氷の魔術師(引きこもり)のはずなのに、溺愛されても困ります。

入海月子

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アルザラスの危機

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「シーファ」
 
 サナリはテントに入って、荷物を下ろすと、眠っているシーファに呼び掛けた。
 師団長も入ってくるなり、大声を出す。

「シーファ、起きろ!」
 
 眉をひそめて、シーファが目を開けた。
 サナリがそばに寄り、「ごめんね、シーファ」と声をかける。
 彼はしんどそうに身を起こして、心配そうにサナリを見た。

「なんの用だ?」

 シーファは魔術師団長の視線からサナリをかばうように、自分の身体で遮った。
 師団長に目を向けたときには、凍りつくような鋭い視線になる。
 そんなシーファの様子を鼻で笑って、師団長は答えた。

「今度はアルザラス地方に魔物が出現したそうだ。明朝そこへ向かう」

 ぴくりと眉を動かしたものの、シーファは黙ったまま、師団長をにらむ。
 反応が悪いシーファを師団長が煽った。
 
「まさか行かないとは言わないよな? お前の愛するサナリの大事にしている土地だぞ? そこが蹂躙されてもいいのか?」
「……行くよ」

 案の定、溜め息交じりにシーファが答えた。
 サナリは首を振って止める。
 
「シーファ、ダメよ! 無理しないで!」
「大丈夫。出発は明日なんだろう?」
「でも、まだ……」
「そうだぞ。経口だけでは足りないだろう? しっかり補給してもらえ。サナリも大切な土地とお前を守るためなら身体を差し出しても悔いはないだろう」
「勝手なことを!」

 シーファは怒りの声をあげるが、サナリは師団長の言うことももっともだという気になっていた。
 アルザラス地方を守りたいのは自分だし、魔力切れでシーファになにかあったら悔いどころではないからだ。
 
「シーファ、もし行くなら、本格的に補給して? 私、そうしてほしい」

 彼の肩に手をかけて、そっとサナリがささやくと、シーファは肩を跳ね上げ、勢いよく振り返った。

「サナリ!」

 信じられないとばかりに目を見開く。夕闇色の瞳が揺れる。
 畳みかけるように師団長も言った。

「ほら、サナリもこう言ってるんだ。いい加減、覚悟を決めるんだな。据え膳を食ってもらえないようじゃ、サナリもかわいそうじゃないか」
「そんなの気にしなくていいけど……」

 口ではそう言いつつ、サナリが視線を落として言いかけると、シーファが激しく否定した。

「サナリが嫌なわけじゃない!」
「じゃあ、問題ないだろう?」
 
 師団長がほくそ笑んだ。
 嫌ではないと聞いて、サナリはほっとする。でも、そう言ったシーファは複雑な表情をしていた。

「話は決まったな」

 ニヤニヤ笑う師団長に、シーファはなにか言いたげに口を開きかけたが、結局、声を出す前に唇を引き結んだ。やむを得ないと思ったのかもしれない。

「そうなると、湯を使いたくないか、サナリ?」
「お湯、ですか?」

 唐突に言われた言葉を聞き返したあとに思い至って、サナリは赤くなった。
 確かに二回野営が続き、その間、布で身体を拭いただけだった。
 気がついてしまうと、身体を清めたくて仕方なくなる。
 
「俺のテントには簡易的な湯船がある。使うか?」

 師団長だけ特別扱いでずるいと思いながらも、彼がそんな細やかな気づかいをしてくるとは思わず、サナリは有り難くコクコクとうなずいた。

「サナリ……」

 名前を呼ばれたけれど、恥ずかしくて、シーファの方を見られない。

「じゃあ、行くぞ」
「はい。……シーファ、ちょっと行ってきます」

 サナリは目を伏せたまま、師団長の後に続いて、外に出た。
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