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第三十九話 アンナとの約束
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モルワードの部屋を出て、用意された小部屋に移動し服を着替える。襟元をつめて、細身のジャケットにパンツ、そして皮のブーツを合わせる。髪はひとつに束ねて、腰には剣を指した。授業で乗馬や剣術の経験を積んでいるので、この装いにそれほどの違和感はない。
「どうしても行かれるのですか?」
不安そうにアンナは尋ねてくる。それもそのはず、一国の王女が単独で城を離れるなんて、あり得ないだろう。
「守られてばかりいるお姫様では、何も変えられないから」
自嘲気味に呟いて、薄く微笑む。私はもう人形ではない、それを証明するための戦いでもある。
「外は危険です。行かれるならせめて守護宝石を身に着けて下さい」
そう言ってアンナが差し出したのはピンクダイヤの指輪だった。私が私室に置き捨てたものを大事にしまってくれていた。その心遣いに感謝する。
「ありがとう、でも今回の騒動で私の名誉は地に落ちる。こんな宝石ひとつ身に着けた所で何も変わらないわ」
アンナは首を振り拒否をする。そんなことはないと言いながら、何度も身に着けるように勧めるのには理由がある。どんな落ちぶれた貴族でも守護宝石があれば、最低限の扱いを受け庇護される。反対に守護宝石を持たなければ誰の施しも受けられない。平民と変わりない身分は、想像以上の苦労と危険に見舞われるのを知っているからだ。
「フェリドだって身ひとつで戦っている。私だって大丈夫よ」
私は視線を下げたまま、胸元にしまっていたリクシオンの耳飾りを取り出す。フェリドが身につけていた宝石は、見るほどに心が締め付けられる。その耳飾りを彼女の手のひらに載せて、約束の言葉を彼女に贈る。
「フェリドを失えば、私は生きる意味を失ってしまう。だから彼とここに戻れるよう応援してほしい」
彼女の両手を掴んで、己の意思をはっきりと伝える。このままフェリドを失い、ロイを夫に迎えれば、私はきっと生きていけない。それはアンナも理解してくれているはずだ。
強い眼差しに、決して崩れない意思の強さを感じて、アンナは目を潤ませていく。もう何を言っても意味がないと悟ったのか、彼女は俯いて一粒の涙を零す。
「そんなに、彼が大切なのですか? 自身のお体を危険に晒してでも? 彼に縛られなければ、もっと幸せな道があるのに……」
悲壮な声を絞り出して、彼女は私を哀れむ。それでも私はもう立ち止まれない。今にも崩れそうな彼女を抱きしめて、背中を優しくさすってやる。
「フェリドが好きなの。彼が居てくれれば何もいらない。これが幸せだと私は信じている」
耳元で呟いて彼女の身体を離すと、にこりと微笑む。リクシオンの耳飾りを受け取り、複雑な表情のままアンナは座り込んでいる。
「必ずここに戻ると約束してくれますね」
彼女も腹をくくったようで、口調を強めて問いかけてくる。私は頷いて彼女の手をきつく握りしめた。彼女との大切な友情の形を言葉に換えて誓う。
「約束するわ。必ず貴女の元に戻ってくる」
言葉に込めた気持ちにアンナも精一杯の笑顔を見せてくれる。
「では私も姫様のお力添えをいたします」
そう言って彼女は部屋に飾られた大きな地図を指差した。
「衛兵がここにフェリドさんを移送したと証言しました」
アンナが指差す方向をまじまじと見て、その土地を確信する。そこは宰相領とモルワードが管理するフィオーネ領との境界線。領主の仲が悪化するたびに、領民の争いが絶えない。そこは秩序が失われた捨てられた土地なのだ。
「よりによって水の砦なんて」
昔はロイとの遊び場だった。あの頃は今ほどモルワードと宰相の仲は悪化しておらず、領地もしっかりと管理されていた。透明度の高い美しい湖が有名で、自然が豊かに残る砦。しかし今はその面影すら残さない。いざこざが増えるにつれ善良な市民は立ち退き、残ったのはならず者達。今は国の力をもっても介入が難しい危険地帯だ。
「それでも、行かれるのでしょう?」
その言葉に力強く頷くと、彼女は寂しそうに微笑む。
「では、馬と十分な資金を用意いたします」
そう言うと先陣をきってアンナが案内を始めた。巧みな誘導で誰に見つかる事もなく庭園に抜け出る。庭園の馬小屋に忍び込めば、美しい愛馬が私に身を擦り寄せて来た。
「私を連れて行ってくれるわね」
愛馬に語り掛けながら跨り、鐙を履く。後は馬で駆けあがり、城門を強行で突破するのみだ。
「貴女のお帰りを待っています。絶対にここに戻ってきて下さい」
まるで恋人を待つような切ない表情でアンナは見送ってくれる。差し出された袋には金貨が詰められて、ずっしりと重たい。それを受け取り私は力強く頷いた。
「ええ、必ず」
牢獄を抜け出して、けっこうな時間が流れている。いつ城の警備が厳しくなってもおかしくない。鐙を踏みしめ、手綱で馬を操作する。門が閉じればすべての計画が流れ、牢獄へ戻されてしまう。
勢いに任せ城門に突撃すれば、衛兵はたじろぎ統率を乱した。その隙間を狙えば、愛馬は意思が通じているかのように滑走してくれる。
城を飛び出し、城下町へ。
まだ境界線にある水の砦までは遠い。馬を潰さぬよう細心の注意を払いながら、私は不安と戦いながら道を急いだ。
モルワードの部屋を出て、用意された小部屋に移動し服を着替える。襟元をつめて、細身のジャケットにパンツ、そして皮のブーツを合わせる。髪はひとつに束ねて、腰には剣を指した。授業で乗馬や剣術の経験を積んでいるので、この装いにそれほどの違和感はない。
「どうしても行かれるのですか?」
不安そうにアンナは尋ねてくる。それもそのはず、一国の王女が単独で城を離れるなんて、あり得ないだろう。
「守られてばかりいるお姫様では、何も変えられないから」
自嘲気味に呟いて、薄く微笑む。私はもう人形ではない、それを証明するための戦いでもある。
「外は危険です。行かれるならせめて守護宝石を身に着けて下さい」
そう言ってアンナが差し出したのはピンクダイヤの指輪だった。私が私室に置き捨てたものを大事にしまってくれていた。その心遣いに感謝する。
「ありがとう、でも今回の騒動で私の名誉は地に落ちる。こんな宝石ひとつ身に着けた所で何も変わらないわ」
アンナは首を振り拒否をする。そんなことはないと言いながら、何度も身に着けるように勧めるのには理由がある。どんな落ちぶれた貴族でも守護宝石があれば、最低限の扱いを受け庇護される。反対に守護宝石を持たなければ誰の施しも受けられない。平民と変わりない身分は、想像以上の苦労と危険に見舞われるのを知っているからだ。
「フェリドだって身ひとつで戦っている。私だって大丈夫よ」
私は視線を下げたまま、胸元にしまっていたリクシオンの耳飾りを取り出す。フェリドが身につけていた宝石は、見るほどに心が締め付けられる。その耳飾りを彼女の手のひらに載せて、約束の言葉を彼女に贈る。
「フェリドを失えば、私は生きる意味を失ってしまう。だから彼とここに戻れるよう応援してほしい」
彼女の両手を掴んで、己の意思をはっきりと伝える。このままフェリドを失い、ロイを夫に迎えれば、私はきっと生きていけない。それはアンナも理解してくれているはずだ。
強い眼差しに、決して崩れない意思の強さを感じて、アンナは目を潤ませていく。もう何を言っても意味がないと悟ったのか、彼女は俯いて一粒の涙を零す。
「そんなに、彼が大切なのですか? 自身のお体を危険に晒してでも? 彼に縛られなければ、もっと幸せな道があるのに……」
悲壮な声を絞り出して、彼女は私を哀れむ。それでも私はもう立ち止まれない。今にも崩れそうな彼女を抱きしめて、背中を優しくさすってやる。
「フェリドが好きなの。彼が居てくれれば何もいらない。これが幸せだと私は信じている」
耳元で呟いて彼女の身体を離すと、にこりと微笑む。リクシオンの耳飾りを受け取り、複雑な表情のままアンナは座り込んでいる。
「必ずここに戻ると約束してくれますね」
彼女も腹をくくったようで、口調を強めて問いかけてくる。私は頷いて彼女の手をきつく握りしめた。彼女との大切な友情の形を言葉に換えて誓う。
「約束するわ。必ず貴女の元に戻ってくる」
言葉に込めた気持ちにアンナも精一杯の笑顔を見せてくれる。
「では私も姫様のお力添えをいたします」
そう言って彼女は部屋に飾られた大きな地図を指差した。
「衛兵がここにフェリドさんを移送したと証言しました」
アンナが指差す方向をまじまじと見て、その土地を確信する。そこは宰相領とモルワードが管理するフィオーネ領との境界線。領主の仲が悪化するたびに、領民の争いが絶えない。そこは秩序が失われた捨てられた土地なのだ。
「よりによって水の砦なんて」
昔はロイとの遊び場だった。あの頃は今ほどモルワードと宰相の仲は悪化しておらず、領地もしっかりと管理されていた。透明度の高い美しい湖が有名で、自然が豊かに残る砦。しかし今はその面影すら残さない。いざこざが増えるにつれ善良な市民は立ち退き、残ったのはならず者達。今は国の力をもっても介入が難しい危険地帯だ。
「それでも、行かれるのでしょう?」
その言葉に力強く頷くと、彼女は寂しそうに微笑む。
「では、馬と十分な資金を用意いたします」
そう言うと先陣をきってアンナが案内を始めた。巧みな誘導で誰に見つかる事もなく庭園に抜け出る。庭園の馬小屋に忍び込めば、美しい愛馬が私に身を擦り寄せて来た。
「私を連れて行ってくれるわね」
愛馬に語り掛けながら跨り、鐙を履く。後は馬で駆けあがり、城門を強行で突破するのみだ。
「貴女のお帰りを待っています。絶対にここに戻ってきて下さい」
まるで恋人を待つような切ない表情でアンナは見送ってくれる。差し出された袋には金貨が詰められて、ずっしりと重たい。それを受け取り私は力強く頷いた。
「ええ、必ず」
牢獄を抜け出して、けっこうな時間が流れている。いつ城の警備が厳しくなってもおかしくない。鐙を踏みしめ、手綱で馬を操作する。門が閉じればすべての計画が流れ、牢獄へ戻されてしまう。
勢いに任せ城門に突撃すれば、衛兵はたじろぎ統率を乱した。その隙間を狙えば、愛馬は意思が通じているかのように滑走してくれる。
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