リクシオンの耳飾りを贈れたなら

ねこまんま

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第四十話 水の砦の奴隷

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「王と王女を手玉にとった男が、奴隷に堕とされて連れてこられたらしい」

水の砦の道すがら立ち寄った街で、こんな噂話が出回っている。街の至る所で人々が話し、笑い茶化しながら王族のスキャンダルを楽しんでいる。こういった低俗な噂は出回るのが早いと思わず感心してしまう。
馬を休ませるために立ち寄った街は、小さいながら店が立ち並び活気がある。幸運なことによそ者が珍しくないのか私に注意を向けるものがいない。ここぞとばかりに情報を収集しようと、人々の集まる広場で聞き耳を立てている。特にフェリドの話題は盛んで、中には目を覆いたくなるような猥談に発展しているケースも見られた。共通して上がるのは「魔性の男」という単語だ。

――まったく下らない

王宮でもこういった下世話な噂が絶えないが、そこに含まれる真実はごく僅かだ。誰もが面白可笑しく話すが、肝心の居所や今の状況を知っている者はいない。
聞くに堪えない内容に嫌気がさして、背を向ければ一人の男の声が耳につく。

「水の砦の近くでその奴隷を見かけたんだが……」

思わず顔を上げて、その声の主を見つめる。歪な笑みに好奇の目を光らせて、男はなおも楽しそうに話している。

「それがな、ものすごく強烈な男なんだよ」

なにが”強烈”なのかその意味が理解できない。私の視線に気付いたのか男は気まずそうにその場を去っていく。なんとか話の続きを聞きたいが、相手はこちらを警戒しており、とても話しかけられる雰囲気ではない。
どうにかならないか、そればかりに気が取られていた。そのせいで後ろの人物が私の肩に手を置くのに気付けなかった。驚いて振り向けば、私を見つめる一人の男。こういった場合の嫌な予感は当たる。ずっと邪な視線に気が付いていた。街中を追いかけるように付きまとわれていた。

「無礼者」

振り向きざまに剣を引き抜き、相手を威嚇する。少しは怯むかと思ったが、そこにいた男は嬉しそうにこちらを見つめている。

「ものすごい上玉だな。綺麗な身なりに純度の高い剣、それにさっき金貨を使っていただろ?」

値踏みする視線は耐えがたいものがある。発言からして追い剥ぎの輩だ。剣を構えると私は一目散に懐に切りこんだ。

「!?」

男とは反対方向から石のつぶてが投げられる。思わぬ横やりに剣を滑り落とすと、すぐに複数の男が囲うように集まってきた。

「姉ちゃんみたいな美人がここに何の用だ?」

からかうように問われ、それに反応して周りの男達も野次を投げかける。同時に後ろから頭部に衝撃を受けた。訳のわからないまま意識を手放し、地面に吸い込まれるように倒れていく。

「剥げ!」

そんな声を最後に視界は黒く閉ざされていった。



***



「いい加減、目を覚ましたらどうだ?」

冷たい液体を顔にかけられ、その驚きで私は覚醒し飛び起きた。上体を起こして声の主を見つめる。やつれた顔で、片手に水瓶を持つ女が傍に佇んでいる。

「ここは? 貴方は誰?」

「よくもそんな落ち着いていられるもんだね」

女は笑いながら私の胸元を指差した。そしてすぐに言葉の意味を理解する。服を着ていない、いや正確には肌着以外のものが無くなっている。剣も金貨も何もかもはぎ取られている。

「びっくりしたかい? でもまだ殺されなかっただけマシさ」

笑いながらサラリと告げられて顔が引きつる。今の状況がよく掴めない。目からの情報としては見知らぬ場所で、見知らぬ女に水を引っかけられた。こんな状況を理解しろと言うほうが無理だ。

「アンタは売られてここに来たんだよ。見ればわかるだろ、奴隷だよ」

そう言って女は笑いながらすぐ傍に座り込んだ。よく観察すれば、狭くて暗い部屋は牢獄のように鉄格子で囲われている。

「売られてここに連れられたってこと? じゃあここは水の砦の近くなのかしら?」

淡々と言い放つと、女は目を丸くしてこちらを凝視する。そして私の頭を力強く撫でまわした。

「えらく度肝の座ったお嬢ちゃんだね、そう、ここは砦付近の奴隷市場さ。アンタみたいな上級品はこの場所に似つかわしくない。何があったのか興味をそそるねえ」

あまりの下品な物言いに顔が引きつる。

「余計なおしゃべりは辞めておきな」

暗がりから幾人かの女性が顔を出した。小さな子供もお年寄りも、まとめてこの劣悪な環境に身を置いている。気が付かなかっただけで、この牢獄は長く続いている。私達以外にもかなりの人が囚われている。
かつて机上で学んだ「奴隷」といわれる人達は、凶悪でどうしようもない人間だった。しかし現実はこうも違っている。ここにいるのは力を持たない弱き者達だ。

「誰か、フェリドという男性を知りませんか?」

もどかしさを噛みしめながら声をかける。フェリドが売られてきたのなら、ここに身を寄せた可能性が高い。静かな沈黙を破るように老婆の声がする。

「知ってるよ。あんな酷い仕打ちをされた奴隷は見たことがない。まだどこかに繋がれていると思うね」

その言葉に心が震える。街の男は”強烈”と揶揄し、老婆は”酷い仕打ち”だと言う。それが何を意味するのか考えたくない。

「ここにずっと囚われてるって話だよ。だってアレじゃあ誰も買わないだろうしね」

一人が口を利くと皮切りに皆が話し出す。

「王宮も怖い所さ。あの男は公妾だったのに、寵愛を失って捨てられたらしいよ。それもあんな残酷にさあ」

次々と噂話が膨れあがっていく。どれも信ぴょう性の高い話だから気が気ではない。なんとか話を聞き逃すまいと耳を澄ますと、後ろから腕を引かれる。

「そろそろ聞こえると思うよ」

同室の女が笑いながら、北を指差した。耳を澄ましてその“何か”を聞けと言う。

「――!!」

声にならない叫び声に身が強張る。今まで聞いたことのないような雄叫びに恐怖が募る。牢獄に響く音は消えることなく密閉された空間に木霊している。声の主は枯れた声で今も何かを絞り出している。

「ひどいもんだろ? 何が行われているのか想像したくもない」

女は呆れた顔でこちらを見つめている。その視線を受けて私は固まり俯く。
胸に熱い怒りがこみ上げる。気を失うような激しい動悸に息が追いつかない。私は知っているこの声の主を。そしてこんな悲壮な声色を私は知らない。

「フェリド!!」

激しい怒りをたぎらせて、私は彼の名前を呼んだ。何度も何度も繰り返して、彼を呼び続ける。向こうにフェリドがいる、私の前を遮る格子が邪魔で仕方ない。狂ったように格子に身体をぶつけて、この物理の壁を崩そうとするが、金属でできた檻はびくともしなかった。

「看守は? いるのでしょ? 早く来て!」

錯乱したように叫び続けて、牢獄の番人を呼び出す。呼び出された看守は私を抑えるために牢を開錠する。

「死にたくなければ抵抗しないで」

すぐに間合いに飛び込んで、腰に下げていた剣を引き抜き奪い取った。首元に突き付けながらゆっくりと後退させ、そのまま私も牢の外へ出る。素人同然の看守は隙だらけで、涙声で命乞いをするばかり。あまりの幼稚さにこちらが拍子抜けしてしまう。抵抗の意思がないのを確かめ、すぐに体制を変えると声のする方向に駆け出した。
こんな装備でどこまでいけるのか、危険な賭けだが迷わず私は走り出している。もうとっくに我慢の限界の域を超えていた。今はただ彼の元にいくことしか考えられなかった。
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