リクシオンの耳飾りを贈れたなら

ねこまんま

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第四十五話 母の秘密

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厳かな雰囲気の中、重たい扉が開かれる。謁見の間には二つの王座が並んでいる。片方は私の席、もう片方は現王である父のものだ。

「君が得たものと失ったもの、その答え合わせをしようか」

父の王座に座る人物は予想を裏切らない。私達の姿を見て、ニヤリと微笑むモルワードは当たり前のように王座に鎮座している。先陣をきっていたクローディアはすぐに彼の元に駆け寄り、その足元で首を垂れている。

「叔父上は耄碌もうろくされたのかしら? その玉座は貴方のものではない」

モルワードへと歩み、その周りを見渡す。王の重鎮が顔を並べる中、誰も彼を諫める者はいない。

「なんと愚かなことを。その行いは謀反ではありませんか」

隣にいたロイが叱責する。しかしモルワードは全く聞く耳をもたない。それどころか蔑みの目を彼に送っている。

「ロイ、口を慎め。貴様も宰相のように消されたいか?」

並ぶように立たされている側近達に視線を送る。そして、ロイはその顔ぶれに顔色を変えた。宰相がここに居ない。宰相だけではない、今まで当たり前のように顔を揃えていた王政派の面々が消えている。

「お前など陛下の力が及ばねば敵ではない。栄華を極めても落ちぶれるのは一瞬だ」

モルワードは辛辣にロイを責め立てた。私自身も驚き動けないでいる。あれだけの権力を持った宰相家の人間が、誰一人と姿を見せないのはあり得ない。

「父を何処に追いやったのですか?」

ロイは冷静に応対をするが、その横顔には隠しきれない不安が感じ取れる。この数日で王宮に何が起きたのか、その答えを彼も理解していない。

「宰相は私に反逆した。罪人が行きつく先は、君の方がよく知っているだろう?」

揶揄するようにロイに微笑む。モルワードの話からは全貌がよく見えない。私は二人を遮るように前に進み、玉座の前に立ちはだかった。

「何があろうとも、そこはお父様と私の玉座です。叔父上といえど容赦はしない。早く退きなさい」

強い口調でモルワードに詰め寄り、その椅子から立ち退かせようとする。しかし返ってきたのは思わぬ反撃だった。いきなり頬を打たれ、その音が部屋に響き渡る。無礼者、と諫めるよりも早くモルワードは私の手を掴んでいた。

「父親に対してそんな口を利くとは、たいした教育を受けたものだ」

聞き間違いかと己の耳を疑う。突拍子もなくそんな単語が飛び出して思考が止まる。手を絡めとられ身動きできない私に、モルワードはなおも語り続けた。

「王家にどうして子が少ないのか以前に話しただろう。陛下は王妃を愛するゆえに、他に子供を作らなかったのではない。彼自身に子供をつくる能力がなかったからだ」

その言葉を皮切りに恐ろしい物語が語られる。

かつて宰相家出身の母オヴィリアとモルワードは幼馴染だった。オヴィリアには王妃になるという野心があり、父に王の片鱗を見出して婚約にこぎつけた。
野望は徐々に彼女を狂わし、その手を血に染めていく。たくさんの王族を葬り去り、父を王に押し上げたが、そこで彼女は世継ぎという問題に直面してしまう。

「オヴィリアは苦悩した。兄上とはどうしても子供が出来なかったからね。そして焦った彼女は私の元にやって来てこう言った」

“貴方も王族の血を引くのだから、問題はない”と。

モルワードの語る話は信憑性がない。母が不貞を侵したなど信じられるはずがない。これは間違いなく私の両親への侮辱だ。

「よくもそんな下らない話を!」

掴まれた手を振り払おうとしても、彼がそれを許さない。私を見つめる目に誰かの面影を重ねている。その瞳に宿る情念は尋常ではない。

「君がリクシオンの耳飾りを寄越したら復讐は終わるはずだった。しかし君が選んだのは下らない二人の男だったね」

モルワードのいう復讐とは何なのか、それが少し理解できたかもしれない。
王配となって目障りな宰相家を排除し、父王からも徐々に王権を剝いでいく。そして私は一生この男に苦しめられるのだ。父親であると宣告されてしまえば、きっと私の心は倫理観に押しつぶされる。

「父親と言いながらリクシオンの耳飾りを狙うだなんて、とんだ恥知らずね」

身をよじりながら拘束を解こうともがく。早く父王の元に行き、この話の真意を確かめたい。父王の姿を求めて視線を彷徨わせる私に、モルワードは追撃を仕掛けてくる。

「兄上を探しているのかい? 残念だが陛下はお休みだ。もうきっとお目覚めにはならない」

目を見開き彼の一言一句に耳を澄ます。モルワードはため息を漏らして、悲し気な表情を浮かべた。

「君が不祥事ばかり起こすから、慎重な兄上に隙ができた。たくさんの反王政派が潜む王宮で、気を抜くべきではなかったのに」

勿体ぶりながらつらつらと話す姿に腸が煮えくり返る。そんな私の姿をみて、モルワードは一層美しく口角を歪ませる。

「……毒が盛られたんだよ。つい最近の話だ」

「貴方が、やったの?」

私の問いかけにモルワードはかぶりを振った。

――私は知っていて“止めなかった”だけだ

怖ろしい告白に指先から冷えていく。世界が闇に閉ざされていく絶望感。どうしようもなく目頭が熱く、思考は灼熱のように煮えくり返っている。

「お父様が倒れたなら、正当な王位継承者は私のはず。その汚らしい手を離して、玉座を降りなさい」

怒りに震える声で命令を下す。傍で成り行きを見つめる従者は、その口元を動かして、くすくすと失笑をしている。もちろんモルワードも玉座を降りる気配は見せなかった。すべて仕組まれた策略だ。モルワードの言い分はたったひとつ。

「私の血の正当性を証明できるまで、王権は自分のものだと言うのね」

唇を震わせてこの屈辱に耐えるしかない。彼の言う通り、私が不義の子供であるなら王位継承権は実弟のモルワードへ移る。系譜の証明などできるはずがない。当事者である母は故人で、父もまた服毒によって臥せっている。

「我が娘、ティアラよ。私の元で賢く生きるなら、栄華をくれてやる。逆らう気でいるなら容赦はしない」

告げられた言葉に戦慄を覚える。どこまでもしつこく絡まる執念は終わりを知らない。ゆっくりと離された手を静かに見つめて、私はそのままモルワードの頬を打ちつけた。

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