リクシオンの耳飾りを贈れたなら

ねこまんま

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第四十三話 最初の裏切り

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日が落ちて辺りは薄暗くなっている。奴隷市場が有名な街だが、こうして道を歩くだけなら他の街並みと変わりない。今はモデレオンの騎士が多く滞在しており、柄の悪い人間は成りを潜めている。

「フェリドは目覚めたか?」

ロイは私の一歩後ろを歩きながら、話を切り出した。もう言葉を飾ろうとしない素の部分が現われて、少し戸惑ってしまう。

「ええ、ちゃんと養生すれば大丈夫だって言われた。傷は残るかもしれないけれど、健康に問題はないみたい」

そうか、と返事をしながらもロイの心はどこか遠くにある。癖なのか時折耳に触れて、そこにあったリクシオンの耳飾りを惜しんでいるように見える。

「僕は自分の立場を理解している。だけど今だけは対等に話をさせてくれ」

そう言ってロイは足を止めた。それに合わせて私も立ち止まる。向かい合う様な形で私達は互いに見つめ合っている。

「正直に言うと僕は、フェリドを貶めたことに後悔はしてない。ただ君が危険な目に合ってしまったことは悔やみきれない。目を離すべきではなかったと、今もそればかりが心残りだ」

ロイはぽつりと呟く。反省する部分が異なっていて、それに腹が立って仕方がない。

「よくもそんな事を……」

言い返そうとした矢先に腕が引かれた。身体の重心が傾き、そのままロイの胸の中に閉じ込められてしまう。体格の異なる身体で覆い隠されれば、私は身動きが取れない。苛立つ気持ちを抑えながら拳をきつく握りしめる。

「そうやってまた王配の地位を狙うの?」

手厳しい言葉で責めるも、彼は微動だにしない。ただ、静かに私の言葉に耳を傾けている。王配という言葉に反応して、その美しい口元から笑みが零れおちた。

「王配だって? 今さら何を言うかと思えば、王配に誰よりもこだわっていたのは君じゃないか」

吐露された思いが胸に突き刺さる気がした。抵抗を止めて大人しくなった私を懐に抱いて、彼はとどめの一言を言い放つ。

「知ってたよ、君がずっと僕に疑心を抱いていたことを。いつも試すようにこちらの様子を伺っていた」

その告白は私の心を震撼させる。指摘されるまで勘付かれているとは思わなかった。完璧で美しい幼馴染が、私を欲するのは王配の地位が目的だと思い込んでいた。彼は皆の憧れの王子様だ、そんな彼の隣には美しくて、知的で、魅力的な女性が相応しいと決めつけていた。

「最初に裏切ったのはティアラ、君だった。もし、僕が宰相家の人間でなければ、フェリドのように何も持たなければ、純粋な目で僕を見てくれたのか?」

抱かれる手に力が込められて、消え入るような声をロイは絞り出した。悲しい声色に心が震えている。自分の事ばかりに気をとられ、ロイの気持ちを考えたことがなかった。毎日、浴びるようにくれた愛の言葉の数々を思い出す。その真心は偽りではなく本物だった。そしてそれを軽視し、裏切り続けたのは私だ。

「私はいつから貴方を純粋に見れなくなったのかしら。とても大切な幼馴染だったのに」

言葉と共に涙が溢れてきた。誓約を交わす前も今も、ロイは一貫して私を愛してくれている。そんな彼を下らない謀に巻き込んで、一方的にリクシオンの耳飾りを押し付けて、取り上げた。そして伴侶に選んでおきながら、浅はかにも彼を疑い続けたのだ。

――私は自分のことばかりでロイを鑑みなかった

幼い頃から優しく辛抱強く私に寄り添ってくれた彼を、こんな形で傷つけるなんて信じられない。ロイの胸で素直に泣けるのは昔から変わらない私の居場所だからだ。香料の香りに包まれながら優しい声で慰められる、思えばここにも真実の愛が存在している。
気付いてしまえば、涙は溢れて止まらない。嗚咽で息を乱しながら、私は彼に許しを求める。

「ごめんなさい。私は貴方を信じなかった。ずっと側で見守ってくれていたのに」

強く抱きつけば、彼はいつものように頭を撫ででくれる。その優しさは変わらない。

「僕も嫉妬に駆られて酷いことをした。君の心がフェリドに向いて、どうしようもなく不安だった。どんなに策を練っても、君が僕を見るはずがないと分かっていたのに」

そう言ってロイは私から身体を離して、その場で膝を折り、頭を下げた。宰相家の人間として臣下として、彼は私に礼を尽くしている。

「ティアラ姫とフェリドに謝罪する。このような結果を招いて、どんな処分も受け入れる覚悟です」

遠く距離を感じさせる態度は、彼なりのけじめだ。私も彼の思いを汲まなくてはいけない。ゆっくりと手を差し出して、甲にキスを求める。ロイは静かにその手を取り口付けた。

「貴方の忠誠と私達の旧縁に免じて許します。叶うならこれからも良き友人として居てください」

静かな星空の元で誓約が交わされる。お互いの罪が本当の意味で許されるのには時間がかかるだろう。それでも私はロイと共に歩んでいきたい。今度こそ彼を信じて、心が通じ合うよう努力をしたいのだ。

「君の傍で守り続ける、それはこれからも変わらない」

優しく微笑みながらロイは手を離した。その手を胸元で温めて私も微笑んでみる。遠い昔、まだ地位という言葉を知らなかった時代、ロイは私の憧れの王子様だった。そして今は頼もしい兄様のように感じる。

「貴方の気持ちは嬉しい。だけど私はもっと強くなるわ。貴方を守れるくらいに」

彼が守るという言葉を使った意図は理解している。まだ私を悩ます問題が山ほど残っているからだ。きっと王都に戻れば、偏見と蔑みの目が襲ってくる。父王の誓約を裏切った罪を追及されるだろう。そしてその火の粉はフェリドやロイにも間違いなく降りかかる。

「絶対に手出しなんてさせない」

声に出して己の覚悟を再確認する。リクシオンの耳飾りがもたらす負の連鎖を終わらせる為に。
冷たい風は吹き荒れ、私の髪を乱している。そんな私にロイが外套をかけて、立ち向かう様に私達は歩き始めた。
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