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第二章 ― 遥斗 ―

日常の崩壊②

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 なんとかその腕から抜け出ようともがいたけど、全然ダメで、揉み合っているうちに押し倒された。

「ハル! どこに行こうとしてるの! 行かないで!」
「母さん、遥斗だよ! 父さんじゃない!」

 俺に馬乗りになって、父さんの名を呼ぶ母の目は尋常じゃなかった。その目は俺を見ておらず、何度言っても俺の声も聞こえていないようだった。それどころか、俺を抑え込んでキスしようとした。

「やめてくれ!」

 思いきり突き飛ばして、どうにか母から逃れた。
 でも、すぐ母は足にすがりついてきて、ズボンを引きずり下ろそうとした。

「やめろ!」

 嫌悪感に犯されて、俺は母を乱暴に振りほどいた。

 逃げなくては!

 そう思うが、母の部屋と自分が寝起きしているリビングしかない家の中には逃げ場はない。
 俺は靴をつっかけて、外に走り出た。
 脇目も振らず走り続けて、気がつくと、公園に来ていた。
 母が追ってくる様子はない。
 安堵して、そこのベンチに座り込んだ。

 真夏の公園は、夜になってもじっとりと蒸し暑く、嫌な汗が背筋を伝わって流れ落ちた。

 母さんは酔っていたんだ。だから、父さんと区別がつかなかったんだ。ただ、それだけだ。
 きっと酔いが醒めたら、笑い話になることだ。
 そう思うものの、家に帰る気がせず、その夜はとうとうそこで過ごした。

 
 朝になり、恐る恐る家に帰ってみた。
 母の姿はない。
 でも、靴はあるから、部屋で寝ているのだろう。
 眠たくて仕方がなかったけど、母がいる家で寝る気は起こらず、学校の荷物を持つと再び家を出た。

 ずいぶん早い時間だったが、中学校へ行くと、門は開いていた。
 教室に行き、自分の席に座ると、突っ伏して寝た。
 爆睡していたようで、「久住くん、久住くん」と隣の女子に肩を揺すぶられて目を覚ました。

 そして、悪夢はその日だけで終わらなかった。
 昼間の母は比較的大丈夫だったが、お酒が入るとダメみたいで、寝ているところを何度も襲われかけた。
 もう夜は家にいられなくなった。

 俺は母から仕事に出かけていくと、仮眠を取って、母が帰宅する前に家を出て、コンビニに行ったり公園に行ったりして、時間をつぶした。
 公園でスケッチブックに絵を描いていると、たまにジロジロ見られて、その度に場所を移した。

 そんなことをしていると、当然、学校では眠くて仕方ないし、補導もされる。
 警察に聞かれても母の連絡先は言いたくなかったので、黙っていたら、担任の和田先生が呼ばれた。
 どうやら通報した人が俺の通う中学を知っていたらしい。
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