リクシオンの耳飾りを贈れたなら

ねこまんま

文字の大きさ
17 / 53

第十七話 公妾フェリド

しおりを挟む
17


驚くほどすんなりと耳を貫通する金具は、静かにフェリドに埋め込まれた。時が止まったように辺りは静まり返り、皆の息遣いが聞こえるほどだ。フェリドは何が起きたか理解できないようで、ただ茫然とこちらを見つめ返している。

「もう、こうするしか無かったの」

ただ静かに伝えると彼の表情がゆっくりと歪み始めた。はっきりとした拒絶の色を忍ばして、彼は大きく首を振る。

「止めろ! こんなもの、今すぐに外してくれ!」

手がつけられないほどの昂ぶりを見せて、リクシオンの耳飾りを拒否する。彼はこの耳飾りの本質を知っている。専従の証は自由を奪い、人格を捻じ曲げる。

「フェリド! 従わないなら待つのは悲惨な結末だけ。私を信じてどうか受け入れて」

後ろ手に縛られ、抵抗できないフェリドを力の限り抱きしめた。耳元では否定の言葉だけが呟かれる。身長も体格も全く違う彼に、しがみ続けるのは難しく身体が投げ出される。床に身体を打ち、声を上げると彼は我に返ったように動きを止める。

「俺はアンタを信じられない。こんなモノで他人を縛ろうとする人間を信じられるわけがない」

彼は将来を潰してでもリクシオンの耳飾りを拒絶する。床に倒れたまま声がでない私の頬に衝撃が走った。痛みを感じるよりも先に父王の姿が視界に入る。怒りを通り越し、蔑みの表情で父王は私の腕を掴んで立ち上がらせた。

「愚か者め! こんな素性の知れない男にリクシオンの耳飾りを与えるとは、気が狂ったとしか思えん!」

強い口調で責められ、私の身柄を近衛に引き渡し、自室での監禁を命じてくる。抵抗しても小さい身体はすぐに拘束され、応接の間を引きずられて行く。

「お父様! 彼は私の公妾です。一介の平民のように雑には扱えば、規律が乱れるのは承知のはず。貴族同様に扱うようご留意ください」

視界には映るフェリドと父王は一発触発の雰囲気だ。命さえ取られかねない状況に、フェリド自身も引く様子が見られない。彼にとって貴族に屈することは、死よりも耐えがたいことと訴えてくる。
父王が近衛に視線を流し、私はそのまま自室へと連れて行かれる。大きな騒ぎになっているのか、皆の視線が鋭く突き刺さる。好奇の目に晒されながら、自室に閉じ込められ、外から鍵が掛けられた。

「姫様、なんてことをされたのです」

部屋の中にはアンナが待機して、青ざめた顔でこちらを見つめてくる。情報は筒抜けのようで、すでにアンナにも内容が伝わっている様子だった。

「フェリドを救うため、やったのよ」

するどい痛みが頬に走った。臣下である彼女が手をあげるなんて並大抵のことではない。彼女はいつも本気で私を戒め、苦言を呈する。それは反発心ではなく、本物の愛情だと知っているからこそ私も受け入れている。

「それが正しい行いではないと分かっていますよね? 貴方はただの貴族ではありません、一国の姫君なのです。リクシオンの耳飾りは、そんな貴方の伴侶を決める重要な物だと理解されてますか?」

アンナの言葉に静かに頷く。政治的な役割をもつ耳飾りの重要性を知らないわけではない。私は周りの期待に応えて、ロイを選ばなければいけなかった。

「じゃあ見殺しにすれば良かったの? 彼が傷つく姿を黙って見てれば満足だった?」

もしこれがアンナだったとしても私は同じように振舞う。平民を虫けらのように扱う貴族文化を受け入れられない。フェリドだって身分が知れるまでは、確かに友人だったのだ。
我慢してきたものが溢れるように涙がこみ上げてくる。悲しいのか悔しいのか、自分でも訳が分からない。手で顔を覆う様に屈むと、アンナの手が背中を撫でてくれる。

「姫様の気持ちは分かります。フェリドさんは身分の垣根を越えて仲良くなった方ですから。けれど、彼はその気性のせいで自分の首を絞めました。事実がどうであれ陛下とモルワード卿を敵に回し、不遜な態度をとったのですから」

だからもう泣かないで、とアンナは優しく語りかけてくる。今すぐ契約を取り消し、父に嘆願すれば許してもらえるだろうと。しかしその意見には従えない、解除すれば父がフェリドを生かしておくはずがない。

「フェリドを公妾に迎えて、面倒をみる。それだけは曲げない」

ポロポロと零れる涙を袖で拭い、もっと強くなるよう自分に言い聞かせる。まずはフェリドに状況を受け入れてもらわないといけない。そして周りの偏見に打ち勝つ勇気が必要だ。

「ロイ様はどうされるのですか? あの方こそ姫様を愛し、支えてくださった方ですよ」

私に引く気がないと感じたのか、急にロイの話題を振ってくる。アンナの視線が突き刺さり、綻びを探しているようにも見えた。なんとしても撤回させたい雰囲気に気分が滅入ってくる。側近ですらこんな反応ならば、他は想像するに容易い。

「ロイはこんな私に幻滅して、反目するかもしれないわね」

するりと出た言葉に自分でも驚く。こんなにも簡単に幼馴染の絆が捻じれるとは思わなかった。胸元に仕舞っていたサファイヤの耳飾りが重く感じる。胸元から耳飾りが入った小袋を取り出して、覚悟を決めたようにアンナへ手渡した。

「これをロイに返してほしいの」

きっとしばらく会えない、それどころか私を軽蔑して敵対するかもしれない。アンナは小袋の中身に検討がついてるようで、静かに頷き袋を握りしめている。

「姫様のお気持ちは分かりました。もう決められたのなら何を言っても無駄でしょう」

頭を下げると彼女は部屋を出て行った。一人きりの部屋はどこか殺風景で寂しく感じる。ふとした目線の先にドライフラワーが映った。花びらは枯れても宝石のように透き通って見るものを惹きつける。フェリドがくれた新種のバラを手に取ると、灰のように姿は崩れて原型を留めない。その美しさは儚くて、一瞬だからこそ貴重だったのだ。

「人の絆に似てるのね」

自嘲気味に呟いて、私はその残品を指ですくい上げた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

夫と愛し合った翌朝、一方的に離縁されました【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
美しい公爵夫人マルグリートは、冷徹な夫ディートリヒと共に、王国の裏で密かに任務をこなす“悪女”。 だがある日、突然夫から離婚を言い渡される。しかもその裏には、平民の愛人の存在が──。 失意の中、王命で新たな婚約者・エルンストと結ばれることに。 どうやら今回の離婚再婚は、王家の陰謀があるよう。 「悪女に、遠慮はいらない」 そう決意した彼女は、華やかな舞踏会で王に真っ向から言い放つ。 「わたくし、人の家庭を壊しておきながら悪びれない方に、下げる頭は持っていませんの。  王族であられる前に、人におなりくださいませ。……失礼」 愛も、誇りも奪われたなら── 今度はこの手で、すべてを取り戻すだけ。 裏切りに燃える、痛快リベンジ・ロマンス! ⚠️本作は AI の生成した文章を一部に使っています。タイトル変えました。コメディーです。主人公は悪女です。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”―― 今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。 そして隣国の国王まで参戦!? 史上最大の婿取り争奪戦が始まる。 リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。 理由はただひとつ。 > 「幼すぎて才能がない」 ――だが、それは歴史に残る大失策となる。 成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。 灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶…… 彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。 その名声を聞きつけ、王家はざわついた。 「セリカに婿を取らせる」 父であるディオール公爵がそう発表した瞬間―― なんと、三人の王子が同時に立候補。 ・冷静沈着な第一王子アコード ・誠実温和な第二王子セドリック ・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック 王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、 王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。 しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。 セリカの名声は国境を越え、 ついには隣国の―― 国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。 「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?  そんな逸材、逃す手はない!」 国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。 当の本人であるセリカはというと―― 「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」 王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。 しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。 これは―― 婚約破棄された天才令嬢が、 王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら 自由奔放に世界を変えてしまう物語。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

処理中です...