リクシオンの耳飾りを贈れたなら

ねこまんま

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第十二話 庭園での事故

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身体のラインを強調したマーメイド型のドレスと髪飾りに生花のバラ。白を軸にデザインされたドレスは清らかで純白のバラを思わせる。普段であれば決して選択肢に入らない大人びたシャープな装いだ。
窓から庭園を見ると客人が次々と集まってきている。各領の貴族を招いてバラを愛でるのだが、もちろんそれだけではない。モデレオン王国の芸術性や技術の高さを誇る式典でもある。王宮にはバラがあちこちに飾られて、城内は温室のように花が咲き乱れている。上品な甘い香りがあちこちに立ち込めて、香水のように身体に染み込んでいる。
目を閉じて香りを楽しんでいると、ロイの声と共にノックが響いた。
どうぞ、と返事をしてロイの方へと向きを変える。開かれた扉からは、同じように真っ白な装いの彼が現れた。

「とても似合っているよ」

美しい笑みを浮かべて、手を差し出される。互いに真っ白な衣服を身に着けて、手を取り合って歩く。傍からみればお似合いの二人なのだろうか。
ロイと共に部屋を後にして廊下を進んでいく。いつもなら鳥のさえずりが聞こえる穏やか王城は、今日に限って慌ただしい。催しを行うからこそ厳粛な雰囲気が必要なのに、駆けるような足音に雑多な声。普段とかけ離れた空気に違和感が募っていく。彼も同じく何かを感じたようで、繋いだ手に力が込められている。

「何の音?」

嵐のように激しく鳴り響く風の音、それに花の匂いに微かに悪臭が混じっている。
外で男の叫ぶ声がする、それに混じって女性の悲鳴も。時間と共に大きく様変わりする変化に思考が追いつかない。突然の出来事に動揺しつつも、外の騒音に導かれるようにテラスに駆け出した。

「嘘、でしょ?」

そこにあるのは一面の炎だった。庭園を取り囲み、ごうごうと恐ろしい音をたてて燃え続けている。下男が炎に負けずバケツやホースで鎮火作業を行っているが、火の勢いが衰える様子はない。驚きで立ちつくしていると、ロイが豪快に私を抱き上げた。

「燃えているのはバラ園の方向だ。ここに火が回れば危ない。君の安全は僕が守るから大人しくしていてくれ」

しぶしぶロイに抱かれて、バラ園から一番遠い宮に駆け出していく。先日まで綺麗に花が咲き誇った庭園は今や火の海しか見えない。あまりの出来事に胸が痛くなる。

「何故こんなことに?」

ロイも首を振るばかりで、事態が呑み込めていないようだった。無理もない、式典の準備や管理を任されていた宰相家にこんな失敗はあり得ない。庭園を厳しく保持し完璧な状態をずっと維持し続けてきた。
遠くでオレンジの炎がぼんやりと浮かび上がっている。この場所からも火が見えるのだから、規模はかなり大きいと想像する。ふいに視線を落とすと、ロイの顔は血の気が引いたように真っ青だった。

「あまり気に病まないで、貴方のせいじゃない」

どんな慰めもきっと彼には届かない。つい先日、叔父のモルワードに釘を刺されたばかりだ。庭園の管理についてはいつも以上に敏感になっていた。それがよりによって式典の当日に火災が起きるなんて、運が悪いとしか言いようがない。

「君の安全を確保できたら僕は行くよ、早く鎮火作業に加わらないとバラが燃え尽きてしまう」

ロイらしからぬ焦燥した表情に胸が痛くなる。王城から離れた宮へと移動すれば、すでに幾人かの客人が揃っていた。足を踏み入れた瞬間から、何かを訴える視線にさらされる。王国の貴族達は恐ろしいほどの悪意ある視線をロイに送り、ひそひそと声を潜めながら噂話を始める。宰相家といえども失態すれば没落の道が待っている。
ロイは私の前で膝をついた。臣下が主に許しを請う際の礼だ。

「申し訳ございません、この命に代えても姫様の庭園をお守りします」

このような場合はロイを激しく叱責し、臣下達に王女としての威厳を見せなければならない。もちろんロイも知っていてこれほどまでに卑屈に頭を下げているのだ。父王ならきっと激しく宰相家を罵倒するのだろう。

「皆が無事であればそれで良いの。ここまで共に避難してくれて感謝こそすれ、叱責などしないわ」

静かに謝意を述べ、周りの貴族たちを見渡す。何か言いたげな者、あからさまに目を反らす者、無言の圧力にも負けず彼らを見つめる。どこまでも他人の足を引きずろうとする彼らの卑しさに吐き気がする。

「皆も無事で安心しました。とにかくこの宮は安心ですので、鎮火までお待ちください。式典については王のお言葉を待って伝えます」

場が静まり返る。何か言いたげな者もさすがに王族に面と向かって進言はできない。ロイには消火活動の指揮にまわるよう伝え、退室させようとする。しかしそれを正面から阻止する者が現れた。
夜の闇に溶け込むほどの漆黒を纏った一人の男。深い沼のような瞳がこちらを見据えている。

「ティアラ姫、彼は城の管理を任された者ですよ。王族の庭園でこのような不備を犯して、叱責がないのはいささか不自然です」

何かを仕掛けてきているのは明白だった。皆が居る場であえてこのような発言をする彼の真意が見えてこない。

「叔父上、まるで宰相家だけに非があるような言葉ですね」

語尾を上げて威嚇するかのようにモルワードを睨みつける。ここで退いてしまったら叔父に頭が上がらないと噂されてしまう。ロイがしまったという顔をして、私とモルワードの間に割り入ってくるが、それすら振り払い声を上げた。

「不慮の事故です。非を押し付けるような真似はせず、許し見守る器量が必要なのでは?」

叔父といえども身分は下だ、見くびられてはいけない。険しい形相に周りは沈黙を保っている。モルワードは少し口角をあげて、深々とわざとらしく礼をした。

「これは失礼。以前も彼に忠告をしましたが、何も改善されていないようでつい口に出てしまいました。貴女の安全を守りたい一心で私も調べたのです。この庭園を美しく保ちたい気持ちは分かりますが、平民を入城させ規律を乱せばこのような事故に繋がる。今回の火災は宰相家の人選の甘さにあるでしょう」

ロイが遮るようにモルワードの声に重ねて言葉を発した。

「すべて我が家の落ち度です。鎮火の後陛下と姫様にはお詫びに参ります。どうかこれ以上、言い争うのはお止めください」

頭を下げて許しを請うロイをモルワードは満足げに見つめている。なんとか場を収めようとするロイを押しのけてさらに前へ一歩を踏み出す。

「身分問わず優秀な者を雇い入れているのです。軽率なはずがないでしょう、彼らの力があって庭園に花が咲き誇っているのですから」

モルワードのしたたかな視線が身体に貼り付いている。かつて父と王位を競った男は、何かにつけて宰相家に難癖をつけたがる。ロイの失脚と私の伴侶の座を狙っているのは明白だ。ロイを庇うように睨みつけると、彼の瞳は妖しく私を映し出している。
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