、『確かに準備は必要だ。』と考え直した。
それでもガルバ伯爵様にはアメリアの行方を探して欲しい、とお願いした。今ならば行方を追うのは然程難しくはないだろう、と思えたからだ。
数日経って、ガルバ伯爵は王都で見つかったアメリアの髪とスカートの件から『残念だが、、、。』と話を続けようとした。
しかし、ソフィーが最後に会った時の事と日頃のアメリアの話をすると、ガルバ伯爵は微妙な表情を浮かべて『変わったご令嬢だな、、、。』と呟きながらも引き続き捜索してくれると約束してくれた。
そしてソフィーは前伯爵様の住むお屋敷で侍女として働いている。侍女と言っても侍女見習いと言った方が正しいかも知れない。前伯爵のお屋敷には親に売られる様にしてやってきた女性ばかりが働いている。
ガルバ伯爵が仕事や嫁ぎ先を探しているが、どちらにしても先ずは彼女たちに足りないモノを習得する必要がある、という事で一旦、前伯爵様のお屋敷で教養やマナーなどを身につけている。
この屋敷で彼女たちは生きる術を学びながら、自分の道を決めているのだ。
親に売られてきた彼女たちはアメリアの様に実の親から酷い扱いを受けていた人が多い。彼女たちを見ているとソフィーはアメリアの言葉を思い出す。
「所詮、血が繋がっていると言ってもただそれだけの事。そこに家族の情が無ければ結局は他人と同じなのよ。お互いが大事に思い合えないなら家族の情も生まれないわよねぇ。」
この言葉は本当にそうだと思う。
『ガルバ前伯爵が大金を出す代わりに、妻を殺された憎しみを解消する為の後妻を探している。』という様な噂を鵜呑みにして娘を差し出す親は未だに後を絶たない。
もう前伯爵様は白いドレスを忌み嫌う事も贖罪の為に、という事も無い。けれど今も大金を払って女性を受け入れているのは、前伯爵様が引き取らなければ、もっと劣悪な環境に追いやられるだろう、と分かっているからだ。
屋敷に来た彼女たちはガルバ伯爵様の話を聞いても最初は疑心暗鬼になるか、言葉が心に届いていない様な何の反応も示さない事が多いそうだ。
けれど、今まで前伯爵様の屋敷に来た女性たちは皆、真実を知っても家に帰りたがる人は一人も居ないのだと言う。
新しくやって来た女性たちもまた同じで、その様子を見たガルバ伯爵様はしばらく考えてソフィーに彼女たちの世話を頼んできた。『特別な事はしなくていい。ただ一緒に居て会話をするだけで良い。』と。
どういう訳だか、ガルバ伯爵はソフィーに任せれば大丈夫だ、と思っている節がある。
ガルバ伯爵様曰く、『同じ事を言っていてもソフィーの言葉の方が相手に届くのだ。』と。
買い被りでは?と思いはしたけれど、それでもお役に立てているならそれでいいかとソフィーは思う。
彼女たちが少しづつ自分に心を開いてくれるのが嬉しい、笑顔を見せる様になってきた事が嬉しい。
親が子を売るなんて世の中を無くす力は自分には無いけれど、虐げられた彼女たちの傷ついた心を少しでも自分が癒す事ができるなら、希望や夢を描く事が出来る様な手伝いを自分が出来るなら、と彼女たちに寄り添い一緒に仕事をしながら、ソフィーは考える様になっていった。
そしてこの一年でソフィーには思いがけない出会いがあった。
侍女見習いの仕事にも慣れてきた頃、ガルバ伯爵様とそのご家族が屋敷にやって来た。
お茶をお出しする為に、応接室に行くと前伯爵様の対面にはガルバ伯爵様と奥様らしき人が座っていた。とてもお美しい人で正に美男美女だなぁ、とソフィーは思いながらお二人の後ろに立つソフィーよりも幾つか年上に見える男性を見た。
あら、お若いガルバ伯爵様が居る。
ガルバ伯爵家は代々お顔がそっくりに生まれるのかしら?と思ってしまう程よく似ている。
お互いに現在、過去、未来、って思ったりしないのかしら?
そんな事をふと考えて思わずクスリと笑みが溢れて慌てて真顔に戻そうと前を向いたら男性と目が合ってしまった。
その男性は目をカッと見開いて何故だか私を凝視している。
どうしよう、不快に思われたかも?
と内心焦っていたら、男性はズカズカとソフィーの方に歩いてきて突然跪いた。
「私と結婚してくれっ!」
「はっ!?」
驚いた。本当に驚いてしまった。
眉目秀麗という言葉がよく似合うガルバ伯爵様のお若い姿の様な男性は、目をキラキラと輝かせて『さぁ、お手をどうぞ。』とばかりに手を差し出してくる。
懇願とかではなくて、『手を取るよね?取ってくれるよね?』という期待が全身から出ているように感じられて、どうしたら良いかとソファに座る伯爵様たちを見た。
え?怖いぐらいに冷たい目。
やっぱり私が平民だから?
けれどよく見てみると三人の視線は私の目の前の人に向けられていて、それはもう白けた表情をしている。
「エド、、、、エドワード?貴方、何を血迷っているのかしら?」
奥様は美しいそのお姿のどこからそんな低い声が出るのかと思うほど低い声で、ソフィーに向けたられた言葉ではないのに、ソフィーの方が思わず後退りしてしまうぐらい怖かった。
「ベス、ソフィーが怖がっているよ。いつもの美声はどこにいったの?」
ガルバ伯爵様が甘いっ!
隣に座る奥様の腰にそっと手を回して、甘い瞳で話しかける姿に、そういった方面に縁の無かったソフィーは思わず顔が赤くなってしまう。
「ソフィー!君はソフィーというのかい?なんて可愛いらしい名だ。改めてプロポーズをするよっ。
ソフィー、どうかこの私、エドワード・ガルバと結婚してくれ!愛してるっ!」
どうしよう、、、、。エドワードと呼ばれた男性は跪いたままソフィーににじり寄り、とうとう手を取られて求婚されてしまった。
プロポーズされた時って相手の手を取ったらオーケーなんじゃないの?手を先に取られてしまった場合はどうすればいいの?
最近では祖父の様に私を可愛がって下さる前伯爵様にソフィーは助けを求める様に視線を向ける。
「エドワード。ソフィーの手を離しなさい。彼女はお前に群がる貴族令嬢どもとは違うのだ。」
「嫌です!もしこの手を離してしまったらこんなに可愛らしいソフィーは妖精に攫われてしまうかも知れませんっ!」
えぇ!貴族の方ってこんなに変な事を考えるのが普通なの?妖精が攫うって意味が分からないわ。
もし父親が真面だったら、ソフィーも公爵令嬢として貴族社会に馴染んでいたかも知れない。しかしソフィーはディバイン公爵家の使用人でしかなかった。
貴族の令息令嬢は恋をするのにこんな会話が当たり前なのだろうか?私には到底無理だ。ソフィーはそう思い平民で良かった、と何故か安堵する。
「エドワード、夜会やお茶会で近づいてくる令嬢の事を貴方は何て言っていたか覚えていて?
見た目だけで自分に近寄ってくる者など信用出来る訳がない、と言っていたのよ。
今の貴方はそのご令嬢方と同じではなくて?」
「いえ、そうは言いましたが、ソフィーは私の運命の人なのです。見た目だけではなく私はソフィーそのものに心を奪われたのです!」
奥様の冷ややかな声にエドワード様はハキハキと自信ありげに答えている。
けれど運命の人という言葉にソフィーの心が冷える。
運命の人。
キャロライン様がリア姉さんを罵る時によく言っていた言葉だ。
『ダニエルは私を運命の人だといつも言っていた。私たちは運命の恋人同士だったのよ。それをアンタの母親が私たちを引き裂いた!だからアンタの母親は罰を受けて死んだのよ。』
そんな事をアメリアに言っては些細な事で罰を与えていた。
キャロライン様の声は屋敷中に響いていて、他の使用人たちは陰で笑い合ったりしていた。ソフィーは彼女が金切り声を上げて叫ぶ度に
『貴女のその運命の人は屋敷の使用人に手を出して孕ませましたが!』
と言ってやりたかった。所詮、運命の人だなんだと言ったって、自分の欲を最優先する様な男なのだ。『運命の人』という言葉は、随分と軽いものだと思っていた。
「エドワード様、私はお情けでこのお屋敷で働かせて頂いているだけの平民の使用人です。どうかこの手をお離しください。」
奥様ほどではないかも知れないけれど、たぶん私の声も低い声が出ていたと思う。驚いたエドワード様の手が緩んだ隙に手を引き一歩後ろに下がった。
「やっ、ソフィー、私はっ!」
「エドワード、今日のところは引きなさい。もし本気ならばお前の事を知ってもらい、彼女をもっとよく知ってから求婚しなさい。安易に運命だとか言う様な男は信用などされまい。」
前伯爵様の言葉にエドワードはしゅんとしながら元の場所に戻って行った。
いえ、もう求婚は遠慮したいのですが、とソフィーは思ったけれど、流石に失礼かも知れないので黙っていた。
その後、前伯爵様の言葉通りにエドワードは自分の事を知って貰おう、と何度もお屋敷にやって来た。彼は自分の話をたくさんしてくれた。物心ついた時からの事、周りからどう見られて自分がどう思っていたのか、を。
そしてソフィーの話もたくさん聞きたがった。母の事、今までどう生きてきたのか。
公爵家の話は決して楽しい話ではない。
使用人たちにされた事を言えば自分の事の様に怒り悔しがり、アメリアの話をすれば爆笑したりソフィーとずっと一緒に居た彼女を羨ましがったりと、彼はソフィーに対して感情を隠す事なく接していた。
毎回、求婚してくるのはもうお約束の様になっていて、それが無ければなぁ、とソフィーは思っていたけれど、ある日、ついうっかりと求婚を受けてしまった。
ついうっかり、ではあるけれどたぶんソフィーの本心もそうだったのだろう。だから自然に求婚を受けてしまったのだ。
エドワードは最初、何が起きたのか分からない様な驚いた顔をして、そして次には私を抱き上げてその場でぐるぐると回った。何回も何回もぐるぐると回ってソフィーがたまらず『もうやめて~。』と叫ぶ前にエドワード様も目が回ったのか、ソフィーごとその場にへたり込んだ。
そしてソフィーの肩に自分の顔を埋めて号泣した。本当に大泣きで、何事かと駆けつけた前伯爵様がソフィーたちを見て驚いた後に呆れていたほどだった。
こうしてソフィーはエドワードと婚約した。平民のソフィーはガルバ伯爵家の面々に気に入られてはいたものの、伯爵家としては体裁は整えなければならない。
ガルバ伯爵家の縁戚である子爵家の養女として籍を置く事になったソフィーは、伯爵家に嫁ぐ為の教育が始まった。
暫くして社交界でエドワードの婚約の話が公になると、相手の女性について噂される様になった。
そんな頃、ガルバ伯爵がソフィーに話があると言ってきた。
『君の父親だと名乗る者が面会したい、と言ってきているがどうする?』
どうやらディバイン公爵家は、前伯爵からの支度金を早々に使い果たし、あちこちで借金を重ねているらしい。
大方、エドワードの婚約者の名を聞きつけて更にガルバ伯爵家からお金を引き出せる、と考えたのかも知れない。
「いいえ、私には父は居ませんでした。今はディール子爵家のお義父様は居ますが。」
事実、ソフィーには父親は今まで居なかったし、父親が誰なのか、と知ったのも母が亡くなる少し前の事だった。別に知りたいと思った事は無かったけれど。
母がディバイン公爵が私の父だと伝えたのは、父を知らないソフィーを不憫に思っての事では無い。
母は病気になり寝込みがちになった時、自分の命が長くない事に気付き、母の代わりに使用人として働き出した私を心配したから真実を教えてくれたのだ、と今ならば理解出来る。
『ディバイン公爵には気をつけろ。』と、母は伝えたかったのだと。
その当時はキャロライン様に子が出来る可能性は十分にあった。そしてそうなった場合の事を懸念したのだと思う。
その頃には私は母によく似てきていたから。
ディバイン公爵がソフィーが自分の子だと気付かなかった時の事を恐れていたのだろうし気づいた場合の事も恐れていた筈だ。
だから敢えて私に真実を告げて気をつける様に言ったのだ。
そして真実を告げた事の本心には『アメリア様を助けてあげて。』という意味もあったと思う。実際は私の方が助けられてばかりいたのだけれど。
ディバイン公爵は私が母の娘であり自分の子だと気づいた。私の髪色は母には似ず公爵の髪色に近い色をしていたから。
そしてディバイン公爵は私を居ない者として扱った。キャロライン様に知られるのを恐れたのだろう。そして私も彼女たちの目に留まらぬように注意を払った。
女性の使用人には嫌われていたので、私の仕事は目立たない裏方の仕事を割り振られる事が多かったのは都合が良かった。
だからソフィーは自分の父親がディバイン公爵だと知っても、慕う事も寂しく思う事も無く『彼は自分の父親だ。』という感覚も一切持てないままだった。
『分かった。ではその様に断りを入れておく。』
ガルバ伯爵はそれ以上は何も言わずにソフィーの言葉を聞き入れた。その後暫くしてディバイン公爵家は爵位を返上した、と風の噂で聞いた。
ソフィーのもう一人の異母姉ソフィアの事をチラリと思い出したが、それは心配したからではない。『ざまぁ見ろ。』という思いからだ。
ソフィーはソフィアが大嫌いだった。確かに血を分けた姉妹ではあったが、ソフィーにとってはソフィアは異母姉ではなくあくまで雇用先のお嬢様だった。だから嫌いでもソフィア様と呼んでいたのだ。あの最低な後妻と同じ様に。
あの親娘は散々、リア姉さんを虐め、数々の嫌がらせを行ってきた。例えリア姉さんが何とも思っていなくとも心の底では許せなかった。
特にソフィアに至っては、アメリアと血を分けた姉妹であるというのに、嬉々としてアメリアに嫌がらせを行っていた。ある日、ソフィーは聞いてしまったのだ。
『これぐらい嫌がらせをすればアメリアも私に反抗する様になるかしら?彼女には悪女になって貰わないと私が困るのよ。』
ソフィアの言葉は意味不明だった。けれど彼女には目的があってアメリアに嬉々として嫌がらせをしていたのだ。
リア姉さんを悪女に仕立て上げて、一体彼女は何をするつもりなんだ!
そうやって憎しみのような感情を持つソフィーを宥めたのもまたアメリアだった。
「よく分からないけど、ソフィアは遊び感覚で嫌がらせをしているんじゃない?」
そうあっさりと言うアメリアに、
『やっぱり異母姉妹とはいえ、自分の妹だから酷い事をされても許してしまうの?私だって妹なのに、、、。』
そう思ったソフィーはソフィアに嫉妬しているのだ、と気がついた。異母姉妹であっても姉妹として認識されているソフィアが羨ましかった。嫌味からの言葉だったとしても私も『お姉様』と呼んでみたかった。
それからソフィーは心の中でこっそりとリア姉さんと呼ぶ様になった。言葉にしてしまったら全てを話してしまいそうだったから。
チラリと思い出した異母姉の事は今となっては心底どうでもいい。母娘共々、もうリア姉さんに関わらないのならば私も忘れよう。こうしてソフィーはもう関わる事の無いディバイン家の面々を記憶の片隅に追いやった。
そして更に一年が過ぎた頃、ソフィーはエドワードと結婚した。ソフィーの事をあれやこれやと探ったり悪意を持って近づいてくる令嬢たちも居る。
見た目が清楚で大人しく見えるソフィーは虐めやすそうに見えるのか、嫌がらせをしてエドワードの妻の座を奪おうと企むご令嬢も居るらしい。
アメリアの影響を大きく受けているソフィーが見た目通りではない事は、伯爵家の面々もよく知ってはいるが、可愛い妻を、可愛い義娘を守ろうと、鉄壁の布陣で守ってくれる。ソフィーはその気持ちに深く感謝する。
ソフィーはエドワードと結婚してもアメリアの事がずっと気掛かりだった。
リア姉さんの事だからきっと大丈夫。
そうは思ってもたった一人の肉親であり親友だ。
日々、彼女の無事を祈り、会える日を願っていたある日、ガルバ伯爵がひどく困惑した様な焦っている様な表情で手紙を持ってやって来た。
「ソフィー、アメリア嬢の事なんだが、アトラータ国から手紙が来て、、、、。」
アトラータ国とはこの国からかなり離れた所にある国だった筈。まさかリア姉さんはそんな遠い所に!?
お義父様から手紙を受け取り、内容を読んだソフィーは人目も気にせずに思わず声を出して笑ってしまった。
なんてリア姉さんらしいんだろう。
驚く内容だったけれど、リア姉さんならばと納得しまう内容でもあった。
そうしてソフィーがひとしきり笑った後には、家令が取り乱して扉をノックもせずにやってきた。
先触れもなく、何やら立派な馬車が屋敷の門まで来ている、と焦っている家礼の姿にソフィーは確信する。
ソフィーは満面の笑みを浮かべて早足に玄関へ向かって行った。
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