【 完 結 】傾国の美女は表舞台をひた走る

しずもり

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番外編

始まりの日

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side アルフレッド


クリスティーヌ・ダリオン侯爵令嬢は私の婚約者だ。彼女との婚約が整ったのは、私が9歳、彼女が5歳の時だった。


彼女は王妃が親しくしていた従姉妹の娘だ。

「陛下、アデリーヌがとても困っているようですの。ワタクシ、あの子の力になってあげたいのよ」


母はそう言って父に私とクリスティーヌとの婚約を持ちかけたらしい。

王族の婚姻はその殆どが政略結婚だ。既に王子教育の大半が終了し王太子教育も始まっていた私もその事は理解していた。

しかし、これは政略結婚というのだろうか?
クリスティーヌを守る為だけに結ばれる婚約というのは王家としては何の利もないのではないか?

私は王族として当たり前のようにそう思った。勿論、相手は侯爵家だ。身分的には問題がある筈も無い。

しかし、彼女を守る為である、と言うならば、年齢的にいってレオンの方が釣り合いが取れるのではないか、と単純にそう思ったのだ。


王妃である母にクリスティーヌが私の婚約者となる事を告げられた時、疑問に思った事をそのまま言葉にした。

「そ、うね、、、年齢的に言えばレオンの方が釣り合いが取れるわね。

でもあの子のクリスティーヌへの好意は危ういわ」


私の言葉にやや顔を強ばらせ母は呟くように言った。


その言葉の意味は分からなかったが、何故だか私はクリスティーヌに初めて会った日の事を思い出した。


クリスティーヌはまだ生後三か月に満たない乳幼児だったので、彼女からすれば会ったとも言えない出会いだっただろう。


あの日、母は私とレオンを連れてダリオン侯爵邸にクリスティーヌの誕生祝いにやって来ていた。


「赤ちゃんを見に行くわよ」


母にそう言われて外出する事になった時、何故、態々赤子を見に行くのか、と不思議に思った事を覚えている。


物心つくかつかないかの頃ではあったが、私は二歳下のレオンが生まれた時の事を朧げながらに覚えていた。


母は私たちを産み、赤子というモノを十分堪能していたのではないか。
私とて何度も赤子のレオンの下へ足を運び、その柔らかく弾力のある頬やそっと指を差し出すとギュッと握ってくる小さな手が面白くもあり可愛がった。


それなのに何故、他人の赤子を見に行くのだろう?


この発想が今の私と何ら変わりなく、幼少期の私は何て可愛げの無い子どもだったのだろう、と後に思ったものだ。


しかし、レオンの手を引きながら見たクリスティーヌは目を閉じて眠っているのに、天使のような愛らしさを持った赤子だった。


眠っているだけなのに愛らしさの伝わる赤子とは、母上が見に行きたがるのも頷けるな。


赤子のクリスティーヌを見てもなお、そう思っただけの私だったが、隣に立っていたレオンは違った。


食い入るようにスヤスヤと眠る赤子を見続ける姿に、いつもは落ち着きがなく動き回るか飽きて愚図るかのレオンが大人しくしている事に、おや?と思った瞬間だった。


不意にパチリと赤子が目を開いた。大きな目を見開いて私たちの方をじぃっと見ている。
気のせいか紫の瞳はキラキラと輝いているようにも見えて思わず私もじっと見つめ返してしまった。

その時、手を繋いでいたレオンの手がギュッと私の手を強く握りしめたのだ。
たぶん無意識だったのだろう。


それから幾度となくレオンはダリオン侯爵邸に行く事を母にせがんでいたが、その願いは数度に一度聞き届けられる程度であった。


私はと言えば、赤子でこのようでは将来が大変であろうな、と思っただけだ。


クリスティーヌは確かに可愛いし将来、国一番の美人なるだろうと思いはしたが、美しさだけならクリスティーヌの母上も、私の母も絶世の美女と言うに相応しい女性だ。

それに高位貴族ならば見目の良い者など男女とも多く居る。
つまりは美人は見飽きる程居るし好みは人それぞれという事だ。


王族は政略結婚するもの、と早々に理解していた私には容姿など二の次であった。
勿論、良いに越した事はないのだろうが。


母には私の考えている事が分かっていたのだろう。だからこそ私の婚約者に、と母は考えたのだ。


クリスティーヌは首がすわった頃に乳母に攫われかけた事をきっかけに何度もその身を危険に晒されてきた。


彼女がニッコリと笑うだけでその姿に心を奪われ己のモノに、と身勝手にもそう願う不届き者が後を立たなかったのだ。


不届き者ではあるが、乳母を始め元々は善人だった者たちが多かった。
しかし何故なのか、愛らしくも美しいクリスティーヌに心を奪われ、知らずに道を踏外してしまうのだ。

ただ側に自分だけにその愛らしい姿を見せて欲しかった、そういったのは侯爵家の庭師見習いだっただろうか。


彼女の美しさは次第に外部にも伝わり、闇ギルドによる売買目的の誘拐、攫って人知れず囲いたい貴族の依頼など誘拐理由は様々だった。
そうして娘が狙われ続ける事に困り果てた侯爵夫人が王妃である従姉妹に相談してきたのだ。


そういう訳で決められた婚約に私としては不服も無く粛々と受けとめただけだった。
当然、レオンは母だけでなく国王陛下である父上にも『何故、私では駄目なのか。』と抗議していたが決定が覆る事は無かった。


そうして私とクリスティーヌの婚約が決定し、まだ公表されてはいないが貴族社会では周知されるようになった頃、またしてもクリスティーヌが誘拐されそうになる事件が起きたのだ。


とある犯罪者組織による企みであったのだが、婚約式が行われる前に、という思惑があったのだろう。

この組織は実に周到にじっくりと時間をかけて、クリスティーヌ誘拐を計画していた。

だからこそ第一王子の婚約者となる前にクリスティーヌを手に入れなければ、という焦りからの当初の計画に無い誘拐だった。

皮肉な事にそのお陰で、クリスティーヌは犯罪者組織の手に渡らずに事件は未遂で済んだのだ。


その日、まだ婚約者ではないが、誘拐されかけてショックを受けたクリスティーヌを慰めるべくダリオン侯爵邸へ赴いた。


専属侍女に案内されてクリスティーヌの部屋を訪ねると部屋には誰も居なかった。


まさかっ!?


一瞬、悪い考えが頭を過ったが、何処からか泣き声が聞こえてくる。
ホッと息を吐き、微かに聞こえる泣き声を辿るとクローゼットの中から聞こえていた。


「うっ、うっ、、、うぇ、、、」


「クリスティーヌ?そこに居るのかい?

私だ、アルフレッドだ」


僅かに開いているクローゼットの隙間に向かって、彼女を驚かさないようにと優しく声を掛けると泣き声が一瞬止んだ。


「アッ、アル、、、兄様?、、、うっ、うっ、、、グスンっ」


彼女が物心つく頃から半年に一度ほど、母は私とレオンを連れてダリオン侯爵邸を訪問していた。
クリスティーヌからは『アル兄様、レオン兄様』と私たちは呼ばれている。


王宮からダリオン侯爵邸は然程離れてはいなかったが、今思えば年々クリスティーヌへの好意を隠さなくなっていったレオンを見て、母は必要以上に交流を持たせぬようにしていた節がある。


その為、アル兄様と呼ばれていても、偶に会うだけの可愛い妹のようにしか私は思っていなかった、この日までは。


「クリスティーヌ、美味しい焼き菓子を持って来たよ。

さぁ、ここから出ておいで?」


私は努めて明るい声で何事もなかったように声をかけた。

普段の私は母からも『素気ない』だの『愛想が無い』だの言われている子どもらしくない子どもであった。
だが対外的には例え子ども同士であっても愛想の良い爽やかな第一王子を演じていた。


「・・・・うっ、うぅっ。

わたしのせいでアンナが、、、、。

アンナがじじょをやめさせられちゃったの、、、」


一瞬、焼き菓子に心を奪われたようで沈黙したが、それでも悲しみがまさったようで、またも泣き出したクリスティーヌの言葉に首を傾げた。


アンナ?


侍女が辞めさせられた?


何処かで聞いた名だと思えば、今回のクリスティーヌ誘拐未遂事件の実行犯の一人の名だと気が付いた。


犯罪者組織は一、二年ほど前からダリオン侯爵家に侍女と御者の二人を送り込んでいた。

二人は何処かの貴族家からの推薦状を持ち、真面目で働き者の二人は使用人たちの間でも良い印象を持たれていたそうだ。
クリティーヌへの対応も変に執着するような素振りも一切見せず、だからこそ侯爵家の者たち全員が油断していたのだ。

何年掛けて行う予定の計画だったのか。


突然に降って沸いた第一王子との婚約話に潜入していた二人は慌てた。


クリスティーヌがこのまま第一王子の婚約者となってしまえば迂闊に手が出せなくなる。
計画が成功しても王子の婚約者ならば、血眼になって彼女の行方を捜索するだろう。
そうなったら組織ごと潰されしまうのではないか。

計画が実行出来なくなったとしても、二人には組織からの制裁が待っているだろう。


焦った二人は今ならば、例え失敗しても侯爵令嬢の誘拐未遂事件で終わる。未遂ならそこまでの罪にはないないのではないか。
そもそも既に侯爵家からの信用も勝ち取っている二人なら失敗する筈も無い。


そう考えた二人の浅はかな考えで実行された計画はアッサリと潰された。クリスティーヌが侍女と御者が犯人だと気付く事もなく。

だからクリスティーヌは知らなかったのだ。
そして彼女を傷つけないように隠された真実が、侍女が自分の所為でクビにされたと彼女が責任を感じている事に誰も気付けなかった。


クリスティーヌは何も悪くないのに、私利私欲で彼女を攫おうとした者たちの為に心を痛めて泣いている。まだ幼い子どもの彼女が。


そう思うと犯罪者組織にもクリスティーヌの信頼を受けながら犯行に及んだ者たちにも怒りが沸いてくる。


それでも今はクリスティーヌだ。彼女の憂いを払ってやらねばならない。


「クリスティーヌ、侯爵に聞いたが、彼女は兼ねてから付き合っていた恋人と結婚する事になったと聞いたよ。

どうやら心配性の恋人らしくて、自分の目の届く所に居て欲しい、と懇願されたそうなんだ。

彼女も良いきっかけになったのだから気にしないで欲しい、と笑って退職したそうだ」


我ながらよくもスラスラと嘘を並べられるものだ。

とともにこの国にも他国でも無い所にのだが、それをクリスティーヌに告げる者はどこにもいないだろう。


「・・・・ほんとう?」


「あぁ、本当だとも。今頃、と一緒に祝い酒でも飲んでいるんじゃないかな。

だからそろそろ出ておいで。一緒に焼き菓子を食べよう」


ジッとクローゼットの扉が開くのを待っていると、小さな手が扉の隙間からおずおずと出てくる。そしてスーっと扉が開いて出てきた彼女はー。


「ブフォッ!!」


彼女と目が合った瞬間に盛大に噴き出してしまったのは許して欲しい。


傷つき悲しみに暮れる彼女を心配していたのは本当だ。
そこに縁戚に対する情程度の気持ちしか無かったとしても。


だがその気持ちと心配していた彼女の顔があまりにも愉快な事になっている事の落差が激し過ぎる。


「うっ、、、、ク、クリスティーヌ。、、、そ、その顔は、プッ、、、ふはっ」


私とクリスティーヌの立場が入れ変わったかのように、いや、私は泣いているのではなく笑いを必死に堪えているだけなのだが中々言葉が出てこない。


「ひっ、ひどいわ、アル兄様!」


クリスティーヌは頬を膨らませて抗議する様な声色を出すのだが、、、。


「ブッ、ハハッ。だ、ダメだっ、。そ、その顔は、、、」


思わず、彼女の愛称が口から出てしまうほど、頬を膨らませた事によって更に愉快な顔になった彼女に笑いが止まらない。


笑いが収まるまでの間、彼女はしきりに『アル兄様ったら酷い!』とプリプリ怒りながら、侍女の差し出したタオルで顔中に塗りたくられた口紅や頬紅を落としていた。


「ふっ、、、、それでティーは何故、そのような顔に?ふはっ」


今の彼女はを落として素の顔だ。
だがどうしても数分前の闇雲に塗りたくった化粧が、涙と手で擦った事で前衛的な絵画のようになった顔を思い出してしまう。


「アル兄様っ!もう忘れて下さいましっ!」


今は羞恥で顔を真っ赤にしているクリスティーヌの可愛いらしさに心がホッコリとした気分になって、自分でもよく分からない不思議な気持ちに首を傾げる。


「ティー、済まない。もう笑わないから訳を聞かせておくれ」


クリスティーヌの大きな瞳がユラユラと揺れ始めた事に気付いて慌てて謝ると彼女は俯いて小さくため息を漏らした。


「・・・・私の顔がわるいのです。

みんな、私の顔を見るとおかしくなる、と。

・・・・・使用人たちが言っているのを聞きました。

だから、、、、だからちがう顔になれば、大丈夫だと思ったのです」


クリスティーヌの声は涙を堪えようとして我慢しているのか、消え入りそうな声になっている。


「・・・ティー、笑ってしまってごめんよ。でも違うんだ。

ティーの顔を見たから皆がおかしくなったんじゃない。
誘拐などというものは相手の身勝手な理由で起こるものなんだ。被害者が悪い訳など無いよ。

もしかしたらティーともっと仲良くなりたいと思っただけかも知れない。

若しくは身代金目当ての悪い奴らだっただけかも知れない。理由は様々だろうが、それはティーが悪い理由になどならないだろう?

確かに我々も誘拐されてしまうような隙を作らぬよう日頃から用心しなければいけない事もある。

だが自分ではどうしようもない理由と状況で狙われてしまう事に、ティーが責任を感じる必要は無いんだ」


この時の俺は自分の婚約者になる予定の、この愛らしい彼女をこれ以上悲しませてはならないと必死だった。


そして身勝手な理由で彼女を狙い悲しませた者たちへ怒りを感じていたのだろう。
だからクリスティーヌが俺の言葉を聞いてどう思ったのか、そこまで考えが及ばなかった。


「・・・・ありがとう、アル兄様。

私もいっぱいする」


黙って私の言葉を聞いていたクリスティーヌは何を考えていたのか。
暫く黙っていたが、何かを決心したように小さく頷いてから私を見てフワリと笑った。


その笑顔は確かに天使のようで、女神の愛し子のようで、万人を魅了するものだった。


「・・・あぁ、私もたくさん用心する事にしよう。言い出した私がアッサリと誘拐されては面目が立たないからね」


俺の場合、実際は暗殺の可能性の方が高いのだがそんな事は言う必要も無いだろう。
今はただ居なくなった侍女の事を想い、心を傷めている彼女の笑顔を取り戻す事の方が大事だ。


そう思ったのにこの日以降、彼女は次第に人前では笑顔を見せる事は無くなってしまった。

婚約者となった俺の前では笑顔を見せてくれる。
しかしその後で周囲を伺いハッとして罪悪感のような表情を浮かべる彼女に、違う顔になろうとしていたありし日の彼女を思い出す。


いつか彼女が誰に気兼ねする事もなく、彼女らしく笑い生きられる日がくる事を願っている。
それが俺の手でなくとも彼女が彼女らしく振る舞える事が出来るようになるならば、俺はいくらでも協力する。

もしそんな日が来なかったらとしても、少しでも彼女の助けとなれるようにずっと側で支え続けよう。


そう思って彼女を側で見守り支え続けたつもりだったが、まさか愚弟によって前代未聞の婚約破棄宣言をされるとは思わなかった。


しかも結果的にはそれがキッカケとなり彼女が彼女らしさを取り戻したと思うと非常に不本意だったのだが。


それでも歌劇を通して本来の自分を取り戻したクリスティーヌを嬉しくも誇りに思う。
笑顔を封印し無表情を貫き誰とも親しくせずに隙を作らず自分を守り自分に惑う者が出ぬように、と本来の自分を抑え続けた彼女が一歩を踏み出すのにどれ程の勇気が入った事だろうか。

そして淑女の仮面も捨て髪を短くし人前で男性を演じる事にも不安と葛藤があった事だろう。
それら全てを抱えて一歩を踏み出した彼女はとても輝いていた。本来の彼女自身の輝きだ。

舞台を降りた後も輝き続けるクリスティーヌは今日も楽しげに笑う。

その微笑みに魅了される者は男女問わず今も多い。

だが次期国王の伴侶、未来の王妃となるクリスティーヌに手を出そうなどと思う者はいないだろう。

それに今のクリスティーヌは瞳の奥に邪な心を持つ者を許さない断固とした意志を感じさせる。お陰でそういった輩は彼女に近づく事は叶わない。
勿論、俺も彼女の笑顔を曇らすようなどんな些細な企みも許す気はない。


彼女を守る為だけに結ばれた政略結婚だったが、思えばあの日が俺にとっては恋愛結婚へと変化していく始まりの日だったのだろう。
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