氷の魔術師(引きこもり)のはずなのに、溺愛されても困ります。

入海月子

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サナリの事情②

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「ところで、領地ってどこ? どんなところ?」
「アルザラス地方です。ワインが名産で風光明媚なところなんですよ。うちの領地は南北に長くて、それぞれの地域で気候が違うので、違う種類のブドウを栽培できるんです」

 一面に広がる緑の美しいブドウ畑を思い浮かべて、サナリは微笑む。
 父親がブドウ畑を映したみたいだという緑の瞳が生き生きと輝いて、シーファが見惚れた。
 それに気づかず、サナリは大好きだった領地の景色を頭に描いて、それに夢中になっていた。
 基本、父親がワインづくりのため領地に戻るときは、サナリも連れていかれていたので、馴染みがある。
 毎年、みんなで裸足になって、大騒ぎでブドウを踏み潰すのは楽しくて、心待ちにしていた。
 ブドウの濃厚な芳香が充満した中で、足裏を紫色に染め、踊っているようだった。
 仲良くなった領民たちの笑顔も目に浮かぶ。

(リタは元気かしら? マルコもカルロも)

 一次発酵のときにできるブドウジュースは甘いから、シーファは好きかもしれないとサナリは考えた。生産者しか味わえないあのジュースを彼に味合わせてあげたいと思う。きっと喜ぶだろうと思い、にっこりする。

「そうしてできた数種のブドウをブレンドして、オリジナルのワインを作ってたんです。父はワインづくりに命をかけていると言っても過言じゃないくらい入れ込んでいました。それなのに……」

 楽しい記憶も現状を思い起こすと悲しくなって、サナリは表情を曇らせた。
 それに釣られてシーファも沈んだ顔をする。

「そっか、お金の問題だったら買い戻してあげることもできたのに」
「えっ?」
「魔術師は給料高いし、僕は魔獣討伐で報奨金をいっぱいもらってるから、結構お金持ちなんだよ?」
「そうじゃなくて……」

 たしかに貴族が没落する一番の理由は、借金がかさんで、領地を売るしかなくなるというものだ。
 だから、トッレ伯爵領も違和感なく、名義変更が受理されてしまった。
 貴族の領地を買い戻そうという発想もすごいが、サナリはどうしてシーファがそこまでしてくれようと考えているのかが知りたかった。

「どうして買い戻すなんて言うんですか?」
「だって、サナリはその領地のことを大好きなんだろう? 僕にできることならしたいよ」
「どうして?」
「サナリが好きだから」

 いつものようにさらりと告げられた言葉に、サナリは顔を赤くしたが、同時に気づいたこともあった。
 その言葉は一方的に投げられているだけで、サナリの応えを求めていないようだった。
 無償の愛と言えば聞こえはいいが、相手になにも期待していない様子のシーファの心が切なく感じた。

「それなら、私のために演習には出てくださいね!」

 いろんな感情を呑み込んで、サナリは話題を戻す。
 シーファが悲痛な顔をした。
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