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第三十三話 バラに誓約を
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あの出来事から数か月。それは驚くほど速く過ぎていく。
ロイの徹底した除名工作を退け、フェリドに対しても距離を保つ。普段通り振舞っているが、私の心中には疲労が溜まっていた。
「姫様、今日はロイ様とお出かけなど如何ですか?」
アンナの手回しにも慣れてきた。軽く首を振ると、彼女は大きくため息をつく。窓の外はすでに春の陽気で、木々や花が咲き乱れている。
「フェリド様のバラはそろそろ見頃ですね」
珍しくアンナがフェリドの話題を振ってきた。普段なら避けるその名前を出したのは、私の態度が原因だろう。毎日を勉学に努め、この数か月ろくに遊びに出掛けていない。取り付かれたように没入するのは、何も考えたくないからだ。
「成人までにやるべきことは山ほどある。遊んでなんかいられない」
言い訳をして今日も机にかじりついている。あと数か月もすれば16歳。成人になれば結婚や王位継承への問題に直面してしまう。ロイやフェリドの問題もしかり、政敵のモルワードにも対応していかなければならない。
「なんだか不憫ですわ。私はもっと姫様と笑っていたいです」
袖をつんつんと引っ張りながらアンナは私を誘っている。やはりこんな行動をするのは珍しい。なんだか彼女に毒気を抜かれた気がする。
「じゃあ、少しだけ。アンナは何がしたいの?」
手を止めてアンナに振り向くと、彼女は目を輝かせて笑みを零す。
「去年は見れなかったバラ園の復興が終わってます。一緒にそこでピクニックがしたいですわ」
火事で失われた庭園は、宰相家の財力で美しく蘇ったと聞いている。ロイから幾度か誘いを受けたが、バラを愛でる気分にはなれず断ってきた。しかしアンナの期待に満ちた目を見ると、とても断るなんて出来そうにない。
「じゃあ、たくさん食事を詰め込んで行くとしましょうか」
承諾するとアンナはすぐに準備を始めた。ほんの20分ほどで厨房の食事を詰め込み、シートなどを手配してしまった。アンナの持つ荷物のひとつを抱えて、私は立ち上がる。
「さあ行きましょう」
手を繋いで二人で庭園へ。正午には少し早い時間は太陽がさんさんと輝き、汗ばむ陽気だ。庭師が丁寧な手つきでバラの世話をし、その甲斐あってか庭園には美しく花が咲き乱れている。
木影にシートを引いてアンナと二人きりで花を観賞すれば、一年前の出来事が頭をよぎった。ここにかつてあった新種のバラ。一株くらい火事を逃れて残っていないだろうか?
「アンナ、少しここで待っていて。気になることがあるの」
アンナは首を傾げたが、黙って頷いてくれる。私がこういった言い方をするときは止められないと彼女も悟っている。軽く手を振り、私はあの場所に向かった。
私にとっては始まりのバラ。目的地に近付けば風が吹き、芳香な匂いが色濃くなっていく。
「すごい」
火の海となったであろう土地を新種のバラが埋め尽くしている。太陽の光を受けて反射するそれは宝石といっても過言ではない。薄く紅色のように染まった花びらは、ピンクダイヤのように美しい。これは私が愛した花。一度は焼け炭となった花は、こうして蘇り咲き誇っている。
「もうここに来ることはないと思ってた」
ふいに声をかけられて後ろに振り向く。汚れた服に土まみれの顔。どこかよそよそしい態度で彼はこちらを見つめている。
「邪魔だったかしら」
顔を背けて薄く笑う。本当に彼とバラは切っても切れない関係だ。スカートの裾を持ち上げて私は身をひるがえした。もうフェリドと話すことなど何もない。アンナの元に戻って私らしい日常を取り戻すのだ。
「ロイが俺にここを出ていけと言ってる。アンタも俺が邪魔になったのか?」
どんなつもりで今更そんな話をするのか理解できない。邪魔なわけがない、と言ったところでフェリドは信じないだろう。信頼はあの時に壊れてしまったのだから。
「貴方がどうしたいか、でしょ? 私に聞く必要なんてない」
「それでも!」
ひときわ大きい声で彼は叫び、私の身体を拘束するように抱きしめる・
「俺はティアラを信じたいと思っている。俺に示した覚悟は本物だろ? 邪魔になったのならここを出ていく、でもアンタの話をきいておきたい」
汚れた服でお構いなしに抱きついてくる。汗に濡れて泥にまみれて、私のドレスが汚されていく。綺麗に整えているのにすべてが台無しだ。だけど、私はそれが涙がでるほど嬉しいのだ。
「……貴方は大切な人よ、出て行ってほしくない」
その言葉を伝えるのが限界だった。震える指で彼の腕に触れてみる。土で汚れた手に抱きしめられて動けない。正確には動きたくない、この腕の中ですっと守られたい。彼も同じように考えてくれたのか、力を籠めることで返事をしてくれる。
「最初は危なっかしいから気になった、今も触れたら壊れそうなアンタが気になって仕方ない」
フェリドの余裕のない声が耳を掠める。見つめる先には彼の双眼が潤んで輝く。抱擁を解いて、彼は花壇から一本のバラを摘み取った。
「俺は耳飾りに何も誓わない。だけど、この花はティアラの為に育てた。君への想いを詰め込んだ花になら、俺は誓える」
そう言ってフェリドは花を差し出す。目前に迫る彼の姿に心が高鳴っている。
「この花は、俺が君に渡せる唯一のもの。今度こそ受け取ってほしい」
柔らかく囁く声が私の熱を煽っていく。私は泣きそうになりながら彼を見つめて、その花を受け取った。息が詰まるような動悸を感じながら、彼の身体を力の限り抱きしめた。
「私だけのバラ、私だけの貴方でいてくれる?」
肩に頭をこすりつけるように甘えてみる。フェリドは驚いているが、それもすぐに他の表情へ変わり瞳を閉じた。
「ティアラに愛と忠誠を誓うよ」
しみじみ語られる告白に酔いながら、私は彼の腕の中にいる。私はやっと自分の心を知った。初めての恋は驚くほど甘く、心をときめかせる。
庭園の片隅で愛しい人と愛を語らう。この喜びはきっと一生忘れられないものになるだろう。
あの出来事から数か月。それは驚くほど速く過ぎていく。
ロイの徹底した除名工作を退け、フェリドに対しても距離を保つ。普段通り振舞っているが、私の心中には疲労が溜まっていた。
「姫様、今日はロイ様とお出かけなど如何ですか?」
アンナの手回しにも慣れてきた。軽く首を振ると、彼女は大きくため息をつく。窓の外はすでに春の陽気で、木々や花が咲き乱れている。
「フェリド様のバラはそろそろ見頃ですね」
珍しくアンナがフェリドの話題を振ってきた。普段なら避けるその名前を出したのは、私の態度が原因だろう。毎日を勉学に努め、この数か月ろくに遊びに出掛けていない。取り付かれたように没入するのは、何も考えたくないからだ。
「成人までにやるべきことは山ほどある。遊んでなんかいられない」
言い訳をして今日も机にかじりついている。あと数か月もすれば16歳。成人になれば結婚や王位継承への問題に直面してしまう。ロイやフェリドの問題もしかり、政敵のモルワードにも対応していかなければならない。
「なんだか不憫ですわ。私はもっと姫様と笑っていたいです」
袖をつんつんと引っ張りながらアンナは私を誘っている。やはりこんな行動をするのは珍しい。なんだか彼女に毒気を抜かれた気がする。
「じゃあ、少しだけ。アンナは何がしたいの?」
手を止めてアンナに振り向くと、彼女は目を輝かせて笑みを零す。
「去年は見れなかったバラ園の復興が終わってます。一緒にそこでピクニックがしたいですわ」
火事で失われた庭園は、宰相家の財力で美しく蘇ったと聞いている。ロイから幾度か誘いを受けたが、バラを愛でる気分にはなれず断ってきた。しかしアンナの期待に満ちた目を見ると、とても断るなんて出来そうにない。
「じゃあ、たくさん食事を詰め込んで行くとしましょうか」
承諾するとアンナはすぐに準備を始めた。ほんの20分ほどで厨房の食事を詰め込み、シートなどを手配してしまった。アンナの持つ荷物のひとつを抱えて、私は立ち上がる。
「さあ行きましょう」
手を繋いで二人で庭園へ。正午には少し早い時間は太陽がさんさんと輝き、汗ばむ陽気だ。庭師が丁寧な手つきでバラの世話をし、その甲斐あってか庭園には美しく花が咲き乱れている。
木影にシートを引いてアンナと二人きりで花を観賞すれば、一年前の出来事が頭をよぎった。ここにかつてあった新種のバラ。一株くらい火事を逃れて残っていないだろうか?
「アンナ、少しここで待っていて。気になることがあるの」
アンナは首を傾げたが、黙って頷いてくれる。私がこういった言い方をするときは止められないと彼女も悟っている。軽く手を振り、私はあの場所に向かった。
私にとっては始まりのバラ。目的地に近付けば風が吹き、芳香な匂いが色濃くなっていく。
「すごい」
火の海となったであろう土地を新種のバラが埋め尽くしている。太陽の光を受けて反射するそれは宝石といっても過言ではない。薄く紅色のように染まった花びらは、ピンクダイヤのように美しい。これは私が愛した花。一度は焼け炭となった花は、こうして蘇り咲き誇っている。
「もうここに来ることはないと思ってた」
ふいに声をかけられて後ろに振り向く。汚れた服に土まみれの顔。どこかよそよそしい態度で彼はこちらを見つめている。
「邪魔だったかしら」
顔を背けて薄く笑う。本当に彼とバラは切っても切れない関係だ。スカートの裾を持ち上げて私は身をひるがえした。もうフェリドと話すことなど何もない。アンナの元に戻って私らしい日常を取り戻すのだ。
「ロイが俺にここを出ていけと言ってる。アンタも俺が邪魔になったのか?」
どんなつもりで今更そんな話をするのか理解できない。邪魔なわけがない、と言ったところでフェリドは信じないだろう。信頼はあの時に壊れてしまったのだから。
「貴方がどうしたいか、でしょ? 私に聞く必要なんてない」
「それでも!」
ひときわ大きい声で彼は叫び、私の身体を拘束するように抱きしめる・
「俺はティアラを信じたいと思っている。俺に示した覚悟は本物だろ? 邪魔になったのならここを出ていく、でもアンタの話をきいておきたい」
汚れた服でお構いなしに抱きついてくる。汗に濡れて泥にまみれて、私のドレスが汚されていく。綺麗に整えているのにすべてが台無しだ。だけど、私はそれが涙がでるほど嬉しいのだ。
「……貴方は大切な人よ、出て行ってほしくない」
その言葉を伝えるのが限界だった。震える指で彼の腕に触れてみる。土で汚れた手に抱きしめられて動けない。正確には動きたくない、この腕の中ですっと守られたい。彼も同じように考えてくれたのか、力を籠めることで返事をしてくれる。
「最初は危なっかしいから気になった、今も触れたら壊れそうなアンタが気になって仕方ない」
フェリドの余裕のない声が耳を掠める。見つめる先には彼の双眼が潤んで輝く。抱擁を解いて、彼は花壇から一本のバラを摘み取った。
「俺は耳飾りに何も誓わない。だけど、この花はティアラの為に育てた。君への想いを詰め込んだ花になら、俺は誓える」
そう言ってフェリドは花を差し出す。目前に迫る彼の姿に心が高鳴っている。
「この花は、俺が君に渡せる唯一のもの。今度こそ受け取ってほしい」
柔らかく囁く声が私の熱を煽っていく。私は泣きそうになりながら彼を見つめて、その花を受け取った。息が詰まるような動悸を感じながら、彼の身体を力の限り抱きしめた。
「私だけのバラ、私だけの貴方でいてくれる?」
肩に頭をこすりつけるように甘えてみる。フェリドは驚いているが、それもすぐに他の表情へ変わり瞳を閉じた。
「ティアラに愛と忠誠を誓うよ」
しみじみ語られる告白に酔いながら、私は彼の腕の中にいる。私はやっと自分の心を知った。初めての恋は驚くほど甘く、心をときめかせる。
庭園の片隅で愛しい人と愛を語らう。この喜びはきっと一生忘れられないものになるだろう。
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