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第十七話 公妾フェリド
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驚くほどすんなりと耳を貫通する金具は、静かにフェリドに埋め込まれた。時が止まったように辺りは静まり返り、皆の息遣いが聞こえるほどだ。フェリドは何が起きたか理解できないようで、ただ茫然とこちらを見つめ返している。
「もう、こうするしか無かったの」
ただ静かに伝えると彼の表情がゆっくりと歪み始めた。はっきりとした拒絶の色を忍ばして、彼は大きく首を振る。
「止めろ! こんなもの、今すぐに外してくれ!」
手がつけられないほどの昂ぶりを見せて、リクシオンの耳飾りを拒否する。彼はこの耳飾りの本質を知っている。専従の証は自由を奪い、人格を捻じ曲げる。
「フェリド! 従わないなら待つのは悲惨な結末だけ。私を信じてどうか受け入れて」
後ろ手に縛られ、抵抗できないフェリドを力の限り抱きしめた。耳元では否定の言葉だけが呟かれる。身長も体格も全く違う彼に、しがみ続けるのは難しく身体が投げ出される。床に身体を打ち、声を上げると彼は我に返ったように動きを止める。
「俺はアンタを信じられない。こんなモノで他人を縛ろうとする人間を信じられるわけがない」
彼は将来を潰してでもリクシオンの耳飾りを拒絶する。床に倒れたまま声がでない私の頬に衝撃が走った。痛みを感じるよりも先に父王の姿が視界に入る。怒りを通り越し、蔑みの表情で父王は私の腕を掴んで立ち上がらせた。
「愚か者め! こんな素性の知れない男にリクシオンの耳飾りを与えるとは、気が狂ったとしか思えん!」
強い口調で責められ、私の身柄を近衛に引き渡し、自室での監禁を命じてくる。抵抗しても小さい身体はすぐに拘束され、応接の間を引きずられて行く。
「お父様! 彼は私の公妾です。一介の平民のように雑には扱えば、規律が乱れるのは承知のはず。貴族同様に扱うようご留意ください」
視界には映るフェリドと父王は一発触発の雰囲気だ。命さえ取られかねない状況に、フェリド自身も引く様子が見られない。彼にとって貴族に屈することは、死よりも耐えがたいことと訴えてくる。
父王が近衛に視線を流し、私はそのまま自室へと連れて行かれる。大きな騒ぎになっているのか、皆の視線が鋭く突き刺さる。好奇の目に晒されながら、自室に閉じ込められ、外から鍵が掛けられた。
「姫様、なんてことをされたのです」
部屋の中にはアンナが待機して、青ざめた顔でこちらを見つめてくる。情報は筒抜けのようで、すでにアンナにも内容が伝わっている様子だった。
「フェリドを救うため、やったのよ」
するどい痛みが頬に走った。臣下である彼女が手をあげるなんて並大抵のことではない。彼女はいつも本気で私を戒め、苦言を呈する。それは反発心ではなく、本物の愛情だと知っているからこそ私も受け入れている。
「それが正しい行いではないと分かっていますよね? 貴方はただの貴族ではありません、一国の姫君なのです。リクシオンの耳飾りは、そんな貴方の伴侶を決める重要な物だと理解されてますか?」
アンナの言葉に静かに頷く。政治的な役割をもつ耳飾りの重要性を知らないわけではない。私は周りの期待に応えて、ロイを選ばなければいけなかった。
「じゃあ見殺しにすれば良かったの? 彼が傷つく姿を黙って見てれば満足だった?」
もしこれがアンナだったとしても私は同じように振舞う。平民を虫けらのように扱う貴族文化を受け入れられない。フェリドだって身分が知れるまでは、確かに友人だったのだ。
我慢してきたものが溢れるように涙がこみ上げてくる。悲しいのか悔しいのか、自分でも訳が分からない。手で顔を覆う様に屈むと、アンナの手が背中を撫でてくれる。
「姫様の気持ちは分かります。フェリドさんは身分の垣根を越えて仲良くなった方ですから。けれど、彼はその気性のせいで自分の首を絞めました。事実がどうであれ陛下とモルワード卿を敵に回し、不遜な態度をとったのですから」
だからもう泣かないで、とアンナは優しく語りかけてくる。今すぐ契約を取り消し、父に嘆願すれば許してもらえるだろうと。しかしその意見には従えない、解除すれば父がフェリドを生かしておくはずがない。
「フェリドを公妾に迎えて、面倒をみる。それだけは曲げない」
ポロポロと零れる涙を袖で拭い、もっと強くなるよう自分に言い聞かせる。まずはフェリドに状況を受け入れてもらわないといけない。そして周りの偏見に打ち勝つ勇気が必要だ。
「ロイ様はどうされるのですか? あの方こそ姫様を愛し、支えてくださった方ですよ」
私に引く気がないと感じたのか、急にロイの話題を振ってくる。アンナの視線が突き刺さり、綻びを探しているようにも見えた。なんとしても撤回させたい雰囲気に気分が滅入ってくる。側近ですらこんな反応ならば、他は想像するに容易い。
「ロイはこんな私に幻滅して、反目するかもしれないわね」
するりと出た言葉に自分でも驚く。こんなにも簡単に幼馴染の絆が捻じれるとは思わなかった。胸元に仕舞っていたサファイヤの耳飾りが重く感じる。胸元から耳飾りが入った小袋を取り出して、覚悟を決めたようにアンナへ手渡した。
「これをロイに返してほしいの」
きっとしばらく会えない、それどころか私を軽蔑して敵対するかもしれない。アンナは小袋の中身に検討がついてるようで、静かに頷き袋を握りしめている。
「姫様のお気持ちは分かりました。もう決められたのなら何を言っても無駄でしょう」
頭を下げると彼女は部屋を出て行った。一人きりの部屋はどこか殺風景で寂しく感じる。ふとした目線の先にドライフラワーが映った。花びらは枯れても宝石のように透き通って見るものを惹きつける。フェリドがくれた新種のバラを手に取ると、灰のように姿は崩れて原型を留めない。その美しさは儚くて、一瞬だからこそ貴重だったのだ。
「人の絆に似てるのね」
自嘲気味に呟いて、私はその残品を指ですくい上げた。
驚くほどすんなりと耳を貫通する金具は、静かにフェリドに埋め込まれた。時が止まったように辺りは静まり返り、皆の息遣いが聞こえるほどだ。フェリドは何が起きたか理解できないようで、ただ茫然とこちらを見つめ返している。
「もう、こうするしか無かったの」
ただ静かに伝えると彼の表情がゆっくりと歪み始めた。はっきりとした拒絶の色を忍ばして、彼は大きく首を振る。
「止めろ! こんなもの、今すぐに外してくれ!」
手がつけられないほどの昂ぶりを見せて、リクシオンの耳飾りを拒否する。彼はこの耳飾りの本質を知っている。専従の証は自由を奪い、人格を捻じ曲げる。
「フェリド! 従わないなら待つのは悲惨な結末だけ。私を信じてどうか受け入れて」
後ろ手に縛られ、抵抗できないフェリドを力の限り抱きしめた。耳元では否定の言葉だけが呟かれる。身長も体格も全く違う彼に、しがみ続けるのは難しく身体が投げ出される。床に身体を打ち、声を上げると彼は我に返ったように動きを止める。
「俺はアンタを信じられない。こんなモノで他人を縛ろうとする人間を信じられるわけがない」
彼は将来を潰してでもリクシオンの耳飾りを拒絶する。床に倒れたまま声がでない私の頬に衝撃が走った。痛みを感じるよりも先に父王の姿が視界に入る。怒りを通り越し、蔑みの表情で父王は私の腕を掴んで立ち上がらせた。
「愚か者め! こんな素性の知れない男にリクシオンの耳飾りを与えるとは、気が狂ったとしか思えん!」
強い口調で責められ、私の身柄を近衛に引き渡し、自室での監禁を命じてくる。抵抗しても小さい身体はすぐに拘束され、応接の間を引きずられて行く。
「お父様! 彼は私の公妾です。一介の平民のように雑には扱えば、規律が乱れるのは承知のはず。貴族同様に扱うようご留意ください」
視界には映るフェリドと父王は一発触発の雰囲気だ。命さえ取られかねない状況に、フェリド自身も引く様子が見られない。彼にとって貴族に屈することは、死よりも耐えがたいことと訴えてくる。
父王が近衛に視線を流し、私はそのまま自室へと連れて行かれる。大きな騒ぎになっているのか、皆の視線が鋭く突き刺さる。好奇の目に晒されながら、自室に閉じ込められ、外から鍵が掛けられた。
「姫様、なんてことをされたのです」
部屋の中にはアンナが待機して、青ざめた顔でこちらを見つめてくる。情報は筒抜けのようで、すでにアンナにも内容が伝わっている様子だった。
「フェリドを救うため、やったのよ」
するどい痛みが頬に走った。臣下である彼女が手をあげるなんて並大抵のことではない。彼女はいつも本気で私を戒め、苦言を呈する。それは反発心ではなく、本物の愛情だと知っているからこそ私も受け入れている。
「それが正しい行いではないと分かっていますよね? 貴方はただの貴族ではありません、一国の姫君なのです。リクシオンの耳飾りは、そんな貴方の伴侶を決める重要な物だと理解されてますか?」
アンナの言葉に静かに頷く。政治的な役割をもつ耳飾りの重要性を知らないわけではない。私は周りの期待に応えて、ロイを選ばなければいけなかった。
「じゃあ見殺しにすれば良かったの? 彼が傷つく姿を黙って見てれば満足だった?」
もしこれがアンナだったとしても私は同じように振舞う。平民を虫けらのように扱う貴族文化を受け入れられない。フェリドだって身分が知れるまでは、確かに友人だったのだ。
我慢してきたものが溢れるように涙がこみ上げてくる。悲しいのか悔しいのか、自分でも訳が分からない。手で顔を覆う様に屈むと、アンナの手が背中を撫でてくれる。
「姫様の気持ちは分かります。フェリドさんは身分の垣根を越えて仲良くなった方ですから。けれど、彼はその気性のせいで自分の首を絞めました。事実がどうであれ陛下とモルワード卿を敵に回し、不遜な態度をとったのですから」
だからもう泣かないで、とアンナは優しく語りかけてくる。今すぐ契約を取り消し、父に嘆願すれば許してもらえるだろうと。しかしその意見には従えない、解除すれば父がフェリドを生かしておくはずがない。
「フェリドを公妾に迎えて、面倒をみる。それだけは曲げない」
ポロポロと零れる涙を袖で拭い、もっと強くなるよう自分に言い聞かせる。まずはフェリドに状況を受け入れてもらわないといけない。そして周りの偏見に打ち勝つ勇気が必要だ。
「ロイ様はどうされるのですか? あの方こそ姫様を愛し、支えてくださった方ですよ」
私に引く気がないと感じたのか、急にロイの話題を振ってくる。アンナの視線が突き刺さり、綻びを探しているようにも見えた。なんとしても撤回させたい雰囲気に気分が滅入ってくる。側近ですらこんな反応ならば、他は想像するに容易い。
「ロイはこんな私に幻滅して、反目するかもしれないわね」
するりと出た言葉に自分でも驚く。こんなにも簡単に幼馴染の絆が捻じれるとは思わなかった。胸元に仕舞っていたサファイヤの耳飾りが重く感じる。胸元から耳飾りが入った小袋を取り出して、覚悟を決めたようにアンナへ手渡した。
「これをロイに返してほしいの」
きっとしばらく会えない、それどころか私を軽蔑して敵対するかもしれない。アンナは小袋の中身に検討がついてるようで、静かに頷き袋を握りしめている。
「姫様のお気持ちは分かりました。もう決められたのなら何を言っても無駄でしょう」
頭を下げると彼女は部屋を出て行った。一人きりの部屋はどこか殺風景で寂しく感じる。ふとした目線の先にドライフラワーが映った。花びらは枯れても宝石のように透き通って見るものを惹きつける。フェリドがくれた新種のバラを手に取ると、灰のように姿は崩れて原型を留めない。その美しさは儚くて、一瞬だからこそ貴重だったのだ。
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