リクシオンの耳飾りを贈れたなら

ねこまんま

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第四十一話 心をひとつに

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暗い穴倉のような細道を駆け上がる。声の音量が大きくなるにつれて、心は潰れそうなほどに痛い。悲痛な叫びはすぐそこまで迫っている。
大きな扉を蹴破って、私は部屋の中に侵入した。

「フェリド?」

疑問形になってしまうほど、彼の姿は見るに堪えない。椅子に縛られ、後ろ手に太いロープが巻き付いている。別れた時の服のまま項垂れる彼は、私が知るフェリドではなかった。

「お前がやったの?」

傍に立つ男がこちらを怯えるように見ている。手にしているのは拷問の道具だろうか、目に入れるのも忌々しい。すぐに手にした剣を振り上げ、その男に躊躇なく突き立てた。鋭い剣先は肩を貫き、男はその痛みに悶絶する。尻もちをつくように床に崩れおち、四つん這いになって無様に逃げて出していった。
剣を振り宙で血を拭った後、フェリドを拘束する縄を切り捨てる。

「ティアラなの、か?」

自由になった腕を振るわせながら、彼は枯れた声で私を呼ぶ。

「私を信じろと言ったでしょ。助けると約束したじゃないの」

血に塗れた顔に指を滑らして、優しく撫でていく。酷い仕打ちを受けたのは明らかで、瞼は腫れ、口元には幾重のかさぶたが出来ている。そして血が溢れる箇所には刀傷も複数残されている。明らかに顔を潰すよう指示された結果だ。顔を潰し、どこかに売り払えば素性は知られないと思ったのか、姑息な手段に吐き気がする。身体と顔に残された傷跡は決して消えない。優し気な瞳も薄い唇も、こんな卑劣な行いで奪われるとは思いもしなかった。身体が震えると共に涙がこみ上げ、零れ落ちていく。

「俺が怖いか?」

悲しい瞳で見つめるフェリドは何を思ってその言葉を私に投げかけたのだろう。

「まさか、貴方のことが好きなのに」

額に口付けて私は彼を抱きしめた。容貌を失うことで寵愛を失うと彼は感じたのだろうか。私の身体に触れて、この鼓動を感じてほしい。こんなに胸が高鳴るのはフェリドしか居ない。

「懐かしい匂いがする」

腕が伸びて、私の身体を密着させるように抱き上げる。私の胸に顔を埋めてこの鼓動を感じるようにじっと動かないでいる。愛しい人が腕の中にいる喜びをどう例えればいいのか分からない。黙って彼に身を委ねて、この喜びを噛みしめる。しかし甘い気持ちは、厳しい現実にかき消されてしまう。

「早く治療をしないといけない」

今も血まみれのフェリドはかなりの深手を負っている。牢獄を脱出しないことには彼の命の保証が出来ない。フェリドの手を取ろうと手を伸ばすと、彼は微笑むばかりでそれを拒んだ。まるで一人で行けと言わんばかりの態度に肝が冷える。

「行けない。もう分かっているだろ? ここから逃げるなんて出来ない」

そう言って彼は来ていたシャツを脱ぎ捨て、私の肩に掛けた。

「すぐに陛下かロイの名前を出して保護を受けるんだ。こんな格好でアンタがどんな無茶をしたのか俺は聞くのが怖い。もう心配をさせないでくれ」

服も身に着けず、肌着だけで髪を乱したこの姿をフェリドは憂いている。自分の為に私が傷付くのを彼はとても嫌う。自分さえ消えれば父王もロイも怒りを鎮め、私を許すと考えているのだ。しかしそれは私にとって死より過酷だと、どうすれば伝わるのか。

「私に矜恃を捨てて生きろと言うの? 私はもう縛られて生きるのは嫌よ」

瞳に宿る業火に気付いてほしい。私の心に灯った覚悟から目を逸らさないでほしい。

「私は貴方の傍にいると決めたの。貴方がここに留まるなら、私も傍から離れない」

「まるで子供のように聞き分けがないな」

呆れたように呟くが、そこに否定は感じられない。
今度こそフェリドの手を引くと、彼はおとなしくその手を取った。近付いてくるたくさんの足音に臆することなく、彼は私の手を握り続けている。

「ここを一緒に出るの、約束よ」

強く握りしめ合う手は固く繋がれている。私は覚悟を決めて扉の先の群衆を睨みつけた。奴隷市場の中心というのは確かで、絵にかいたような悪党顔ばかりが集まっている。

「下らねえ騒ぎを起こしやがって。お前らまとめてぶっ殺してやる!」

いかにもな台詞を鼻で笑ってやる。やれるものならやってみろ、と挑発をすれば、彼らは真っ赤になって怒声を響かす。振り上げられた拳から守るようにフェリドが被さり、床に倒れこんだ。

「ティアラ、俺から離れるなよ」

私を隠すように覆いかぶさる彼は、優しい声で囁く。

「ええ、もちろんよ」

恐怖は感じない。周りから音が消え、痛みが身体を走っても、彼が傍にいる喜びに勝る感情は湧き出ない。髪を掴まれ身体が引きずられても何も感じない。ただ傍にフェリドの姿があればそれで充分だった。

「ここだ! 早く来い!」

ありったけの声量で叫び声をあげるのはフェリドだった。たくさんの男に組み敷かれ、もがき苦しんでいる。軽く意識を飛ばしていたのか、首に巻きつく手に初めて気付く。下卑た笑みを浮かべた男が、力を籠めるたびに息が出来なくなる。ああもう次はないかもしれない、と思いながらぼんやり宙を見つめていた。

「ここで間に合わなかったら、お前を許さないからな!」

誰に投げた言葉なのか理解できない。遠のく意識の中で、辛辣な声が響いた。

「誰に口を利いている」

ぐもった声と共に、首を絞める力が緩まっていく。気道に空気が通ると、私は激しく咳き込みそのまま倒れていく。床に叩きつけられる前に、誰かの手が優しく私を抱きとめた。

「ティアラ!」

私を抱く身体は震え、その男の恐怖を表している。いつもの優雅で落ち着いた姿は成りを潜めて、その瞳には焦りと悲しみが見て取れた。

「ロイ、ど、して」

上手く言葉が話せない。ただ私を抱きしめて震える彼がそこに居る。

「探した、何日もずっと。まさかモルワードが君に手を貸すなんて思わないじゃないか」

辺りを見渡せば大勢のごろつきが床に転がっている。そしてロイと共に駆け付けた騎士が次々と悪者を斬り捨てていた。
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