リクシオンの耳飾りを贈れたなら

ねこまんま

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第十話 王弟モルワード

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「姫様、ちゃんと聞いてますか?」

庭園の散策からしばらくして、アンナがフェリドの身辺調査を行うと宣言した。これからも会うならば最低限の身辺調査は必須だと言い出し、どこで調べたのか色々な情報を伝えてくる。さすが王族の侍女を務めるだけあって、彼女の収集力は群を抜いている。
自室で椅子に小さく腰掛ける私に、アンナは仁王立ちで勢いよく口を動かす。すでに彼女の剣幕に圧倒されており、黙って頷くしかない。

「いいですか? 彼の本名はフェリド・オーウェル。古株である庭師ロウアとは子弟関係で、引き抜きで王城にやってきました。過去には貴族の屋敷で庭師として働いていたようですが、最近は町で仕事をすることが多かったようですね」

何枚も重なった報告書をめくりながら、必要な部分を抜粋して読み上げている。

「平民の生まれで城下町に住居を構えています。だけど経歴には不可解な点がありまして……」

アンナは熱弁を振るっているので、口をはさむのは憚られて静かに座っている。正直彼の生まれや経歴に興味はない。彼女はいつもこんな調査をして友人を選ぶのだろうか。

「アンナ、あなたは友人をいつもそうやってふるいにかけるの?」

嫌味のつもりだが彼女に悪びれた様子はない。姫様には必要です、と言わんばかりの眼差しがこちらに向けられる。

「本来であれば口がきける身分ではないのですよ。姫様がどうしても、とおっしゃるので目を瞑っていますが、私はとても心配です」

彼の身分が低いから? と問いかけて彼女は首をふった。どうやら心配の種はそれだけではないようだ。

「彼は異性で、年齢も22歳と若く未婚です。すごく懸念いたしますわ。年頃の姫様と仲良くするなんてリスクでしかありません」

思いがけない小言に目が見開く。アンナは私とフェリドが男女の関係になる可能性を憂いているのだ。思わず椅子を倒して勢いよく立ち上がる。

「アンナは貴族社会に毒されすぎよ、何でも恋愛に絡めて話そうとする。彼とは縁あって仲良くなっただけ。これからだって良い友人よ」

言い切って、彼の笑顔が思い出される。フェリドを気に入っているのは事実だ。話をしたい、もっと時間を共有したいと思っている。彼といると楽しいし自分らしく居られると感じる。でもそこに恋慕の思いは存在していない。
重いため息をつきながらテラスに出ていく。遠くに拡がる庭園はところせましと美しいバラが咲き誇っている。バラの祭典が間近に迫っているのもあり、色とりどりの花が視界のすべてを彩っていた。庭園がひとつの大きなキャンバスで、美しい絵画そのものだ。
このテラスからは綺麗なものしか映らない。仕事をする下女も身を粉にして働く職人も何もかも切り取られて見えないようになっている。退屈だと視線を落とした先に二人の人影を見つけた。整備された城の庭に似合う、美しい佇まいの見知った男達。

「あれはロイ様ですね。お隣はモルワード卿でしょうか? お二人でいらっしゃるなんて珍しいですわね」

何故ロイがモルワードと? 不釣合いな組み合わせに不信感が募る。
隣にいる「モルワード・モデレオン」は父王の弟、つまり私の叔父にあたる人だ。かつて父と王位を競い、現在も私に継ぐ王位継承権を持っている。腹に本音を隠し、私達を快く思っていない一派なのだ。

「アンナ、彼らをお茶に呼んでくれる? 久しぶりに話がしたいわ」

すぐにアンナが対応した。
庭園の中央部分、噴水近くの宮で準備が整えられた。侍女が靴やドレスを並べ、権力を身に着けるべく華美な装いで己を着飾る。アンナを含む複数の侍女を供に引き連れて、それは滑稽なほど偉ぶって歩いていく。
ひときわ整備された噴水宮は、白の花で統一され“純白の庭園”のあだ名を持つ。宮の扉が開かれ、中に進んでいくと待ち構えていたロイとモルワードが頭を下げる。

「ティアラ姫、久しぶりですね」

モルワードはゆっくりと近付いて手の甲に口づけを落とす。ブラックダイヤのラペルピンを身に着け、全身も同じように漆黒を纏っている。同じモデルオン家でも彼はブラックダイヤモンドを守護宝石とし、真っ黒な宝石は裏の読めない彼にふさわしいと感じる。父王の弟とはいえ彼はまだ若く、貴公子として数多くの浮き名を流す好色家でもある。

「こちらでロイとお話される姿を見かけたので、ぜひご一緒させてください」

にこやかに微笑むと自然に手を絡め取られエスコートされる。お茶が用意された席に連れられ、腰かけると近くに居たロイが耳元で小さく囁いた。

「あまりいい話ではないし、君は早々に立ち去った方がいい」

今更だと鼻で笑う。叔父が来ていい事など何もない。こうやってわざわざ王城にやってきたのだから、それなりの問題を持ち込んできたのだろう。今までも父に代わってこういった類の話は収めてきた。ロイに席に座るよう諭すと彼はぎこちなく席に着いた。
とりあえずカップに指を伸ばそうとして、モルワードの言葉がそれを遮った。

「いやなに、良くない噂を耳にしてね。下働き同士が神聖な庭園を逢引の場所にしているようで、管理が甘いのではとロイに苦言を呈していたところです」

もうすぐ式典が行われる庭園で、不埒な行為をするなど許せないと、モルワードは愚痴っている。宰相家の管理が甘く、使用人に好き勝手されているようでは、と何度もロイと宰相家を非難しているようだった。

「まさか、王城の庭園でそんな真似をする者が居るでしょうか」

と言い放ったがアンナは蒼白で固まっている。彼女はすぐに顔に出てしまうのが難点だ。きっと先日、彼女と共に庭園を訪れたのを誰かに見られたのだろう。庭師と下女の逢引に見えたのかもしれない。しかし証拠は何も残していない、堂々としていれば噂以上になるはずがないのだ。アンナの落ち着きのない様子に、モルワードはさらに雄弁に語り始める。

「それに今の庭園には平民の者も多数いると聞く。モデレオン城の名に傷がつかないよう管理するのも宰相家の役目だろうに、全く……」

宰相家への責めは今も続いているが、ロイは変わらず涼しい顔で受け流しているようだった。時折、相槌をしているが、たぶんまともに話を聞いていない。流れてくる視線に合図のようなものを感じて、私はモルワードの言葉を遮った。

「叔父上、ご心配感謝します。しかしせっかく久しぶりに会ったのですから、お茶を楽しみましょう。庭園については宰相家に調査させますわ」

そう言って彼に茶を薦める。ロイを含む宰相家は王家の味方だ。どんな噂でも綺麗に処理してしまうだろう。モルワードにカップを差し出そうとして、彼の手が私の指に重ねられた。驚いて手を引こうとするが、指を絡ませ、左手の指輪を愛しそうに見つめている。

「このピンクダイヤが似合う恋人はできたかな?」

からかうように指のダイヤをなぞって、こちらを試すように微笑む。叔父の美しい容貌の裏に隠れた悪魔が、こちらの隙を狙っている。彼は父を王と認めず、いつでも王位を狙い澄ましている浅ましい人間だ。

「叔父上ほどではありませんが、何人か候補はいるのでお察しください」

それはもう極上の笑顔でかえす。彼に弱みを握られる訳にはいかない。二人で火花を散らしていると、ふいにロイの手がモルワードの指を払いのけた。

「おやめください。モルワード卿のそのような態度は良からぬ噂に発展します」

やや早口になってロイはモルワードを牽制している。

「私は噂になっても構わないけどね」

大人の余裕か彼には笑顔が張りついている。きっと彼にとっては日常の出来事なのだろう。この化かし合いがいつまで続くのか、頭は痛くなるばかりだ。
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