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妻、はじめました。
夢魔はじめました。
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途中で、グランデルブルクの国境封鎖は解かれ、幽閉されていた王太子も解放されたと噂で聞いた。
『慈悲の光』が活躍したんだろうなぁ。
間に合って、よかった。
ライアン達も楽観はしてたけど、やっぱりその話を聞いて、安堵していた。
王子様の元に残った仲間のことも案じていた。
封鎖が解かれたことで、乗り合い馬車も復活して、今、私達はグランデルブルクの王都に向かう馬車に乗っている。
国境はすでに過ぎたところだ。
どこよりも堅牢な壁に囲われた検問所を抜けると、王都までの石畳の道が続いていた。
そこを通る馬車の列と徒歩の人々が歩く列がずらっと並んでいる。
この馬車の乗客の多くもそうらしいけど、戦火を逃れて国を出ていた人々が戻ってきてるそうだ。
疲れた顔をしてるものの、皆一様に表情は明るい。
馬車は日が暮れてから、王都に着いた。
ライアン達はその足で王宮に行くと言う。
「疲れてると思うが、歩けるか?」
「はい、大丈夫です。でも、私までついていっていいんですか?」
「もちろんだ。シオリが提案してくれたように、アリード様にご意見を伺わないといけないしな」
あの話ってまだ生きてたんだ……。
アスランもそう思ったようで、あきれたように言う。
「隊長、この国は今から立ち直らないといけないんです。今、アリード様をお支えしなくて、いつするんですか!」
「あぁ、そうだな。だから、近衛隊を辞めるのは止めた。ただ、隊長となると話は別だ」
「同じだと思いますが……。まぁ、アリード様にお任せしましょう」
首を振って、アスランはライアンの頑固さに匙を投げた。
二人が信奉するアリード王子にまもなく会えるのかな。
みんなで王宮まで歩いていく。
通用門で誰何されたけど、門番は顔見知りだったようで、ライアン達の顔を見ると、顔をくしゃくしゃにして喜んでくれた。
通用口から中に入ると、いち早く私達を見つけた騎士が駆け寄ってきた。
「隊長!よくご無事で……。アスランも!」
「カスクート、遅くなったな」
「いいえ、とんでもない!おかげで、アリード様も私達も助け出されて……」
彼は涙ぐんで、言葉を詰まらせた。
「よく持ちこたえてくれたな」
その肩をポンと叩き、ライアンが慰労する。
でも、彼は「私はなにもできなくて……」と力なく首を横に振った。
「いや、今ここにいるというのが成果だ。これからもアリード様のお役に立てる」
ライアンの言葉に彼は涙を流して、何度も頷いた。
「それで、アリード様は?」
「早速、執務室で業務についておられます。まだ体調も十分戻られてないのに……」
「そうか、アリード様らしい」
心配そうに眉を顰めて、ライアンは言った。
「それでは、執務室に行こう」
ライアンに引き連れられて、王子様の執務室に行く。
そんなところに勝手に行っていいのかしら?
そう疑問に思って聞いたら、「俺は近衛隊長だからな。本来はアリード様のそばに控えてるのが仕事なんだ」と笑った。
一際ゴージャスな扉をライアンがノックした。
「ライアンが戻りました」
「ライアン?入っていいよ」
すごい勢いでドアが開いた。
開けたのは神経質そうな細目の男性。
いかにも秘書って感じの人だった。
「よぉ、お前も無事でなによりだな、クールド」
「遅すぎです!用が済んだら、とっとと戻ってきなさい。……しかも、女連れですか」
クールドと呼ばれた人とライアンは旧知の仲みたいだけど、仲は悪いのかしら?
ジロリと私達を睨めつける。
「それは悪かったな」とライアンは苦笑している。
でも、さほど気を悪くしてるようには見えない。
これがこの人のデフォルトなのかな?
「クールド、うれしいのはわかったから、さっさとライアン達を通してよ」
奥から溌剌とした声がした。
「失礼いたしました!……うれしいわけではありませんが」
ブツブツ言って、クールドは身体をよけ、ライアンを通した。
その耳がちょっと赤い。
あら、この人もツンデレなの?
「そうか、俺達に早く戻ってきて欲しかったんだな」
ライアンはからかうように笑って、通り過ぎる。
私は彼に手を引かれて、一緒に中に入った。
「違いますっ!」
怒鳴るクールドに、アスランもククッと笑って、詩織ちゃんを伴い部屋に入っていった。
部屋の奥の重厚なデスクの前に、若い男性が腰かけてこっちを見ていた。
涼やかなエメラルドグリーンの瞳にプラチナブロンドを首の後ろに束ねた、品格のある整った顔のザ・王子様だった。
王子様の前で、ライアンもアスランも膝をついたから、詩織ちゃんも私も慌ててそれに倣った。
「ライアン、アスラン、よく戻ってくれた。ご苦労だったね」
「いいえ、遅くなり申し訳ございません。アリード様がご無事でよかった」
「おかげさまでね。母上の宝珠がなければ、僕も洗脳されるところだったよ」
はっと息を呑んだライアンは、ため息をついた。
「そうならずに本当に神に感謝します。今回のことはパラド教皇様のご配慮がなければ、ここまでスピーディに解決しなかったと思われます」
「本当にそうだね。叔父上には心から感謝してるよ。お前達にもね」
「もったいないお言葉です」
「他の者達は……?」
「残念ながら……」
「そう……彼らには申し訳ないことをした」
「いいえ、アリード様のために戦えて本望だったと思います。彼らが追手を減らしてくれたおかげで、私達も無事に辿り着けたのです。パラド教皇が彼らのために祈りを捧げてくださいました」
「そうか、有り難いね。遺族にはそれを伝えて、手厚く報いなければ」
「よろしくお願いいたします」
湿っぽくなった雰囲気を吹き消すように、アリード王子はパンッと手を打って、「ところでさ、いつになったら、そのかわいい子達を紹介してくれるの?」と興味津々というように、笑った。
「それは失礼しました」
「別にいいけど、あのライアンに、あの堅物のアスランまで女の子を連れてるなんて予想外でワクワクするよ」
アリード王子は本当に楽しそうに笑う。
それに対して、ライアンは大真面目な表情で答えた。
「こちらがエマで、こちらがシオリです。それで、アリード様、少々個人的な話をしてもよろしいでしょうか?」
「あぁ、どうぞ?」
宝石のような瞳をきらめかせて、アリード王子は頷いた。
「私はエマを愛してまして、結婚しようと思っています」
「それはそれは!おめでとう」
「ありがとうございます。それで、隊長の任を返上しようと思います」
「はっ?」
結婚のくだりまではニヤニヤして聞いてたアリード王子が驚いて聞き返した。
「全然意味がわからないんだけど…?」
首を傾げる王子にライアンは説明する。
「あなた以上に大事なものができてしまった私に隊長職はふさわしくないと思うんです。次の隊長は、アスランか、ここに残って功をあげた者にしていただければと……」
「隊長の理屈だと、私も適任ではありません。私だって、シオリを愛しています!」
名前を挙げられたアスランが言い募った。
その言葉に、詩織ちゃんが目を見張った。
アスランから決定的なことは告げられてないって悩んでたからね。
彼もこんなところで言わずに、直接本人に言ってあげたらいいのに。
涙を浮かべた詩織ちゃんに気づき、アスランがふいっと横を向いた。
でも、手は彼女の手を握った。
素直じゃないんだから!
詩織ちゃんも苦労するね……。
「えーっとね、僕は君達に愛してほしいとも一番に優先して欲しいとも言ってないんだけど」
苦笑しながら、アリード王子が言った。
そして、今度は私を見て言った。
「エマ?ライアンの愛は重いでしょ?」
そんなことを聞かれても笑うしかない。
「ライアンはね、縁談を勧めても、『アリード様が一番だから』って全然受けてくれなくて、おかげで男色を疑われる始末で、僕はちょっと迷惑してたんだ」
「アリード様……」
ライアンがショックを受けていた。
王子様が笑って続けた。
「だから、そうやって大事な子が他にいる方がいいよ。だから、安心して隊長は続けて。それにだいたい今回の功労者を降格なんてできないでしょ?僕が困るよ」
「………御意。私が浅はかでした」
ライアンは頭を下げた。
私はほっとした。
さすが、王子様は人の扱い方がうまいなぁ。
「むしろ、褒美を取らせないといけないんだけど?」
「いいえ、必要ありません。当然のことをしたまでなので」
「そういうわけにもいかないんだよね。まぁ、国庫は枯渇してるから、金銭的なものを言われても困るんだけどね」
そう言って、彼はちょっと考えた後、なにか閃いたようでにっこり笑った。
「ライアンは独身寮に住んでたんだよね?エマはどうするの?」
「とりあえず、宿でも取って、家を探す予定です」
「それだったら、最近空き家になったところがあるからそこいらない?王宮から近いし、きれいになったんだよね、クールド?」
「はい。お誂え向きのがちょうど二つありますよ」
「じゃあ、アスランの分もあるね。どう?」
そう言われて、ライアンは私、アスランは詩織ちゃんを見た。
私は住めればどこでもいいから頷いた。
詩織ちゃんも異論はないようで頷いている。
「決まりのようだね。じゃあ、クールド、手配しといて。あと、今夜は宿は?」
「今から探します」
「それなら王宮の客室に泊まるといい」
「しかし……」
「今日ぐらい、ゆっくりしなよ。彼女達も疲れてるでしょ?」
「ありがとうございます」
今後のことはまた明日ということで、執務室を辞した。
メイドさんに、客室に案内される。
後ほど食事をお持ちしますと告げられる。
王宮の客室って、びっくりするぐらい豪華。
机ひとつ取っても、猫脚に彫刻がびっしりで、優雅だった。
高そうな花瓶は壊すと怖いから、近寄れない。
天蓋付きベッドなんて初めて見た。
なんと続き部屋にお風呂までついてる。
ライアンと部屋を見回った後に、なんだか気疲れして、ソファーに座り込んだ。
ぼーっとする私をクスッと笑って、ライアンがキスをくれた。
「疲れたか?」
「はい、なんか圧倒されたというか、別世界というか、あぁ、まさに世界が違いましたね。えっと、私はこちらで言う平民なので、王宮なんて場違いだなぁと思って」
私がつぶやくと、ライアンは顔を曇らせた。
「これが俺の日常なんだが……エマは嫌か?プロポーズの返事をしてくれないのは、だからなのか?」
「えっ?」
返事してなかったっけ?
結婚したいって言われた時のことを思い出す。
とにかくびっくりして、『嫌か?』と聞かれて『嫌じゃありません』って答えたけど、返事になってなかったのかな?
一緒にいるというのが共通認識になってたから、私は結婚するっていう前提で話してたんだけどな。
「俺との子どもを望んでくれて喜んでたら、違うと言うし、エマは恋人のままがいいのか?俺は重いのか?」
ライアンをそんな不安にしてるとは思わなかった。
アリード王子の言ったことを気にしてるし。
でも、考えたら、プロポーズして『嫌じゃない』って返事は悲しいかも。
「ライアン、ごめんなさい。私、返事したつもりになってました」
謝る私をライアンは真剣に見つめる。
「王宮で働いて、近衛隊長をしているライアンが遠い人だなと思ったことはあります。でも、そうだとしても、私はあなたと一緒にいたい。共に人生を歩んでいきたい。ライアン、私と結婚してくれませんか?」
ライアンの顔がパアッと喜びに輝いた。
「もちろんだ、エマ!俺と結婚してくれ!」
「はい、喜んで」
ぎゅっと抱きしめられて、熱いキスが降ってくる。
私も抱きしめ返して、それに応えた。
それからのライアンは行動が早かった。
あれよあれよという間に準備を進めて、一週間後には教会で結婚の宣誓をすることになっていた。
「だって、早くしないとエマの気が変わるかもしれないし」
「変わりませんよ」
ライアンの言葉に私は笑った。
彼は年上の男の人だけど、時々、結構かわいい。
「嫌か?」
「嫌なわけ、ありません」
教会の入口まで来て、なにを言うかなぁ。
私はまた笑って、ライアンの腕を引っ張り、耳許に近づくと囁いた。
「愛してます」
ライアンがガバッと抱きついてきた。
「俺もだ!エマ、愛してる!」
その時、教会の扉が開いた。
「隊長、みんな待ってますよ」
アスランが痺れを切らして、入口でウダウダしている私達に催促しに来たのだ。
扉の向こうにアリード王子の姿も見えた。
「アリード様まで!?」
結婚式というほどのものじゃないから、立会人にアスランと詩織ちゃん、同僚の騎士の皆さんを招いていただけだったはず。
ライアンは騎士の正装、私はちょっと華やかな白いワンピース姿だった。
「ライアン、早く行きましょう」
甘く見つめてくるライアンを引っ張って、教会の中に入る。
お互いを支え合って、共に生きることを宣誓する。
神父さんが祝福を与えてくれた。
ポワンと光が下りてきて、ライアンと私を包む。
この世界の祈りはリアルに存在するみたい。
二人の間になにかが繋がった気がした。
「おめでとう!」
「よかったな、おめでとう!」
みんな口々に祝ってくれる。
「ありがとう」
「ありがとうございます」
ライアンと見つめ合い、微笑み合った。
幸せで胸がいっぱいになる。
転生して、夢魔になって、いろんなことがあったけど、今日からライアンの妻、始めました。
ーfinー
『慈悲の光』が活躍したんだろうなぁ。
間に合って、よかった。
ライアン達も楽観はしてたけど、やっぱりその話を聞いて、安堵していた。
王子様の元に残った仲間のことも案じていた。
封鎖が解かれたことで、乗り合い馬車も復活して、今、私達はグランデルブルクの王都に向かう馬車に乗っている。
国境はすでに過ぎたところだ。
どこよりも堅牢な壁に囲われた検問所を抜けると、王都までの石畳の道が続いていた。
そこを通る馬車の列と徒歩の人々が歩く列がずらっと並んでいる。
この馬車の乗客の多くもそうらしいけど、戦火を逃れて国を出ていた人々が戻ってきてるそうだ。
疲れた顔をしてるものの、皆一様に表情は明るい。
馬車は日が暮れてから、王都に着いた。
ライアン達はその足で王宮に行くと言う。
「疲れてると思うが、歩けるか?」
「はい、大丈夫です。でも、私までついていっていいんですか?」
「もちろんだ。シオリが提案してくれたように、アリード様にご意見を伺わないといけないしな」
あの話ってまだ生きてたんだ……。
アスランもそう思ったようで、あきれたように言う。
「隊長、この国は今から立ち直らないといけないんです。今、アリード様をお支えしなくて、いつするんですか!」
「あぁ、そうだな。だから、近衛隊を辞めるのは止めた。ただ、隊長となると話は別だ」
「同じだと思いますが……。まぁ、アリード様にお任せしましょう」
首を振って、アスランはライアンの頑固さに匙を投げた。
二人が信奉するアリード王子にまもなく会えるのかな。
みんなで王宮まで歩いていく。
通用門で誰何されたけど、門番は顔見知りだったようで、ライアン達の顔を見ると、顔をくしゃくしゃにして喜んでくれた。
通用口から中に入ると、いち早く私達を見つけた騎士が駆け寄ってきた。
「隊長!よくご無事で……。アスランも!」
「カスクート、遅くなったな」
「いいえ、とんでもない!おかげで、アリード様も私達も助け出されて……」
彼は涙ぐんで、言葉を詰まらせた。
「よく持ちこたえてくれたな」
その肩をポンと叩き、ライアンが慰労する。
でも、彼は「私はなにもできなくて……」と力なく首を横に振った。
「いや、今ここにいるというのが成果だ。これからもアリード様のお役に立てる」
ライアンの言葉に彼は涙を流して、何度も頷いた。
「それで、アリード様は?」
「早速、執務室で業務についておられます。まだ体調も十分戻られてないのに……」
「そうか、アリード様らしい」
心配そうに眉を顰めて、ライアンは言った。
「それでは、執務室に行こう」
ライアンに引き連れられて、王子様の執務室に行く。
そんなところに勝手に行っていいのかしら?
そう疑問に思って聞いたら、「俺は近衛隊長だからな。本来はアリード様のそばに控えてるのが仕事なんだ」と笑った。
一際ゴージャスな扉をライアンがノックした。
「ライアンが戻りました」
「ライアン?入っていいよ」
すごい勢いでドアが開いた。
開けたのは神経質そうな細目の男性。
いかにも秘書って感じの人だった。
「よぉ、お前も無事でなによりだな、クールド」
「遅すぎです!用が済んだら、とっとと戻ってきなさい。……しかも、女連れですか」
クールドと呼ばれた人とライアンは旧知の仲みたいだけど、仲は悪いのかしら?
ジロリと私達を睨めつける。
「それは悪かったな」とライアンは苦笑している。
でも、さほど気を悪くしてるようには見えない。
これがこの人のデフォルトなのかな?
「クールド、うれしいのはわかったから、さっさとライアン達を通してよ」
奥から溌剌とした声がした。
「失礼いたしました!……うれしいわけではありませんが」
ブツブツ言って、クールドは身体をよけ、ライアンを通した。
その耳がちょっと赤い。
あら、この人もツンデレなの?
「そうか、俺達に早く戻ってきて欲しかったんだな」
ライアンはからかうように笑って、通り過ぎる。
私は彼に手を引かれて、一緒に中に入った。
「違いますっ!」
怒鳴るクールドに、アスランもククッと笑って、詩織ちゃんを伴い部屋に入っていった。
部屋の奥の重厚なデスクの前に、若い男性が腰かけてこっちを見ていた。
涼やかなエメラルドグリーンの瞳にプラチナブロンドを首の後ろに束ねた、品格のある整った顔のザ・王子様だった。
王子様の前で、ライアンもアスランも膝をついたから、詩織ちゃんも私も慌ててそれに倣った。
「ライアン、アスラン、よく戻ってくれた。ご苦労だったね」
「いいえ、遅くなり申し訳ございません。アリード様がご無事でよかった」
「おかげさまでね。母上の宝珠がなければ、僕も洗脳されるところだったよ」
はっと息を呑んだライアンは、ため息をついた。
「そうならずに本当に神に感謝します。今回のことはパラド教皇様のご配慮がなければ、ここまでスピーディに解決しなかったと思われます」
「本当にそうだね。叔父上には心から感謝してるよ。お前達にもね」
「もったいないお言葉です」
「他の者達は……?」
「残念ながら……」
「そう……彼らには申し訳ないことをした」
「いいえ、アリード様のために戦えて本望だったと思います。彼らが追手を減らしてくれたおかげで、私達も無事に辿り着けたのです。パラド教皇が彼らのために祈りを捧げてくださいました」
「そうか、有り難いね。遺族にはそれを伝えて、手厚く報いなければ」
「よろしくお願いいたします」
湿っぽくなった雰囲気を吹き消すように、アリード王子はパンッと手を打って、「ところでさ、いつになったら、そのかわいい子達を紹介してくれるの?」と興味津々というように、笑った。
「それは失礼しました」
「別にいいけど、あのライアンに、あの堅物のアスランまで女の子を連れてるなんて予想外でワクワクするよ」
アリード王子は本当に楽しそうに笑う。
それに対して、ライアンは大真面目な表情で答えた。
「こちらがエマで、こちらがシオリです。それで、アリード様、少々個人的な話をしてもよろしいでしょうか?」
「あぁ、どうぞ?」
宝石のような瞳をきらめかせて、アリード王子は頷いた。
「私はエマを愛してまして、結婚しようと思っています」
「それはそれは!おめでとう」
「ありがとうございます。それで、隊長の任を返上しようと思います」
「はっ?」
結婚のくだりまではニヤニヤして聞いてたアリード王子が驚いて聞き返した。
「全然意味がわからないんだけど…?」
首を傾げる王子にライアンは説明する。
「あなた以上に大事なものができてしまった私に隊長職はふさわしくないと思うんです。次の隊長は、アスランか、ここに残って功をあげた者にしていただければと……」
「隊長の理屈だと、私も適任ではありません。私だって、シオリを愛しています!」
名前を挙げられたアスランが言い募った。
その言葉に、詩織ちゃんが目を見張った。
アスランから決定的なことは告げられてないって悩んでたからね。
彼もこんなところで言わずに、直接本人に言ってあげたらいいのに。
涙を浮かべた詩織ちゃんに気づき、アスランがふいっと横を向いた。
でも、手は彼女の手を握った。
素直じゃないんだから!
詩織ちゃんも苦労するね……。
「えーっとね、僕は君達に愛してほしいとも一番に優先して欲しいとも言ってないんだけど」
苦笑しながら、アリード王子が言った。
そして、今度は私を見て言った。
「エマ?ライアンの愛は重いでしょ?」
そんなことを聞かれても笑うしかない。
「ライアンはね、縁談を勧めても、『アリード様が一番だから』って全然受けてくれなくて、おかげで男色を疑われる始末で、僕はちょっと迷惑してたんだ」
「アリード様……」
ライアンがショックを受けていた。
王子様が笑って続けた。
「だから、そうやって大事な子が他にいる方がいいよ。だから、安心して隊長は続けて。それにだいたい今回の功労者を降格なんてできないでしょ?僕が困るよ」
「………御意。私が浅はかでした」
ライアンは頭を下げた。
私はほっとした。
さすが、王子様は人の扱い方がうまいなぁ。
「むしろ、褒美を取らせないといけないんだけど?」
「いいえ、必要ありません。当然のことをしたまでなので」
「そういうわけにもいかないんだよね。まぁ、国庫は枯渇してるから、金銭的なものを言われても困るんだけどね」
そう言って、彼はちょっと考えた後、なにか閃いたようでにっこり笑った。
「ライアンは独身寮に住んでたんだよね?エマはどうするの?」
「とりあえず、宿でも取って、家を探す予定です」
「それだったら、最近空き家になったところがあるからそこいらない?王宮から近いし、きれいになったんだよね、クールド?」
「はい。お誂え向きのがちょうど二つありますよ」
「じゃあ、アスランの分もあるね。どう?」
そう言われて、ライアンは私、アスランは詩織ちゃんを見た。
私は住めればどこでもいいから頷いた。
詩織ちゃんも異論はないようで頷いている。
「決まりのようだね。じゃあ、クールド、手配しといて。あと、今夜は宿は?」
「今から探します」
「それなら王宮の客室に泊まるといい」
「しかし……」
「今日ぐらい、ゆっくりしなよ。彼女達も疲れてるでしょ?」
「ありがとうございます」
今後のことはまた明日ということで、執務室を辞した。
メイドさんに、客室に案内される。
後ほど食事をお持ちしますと告げられる。
王宮の客室って、びっくりするぐらい豪華。
机ひとつ取っても、猫脚に彫刻がびっしりで、優雅だった。
高そうな花瓶は壊すと怖いから、近寄れない。
天蓋付きベッドなんて初めて見た。
なんと続き部屋にお風呂までついてる。
ライアンと部屋を見回った後に、なんだか気疲れして、ソファーに座り込んだ。
ぼーっとする私をクスッと笑って、ライアンがキスをくれた。
「疲れたか?」
「はい、なんか圧倒されたというか、別世界というか、あぁ、まさに世界が違いましたね。えっと、私はこちらで言う平民なので、王宮なんて場違いだなぁと思って」
私がつぶやくと、ライアンは顔を曇らせた。
「これが俺の日常なんだが……エマは嫌か?プロポーズの返事をしてくれないのは、だからなのか?」
「えっ?」
返事してなかったっけ?
結婚したいって言われた時のことを思い出す。
とにかくびっくりして、『嫌か?』と聞かれて『嫌じゃありません』って答えたけど、返事になってなかったのかな?
一緒にいるというのが共通認識になってたから、私は結婚するっていう前提で話してたんだけどな。
「俺との子どもを望んでくれて喜んでたら、違うと言うし、エマは恋人のままがいいのか?俺は重いのか?」
ライアンをそんな不安にしてるとは思わなかった。
アリード王子の言ったことを気にしてるし。
でも、考えたら、プロポーズして『嫌じゃない』って返事は悲しいかも。
「ライアン、ごめんなさい。私、返事したつもりになってました」
謝る私をライアンは真剣に見つめる。
「王宮で働いて、近衛隊長をしているライアンが遠い人だなと思ったことはあります。でも、そうだとしても、私はあなたと一緒にいたい。共に人生を歩んでいきたい。ライアン、私と結婚してくれませんか?」
ライアンの顔がパアッと喜びに輝いた。
「もちろんだ、エマ!俺と結婚してくれ!」
「はい、喜んで」
ぎゅっと抱きしめられて、熱いキスが降ってくる。
私も抱きしめ返して、それに応えた。
それからのライアンは行動が早かった。
あれよあれよという間に準備を進めて、一週間後には教会で結婚の宣誓をすることになっていた。
「だって、早くしないとエマの気が変わるかもしれないし」
「変わりませんよ」
ライアンの言葉に私は笑った。
彼は年上の男の人だけど、時々、結構かわいい。
「嫌か?」
「嫌なわけ、ありません」
教会の入口まで来て、なにを言うかなぁ。
私はまた笑って、ライアンの腕を引っ張り、耳許に近づくと囁いた。
「愛してます」
ライアンがガバッと抱きついてきた。
「俺もだ!エマ、愛してる!」
その時、教会の扉が開いた。
「隊長、みんな待ってますよ」
アスランが痺れを切らして、入口でウダウダしている私達に催促しに来たのだ。
扉の向こうにアリード王子の姿も見えた。
「アリード様まで!?」
結婚式というほどのものじゃないから、立会人にアスランと詩織ちゃん、同僚の騎士の皆さんを招いていただけだったはず。
ライアンは騎士の正装、私はちょっと華やかな白いワンピース姿だった。
「ライアン、早く行きましょう」
甘く見つめてくるライアンを引っ張って、教会の中に入る。
お互いを支え合って、共に生きることを宣誓する。
神父さんが祝福を与えてくれた。
ポワンと光が下りてきて、ライアンと私を包む。
この世界の祈りはリアルに存在するみたい。
二人の間になにかが繋がった気がした。
「おめでとう!」
「よかったな、おめでとう!」
みんな口々に祝ってくれる。
「ありがとう」
「ありがとうございます」
ライアンと見つめ合い、微笑み合った。
幸せで胸がいっぱいになる。
転生して、夢魔になって、いろんなことがあったけど、今日からライアンの妻、始めました。
ーfinー
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