彼が指輪を嵌める理由

mahiro

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上司かと思って振り返れば、そこには両手にコーヒーを持った重村さんの姿があった。


「お疲れ様、そっちも終わったみたいだな」


そう言って空いてるスペースに二人分のそれを置いて微笑んだ。
ヤバい、至近距離に重村さんがいる。
何この幸せな状況。
上司よ、私に仕事を頼んでくれてありがとう。
そんでもって日比野君の仕事を手伝う許可をくれてありがとう。
私、この日のために仕事頑張ってきたのかもしれません。


「あり得ん量っすわ。何なんすかこれ。二度とやりたくないんすけど」


「まぁまぁそう言うなって。これも会社のため、と思って頑張れよ。ちなみに一年に一回必ずある仕事だからよく覚えておくように」


語尾にハートでも付きそうな言い方に私はときめき、日比野君の表情は死んでいた。


「大北さんもありがとう。長時間手伝ってくれて。助かったよ」


「いや!気にしないで?!勝手に願い出てやらせて貰っただけだから?!」


顔の前に手を持ってきて、左右に大きく振れば重村さんに笑われてしまった。
リアクションが大き過ぎただろうか。
だって、あの重村さんが私に声をかけてくれたんだよ?!
過剰リアクションを取っても仕方ないと思いませんかねぇ?!


「普通、他部署の仕事が山積みになってても手伝おうって発想にならんすわ。良いとこワー大変ソウって思って終わりなのが普通ですよ?俺なら絶対手伝え言われても嫌っす」


「それは冷たい日比野に比べて大北さんが優しいってことだよ」


「冷たいって何すか」


「実際冷たいでしょ?」


言い合いを始めた二人に申し訳ないけど、もう何に喜べば良いのか分かりません。
重村さんに名前を覚えられていたこと?
それとも優しいって言われたこと?
もうキャパシティーオーバーを起こしそうです、私。
このままここにいたら我が人生に悔いはなしとか言って倒れそう。
そうならないためにも早く自分の部署に行こう。
心臓に悪い。
折角のチャンスかもしれないけど、恥をかきたくないし。
いい人という印象が残っている今ならまだ間に合う。


「あ、あの、そろそろ私、自分の部署に戻りますね?まとめた資料はここにありますので…」


「ん?コーヒーくらい飲んでってよ。疲れたでしょ?大北さんの上司も今日は疲れただろうからこの後は帰って良いって言ってたし」


「珍しく先輩が自分で入れたみたいですし、飲んどいた方が良いっすよ。次いつ飲めるのか分かりませんから」


「貴重みたいに言うなよ。時々入れてるだろ」


「いつも女子に入れさせておいてよく言いますわ」


また言い合いを始めてしまった。
あれ、これコーヒー飲み終わるまで帰れない感じか。
私、猫舌なんですけど。
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